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EV165/工場の猫

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riwamahi

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03:EV165/工場の猫



吾輩は猫である。

名前は既にあって、ポール・たま・シマ・モモ・レオ・コテツ・リン・チャーチ・ヌース・
ヌンツォ・キャラ・ゴンザレス・チーズ・デミタス・スズ・チャンプルである。
吾輩のような古い猫には、たくさんの名前があるものなのだ。
それぞれに思い出があり大切なのだが、便宜的に単にチャンプルと呼んでも構わない。
おお、めざしでか。非常にいい心がけである。わしはこれに目がないのだ。
ふむ。今日は非常に気分がいい。だから、めざしを進上した礼にお主に猫の目を貸してやろう。
猫の目は、時間にとらわれぬ。未来と過去を行き来するのが猫の目よ。


さる年の春の初め

見渡すばかりの砂漠にある建物は、遠近感が狂うせいか大きさが分かりづらい。
遠くで見るとミニチュアみたいに見える建物は、近くで見ると見上げるほどの工場だった。
ぴかぴかの壁。ぴかぴかの機械。ぴかぴかの制服に身をつつんだ工員たちが
きれいに整列して壇上の人物の声に耳を傾けている。
「…の地獄をくぐりぬけた皆さんのおかげで、やっとこのねじ工場をスタートさせることができました。
ここがリワマヒ復興の第一歩です。
共に助け合い、励まし合って皆が幸せを感じることのできる国にしましょう!」
「はい!」
大勢の工員が元気よく返事をして工場内に散っていく。
演説をしていた人物が、キセルをくゆらせながら、ゆっくりと近づいてきた。
「こんなところに猫さんとはめずらしい。よかったらどうぞ」
と、めざしを目の前に置き、ゆっくりと頭をなでてくれた。
「願わくばあなたも祈ってください。このリワマヒの未来を背負った工場がうまくいくように」
こくりとうなずくと、めざしにかぶりついた。
遠くから大きな声が聞こえてくる。
「Aライン操業前点検!よし!」
「Bライン操業前点検!問題なし!」
「Cライン操業前点検!OKです!」
「0700!リワマヒ国営工場操業開始!」
抜けるようなリワマヒの砂漠の空に、鋼鉄とエンジンの音が響き渡った。
それはこの国に生まれた新たな赤ん坊の産声のように聞こえた。

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いつかの夏の朝

太陽がすっかり登りきると眠そうな顔をした朝番の工員たちがやってくる。
工場の中にはこれまた眠そうな顔をした夜番の工員たちが作業の終わりの工程に取り掛かっている。
これまたこれまた眠そうに出てきたデカイ頭の工場長は、どうやら今日も徹夜で仕事をしていたらしい。
目をこすりながら、それでも一人ひとりに元気にあいさつをしている。
「おはよう、おはよう」
「おはようございます、工場長。新婚さんなのに家に帰らなくていいんですか?」
「まいったぜ。おととい帰ったら、めざしとごはんしかなかった。
しかも窓から入ってきた、猫にめざしをとられた」
「奥さん厳しいですね」
「おう。だから家内に、丁寧に言ったんだ。
『お怒りはもっともです、マイハニー。だからどうか私にご飯を作ってくださいませんか?』ってな。
そしたら、家内のやつ床を指さして
『あなたのご飯は床にあるわよ。だってたまの方が家にいるんだから。
机だって椅子だってそっちのほうが喜ぶわ』だってよ。ちくしょう。離婚してやる」
「そんなこといってラブラブなくせに」
「そりゃあ…まあな。ってあ、たま!てめえこんなところにいやがったか!俺の家庭内地位を返せ!」
追いかけてくる工場長を、するりとかわして工場の中に駆け込んだ。

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すぎさりし冬の晩

下品なアルコールのにおいが鼻をついた。
大きな仕事が終わったのか、工員たちはみな晴れ晴れとした顔でビールを飲んでいる。
でかい頭の工場長が上機嫌に尻尾を引っ張るので、思いっきりひっかいてやった。
それでも笑ってるのを見て気味がわるくなって、とっととテーブルをおりて逃げた。
「モモーモモーおいでおいでー」
居酒屋の店主の娘が、厨房でめざしを手に呼びかけてくる。
この店の唯一の美点は、めざしをメニューに載せていることであり、また焼き具合が絶品なことである。
めざしにかぶりつくと、娘が頬ずりをしてきた。実に食べにくい。
「工場長、息子さん無事にうまれてよかったですね!」
「てっきり工場長みたいに頭がでかくて出てこれないかと思いましたよ」
「なんだとこのやろう!」
軽口をたたいた坊主の工員の頭を、工場長が叩くとその場がどっと沸いた。
「そういや、名前は決めたんですか?」
「おう、ゴロウだ!」
「えー一番目なのにゴロウですか?」
「おう!ゴロンと生まれてきたからゴロウだ!いい名前だろう!」
工場長のだみ声をきき、娘に頬ずりされながら、生まれてくるゴロウがグレないように猫の神に祈った。

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ある夏の夜

工場はしんと静まり返っていた。機械は土埃をかぶっていて、灯りは何一つともっていなかった。
にゃあと一声ないてみた。返事はなかった。
いつもめざしをくれる若い工員も、いつも追いかけてくる頭のでかい工場長も、きれいな奥さんもいなかった。
そして、いつも遊んでやっていた工場長の息子もいなかった。
倉庫にはたくさんの保存食やめざしがおかれていた。
壁にはへたくそな字で、「リンへ、おなかすいたらこれをたべてください ゴロウ」と書いてあった。

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貴重な食べ物のはずだった。自分たちがもっていけば助かる確率もあがるだろうに。
そうでなくても売れば結構なお金になるだろうに。
めざしを一つ加えて、入口の近くの機械の下にうずくまった。
朝になったら、誰かが返ってきて
「こんなところで寝てると風邪ひくぞ」といってくれるのではないかと思って、目をつぶった。

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暮れゆく秋の夕暮れ

工場長が、四角い枠の中で相変わらずの笑顔を見せていた。じつに下品で、汚いが、人懐こい笑顔だった。
ゴロウの腕の中に納まりながら
周りを見ると見知った工員たちの何人かが同じように四角い枠の中で笑っており、
こいつらは何をにやにやしているのかと思った。
そこには泣いている人がたくさんいた。奥さんも、居酒屋の娘も、坊主の工員もみんな泣いていた。
演説をしていた人物も泣いていたように思う。ゴロウも泣いていた。泣くなよと思って一声にゃあと鳴いた。
すると、ゴロウがより一層泣き出したので、文字通り閉口した。
めざしが足らないのかもしれないと思って、腕をするりと抜けて秘密の隠し場所に向かった。
ふと振り返ると大きな夕日が地平線に沈み、その手前では、何本もの煙が空へと昇っていた。


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とある春の昼下がり

工場の中では人々がせわしなくかけまわっていた。
コストをウリに外国からの注文が大量にはいるようになった工場は、
いつもけたたましい鉄の音と、人々の活気に充ち溢れていた。
坊主頭の工員は、いつの間にか坊主頭の工場長になっていた。
でかい頭の工場長は、工場の梁の部分に相変わらず四角い枠に囲われて下品な笑顔を見せている。
今日は珍しく、子どもたちが坊主頭の工場長の後ろにくっついてうろうろしていて、
ときおり工場長が冗談を言うと、工員も子どもたちもみんな笑顔になった。
「この工場の部品は空もとぶし海も走る!電気も作るし、服もつくるんだぞ!」
「えーこのねじは飛ばないし走らないよー」
「うそつきはだめだってサウドのおじいちゃんが言ってたよー」
「ちっちっち!このねじやボルトは今も空を飛んでるし、海を走ってるし、ものをつくってるんだよ。
たとえば、レンジャー連邦の飛行機の部品、よけ藩国のメガフロートの部品、羅幻王国の船の部品、
フィーブル藩国の農業機械や世界忍者国の縫製機械にも使われてるんだ。
いろんなところで活躍してるんだぞー!」
どこからか取りだしたパネルを子どもたちに見せながら誇らしげに説明する。
遠い異国で活躍していると聞いて、子どもたちの眼がキラキラ輝く。
「それだけじゃないんだ。たとえばこのねじを作るための金属はナニワアームズ商藩国から、
このでっかい工場用のコンピューターはフィーブルさんから、
この制服は世界忍者国からはるばるリワマヒ国までやってきたんだよ」
坊主頭が指さすたびに、子どもたちがそれを追ってくるくると表情をかえる。
「みんなと同じように友達同士助け合って共和国って国はあるんだよ。だからみんな仲良くな!」
というと、子どもたちが元気よく「はーい」と答えた。

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吹雪いた年の冬の朝

どんなに寒い冬でも工場は動いていた。冬は工場に限る。機械の下は暖かい。
もちろん下に潜り込むと危ない機械もあるが、そんなドジはふまない。
昼寝にも飽きて、工場を散歩すると、ゴロウが真剣な表情をして古ぼけた機械を操作していた。
隣にはすっかり老けこんだ坊主の工場長がいて、ゴロウに何か熱心に教えていた。
「ゴロウは、やっぱり筋がいいなー工場長の血かなこりゃ」
と言われて、ゴロウはしきりに照れていて、照れた顔は子どもの頃とあまり変わらなかった。
「父さんもこれを使っていたんですね」
「ああ、工場長はどんな特殊な注文もこの機械でガチャコンガチャコン作ってたよ。
ありゃあまさに匠の技だったね」
梁にかざってある工場長の笑顔に目をむけると、機械の緊急停止を告げるアラームがなった。
ゴロウは坊主頭にお礼を言ってラインのほうに駆けしていく。
「ゴロウ、Eライン、メンテ入ります!」
よく通る声が工場内に響いた。

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季節外れの雨が上がったあと

雨上がりの公園のベンチにゴロウと一緒に座っている。
空には虹がかかり、美しい木々の緑が、太陽をうけてきらきらと光っていた。
すっかりしわの多くなった手でゴロウが差し出すめざしにかぶりつく。
ゴロウの孫たちはさっきまで夢中でサッカーをしていたが、遊び疲れたのかボールを抱えて戻ってきた。
「あースズばっかりめざし食べてずるいー!」
「ちがうよ、スズじゃなくてゴンザレスだよ!」
「お母さんはデミタスって言ってたよ」
まったく人間は勝手な名前をたくさんつける。知らんぷりしてめざしを飲みこむ。
虹の向こうには、工場の大きな煙突が伸びていて、猫の耳にはかすかに鉄を叩く音が聞こえた。
かつての砂漠は見る影もなく、豊かな自然にあふれていた。
人々は概ね笑顔で概ね幸せで、それは完全無欠な幸せよりも尊い気がした。
子どもの声はうるさかったが、陽だまりのベンチは暖かく、概ね幸せな気分で眠りについた。

現在かもしくは未来、かつ過去

戻ってきたか。そうとも。
吾輩は猫でありポール・たま・シマ・モモ・レオ・コテツ・リン・チャーチ・ヌース・
ヌンツォ・キャラ・ゴンザレス・チーズ・デミタス・スズ・チャンプルである。
この工場が生まれた時からここにいて、この工場がなくなるまでここにいるだろう猫だ。
猫の目は、時間にとらわれぬ。お主がみたのは未来であり、過去の工場だ。
それは起こったかもしれないことで、起こるかもしれないことだ。
ほれ、休憩時間も終わるぞ。坊主頭がどなっとるわ。

ようこそ、新人工員君。お主は最も新しい吾輩の家族だ。

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担当:
絵:和子
文:ダムレイ






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