資源削減計画(楽園島)・草野さんの産業育成
「そもそも物がないし、なおしても売れないんだよね……」
そうつぶやくのは、資源リサイクル工場に勤める、草野さんだ。
ここはリワマヒ湾に浮かぶリサイクル工場を有する、楽園島。
草野さん一家は、草野さんと、奥さんと子供が一人。幸いにも戦火に巻き込まれることなく、
なんとか逃げ回り、工場もまた守ってこれていた。
しかし藩国へのダメージは確実に楽園島の経営へ蓄積されていた。
「当時はとにかく、物がなくてねえ」
のちの筆者の取材に対し、苦しい胸の内を明かす草野さん。
子供は高校生となり、
夜は他の工場が運営する夜間学級に通いながら、勉強を続けていた。
息子は、ぶっきらぼうではあったが、勉強が好きだった。
しかし、いい学校に入れてやる余裕は、草野家にはないのだった。
今夜も会計処理を苦心惨憺(さんたん)していたところで、
子供が夜学から帰ってきた。
今日の授業のおさらいとして、草野さんは息子に授業の内容を聞いた。
これも、勉強の一環だ。
「情報科学。」
息子は簡単に答えた。
そうして、小脇に抱えていた機械を草野さんに見せた。
黄色く変色して、見るからにこ汚い箱だ。
「これ、直せた。」
コンピュータだ!
西国の藩国で廃棄にまわされた、ジャンク品の寄せ集めだという。
もともとは、資源を輸入するついでに
いらない電化製品などの回収を呼びかけながら帰ってくるトラック部隊が、引き取ったものらしい。
(なお、騒音と住民との対話には十分配慮するよう、これは藩王らから直々に申し送られている)
「これ、売れないかな。」父に尋ねた。
「うーん。」
カタログで同等の製品を確認しながら、草野さんは息子に答えた。
さすがはもともと廃棄処分にされたものらしく、型式はだいぶ古い。
しかし、コンピュータの少ないリワマヒ国内にかぎれば、需要はあるかもしれなかった。
「でもこんなに黄色く変色してちゃ、ちょっと売れないわね」
奥さんはしみじみつぶやいた。
息子は食いさがる。「この黄ばみ、なんとかならない?洗うとか」
草野さんは腕を組んで、答えた。わからん。
「先生に聞いてみよう」息子は言った。
技術研究に関して進んでいる、西国系国家に留学したリワマヒ国人が近くの工場で働いていた。
ここでは先生と、呼称する。
次の日、草野さんは仕事を終えると、息子と合流して、先生の所に向かった。先生の名を田中という。
田中先生は藩王様が視察に来るというので忙しくしていたが、
訳を話すと時間を作ってくれた。
「コンピューターの外装に使われているプラスチックや、ゴム、繊維は、もともと可燃性なんだ」
田中先生は分かりやすい説明で定評があった。
「だが加工に際しては危ないので、難燃剤、燃えにくくする薬剤を混ぜ込んでいる。
これらが空気にさらされ続けて、酸化するのが、黄変、つまり黄ばみの主な原因というわけさ」
「それって戻らないの」生徒が尋ねる。
「そうだな草野。
要は、黄変の原因である酸素を取りのぞけばいいんだが」
先生は腕を組んでうーん。と考え込んだ。問題があるらしい。
そこに金髪、やせぎすの男が声をかけた。
「話は聞かせてもらいました!」「わっ。藩王様!」「出たー!」
誰が出たんじゃ。と内心で突っ込みながら、窓から顔を覗かせたのは、なんと室賀藩王であった。
「お任せください。
プラスチックの黄変でしたら、何とかできるかもしれません」
草野さん親子と先生は、顔を見合わせた。
「藩王様、どういうことです」
「はい。
黄変の原因である、難燃剤の主成分は、臭素化合物です。
この臭素化合物というやつは、たいへん光分解しやすいという性質があります」
「強い光のエネルギーで、分子の結びつきが外される反応のことですよ」田中先生がフォローする。
「つまり、強い光を当てると黄変が直るんだね。
でも藩王様、強い光と言っても、かなりの強さが必要じゃないですか?」」
室賀藩王は続ける。
「いい指摘です。
それについては、光分解を助けるブースターとなる酸化剤を補助に使うことで、補います。
化学変化をしやすい環境に、ととのえるんですね」
「でも、そんな強い薬剤は……」田中先生は、言いよどんだ。
さきほどから言い出せなかったのは、強い薬剤は、それなりに値段も張るということだった。
室賀藩王は、頷いた。
「任せてください。
弱い薬剤でも強い効果をだす方法があります」
様子を聞いて、だんだん人が集まってきた。
室賀藩王の弁舌はますますさえわたる。
「具体的には、紫外線と酸化剤を使います。
紫外線を酸化剤に当てて、酸化剤を分解。より酸化力の強いヒドロキシラジカルを作り出します」
「ひどろき…何?」
「一時的にバランスの壊れた酸素です。活性酸素とか呼ばれています。
これは大変壊れやすく長持ちしないのですが、大変酸化力がつよいという性質があります。
この性質を利用して、弱い酸化剤を強い酸化剤の変わりにする、というわけです!」
おおーー。周りで聞いていた群衆が拍手をする。手を挙げて答える室賀藩王。
「で、その酸化剤はどこに」
「田中先生、未決書類用の透明なトレイと、漂白剤。ありますか?」
あるある。洗濯場に。群衆の一人が答えた。
世界忍者国から導入した工員用制服を洗う洗剤は、化学にすすんだ西国諸国より輸入されていた。
トレイは田中先生が持ってきた。
天候はピーカンだ。
室賀藩王は黄ばんだコンピューターから外したパネル(5インチベイ用)を手に取ると、
透明トレイに入れ、全体がひたる程度に漂白剤を入れた。
室賀藩王は言った。
「3日ほど、このままにしておいて下さい」
それから、3日が過ぎた。
草野さん親子と田中先生は、宮廷の一同とともに、パネルを手に取った。
見事に黄ばみが、なくなっていた。
にっこり笑う藩王。
「この方法なら、これまで無理に燃やしていた製品も、きれいにしてもう一度使うことができるようになりますね!」
草野さんは興奮していた。
「幸い、リワマヒ国では日光はタダですしね」タダ、無料。なんとすばらしい響きだろう。うっとりする一同。
「さあ、ゴミを集めて漂白して、国内にどんどん売り出そう!」
こうして楽園島では、ジャンク製品の再生事業が、はじまった。
再生・漂白され、綺麗になったコンピューターは、
もともとコンピューターの絶対数が少ないリワマヒ国において、飛ぶように売れた。
機能はそれなりだったが、もともとタダ同然の金額で仕入れた品物である。
楽園島にはどんどんお金が入ってきた。
こうして楽園島がそのリサイクル工場としての姿を取り戻し始めたとき、
再び室賀藩王は、何を思ったか今度は楽園島を訪れた。かたわらにはダムレイさんを連れている。
「こんにちは」
「おお、藩王様。お越しになるなら連絡をいれてくださればよかったのに」
「いえいえそれには及びません。今日は草野さんに相談があってきました」
「と言いますと」
ダムレイさんが口を開く。
この人物、FROGという民間支援団体を運営している。
「今回見つかった、酸化剤と紫外線を使う漂白方法。浄水施設に使えないかなと思うんです」
「浄水施設ですか?」
浄水施設といえば、紅葉国が有名だ。確か、コイが活躍しているとか。
「この漂白法と、過去、リワマヒ国の災厄を解決した、活性炭の吸着機能を使えば、
きわめて安価に、浄水施設が作れるんじゃないかと思うんですよ」
室賀藩王が言葉を継ぐ。
「浄水施設は、砂漠でも、復興中の国でも、重要です。もちろん、うちの国のような国でもね。
さらにこの技術は、日光と若干の漂白剤があれば、できてしまう」
「しかし、漂白剤は…」
「これはまあ、買わないといけませんけどね。
ま、それこそ、さらし粉とかで代用してもいいわけで。
何段階かにわけて、連続的に処理すれば、速度は遅いながらも、理論上はずっと浄水を続けられます」
草野さんは笑って、答えました。
「それは面白いですね。だが一つ問題があります。
勉強のために、息子を国費留学させる必要がありますから!」
こうして、楽園島から一人の留学生が旅立った。
のちに楽園島は途上国向けの安価な浄水施設の販売を開始。
皆の生活を豊かにしていったという。
めでたしめでたし。
担当:
文:室賀 兼一