食糧倉庫・花沢さんの産業育成
「倉庫管理の仕事だけじゃ食っていけないよ……」
それはリワマヒ国の食糧倉庫がまだドン冷えの景気に包まれていたころのお話です。
緑化が進むリワマヒ国には、食糧倉庫という施設がありました。
倉庫は多くの聯合国の技術を結集した、ハイクオリティな施設でしたが、人々の生活には
あまり寄与していませんでした。
倉庫の収入では食っていけないと、人々は嘆きながら、日々、仕事しておりました。
そんなある朝のこと。
鈴木商店という小売店から、相談の電話がかかってきました。
どうも、スプリンクラーの故障で店舗倉庫が水浸しになってしまったそうなのです。
電話を取ったのは、食糧倉庫の社長、花沢さんです。
困る鈴木さんに、花沢さんは言いました。
「困ったときはお互い様です。うちで預かりましょう」
鈴木さんは大変感謝しつつ、その日の昼前にトラック数台で食糧倉庫に乗り付けました。
食糧以外のものも含まれていましたが、花沢さんが見る限り、倉庫内にしまうのは問題がなさそうです。
あらかたの荷物をフォークリフトとターレットトラックで運び終えた花沢さんと鈴木さんは、
甘茶を飲みながら、一息入れました。
鈴木さんは、倉庫に自分の店でも売っているような品物がちらほら倉庫においてあることに、気付きました。
「花沢さん、こちらは配送もやってるんですか?」
「ええ。ただ、昔は荷台積みのプロも何人かいたんですけどねえ」
そういって花沢さんは、壁に飾られた写真、ありし日の食糧倉庫社員たちの集合写真に視線を泳がせました。
度重なる事件の被害は、リワマヒの産業に深い爪あとを残しているのでした。
「花沢さん。私の店の品物を今後もこの倉庫に置かせてもらえませんか」
花沢さんがいいました。
「それは構いませんよ。ただ、倉庫が店の近所にないのでは、商売が難しいでしょう。
今の話は承るとして、よかったら私のどころの倉庫から日ごとに配送しましょうか?」
いち店舗への配送ぐらいなら、今の人員でもなんとかなるだろう。と、花沢さんは読みを入れたのでした。
鈴木さんはたいそう喜んで、それは助かります。それでは、前の日に売れたものだけ連絡するようにしますね。
と言いました。
「でも大変じゃないですか?」
「確かに大変になるかもしれませんが、いち店舗だけのことでしたら、余っている人手で何とでもなりますよ」
鈴木さんは言いました。
「それが、うちの店は支店と本店の二箇所あるんです」
花沢さんは、少し考えてこう言いました。
「荷台の調整で対応しますよ。配送に少し時間かかりますけど、いいですか?」
「いや、それは困ります」
二人はうーん。とうなり、頭をひねった後、やがて、アイデアを出しました。
- 発送する商品を両方の店舗にうまくおろせるよう、荷台に積むのが難しい。(問題)
- だが、発送の量自体はそんなに数が多いわけでもない。
- ならば、二台に積むのを簡単にすればいいだろう。
- そこで、発送する商品はすべて、「大・中・小」の三種類の段ボール箱にいれる。
商品はダンボール箱のなかでパッキングされ、動かないようにされる。
- 全ての商品が3種類のダンボール箱のどれかになっているので、二台に積むのがウルトラ簡単になる。
- 積み込みがウルトラ簡単なので、配送処理が早く済む。(解決)
花沢さんと鈴木さんはお茶で祝杯を挙げながら、
「このアイデアは、もし、もっと偉い人がいたらすごく怒られるだろうねえ」と言い合いました。
それぞれ、自分が丁稚奉公だったころに先輩たちから言われていた、
「空気を運んではいけない(荷物はすきまなく詰んで送れ、の意味)」という教えを、思い出していました。
数週間後。
鈴木さんは血相を変えて花沢さんの倉庫にやってきました。
「大変です、花沢さん」
どうしたんですか。と尋ねると鈴木さんは、店の利益率がすごい上がってるんです。と答えました。
鈴木さんと社員さんが分析したところによると、
配送で入ってくる量が販売量とおおむね変わらない程度しかないので商品の陳列に余裕ができ、
売れたものしか仕入れないので、現金がきちんと現金として店に残っている、ということでした。
「これもみな、社員のがんばりと、日ごとの配送をしてくれている花沢さんのおかげです。」
2人は今度もお茶で、祝杯をあげました。
鈴木さんは、領収書を持ってくる花沢さんを待ちながら、ふと、倉庫の片隅に目をとめました。
満面の笑みで領収書を持ってきた花沢さんに尋ねます。
「ところで、倉庫の壁際にある I=D は何ですか?」
花沢さんは答えました。これは、食糧倉庫用に藩王様と東さんが開発した、特殊用途アメショーです。
「名前をヒエショーというのですが、リワマヒ国にはパイロットがいないので、動かせないのです」
しばらく考えて、鈴木さんはこう言いました。
「うちの店に、森国出身者のパイロットがいます。その方に操縦をしてもらうのはどうでしょう?」
それはいいですね。と答えた花沢さんは、さっそく鈴木さんと賃金交渉を始めました。
また少しの時が流れました。
花沢さんと鈴木さんは、大衆的な飲み屋で祝杯をあげました。
森国人パイロットの鈴木商店社員、原田さんも一緒に酒を飲んでいます。
原田さんを迎え入れた食料倉庫は、大きな荷物をどんどん回せるようになりました。
これまでフォークとターレットと人力とで回していた積み込みが、ヒエショー導入で大きく、効率アップしたのでした。
少しずつ商売を広げていくことができるようになった三人は祝杯をあげながら、こう話し合いました。
「この方式をもっとて広くできないかな」
花沢さんは少し考えてこう言いました。
「発送伝票、つまり前日の販売データがすぐそろうなら、できると思います」
しかし、そのときは沢山のデータをさばく必要があることから、事務処理の大変さが極端に増えるだろう。と、言い添えました。
三人が腕を組んで、うーんうーん。と考えていると、横に座っていた男性が声をかけました。
ふさふさとした銀髪で、どうやら西国人の、エンジニアのようでした。
エンジニア氏はこう言いました。
それはつまり、契約したお店の販売情報が倉庫に即座に転送されて、集約されればいい、ということですね。
彼はどうやら情報技術のエンジニアのようでした。
花沢さんはエンジニアさんに一杯おごりながら、うなずきました。
「そうです。これまでは、ペンと紙を中心にやってたんですが、もっと良い方法がないかなと思うんです」
「それは簡単なことです。
POSシステムを導入すれば普通にできることです」「ポス?」
エンジニアの中村さんは、卓上のぐいのみに割り箸の橋をかけながら、説明しました。
POSシステム(Point Of Sales system)とは、
店舗で商品を販売するごとに商品の販売情報を記録し、集計結果を在庫管理する、というシステムです。
花沢さんと鈴木さんはそれはいい方法だと、中村さんと具体的な話し合いの場を作ることを約束して、
また祝杯をあげました。
半年と数ヶ月の時がたち、フィーブル藩国のエンジニアこと中村さんが作った POS システムが
食料倉庫を中心に、リワマヒ国内のいくつかの小売店に導入されました。
鈴木さんの経営する鈴木商店も、そのひとつです。
それぞれのお店での販売データは食糧倉庫に集まり、
いまやあらゆる物を扱うようになった食糧倉庫からは、
各店舗で前日売れた商品、売れ筋の商品などが、次々と発送されてゆきました。
各店舗の売れ筋がはっきりと見え、また、随時更新されることから、
導入した店は仕入れをますます正確なものにしていきました。
鈴木さんは、この商売はすごくもうかるね。といいました。
花沢さんは、ヒエショーパイロットの原田さんを目で追いながら、
目の回る忙しさだけど、とてももうかるねえ。といいました。
システムを運用するエンジニアの中村さんは、
販売データもどんどんたまっていく。これは、儲かるぞ。といいました。
またしばらくの、時が流れます。
やがて、国内外から、リワマヒ国の販売データを見たいという人が次々と、現れました。
データが入ったコンピューターは、食糧倉庫の涼しい環境制御により、いつも快適に動いていました。
鈴木さんと中村さんと花沢さん、パイロットの原田さんは、4人で相談して、人々にこう、言いました。
「30万でいいよ!」通常の広告代理店がつけるであろう額の、20分の1ほどの値段です。
このデータもまた、飛ぶように売れました。
さらに時は流れ、
地元の会社を辞めてデータ管理に専念するようになった中村さんのところに、同郷の友人である高橋さんが尋ねてきました。
「中ちゃん、いい仕事やってるみたいじゃない」
彼もまた、情報科学のエンジニアでした。
高橋さんは中村さんと大衆飲み屋で親交を暖めたのち、こう、切り出しました。
情報の倉庫をやらないか。と。
中村さんと高橋さんは、花沢さんのところに向かいました。
「データセンターをやらせてくれませんか。ハウジングサービス事業をやりたいんです」
高橋さんが説明するところによると、ハウジングサービスとは、
お客さんの通信機器や情報発信用のコンピュータを、設備の整った施設に集約して設置するサービス、ということでした。
機器はすべてお客さんが用意したものを使うので、食糧倉庫は場所と回線、電源などを提供すればよいそうです。
「リワマヒ国は幸い、土地代も、人件費も安いですし、
品質管理の厳しい食糧の倉庫を長年運用している分、外的環境維持のノウハウも豊富です。
共和国内の産業振興政策で、海法よけ藩国から大容量の電力供給を受けることも、
できるようになると聞いています。
情報インフラは、フィーブル藩国から協力を得られると聞いています」
花沢さんは深く考え、ぜひ、やりましょう。一緒に勉強させてください。と答えました。
こうして、倉庫事業、POSシステム運用、データ販売業に加えて、データセンターも併設するようになった食糧倉庫は
昔とは比べ物にならないほどに、じゃんじゃんお金を稼ぐようになったとさ。
めでたしめでたし。
担当:
文:室賀 兼一