アーネンエルベ、別名『歌姫の館』
その二人の主の一方のラクス・クラインは、月明かりの中、只一人深夜のバルコニーで瞑目していた。
昼間のマルキオ導師の言葉が有ったが、それでも心が静まらなかったのだ。
ふと、月光に導かれるように記憶が想起される。
ふと、月光に導かれるように記憶が想起される。
(あの時もこんな月の晩でしたわね…)
ラクス・クラインと言う『人間』が生を受けて以来、ラクスは世界の中心だった。
少なくともラクスにとっては。
少なくともラクスにとっては。
回りの人間はアレコレと気を使ってくれ、子供じみた「おねだり」をした事すら無かった。
…ラクスが「欲しい」と思ったものを、当の本人が口に出す前に周りの大人達が用意してくれるのだから当然ではある。
最初、ラクスの「立場」がそうさせているのだと幼いラクスは「考え」ていた。
父であるシーゲル・クラインの影響力は大きいのだから、自分の機嫌を取っておこうと言う大人達の事情だろう、と。
…ラクスが「欲しい」と思ったものを、当の本人が口に出す前に周りの大人達が用意してくれるのだから当然ではある。
最初、ラクスの「立場」がそうさせているのだと幼いラクスは「考え」ていた。
父であるシーゲル・クラインの影響力は大きいのだから、自分の機嫌を取っておこうと言う大人達の事情だろう、と。
例え、15歳を成人とするコーディネーターとしても、余りにも早熟であった。
だが、有る日。彼女は気付いてしまった。その『理由』を。
物心付いた時には傍に居た家政婦の、『母の形見』だと聞かされていたブローチ。
正直、大して高価な品では無いのだろう。だが、ラクスにとっては宝石のように見えたのだ。
正直、大して高価な品では無いのだろう。だが、ラクスにとっては宝石のように見えたのだ。
結局、そのブローチはラクスのものとなったが、事件は翌日起きた。
突然、その家政婦が職を辞したのだ。理由を告げぬまま。
突然、その家政婦が職を辞したのだ。理由を告げぬまま。
その夜、ラクスは一睡も出来ずに月を眺めていた。
その家政婦はラクスにとって母親代わりと呼んでもよい相手であり、お互いにそれなりの絆が有ると思っていたから。
ラクスにはこの家から去る理由が判らなかった。
その家政婦はラクスにとって母親代わりと呼んでもよい相手であり、お互いにそれなりの絆が有ると思っていたから。
ラクスにはこの家から去る理由が判らなかった。
…ラクスはそう思い込もうとした。
だが、ラクスは自分がした事を忘れ去る事など出来なかった。
彼女の精神の機微をほとんど無意識に割り出し、自分がどのような態度を取れば彼女がどんな反応をするかを即座に判断して、言葉の何気ない言い回しや、さり気ない態度で彼女から大切なブローチを奪い取ったのだ。
彼女の精神の機微をほとんど無意識に割り出し、自分がどのような態度を取れば彼女がどんな反応をするかを即座に判断して、言葉の何気ない言い回しや、さり気ない態度で彼女から大切なブローチを奪い取ったのだ。
相手が余り知らない相手なら、気付かなかったかもしれない。
だが、相手が今までずっと傍に居た彼女だったから、自分が何をしたのか理解できたのだろう。
そして、それは彼女も同じ事だった。だから自分の元から去ったのだ。
月を見つめながらラクスは思った。
今まで大人達が何かと便宜を図ってくれたのは、父の機嫌取りが目的では無い。
自分自身が彼らを誘導して、自分の思い通りに動かしていたのだ。
ラクスにとって、その事実は余りにも残酷だった。
父に対し、恨みを持たなかったわけでは無い。
だが、ソレより先に娘をその様にコーディネートしなければならない事態が来る事を予想しているのだ、と納得してしまうのはラクスにとっても不幸であったのかもしれない。
だが、相手が今までずっと傍に居た彼女だったから、自分が何をしたのか理解できたのだろう。
そして、それは彼女も同じ事だった。だから自分の元から去ったのだ。
月を見つめながらラクスは思った。
今まで大人達が何かと便宜を図ってくれたのは、父の機嫌取りが目的では無い。
自分自身が彼らを誘導して、自分の思い通りに動かしていたのだ。
ラクスにとって、その事実は余りにも残酷だった。
父に対し、恨みを持たなかったわけでは無い。
だが、ソレより先に娘をその様にコーディネートしなければならない事態が来る事を予想しているのだ、と納得してしまうのはラクスにとっても不幸であったのかもしれない。
結果、ラクスは私心と言うものを出すことを意識して避けつづけた。
父の親友にして政敵のパトリック・ザラの息子、アスラン・ザラと婚約者となってもソレは変わらなかった。
だが、他者とのコミニュケーションが苦手な少年と共に、ラクスにとって無くてはならないモノと出会うことが出来た。
ハロである。
アスランの作った簡易AIドローンで、子供でも作れる他愛の無いシロモノではあったが、ラクスには心の救いとなった。
何故なら、ハロにはラクスの心理誘導が効果を持たなかったからである。
少なくとも、ハロに思いの丈をぶつけてもハロは自分のアルゴリズムを変えたりしないので、ラクスにとって気を使わなくても済む唯一と言っても良い相手で有った。
そんなラクスを見て、アスランは単純にハロを気に入ってくれたと思い、会いに来るたびに「新作」をラクスにプレゼントした。
無数のハロ達は相互にデータをやり取りしてアルゴリズムを変更していくので、ラクスを飽きさせる事が無かった。
…屋敷中がハロだらけになったり、勝手にロックを開けたりする悪戯者が現れたりして、シーゲルの眉をひそめさせたが。
父の親友にして政敵のパトリック・ザラの息子、アスラン・ザラと婚約者となってもソレは変わらなかった。
だが、他者とのコミニュケーションが苦手な少年と共に、ラクスにとって無くてはならないモノと出会うことが出来た。
ハロである。
アスランの作った簡易AIドローンで、子供でも作れる他愛の無いシロモノではあったが、ラクスには心の救いとなった。
何故なら、ハロにはラクスの心理誘導が効果を持たなかったからである。
少なくとも、ハロに思いの丈をぶつけてもハロは自分のアルゴリズムを変えたりしないので、ラクスにとって気を使わなくても済む唯一と言っても良い相手で有った。
そんなラクスを見て、アスランは単純にハロを気に入ってくれたと思い、会いに来るたびに「新作」をラクスにプレゼントした。
無数のハロ達は相互にデータをやり取りしてアルゴリズムを変更していくので、ラクスを飽きさせる事が無かった。
…屋敷中がハロだらけになったり、勝手にロックを開けたりする悪戯者が現れたりして、シーゲルの眉をひそめさせたが。
プラントの歌姫となったとき、この為に自分が生まれたのだと実感した。
このままアスランと共にプラント市民の為に生きていくのだろう、そう漠然と感じていたのだ。
このままアスランと共にプラント市民の為に生きていくのだろう、そう漠然と感じていたのだ。
彼に会うまでは。
ユニウス7での慰霊祭の際に、保護された連合の戦艦で会った少年。
一人、展望室で泣いていた彼に会った時。
ラクスはもう一人の自分をそこに見た。自分と同じく「役割」しか持たない少年。
彼もまた、一人ぼっちだった。
「歌でも歌いましょうか?」
歌う事以外に彼を慰める術が無いのがもどかしかった。
一人、展望室で泣いていた彼に会った時。
ラクスはもう一人の自分をそこに見た。自分と同じく「役割」しか持たない少年。
彼もまた、一人ぼっちだった。
「歌でも歌いましょうか?」
歌う事以外に彼を慰める術が無いのがもどかしかった。
この瞬間から、ラクスは初めて自分の能力を自発的に用い始めた。
慰問の際に知己となったマルキオ師と接触を持ち、シーゲルと密接に連携を取ってネットワークを広げ始めた。
目的は只一つ、自分や彼のような人間がもう苦しまなくて済む為に。
どうすれば苦しまずに済むか、まだ判らぬまま。
慰問の際に知己となったマルキオ師と接触を持ち、シーゲルと密接に連携を取ってネットワークを広げ始めた。
目的は只一つ、自分や彼のような人間がもう苦しまなくて済む為に。
どうすれば苦しまずに済むか、まだ判らぬまま。
しかし、その想いは二人に新たな地獄をもたらした。
ザフトからフリーダムを奪い、エターナルを奪い、結果、父、シーゲルがパトリックの手の者によって暗殺された時、ラクスはもはや後戻りできない事に気付かされた。
『やはり、私は「私」を持ってはいけないのですね…』
キラとラクス、二人がそれぞれ「人」として生きる為の模索が、無数の死を呼んだ。
それをそのまま「個人」としてラクスが受けとめるには余りにも重かった。
もはや、ラクスには「民衆の為に」生きるしか道は無かった。
キラと共に。
それをそのまま「個人」としてラクスが受けとめるには余りにも重かった。
もはや、ラクスには「民衆の為に」生きるしか道は無かった。
キラと共に。
彼が重傷で保護された時、彼が共に歩む道を選んでくれたのは、果たして彼の意思だったのか?
今でもラクスは迷っている。
だが、彼が共に歩んでくれたから、だから今、世界を背負えるのは事実だった。
今でもラクスは迷っている。
だが、彼が共に歩んでくれたから、だから今、世界を背負えるのは事実だった。
セトナ・ウィンタースのように奔放に生きられたら、世界はもっと違って見えたのかもしれない。
だが、ラクスにはついぞそのチャンスは訪れなかった。
だが、ラクスにはついぞそのチャンスは訪れなかった。
ラクスに出来るのは只一つ。
「大衆の」最大多数の幸福を見ぬき、「大衆を」その幸福へ向かう様に誘導し、「大衆が」その幸福を「自らが選んだ幸福」と思わせる事。
それは、ラクスにしかできない事。
「大衆の」最大多数の幸福を見ぬき、「大衆を」その幸福へ向かう様に誘導し、「大衆が」その幸福を「自らが選んだ幸福」と思わせる事。
それは、ラクスにしかできない事。
少なくとも、大衆が大衆であり続ける限りは。
(ソラさん、あなたは何を望むというのですか?)
ソラ・ヒダカ。『奇跡の少女』という「偶像」に祭り上げられた只の少女。
なのに、その言葉がラクスの胸に刺さる。小さなトゲの様に。
なのに、その言葉がラクスの胸に刺さる。小さなトゲの様に。
ふっ、とラクスは溜息をつくと月に背を向け、そのまま部屋に戻る。
パタン、と扉が閉まると、テラスには静寂が満ち、月明かりがまるで刺す様に照らしていた。
パタン、と扉が閉まると、テラスには静寂が満ち、月明かりがまるで刺す様に照らしていた。