「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第23話「春、遠からじ」エピローグ

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「工作員によりプラント奪取、ジアード中将謀殺、プラント守備隊は敗走だと!」

 統一連合地上軍、レジスタンス連合軍にほぼ同時にその報が伝わる。歓喜を爆発させるレジスタンスに対し、地上軍の動揺は激しかった。とりわけ指揮官のそれが。

 マルセイユの顔面からは一気に血の気が引き、そのまま倒れこみそうになるのを、傍らの装甲車に寄りかかってかろうじて身体を支える始末である。参謀たちも突きつけられた現実にすぐには反応できず、おろおろと立ちすくむのみである。

(敵の五倍以上の兵力を揃えながら、惨めな敗北を繰り返した挙句、死守を命じられた地熱プラントまで奪われるとは……終わりだ、俺はもう終わりだ)

 これまでマルセイユが積み上げてきた実績も、名声も、すべて失ってしまうことだろう。よくて閑職に回されるか、いや辞表を強要されることも十分にありえる。

 彼はユーラシアでの華々しい戦果を土産に、派閥内での自分の地位を確固たる物とし、ひいては統一連合地上軍の頂点に登りつめる未来図に、まったく疑いを抱いていなかった。いまやそれは、決して手の届かないところに消え去ってしまったのだ。

(ジアードの無能め、死ぬならば自分だけが死ね! 命と引き換えにプラントを守る気概すらないのか! あいつのせいで、あいつのせいで自分まで!)

 この期に及んで自分の敗戦は棚に上げ、ジアードを罵倒するまでにマルセイユは精神的に追い詰められていた。敵軍が浮き足立っているのを見て取ったニコライは、全軍に命令を下す。

「相手はもはや腑抜けじゃ。今ならば簡単に捻り潰せるぞ! 」

 その号令に呼応し、一気に攻勢をかけんとするレジスタンス軍。MSが、戦車が、歩兵が、士気を失い格好の獲物となった敵に襲い掛かろうとする。

 しかし、踏み出した彼らの鼻っ柱を圧し折るように、苛烈な銃撃が浴びせかけられた。気が急いて先行していた数体のMSが撃墜される。

「むう!?」

 ニコライたちの向けた視線の先には、青と緑の機体に率いられた、白バクゥの一団が迫って来ている。ニコライは舌打ちした。

「ジュール隊め、間に合いおったか……」

 このまま目障りなジュール隊も叩き潰してしまおうか、と一瞬考えたニコライだったが、すぐに頭を振る。作戦の目的は地熱プラントの奪取と統一連合軍の排除だ。敵軍の殲滅ではない。

 これ以上の戦闘はいたずらに被害を拡大させることにつながる。これからも戦いは続くのだ。わずかな自己満足のために無理をすることはない。

「まあ、統一連合軍も退却するしか途は残されておるまい。奴らが尻尾を巻いて逃げ出すのをゆっくり待つとするか」

 ニコライはあらためて命令を出した。攻撃を中断せよ、と。

 そして戦場は、ふたたび睨み合いの状態に戻ったのだった。






 しかし、統一連合軍の方は、すんなりと撤退というわけにはいかなかった。

 マルセイユが、彼の参謀たちの意見を無視して、徹底抗戦を主張したからだ。

「もはや兵たちの戦意は完全にくじけています。戦力的にも、レジスタンスをわずかに勝っているのみ。これ以上の作戦継続は不可能です」

 必死に訴える参謀たちに対して、口から泡を飛ばしながらマルセイユが怒鳴った。

「貴様ら、このまま生き恥を晒す気か! 喧嘩に負けて泣いて家に帰る子どもではないのだぞ! せめて一つの勝利でも挙げなければ、オーブ派やPGの奴等に嘲笑されるわ! 」

 もはや理性的な判断ではなかった。散って行った仲間たちの仇を討ちたいという気持ちでもない。己の面子のためだけにマルセイユは戦闘の継続に拘っているのだった。

 参謀たちがいくら言葉を重ねても、マルセイユは一切耳を貸そうとしない。無謀な特攻を命じるのみである。そんな彼を扱いかねる参謀たちだった。

 ふと、それまで黙っていたイザークが、言葉を発した。しかし声が小さくて、傍らのディアッカですら聞き取れない。

「何だ、ジュール中佐、意見でもあるのか? 」

 ここに至っても尚、イザークを見下すように尊大な態度を崩さないマルセイユ。彼に対して、イザークは今度ははっきりと言った。

「いい加減に醜態を晒すのはやめろ、俗物が、と言ったのですよ。マルセイユ中将殿」

 明白な上官批判だった。ディアッカやマルセイユの参謀たちは、イザークの言葉に青ざめる。当のマルセイユだけが、自分が罵倒されるという事実があまりに予想外だったせいか、呆けたような表情をしていた。

「何が生き恥だ! ここまで大敗北を喫した原因が何なのか、胸に手を当てて考えてみろ!
 まともな作戦も立てず、戦いの準備も怠ったまま、仲間内で角突き合わせることばかりに終始した、貴様ら無能な指揮官のせいだろうが。
 それが生き恥だと? 笑わせてくれる。貴様の名誉など、とうの昔に消え去っている。さっさと気付け、この俗物が! 」

 今まで積もりに積もっていた不満がイザークの口から怒涛のように流れ出て、マルセイユに浴びせかけられた。

 マルセイユの顔が、見る見るうちに朱に染まる。怒りのあまり言葉も出ない彼をそのままにして、イザークは参謀たちに向き直った。

「中将閣下はご乱心だ。もはや正常に任務を遂行できる精神状態にない。そう判断したイザーク中佐の指揮のもと、全軍は撤退行動に移った、それでいかがか? 」

 命令違反の責任は自分がかぶるから、もはや負けの明白な戦闘は中止して撤退しよう、そう提案しているのである。参謀たちももはや内心ではマルセイユを見限っている。イザークの提案に素直に乗った。地団太を踏むマルセイユを無視し、撤退の準備にかかる。

 もはや部下の誰一人として自分の味方ではない。マルセイユもその事実を思い知らされた。

 うなだれそうになる彼は、最後の気力を振り絞り、イザークを睨み付けた。

「……貴様、上官批判と命令無視の責任はきちんと取ってもらうぞ、覚悟しておけ」

 イザークはその憤怒の視線を堂々と受け止めて、言った。

「もちろん。自分でとった行動の責任はきちんと取るさ。俺は貴様のような人間とは違う」

 ナイフのように鋭い言葉が、マルセイユの心臓に突き刺さった。

 最後の自尊心まで打ち砕かれたマルセイユは、その場に座り込む。力なく膝に顔をうずめる彼にもはや一瞥すらくれず、イザークはディアッカと共に立ち去っていく。

「おい、本当に良かったのか? 今回の敗北で失脚は確実とはいえ、お前の行為を糾弾するくらいの影響力は残っているぜ、奴さんは」

 ディアッカが心配そうに声をかける。しかしイザークは意に介さない。

「さっきも言っただろう。俺は自分でとった行動の責任はきちんと取る
 ……それに、俺を含めた将校たちが上官の失策を傍観し続け、手をこまねいていた挙句に、結果として敗北を招いたのは事実だ。責められたところで、反論はできんさ」

 ディアッカが肩をすくめる。指揮官の無能の責任まで部下が負うこともあるまいに、不器用な奴だなと思いつつも、こういったイザークの堅物なところが彼は嫌いではない。ならば……

「とりあえず、俺たちの可愛い部下たちが無事に本国に帰れるまでは、気が抜けないな。後のことは、帰ってから考えれば良いってことだ」

 親友の行動をできる限りサポートする。それが自分にできることだ。ディアッカも腹を決めた。イザーク一人に責任を負わせるつもりは毛頭ない。付き合えるところまではとことん付き合うつもりだった。

「そうだな…その通りだ」

 そんなディアッカの気持ちを感じてか、イザークも力強く頷く。二人は、灰と雪とが入り混じった道を歩いていく。

 それはオーブへと続く道。惨めな敗残兵としての帰還にはなるが、誇りは失わず、前だけは向いて歩いていこう。必死に戦った部下たちに報いるためにも。

 本来それをひきいるべき指揮官たちは、一人は落命し、一人はまったく頼りにならない状態なのだから。





 スレイプニールがようやくローゼンクロイツの本隊と合流したのは、地上軍が完全に撤退してしばらく経った後だった。

 もはや祝勝会の様相すら呈していた本隊の人間たちは、傷だらけになりながら必死に合流を果たしたリヴァイブに対して、あまり良い顔はしない。

「大口を叩いた割にはジュール隊に完敗か。リヴァイブも大したことはないな」

「今更のこのこ出てきて、何をしにきたんだ? まったく、場の空気が読めない奴らだな」

「いや、むしろ戦いが終わったタイミングを見計らって出てきたんじゃないのか? 臆病者らしい卑怯な行動だな」

 手の平を返すとはこのことだろう。今までのリヴァイブの貢献度からすれば、たった一度の敗北でここまで罵倒されるいわれはないはずだった。

 しかも地熱プラントの奪取に消極的だった彼らを、ローゼンクロイツとともに必死に説得したのはロマであり、ラドルであるのだ。それが、自分たちが統一連合軍との戦闘に勝利した瞬間にこれである。

 さらに、それはニコライの策やシーグリスの工作活動によるものであって、彼らの功績など僅かに過ぎない。

 だが、勝利に酔いしれている彼らに何を言ったところで無駄であろう。それを理解しているロマやラドルは、聞こえてくる悪意のささやきにもじっと耐えていた。

 むしろコニールやユーコやリュシーやシゲトが激発するのを、周囲の人間が必死に宥めなければいけないくらいだった。





 ミハエルとニコライからも、当然、到着の遅れを責められるのだろうとロマたちは予測していたのだったが、その対応は拍子抜けしてしまうものだった。

「厄介な相手を押し付けてしまったな。しかし、おかげでこちらは余裕をもって作戦を展開できた。とりあえずはご苦労だったな」

 むしろねぎらいの言葉すらかけるミハエルに唖然としていると、ニコライも普段の底意地の悪い表情を引っ込め、ロマの肩を叩きながら握手までしてみせる。

「とりあえず我々の大勝利じゃ。予想以上のな。お前さん方の獅子奮迅の活躍があってのことじゃて。感謝するぞい」

 さらには、ミハエルはこうまで言って見せたのである。

「とりあえずリヴァイブは奪取した地熱プラントの防衛を頼みたい。まあ、しばらくは敵の攻勢もないだろう。プラント内の物資は自由に使って良いから、艦やMSのメンテナンスに集中してくれ」

 あまりの厚遇ぶりに疑問が起こらないでもなかったが、リヴァイブが大きなダメージを受けているのも事実だった。わずかでも休息・補給ができるのならば願ったり適ったりである。ミハエルの提案に喜んで応じることとした。






 地熱プラントへと出発するリヴァイブを見送るミハエルとニコライ。ミハエルがそっとニコライに呟く。

「とりあえず彼奴らがいない間に、事を早急に進めませんと。こちらの意図に気付かれると厄介だ」

 ニコライもやや声を潜めて言う。

「そうじゃの。あれでなかなか頭は切れるからの。悟られぬように慎重に行動すべきじゃろうて」

 そんな二人のもとに、ローゼンクロイツの構成員が走りよってきた。そして、彼らに耳打ちする。ミハエルは頷いた。

「そうか分かった、すぐにここに連れて来い」

 しばし待つと彼らのもとに、一人の人物が連れられて来た。

 東ユーラシア軍の制服に身を包み、後ろ手を捕縄で拘束され、両脇をローゼンクロイツの兵士に抱えられたその人物を前にして、満足げにミハエルは頷く。

「ようこそ、はじめまして、というべきかな? 『疫病神』のハスキル殿」

 不安げなハスキルを前にして、余裕を見せつつ笑みを浮かべるミハエル。そして、ニコライが言った。

「お前さんにやってもらいたいことがあるのでな。こちらの指示に従うのなら、捕虜として遇す。身の安全も保証するが、どうじゃ? 」

 ハスキルに選択権は残されていない。ただ、唇をかみ締めながら頷くしかなかった。




 空前の規模の軍勢をもってしておこなわれた、東ユーラシア地熱プラント攻防戦は、大方の予測を裏切り、統一連合軍の壊滅的な敗北で幕を閉じる。

 しかし東ユーラシアの情勢の激変は、まだ続いていく。終焉へは今ひとたびの悲劇を経なければならなかった。

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