なかなかこない情報への苛立ちが、十分すぎるほど募った頃。
ようやくイザーク隊のもとに『ダスト』が第三特務隊を相手取って戦った際のデータが送られてきた。
とはいえそれも現場の気象条件や周辺の地理といった、戦闘の詳細というには程遠いものがほとんどであった。
雪上に残されていたという戦闘の痕跡も、化学データを伴わ
ない映像だけではおおざっぱな推理の材料にしかならない。
舌打ちしながらも端末を操作していたイザークの動きが、一拍ほどの間止まる。
やがて慌しく別のデータを呼び出し見比べた後、イザークはガンッとデスクに拳を叩き付けた。
「おいおい、どうかしたぁ?」
また何か、腹に据えかねることでもあったのかと。
ディアッカは、自身のめくっていた書類をデスクに置きながら尋ねた。
けれど予想していたような愚痴の数々は吐き出されてこなかった。
イザークは展開された画面を睨みつけるようにしばし凝視し、やがてガタリとディアッカに席を譲るように無言で立ち上がった。
意を汲み覗きこんだディアッカは眉を寄せ、イザークの態度の理由を知った。
そこには、雪に埋もれつつある瓦礫の姿があった。
かつてナスル村と呼ばれたその集落に、残されていた破壊の痕は。
「特務隊によるもの、だろうな」
激昂した声ならば聞きなれている親友の、抑揚を抑えようとして少しひび割れた声。
無理も無い。
上空から撮られたのだろう映像の一部を拡大すれば、崩れた建物から生える子供の足すらも見て取れた。
軍人と軍人、国と国との戦いからやがて、ディアッカたちの戦場はレジスタンスを相手にしたものへと変わっていった。
戦う者と民との垣根は次第に薄れ、潜在的な敵であった民が掃討に巻き込まれるケースも、けっしてこれが初めてではない。
この件で今更に、戦うと決めた心が揺らぐことはない。
ただ、やりきれない想いが残るだけだ。
かつてイザークは難民の乗ったシャトルを落としていたことを知り、そしてそれを赦された。
以来、彼の戦う理由の中心に根差しているものの存在を、ディアッカは知っている。
それはイザーク自身の潔癖さと相俟って彼を戦場から逃さず、真の狂信へも逃げ込ませず、また今回のようなケースでは人一倍強い憤りや痛みを彼に与えるのだろう。
「被害の実態解明、補償に復興支援・・・管轄またがってる分、さぞかし遅れてるだろうねぇ?」
こっちでも調べておきますか、とディアッカが口にしたのは質問というより確認だった。
組織同士の連携の悪さはお互い身に沁みて知っていたし、対処を具申するにしても何にしても、現状を把握しないことには始まらないのだから。
イザークは首肯し、そして・・・・
「『やがて、その時は訪れた。
彼らは民の命ごと、我らの地を焼き払ったのである。
奪われた同胞の痛みを、残された者たちの嘆きを、我々はけして忘れない。
忘れてはならない』・・・・でしょ?」
レジスタンスの脅威が除かれぬ限り救援の手は届くまいということもあり、イザークは彼らしく全力で任務に臨み。
かつての部下の手で討ち取られた・・・その後のことだった。
『軍神』キラ・ヤマトの部隊がガルナハンの首都バードクーベを焼いた。
ディアッカは最初その情報を療養の床で、ナスル村に関する調査を引き継いでくれていた部下から聞いた。
復帰後にアスランから接触を受け、そして皮肉をこめて諳んじる。
時節柄、さもガルナハンでの一件を指したものに聞こえるがそうではない。
公の場でこれを口にしたとて、誰もそれを理由に罰することなどできはしないだろう。
かつて自治権を、そして自身の作り出したものをどうするか自分たちで決めさせて欲しいと自由貿易権を求め、勝ち取るための闘争を始めた地があった。
訴えは退けられ、勢力は地下に潜り・・・搾取に抗おうとすれば武力による衝突は避けられなくなった。
その地の名はプラント。
数あるレジスタンス組織たちにとっては、成功した偉大なる先達。
ディアッカが諳んじたのは、『血のバレンタイン』に関する有名な演説の一節だった。
当時の自分たちが感じた怒りや悲しみの記憶が、ガルナハンに生きてきた人々の今と重なる。
「忘れられるわけないってこと、一番わかってるんじゃないの?」
統一連合の総意ではなく一部の人間の暴走だった、そんな事情が意味を持つ筈が無い・・・ユニウスセブンを破壊したのもブルーコスモスの一派であったと聞いた。
更には非を認め謝罪するのではなく、恨みそのものごと事実を隠蔽することを、統一連合は選択した。
存在しない罪で裁かれる者はいない・・・まして加害者である部隊の責任者が『軍神』であるならなおのこと。経緯はどうあれ、虐殺は追認された。
これから辿るのは、真実を知る者を、真実を知っているという理由のみで屠るというまぎれもない修羅の道か。
(どうする?どう・・・動く?)
口元には揶揄するような笑みを浮かべて。
画面の向こう沈鬱な表情を浮かべる元同僚に、量る眼差しをディアッカは向けた。
壊滅した街で怨嗟の声をあげる人々に、ちょっとした懐かしさと共にごく僅かな羨望を覚えることすらある。
大切なものを失い虐げられ怒り、もう奪わせてなるものかと叫ぶ正義には、一点の曇りもないからだ。
あの頃ただ一番に守りたいと願っていたものから故郷から、今は隔たった大地の上にいる。