ズールという街――それは、誰しもが思う“田舎”というイメージに程近い。
百キロ四方の敷地は見渡す限り田園、少し山林に上った所にある家々……。
昔ながらの石畳、未だ現役とおぼしき古びた井戸。
古き良きドイツ様式の無骨な、暖かみのある建物はまるで当時から抜け出た様にそのままだ。
百キロ四方の敷地は見渡す限り田園、少し山林に上った所にある家々……。
昔ながらの石畳、未だ現役とおぼしき古びた井戸。
古き良きドイツ様式の無骨な、暖かみのある建物はまるで当時から抜け出た様にそのままだ。
「長閑だねぇ……」
ジェス=リブルは欠伸混じりにそうぼやく。
徹夜仕事の連続の後、巻き込まれた形のジェスは、しかし事態の推移を楽しそうに見ている。
……並のタフさでは“野次馬”にはなれないらしい。
今、ソラ達はズール市街地にある市役所の前に車を止めている。
何処から手を付けて良いか解らないので、まずは上から攻める――そう言ってアスランは市役所に入っていった。
徹夜仕事の連続の後、巻き込まれた形のジェスは、しかし事態の推移を楽しそうに見ている。
……並のタフさでは“野次馬”にはなれないらしい。
今、ソラ達はズール市街地にある市役所の前に車を止めている。
何処から手を付けて良いか解らないので、まずは上から攻める――そう言ってアスランは市役所に入っていった。
「でも、遅いですね……」
助手席で、ジェスと同じように待ちぼうけを食らっているソラがぽつりと呟く。
《ソーダソーダ、遅イゾ!女性ヲ待タセルナンテ最低―!プンプン!》
《いや、近年仕入れた情報によると“焦らし”というのは戦術の一つらしい。即ち……》
「……お前等、何やってるんだ」
「……お前等、何やってるんだ」
AI同士の馬鹿話に、呆れながらジェスは突っ込みを入れる。
どうもハチはカイトに毒されているな、と思うとやるせなくなる。
最近は良く知り合いから「ハチはどんどんジェスに似てきてるわね」などと言われているので、なおさらに。
とはいえ、AI連中のやりたい事も解るので、ジェスはソラに向き直る。
どうもハチはカイトに毒されているな、と思うとやるせなくなる。
最近は良く知り合いから「ハチはどんどんジェスに似てきてるわね」などと言われているので、なおさらに。
とはいえ、AI連中のやりたい事も解るので、ジェスはソラに向き直る。
「そう心配しなくても良いよ。ここいらみたいな場所じゃ、市役所一つとってもルーズなもんさ。何せ、事件なんか数える程しか起こらないんだからね」
「でも、出立前は“テロリストの温床”って……」
「でも、出立前は“テロリストの温床”って……」
なおも心配顔のソラに、ジェスは続ける。
「自分の家で、好きこのんで銃を撃ちまくるヤツは居ないさ。意外と安全なんだよ、本当の“テロリストの温床”っていうのはね」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんですか?」
これは、当たらずとも遠からず、という所だろうか。
テロリストという一人の人間では収まらない、人々が一致団結して暴力に走るという構図は、きちんとした社会の構図が有って初めて生み出されるものだ。
少なくとも上下関係が築けてあり、共通の意志を持てる様な土壌が必要なのである。
それは、言い換えると“強固な仲間意識”となる。
その様な地域で犯罪行為に耽るという事はその地域全体を敵に回すという事とほぼ同義となり、極めて危険な行為になる。故に、犯罪発生率は(ひったくり等の軽犯罪を除いて)極めて少なくなるのである。
元来が、人々の“力”というものはそうした所から生まれる。
テロリストと呼ばれる人々は、言うなれば“新しい力”だ。現体制や、現政権に納得が出来ないから集まった人々だ。
その存在の好悪はそれぞれの組織に委ねられるが、現政権と彼等の違いは『早かったか、遅かったか』という事だ。
……もっとも、新しければ良い訳では決してないのだが。
そんな事を言いつつ、ジェスは「よし」と一言呟くとハチを担ぎ、車の外へ出て、ソラにこう言った。
テロリストという一人の人間では収まらない、人々が一致団結して暴力に走るという構図は、きちんとした社会の構図が有って初めて生み出されるものだ。
少なくとも上下関係が築けてあり、共通の意志を持てる様な土壌が必要なのである。
それは、言い換えると“強固な仲間意識”となる。
その様な地域で犯罪行為に耽るという事はその地域全体を敵に回すという事とほぼ同義となり、極めて危険な行為になる。故に、犯罪発生率は(ひったくり等の軽犯罪を除いて)極めて少なくなるのである。
元来が、人々の“力”というものはそうした所から生まれる。
テロリストと呼ばれる人々は、言うなれば“新しい力”だ。現体制や、現政権に納得が出来ないから集まった人々だ。
その存在の好悪はそれぞれの組織に委ねられるが、現政権と彼等の違いは『早かったか、遅かったか』という事だ。
……もっとも、新しければ良い訳では決してないのだが。
そんな事を言いつつ、ジェスは「よし」と一言呟くとハチを担ぎ、車の外へ出て、ソラにこう言った。
「少し散歩に出るよ。一緒にどうだい?」
片目で軽くウィンクをするジェスに、ソラは微妙に呆れていた。
ズールの市といえば、有名な観光名所の一つなんだ――そう、いつ買ったのかすら解らないガイドブックを片手に、ジェスにエスコートされた所は、ズール市街地中央部を一文字に横切る大市場であった。
「アスランさんにメールしたんですけど……『もう好きにしてくれ。こっちはまだ時間が掛かりそうだ』って帰ってきました……」
ソラが何か済まなそうな顔で言う。
主にアスランに、だが。
主にアスランに、だが。
「そりゃ、そうだろう。いきなりオーブの幹部クラスがこんな辺鄙な場所に来ればそうなるさ。……下手すると、昼食までは動けないだろうな」
ジェスは瞳を輝かせて、市場のあちこちに視点を動かす。
それは正しく初めての場所を訪れた子供の視線だ。
目新しいモノを見つけると直ぐにカメラがその手に現れる――本当の子供であるはずのソラの方が保護者に見えてしまいそうな取り合わせだ。
それは正しく初めての場所を訪れた子供の視線だ。
目新しいモノを見つけると直ぐにカメラがその手に現れる――本当の子供であるはずのソラの方が保護者に見えてしまいそうな取り合わせだ。
「どうして昼までなんですか?」
これは、ソラには馴染みのない事であり、ジェスには馴染みのある事だ。
「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの顔をしてソラにジェスは向き直る。
「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの顔をしてソラにジェスは向き直る。
「この地域の歓待って言えば、『食事』なんだよ」
「……はぁ」
「……はぁ」
ソラにはいまいちピンと来ない。
ジェスは続ける。
ジェスは続ける。
「つまり、市長はこう考えた訳さ――『偉い人がわざわざ訪ねてきてくれたのに、歓待もしないのはどういう事かっ!?』てね。ドイツの特産品はビールとソーセージが定番だが、本当の特産品は“余所者に暖かく、知り合いに厳しく”っていう気風なんだ。彼等にしてみれば、折角来た人にビールと食事を与えなければ、気が済まないんだろうな」
身振り手振りを交えつつ、自信たっぷりに解説するジェスの姿は滑稽なもので、道行く人も何事か、と振り返る程だ。
もはやソラには、少し身を引きつつ頷くしか手段がない。
もはやソラには、少し身を引きつつ頷くしか手段がない。
「ま、もっと簡単に言えば“酒の肴”になったんだろうな、アスランは。こんな場所だから、娯楽が疎いっていうのもあってね。付き合わなきゃ逃げられなかったんだろうなあ」
「……そういうもの、なんですか」
「……そういうもの、なんですか」
一方ソラは、半ば呆れかえりつつ聞いていた。
どうにもこのノリにはついていけない、そんな感じだ。
どうにもこのノリにはついていけない、そんな感じだ。
《要するにここの連中はジェスの様な脳天気集団なんだろうな。ジェスがここに来たがったのも解る様な気がするぞ》
「誤解を招く様な発言はするな、ハチ!俺はソラの為にだなぁ!」
《ほほう?それにしては異様に準備が早かったがな。あの疾風の如き動きは仕事中でもそうは見せまい?》
「……お前とは一度、とっくりと“仕事について”話し合う必要がありそうだな」
「誤解を招く様な発言はするな、ハチ!俺はソラの為にだなぁ!」
《ほほう?それにしては異様に準備が早かったがな。あの疾風の如き動きは仕事中でもそうは見せまい?》
「……お前とは一度、とっくりと“仕事について”話し合う必要がありそうだな」
ついさっきまでパントマイムもかくや、という動きをしていた男が今度は自前のアタッシュケースと腹話術をする――それが奇異に見られなくて何だというのか。もはや市民の遠慮無い視線に晒されて、最近は見られるのに慣れていたはずのソラも赤面した。
しかし――ソラは、直ぐに真顔になった。ジェス改心のトークも今のソラを完全に和ませる事は出来なかったらしい。
「どうして、そんな人達が……」
「どうして、そんな人達が……」
――レジスタンスなんかに身を投じなきゃいけないんでしょう?
それは疑問――言葉にしなくとも解る、疑念。ジェスは頭をぼりぼりと掻きながら、ソラに向き直る。
「……君も知ってるはずだよ。理由は」
正しい事が本当に正しいのなら。悪い事が本当に悪いのなら。世界は何と簡素で、楽な構造なのだろう。
だが、それらは全て人それぞれが持ち合わせるもので、判断基準も人それぞれだ。
今も、ソラの視界の片隅で人々は笑顔を作る。ビールを片手におじさんが、子供の手を引いた母親が、その様子を眺めている安楽椅子に座ったお爺さんが。
せめても、人が笑顔で居られるのは平和の証なのだとソラは思いたかった。それが、テロリズムに支えられているかというのは別にして。
だが、それらは全て人それぞれが持ち合わせるもので、判断基準も人それぞれだ。
今も、ソラの視界の片隅で人々は笑顔を作る。ビールを片手におじさんが、子供の手を引いた母親が、その様子を眺めている安楽椅子に座ったお爺さんが。
せめても、人が笑顔で居られるのは平和の証なのだとソラは思いたかった。それが、テロリズムに支えられているかというのは別にして。
「調査を“デストロイクラス”に絞って見た所、ヒットしたのは十数カ所。まず、まずの出来でしたよ」
「焦らさないで、さっさと結論に入って頂戴」
「焦らさないで、さっさと結論に入って頂戴」
何時も通り勿体付けたオスカーは、ぴしりとメイリンに言われて首を竦める。
「何事も短気は禁物ですよ。昔の人も云ったそうじゃないですか。……ええと、なんだっけな……」
「“急いては事を仕損じる”――何事も急ぐとかえって失敗するという警鐘です。もっとも、今回の事例については当てはまらないと思いますが」
「“急いては事を仕損じる”――何事も急ぐとかえって失敗するという警鐘です。もっとも、今回の事例については当てはまらないと思いますが」
すらすらとエルスティンは語る一方、先んじて進路を防がれたオスカーはばつの悪そうな顔をする。
そんな様を見てメイリンは嘆息する――つくづく、自分には御しきれないメンバーなのだと。
今、メイリンの執務室にはオスカー、エルスティン、エイガーの三幹部――実質の治安警察実働部隊幹部が勢揃いしていた。……まあ、有能には違いないのだろうが、つくづく特徴的なメンバーである。
そんな様を見てメイリンは嘆息する――つくづく、自分には御しきれないメンバーなのだと。
今、メイリンの執務室にはオスカー、エルスティン、エイガーの三幹部――実質の治安警察実働部隊幹部が勢揃いしていた。……まあ、有能には違いないのだろうが、つくづく特徴的なメンバーである。
エイガーは壁際に寄りかかり、腕を組んだままむっつりと押し黙っている。
まるで、“我が出番はここではない”と言わんばかりだ。情報戦は確かにエイガーの好む所ではないが。
そして、情報戦となると主力はよりによってオスカー=サザーランドとなる。
この脱線しがちの男は、これで頼りになるのだろうか?とメイリンは何度と無く自問自答した。
……困った事に、確かに情報収拾は見事なので頼りにするしかないのだが。
しかして、エルスティンが軌道修正しなければ、まともな会議にすらならないだろう。
……エルスティンは、単に突っ込みを入れているだけの様な気もするが。
まるで、“我が出番はここではない”と言わんばかりだ。情報戦は確かにエイガーの好む所ではないが。
そして、情報戦となると主力はよりによってオスカー=サザーランドとなる。
この脱線しがちの男は、これで頼りになるのだろうか?とメイリンは何度と無く自問自答した。
……困った事に、確かに情報収拾は見事なので頼りにするしかないのだが。
しかして、エルスティンが軌道修正しなければ、まともな会議にすらならないだろう。
……エルスティンは、単に突っ込みを入れているだけの様な気もするが。
「……案件をまとめて頂戴、エルスティン」
「了解しました」
「了解しました」
オスカーを相手取って自分のペースに持ち込める者は、治安警察内でもそうは居ない。
エルスティンは数少ない、オスカーがリードを許す相手である。本人達の思いはどうあれ。
エルスティンは数少ない、オスカーがリードを許す相手である。本人達の思いはどうあれ。
「現状で仕入れた情報を整合すると、ドイツ国内に於いて“デストロイクラス”のモビルアーマーが建造されており、おそらくは既に完成しているものと思われます」
エルスティンがさっさとまとめに入る。
オスカーはつまらなそうな顔をしたが、さすがに言動に出す様な事はしない――態度に出してれば同じだが。
オスカーはつまらなそうな顔をしたが、さすがに言動に出す様な事はしない――態度に出してれば同じだが。
「建造場所は何処か?という事については現在調査中。しかし、北海沿岸にモビルアーマー用ドック所持の偽造タンカーが入港とある事から、海路で運送予定ではないかと思われます」
そこでメイリンが口を挟む。
「そのタンカーは拿捕か臨検は出来ないの?」
「……調査はさせますが、難しいと思いますよ」
これはオスカーだ。オスカーは珍しく苦い顔をしている。
「現在、スカンジナビア連合王国で何が行われているかご存じですか?」
「国家聖誕祭でしょ?知ってるわよ」
「……調査はさせますが、難しいと思いますよ」
これはオスカーだ。オスカーは珍しく苦い顔をしている。
「現在、スカンジナビア連合王国で何が行われているかご存じですか?」
「国家聖誕祭でしょ?知ってるわよ」
スカンジナビア連合王国国家聖誕祭――かつて、三国からなるスカンジナビアは一つの王権の元に集い、そして連合王国を築いた。それは、大西洋連合などの強権を発する組織に対抗する目的で造られた集団であったが、長く分離独立していた国家群が一つに纏まった日というのは記念日になりうるものである。
その例に漏れず、スカンジナビア連合王国に於いても聖誕祭と呼ばれる日が存在する――二月二十九日、四年に一度しか訪れない日付だ。この日だけはスカンジナビア国中の王族、貴族が例外無く首都オスロに集結する事になる。
……言い換えれば絶好のテロの機会なのだ。
その例に漏れず、スカンジナビア連合王国に於いても聖誕祭と呼ばれる日が存在する――二月二十九日、四年に一度しか訪れない日付だ。この日だけはスカンジナビア国中の王族、貴族が例外無く首都オスロに集結する事になる。
……言い換えれば絶好のテロの機会なのだ。
「この事態の警護に当たるのはスカンジナビア三軍――スカンジナビアの正規軍のみとなっており、我々の様な外様は期間中、領海に入る事すら不可能になります。そして、件のタンカーは既にオスロ港に入港しているらしき情報をキャッチしています。……意味、解りますね?」
指を立て、小馬鹿にした様にオスカーが付け加えた。
まるで出来の悪い生徒に物を教える様な態度だ。
まるで出来の悪い生徒に物を教える様な態度だ。
「……我々には手出しが出来ない、治外法権だって言うの!?」
メイリンが激する。
内容でもそうだが、先生にも怒っているのは明白だろう。
内容でもそうだが、先生にも怒っているのは明白だろう。
「この時期に入港出来る――それは、スカンジナビアから正当な評価を受けた者達だけだと聞き及んでおる。万一、そのタンカーがテロリスト一味だとしても、正式な礼状無しにはどうにもならん。ただでさえ、我々は“世間の鼻摘み者”故にな」
今まで黙っていたエイガーがうっそりと言う。
それは、確かに真実なのだ。
それは、確かに真実なのだ。
(強権ばかり振るっていたツケがこんな形で出るなんて……!)
歯噛みをしてもどうにもならない。しかし、そんなメイリンを嬉しそうに見る者が居た。
言うまでもない、オスカーだ。
言うまでもない、オスカーだ。
「そう悔しがる事もありませんよ、ザラ隊長」
「今度はどんな漏れがあったかしら、サザーランド先生?」
「今度はどんな漏れがあったかしら、サザーランド先生?」
嫌味たっぷりの両者の応酬に、しかし顔色一つ変える者は居ない。
いつもの事だからだ。
いつもの事だからだ。
「先生とはまた恐縮。……私の考えを述べますと、このタンカーに対しては通報以上の行動はしなくても良いと考えてます」
「腰抜け揃いのスカンジナビア軍に任せるのか?」
「腰抜け揃いのスカンジナビア軍に任せるのか?」
前線で軍事事情を知るエイガーの痛烈な皮肉だ。それを制して、メイリンが促す。
「どういう事?」
「このタンカーという布石は、おそらくこちらへの陽動目的だと思うんですよ。何故かというと、目立ちすぎている。本体が出てきても居ないのに既に足だけが見えている――こんな馬鹿な話は有りませんよ。少なくともテロリストはもう少し賢しいものです」
オスカーが口元に手を当てる――いよいよ本気になってきた証拠だ。こうなるとこの男は頼りになる。
「“頭隠して尻隠さず”。少々下品ですね」
「……諺は別にいいわ、エルスティン。続けて頂戴」
「このタンカーという布石は、おそらくこちらへの陽動目的だと思うんですよ。何故かというと、目立ちすぎている。本体が出てきても居ないのに既に足だけが見えている――こんな馬鹿な話は有りませんよ。少なくともテロリストはもう少し賢しいものです」
オスカーが口元に手を当てる――いよいよ本気になってきた証拠だ。こうなるとこの男は頼りになる。
「“頭隠して尻隠さず”。少々下品ですね」
「……諺は別にいいわ、エルスティン。続けて頂戴」
エルスティンは常にマイペースだが。
「つまり、このタンカーという布石は、『デストロイクラスの存在証明』、そして『我々の誘導』に使われていると思われます。『存在証明』とはそのままの意味。『誘導』とは、タンカーの移動先にデストロイクラスが存在すると思わせる様に使う事も出来るし、タンカーを拿捕すれば警察側が動いている何よりの証明となる。また、実際はタンカーを使わず逆方向へ抜ける算段かも知れない。……面白い布石を打ったもんですよ」
「……相手側にも貴方の様な人間が居る事だけは良く解ったわ」
「……相手側にも貴方の様な人間が居る事だけは良く解ったわ」
メイリンは、人差し指を額に置いて考える。
「それで、こちらはどうします?」
やられっぱなしと云うのは性に合わない。
それは、この場の全員の一致した意見だ。
しかし、予想だけでは動けない。
“確かな”予想が必要なのだ。
深呼吸した後、メイリンは決断した。
それは、この場の全員の一致した意見だ。
しかし、予想だけでは動けない。
“確かな”予想が必要なのだ。
深呼吸した後、メイリンは決断した。
「オスカー、エルスティン――私と一緒にドイツ入りするわよ。現地の方が情報は仕入れやすい筈よ。留守居はエイガーに一任します。頼んだわよ」
「お任せあれ」
「了解ですよ」
「拝命します」
「お任せあれ」
「了解ですよ」
「拝命します」
三者三様の承諾を得つつ、メイリンは考えをまとめていた。
(デストロイクラスが誤報であれば良い。でも、真であるのなら――大変な事になるわ)
メイリンは三者を退室させ、その足で直ぐにライヒの執務室へ向かった。ともかく、ライヒの意見も聞きたかった。
ようやくアスランが解放されて、ソラ達と合流した頃には既に夕日がズールの街を照らし出していた。
「……疲れた……」
アスランはどれ程の苛烈な戦場に行ったとしても、弱音を吐いた事は無いと言われている――これは、戦場にはカウントしないでおこうとジェスは内心で決めていた。
「大丈夫ですか?」
ソラが心配そうに車のシートに横たわっているアスランを覗き込む。
「問題は無い。しかし、少し休ませてくれ……」
間違い無くビールの飲み過ぎとソーセージの食べ過ぎと会話のし過ぎでオーバーワークとなっているアスランに、ジェスは「俺でも、駄目だったかも知れん」と一人ごちる。
「……とにかく、シノ=タカヤがこの街に居る事は判ったぞ……」
弱々しくアスラン。痛々しいが、しかしソラはそちらに気を回す余裕もない。
「何処に居るんですか!?」
つ、口をついて出るのは怒声になってしまう。
そんなソラをジェスがやんわりと諭す。
そんなソラをジェスがやんわりと諭す。
「落ち着けって。余所者が珍しい位の地域だ、この街にいるならいずれ発見出来る。……場所とかは、聞いてるのかい?」
「……それは……」
「……それは……」
アスランが言おうとした――その時。
「――シーちゃん!」
ソラ達のいた場所は立体交差の様な所だった。
高さの違う十字路で、ソラ達は上の通路。そして今、ソラが叫んだのは下の通路を歩いていた一人の女の子へ向かってだ。
高さの違う十字路で、ソラ達は上の通路。そして今、ソラが叫んだのは下の通路を歩いていた一人の女の子へ向かってだ。
「え……?」
その女の子は買い物帰りだった様だった。
フランスパンの入った紙袋を小脇に抱え、すらりとしたシルエットのジーンズを履いている。
割と女性的なソラに対して、男性的なイメージを持つのがシノという女の子の様だった。
一瞬、シノと呼ばれた女の子は、ソラと視線を合わせ――
フランスパンの入った紙袋を小脇に抱え、すらりとしたシルエットのジーンズを履いている。
割と女性的なソラに対して、男性的なイメージを持つのがシノという女の子の様だった。
一瞬、シノと呼ばれた女の子は、ソラと視線を合わせ――
「やばっ!」
踵を返すと、全力でその場から逃げ出す!
「……え?」
数瞬、ソラは何が起こっているのか理解出来なかった。だが、直ぐに立ち直り大声で叫ぶ。
「こ、こらシーちゃん!何で逃げるのよ!」
怒鳴れども、答えは返ってこない。
「もうっ!」
ソラも踵を返し、走って追い掛けようとした時。
正にこの時が仕事の時と動き出した男が居た!
正にこの時が仕事の時と動き出した男が居た!
「はあっ!」
ソラの居た手摺り辺りに一息で足を掛け、高々と天空に舞い――意外と高かった事に内心ビビリつつも――ばあん、と靴音も高くジェスは下の通路に着地する!
「~~~~~!」
地面から伝わる着地のショックがじんわりと頭まで伝わってくる。……半分涙目になりながらも、ジェスの心では使命感が勝った。
「紛争地帯だろうが何処だろうが――スクープを取る為に鍛えに鍛えたこの脚力!逃れられる者など居ないっ!!!」
うおおおおおおおおお……と雄叫びを上げつつジェスがシノを猛追する!その迫力に子供を連れて夕食の買い物に来ていた母親が慌てて子供を抱きかかえて道路の端に寄ったり、お年寄りが腰を抜かしたりしたが気にしてはいけない。
ずどどどどどと、足音も高らかにジェスが走り去る。
改めてぽかんとしていたソラだが、ようやく気が付くとこちらも走って二人を追い掛け始めた。
そして全てが走り去った後――車に残されたアスランとハチは。
ずどどどどどと、足音も高らかにジェスが走り去る。
改めてぽかんとしていたソラだが、ようやく気が付くとこちらも走って二人を追い掛け始めた。
そして全てが走り去った後――車に残されたアスランとハチは。
「俺は、何の為に努力したんだ……?」
《きっと何時か報われる日も来るさ、多分》
《きっと何時か報われる日も来るさ、多分》
……と、黄昏れていた。
様々な苦難に遭うだろうとは、思っていた。
きっと体験した事も無い辛苦があるだろうとも、思っていた。
――しかし、現在の状況は、考えていたもののどれにも当てはまらなかった。
きっと体験した事も無い辛苦があるだろうとも、思っていた。
――しかし、現在の状況は、考えていたもののどれにも当てはまらなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ひいいいいいっ!?」
「ひいいいいいっ!?」
絶叫マシーンと化し、恐ろしい勢いで猛追してくる東洋人――それなりに結構な体躯の男だ――が、目を血走らせつつ追っかけてくれば大抵の人間は恐れを為して逃げる。
本人達の意志に反して。
本人達の意志に反して。
「何故逃げるっ!」
「そ、そんな事言ったって!!」
「逃げるのはやましい事が有るからだっ!!」
「いやあああっ!」
「そ、そんな事言ったって!!」
「逃げるのはやましい事が有るからだっ!!」
「いやあああっ!」
……多分、違うと思う。
とはいえ、シノは元はといえば陸上部所属である。
それなりに足も速い――尚かつ、こんな状況では更に速くなる。……以外と両者の距離は縮まらなかった。
とはいえ、シノは元はといえば陸上部所属である。
それなりに足も速い――尚かつ、こんな状況では更に速くなる。……以外と両者の距離は縮まらなかった。
「ならばっ!」
ジェスの瞳がギラリと輝く。奥歯をぎりっと噛み締め、更なる力を引き出す!
「――加速!」
……まあ、単に気合いを入れただけだが。
しかし、それなりに効果は有ったらしく、みるみるうちに二人の距離は縮まっていく。
しかし、それなりに効果は有ったらしく、みるみるうちに二人の距離は縮まっていく。
「捉えたぁぁっ!」
「ひえええっ!?」
「ひえええっ!?」
両手を広げ、ジェスは一息でシノに飛びつき――こうとして。
視界に、何かで塞がれるのを直前まで気が付かなかった。それがパイだと気が付いたのもぶつかってからだった。
視界に、何かで塞がれるのを直前まで気が付かなかった。それがパイだと気が付いたのもぶつかってからだった。
「――うぶっ!?」
ごしゃっ!
……空中で飛来したパイを見事顔面に食らい、バランスを失ったジェスはそのまま明後日の方向に墜落した。
……空中で飛来したパイを見事顔面に食らい、バランスを失ったジェスはそのまま明後日の方向に墜落した。
「うちの兄ちゃんの彼女に、なんて事するんだ!」
「カシム!」
「……売り物のパイをっ!?」
「カシム!」
「……売り物のパイをっ!?」
怒声と狂乱が入り交じり――シノとカシムはその混乱を縫って逃走した。
ソラが、昏倒したジェスを発見したのはそれから暫く経ってからの事だった。
ソラが、昏倒したジェスを発見したのはそれから暫く経ってからの事だった。
とっぷりと、夜の帳が落ちた。
遠くでは狼の鳴き声が響き渡る――いや、犬か。辺りは既に暗く、家々の灯火が夜道の道標だった。
遠くでは狼の鳴き声が響き渡る――いや、犬か。辺りは既に暗く、家々の灯火が夜道の道標だった。
「……あんなヤツ、俺様に掛かればちょちょいのちょいだぜ!」
「頼りになるわねー、カシムは」
「頼りになるわねー、カシムは」
そんな家々の一つの窓からは、そんな話し声が聞こえる。
それは、家の中が幸せな証拠な訳で――。
それは、家の中が幸せな証拠な訳で――。
「……ここです」
苦り切った声を、その家に案内して来た男――セシルが言う。
「努力とは、報われるものだと云うが……考えてみると最初からこうすれば良かったんだな」
「ヘッドスライディングまでした俺の努力の甲斐もあった訳だな……?」
「……怒って良いですよ、皆さん。私、止めません」
「ヘッドスライディングまでした俺の努力の甲斐もあった訳だな……?」
「……怒って良いですよ、皆さん。私、止めません」
人影は、複数有った。
彼等は迷うことなくその家のドアを開いて、中に入っていく。
その室内が凍り付くのと、怒声が夜の街に響き渡るのは、ほぼ同時だった……。
彼等は迷うことなくその家のドアを開いて、中に入っていく。
その室内が凍り付くのと、怒声が夜の街に響き渡るのは、ほぼ同時だった……。