アメノミハシラ独立を前提に書きましたが、ちょっと書き換えれば暗躍でも何とかなります。
静寂に包まれた月面近傍宙域を漂泊する無数の残骸。かつてはMSや戦艦の形をしていたのだが、戦闘で破壊され大小の破片となって漆黒の空間を虚しく漂っている。一部は波打ち際に打ち上げられた漂着物のように帯状になり、遠くから眺めるとまるで小さな天の川のようにも見える。
岩塊に混じり、MSや戦艦の骸が漂うこの『星屑の海』の外縁部を一隻の輸送艦が航行していた。所属はモルゲンシュテルン・インダストリー社。ドイツ語で『明けの明星』を社名に冠したこの会社は、オーブのモルゲンレーテ社の元子会社である。
この輸送艦はオーブのイズモ級をベースに改修されている。ただ、武装を撤去した輸送艦とはいえ、地球圏が連合とプラントで世界を二分した戦争状態にある現在、その見た目からして紛らわしいため、国際法に則って非戦闘艦であることを示す黄色に塗りなおされていた。宇宙空間でこの黄色は非常に目立つ。このため、乗組員の中には「これで『明けの明星』らしくなった」と冗談半分に言う者もいた。
モルゲンレーテ社は、先の大戦で地球連合軍のオーブ侵攻にともない、技術流出や機密漏洩阻止の名目のもと、政治的判断によりファクトリーを含む本社施設の全てを自爆させられて崩壊した。その後、同社は静止軌道上にあるオーブの宇宙ステーション『アメノミハシラ』に一時的に本社を移して再建される。このアメノミハシラは低重力下でしか精製できない特殊金属などを専門に生産するモルゲンレーテの兵器製造部門であり、大規模ファクトリーを有していたことから企業としての再建は非常にスムーズであった。
地球圏の騒乱がひとまず沈静化すると同社はオーブの復興に貢献すべく地上へと降りる。しかし、当時のオーブは大西洋連邦の保護下にあり、自爆により崩壊した施設の再建はユニウス条約により本国が独立を果たすまで待たねばならなかった。
そして、オーブが条約の発効にともない独立を果たすと、満を持して地上本社施設が再建される。軍事関係で何かと注目されがちな同社だが、兵器以外の部門を拡充させることで、地上にとどまらずアメノミハシラを拠点に地球圏全体へと本格的に進出し、その高い技術力を活かして順調に業績を回復しつつあった。そのなかで工業製品全般を扱う部門だったのが、このモルゲンシュテルン・インダストリー社である。同社は月面の諸都市を中心に、再建中のL4コロニー群などへも特殊鋼構造材や各種工業製品を販売していた。しかし、本国の世界安全保障条約機構加盟にともなう政治的判断によりアメノミハシラは国家として独立せざるをえなくなり、モルゲンレーテ社も地上と宇宙に分離独立することとなる。そして、このアメノミハシラを取り仕切っていたロンド・ミナ・サハクの指導の下に宇宙側のモルゲンレーテ社は国営企業として解体・再編されたが、もともと宇宙を専門にしていたモルゲンシュテルン・インダストリー社は社名を残したまま一部門として独立して現在に至っている。
件の輸送艦は月面諸都市を巡り、最後の寄港地であるコペルニクスで積荷を降ろし、月面近傍の戦闘が終結するのを確認したのちに出港してアメノミハシラへ向かう航路の途上にあった。帰路とはいえ、戦闘宙域を避け、時には大きく迂回してでも安全に積荷を届けるのが同社の大原則であるからだ。これには、オーブ本国から独立したアメノミハシラの国家としての立ち位置が非常に不安定であるということも少なからず影響している。
二機のMSが、輸送艦の航行の障害となるスペース・デブリを警戒して露払いをするように先行していた。この二機――MBF-M1Aアストレイは作業用として配備されたもので、母艦と同様に非戦闘機であることを示す黄色でペイントされている。当然、非戦闘機であるから頭部の75ミリ対空自動バルカン砲塔システム・イーゲルシュテルンは撤去されており、その他一切の武装を持たない。ただ、実際のところは単に武装を撤去して色を塗り替えただけで、中身はM1Aアストレイそのものである。もともと無重力および低重力環境下での活動を想定して開発されているため、作業用だからといってデチューンされているわけでもなく、武器を持たせれば戦闘を行うことも可能であった。
「お、おい…あ、あの機体」男はモニターに映し出された物に驚き、あわてて僚機へ呼びかけた。
通常、人型を模したMSは人体でいうところの骨格の役割を果たしているフレームを装甲で鎧っている。装甲は機体ごとに異なったカラーリングが施されているので、ある程度の大きさのものであれば例えデブリになっていようとも、形状や色を元にライブラリで照合できれば、連合・ザフトどちらの陣営の機体かはおおよその判別がつく。しかし、メインカメラが捉えたはるか前方を漂流している機体はライブラリに登録されていないばかりか、これまでのデブリと化したMSの骸とは明らかに異質だった。四肢を無残に破壊されて失っているうえに、胴体部分も大破しているが、MSであることがはっきりと分かる形状をとどめており、何よりも機体そのものがフレーム材とほぼ同じ鉄灰色の塊だったのだ。
<ああ…こちらでも確認した。どうやらPS(フェイズシフト)装甲のようだな。ライブラリにも登録されていない未知の機体だ>と、僚機。
通常、人型を模したMSは人体でいうところの骨格の役割を果たしているフレームを装甲で鎧っている。装甲は機体ごとに異なったカラーリングが施されているので、ある程度の大きさのものであれば例えデブリになっていようとも、形状や色を元にライブラリで照合できれば、連合・ザフトどちらの陣営の機体かはおおよその判別がつく。しかし、メインカメラが捉えたはるか前方を漂流している機体はライブラリに登録されていないばかりか、これまでのデブリと化したMSの骸とは明らかに異質だった。四肢を無残に破壊されて失っているうえに、胴体部分も大破しているが、MSであることがはっきりと分かる形状をとどめており、何よりも機体そのものがフレーム材とほぼ同じ鉄灰色の塊だったのだ。
<ああ…こちらでも確認した。どうやらPS(フェイズシフト)装甲のようだな。ライブラリにも登録されていない未知の機体だ>と、僚機。
連合・ザフトに限らず、PS装甲を用いた機体はトップ・エリートが搭乗すると相場が決まっており、機体そのものが最高機密に近いテクノロジーの結晶と言っても過言ではなかった。この手のMSがそう簡単に撃破されて、ましてや遺棄されるほど無価値でもないことを知っていた二人のパイロットは接近して機体を検分することにした。
俗にガンダムタイプと呼ばれるMSの特徴を示す他は、損傷が激しく連合・ザフトどちらの物かは判別できなかった。右腕は肘から先、右脚も大腿部から切断されていた。特に目を見張るのが機体左半身の損傷だった。左脚は付け根から切り裂かれており、左脇腹から首筋にかけて一閃したと思われる太刀筋は、胴体部分の内部フレームを露出させていた。側頭部にはビームによって溶解した痕跡が認められたが、本来なら頭部ごと持っていかれてもおかしくない太刀筋と一致しないのは、メインカメラを庇おうと咄嗟に頭部を傾けたようにも見えた。
ひととおりの検分を終えると、ひとつ気になる点がある、と僚機が言った。コクピットを開放した形跡ないというのだ。
男はモニターにコクピットを拡大表示させる。「確かに言われてみればそうだな」
<普通、パイロットを救助するにはコクピットハッチを開くだろう。それなのに、また閉じて機体だけ放置するか?どこの軍の所属か知らないが、これだけの機体なら回収はして当然だろう>
しかし、と男は思った。これだけのダメージを負っていれば、素人の自分から見ても普通は衝撃で即死だろう。仮に、運良く即死を免れたとしても、エアーが切れるのが早いか、パイロットが事切れるのが早いか、そのどちらかだ。もし自分がそのような状況に置かれたら、と想像したら身の毛がよだった。
<この辺りは、ついさっきまで戦闘があった宙域にそう遠くもないな>
僚機は念のためかどうか知らないが、国際救難チャンネル、全周波、さらには接触通信でも呼びかけている。
数時間前まではこの近くで戦闘があったのは事実だが、現在は静寂そのものだ。僚機の言う『そう遠くもない』という表現もあながち間違いではないが、宇宙は意外と広い。
無意味だ。男は僚機の行為にかすかな苛立ちを感じた。PS装甲を持つ機体がディアクティブモード――電源が落ちている状態ということは、戦闘で電装系が破壊されて通電していない可能性が高い。検分中にこの点を指摘したのは他ならぬ僚機だったではないか。
結果は、やはりいずれにも応答しなかった。
当然だ、という言葉が男の口から出かかったが、ぐっと飲み込んで言った。「やはり応答なしか…」
どうする。そう男が発した言葉をかき消すほどの怒鳴り声が割り込んだ。<お前ら、そんなところで油を売っていないで、しっかりデブリを監視しろ!それとも艦に激突してデブリになりたいか!!>
二機があわてて後方を確認すると、母艦はもうすぐそこまで迫っていた。
<どこの物とも分からない以上、とりあえずファクトリーで構造解析でもすれば、何かしらのデータは吸い出せるもしれないさ>
「ああ、連中は優秀だからな。拾ったのがジャンク屋だったら解体されて売り飛ばされるのが関の山だが、こんな物でも何かの役に立つかもしれないな。それに…我が国(アメノミハシラ)もいろいろと大変だからな」
二人は艦長に詫びを入れつつ事情を説明し、大破したPS装甲の塊を抱えるようにして母艦へと向かった。
男はモニターにコクピットを拡大表示させる。「確かに言われてみればそうだな」
<普通、パイロットを救助するにはコクピットハッチを開くだろう。それなのに、また閉じて機体だけ放置するか?どこの軍の所属か知らないが、これだけの機体なら回収はして当然だろう>
しかし、と男は思った。これだけのダメージを負っていれば、素人の自分から見ても普通は衝撃で即死だろう。仮に、運良く即死を免れたとしても、エアーが切れるのが早いか、パイロットが事切れるのが早いか、そのどちらかだ。もし自分がそのような状況に置かれたら、と想像したら身の毛がよだった。
<この辺りは、ついさっきまで戦闘があった宙域にそう遠くもないな>
僚機は念のためかどうか知らないが、国際救難チャンネル、全周波、さらには接触通信でも呼びかけている。
数時間前まではこの近くで戦闘があったのは事実だが、現在は静寂そのものだ。僚機の言う『そう遠くもない』という表現もあながち間違いではないが、宇宙は意外と広い。
無意味だ。男は僚機の行為にかすかな苛立ちを感じた。PS装甲を持つ機体がディアクティブモード――電源が落ちている状態ということは、戦闘で電装系が破壊されて通電していない可能性が高い。検分中にこの点を指摘したのは他ならぬ僚機だったではないか。
結果は、やはりいずれにも応答しなかった。
当然だ、という言葉が男の口から出かかったが、ぐっと飲み込んで言った。「やはり応答なしか…」
どうする。そう男が発した言葉をかき消すほどの怒鳴り声が割り込んだ。<お前ら、そんなところで油を売っていないで、しっかりデブリを監視しろ!それとも艦に激突してデブリになりたいか!!>
二機があわてて後方を確認すると、母艦はもうすぐそこまで迫っていた。
<どこの物とも分からない以上、とりあえずファクトリーで構造解析でもすれば、何かしらのデータは吸い出せるもしれないさ>
「ああ、連中は優秀だからな。拾ったのがジャンク屋だったら解体されて売り飛ばされるのが関の山だが、こんな物でも何かの役に立つかもしれないな。それに…我が国(アメノミハシラ)もいろいろと大変だからな」
二人は艦長に詫びを入れつつ事情を説明し、大破したPS装甲の塊を抱えるようにして母艦へと向かった。