Crisis(前編)

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Crisis


傾きかけた日の光が降り注ぎ、緩やかなそよ風が全身を包みこむ。この柔らかな暖かさは、桜舞い散る季節の特権だろう。
視線を上げれば雲ひとつない、まさに快晴というべき空が広がっていた。吸い込まれそうなほどに澄み切ったこの青は、今も自分の周りで吹き抜ける小さな相棒を連想させる。
それに加えて眼下に広がるこの眺めだ。町はおろか島全体を見渡せるほどの絶景、なんだか自分が空を飛んでいるような感覚に――――?

(――――っ!? いけない、こんなところで眠りに落ちるなんて……)

急激に現実へと引き戻される風間の意識。空を飛んでいるどころか、実際に自分は吊るされている。下手に動けば絶景目掛けて直下降しかねないのだ。
目線をもう少し下へ落とし、自分が今吊るされている建物……放送局を見る。ここに縛り付けてくれたあの怪物はまだ帰っていないようだが、縄を解いてくれそうな人物もいない。
ドレイクに変身できればこの縄など簡単に千切れるのだが、運の悪いことにドレイクグリップは屋上に空しく転がっている。恐らく縛られた際にでも零れ落ちたのだろう。

(拾わせる……のは無理でしょうね、あの短い足では掴むのも難しいといったところですか。)

こちらの考えていることがわかったのか、ドレイクゼクターは低く翅を唸らせしょぼくれた様な仕草を見せる。
気にすることはない、そう声をかけようとした瞬間に、それまでの心地よい物とは明らかに違う異質な風が割り込んできた。

「主よ。御身の望む通り、我が手に人の子を掴んだ。」

風間の耳が、どことなく女性のそれに近い声を捉える。まるで空中を歩くかのように現れた怪物は、剣を持った手で器用に人一人を抱え、その顔を風間へと向けた。
そういえば、人の塩がどうとか言っていたな……などと冷静に思い返す風間だったが、風のエルが運んできた見覚えのある顔を見た瞬間、叫ばずにはいられなかった。

「ハ、ハナさん!?」

そしてそれは、空ろながらもまだ意識のあったハナも同様であった。

「えっ、大介!? 何でアンタがここにいるのよ!?」
「……?」

風のエルは、バタバタと暴れるハナと風間とを交互に見て首を傾げる。唯の人間一人に、主がなぜここまで反応するのか理解しかねるからだ。

「どうなされた? もしや、お気に召さなかったか……ならば、すぐに新たな贄を手に。」

そう言うと風のエルは風間に背を向け、ハナの首を捻り切らんと両腕に力を込めた。

「ま、待ってください!別にそういうわけではありませんから、その手を離してください!!」

ハナの意識が暗黒に落ちる手前で、風間が急いで静止を呼びかける。飛び掛ったドレイクゼクターを軽く払って、風のエルはその手を離した。
鈍い音とともにハナの体は屋上のコンクリートへと叩き付けられるが、今は痛みを気にかけるよりも解放された喉で精一杯息を吸うことに意識が向いていた。
その姿に顔をしかめながら、風間は前を見据える。向こうは宙に浮いているため、自然と風のエルと目が合った。

「……その人は、私が直接判断します。この縄を解いてもらえませんか?」
「ならぬ。主の手を煩わせるまでもない。」

即答だった。断った理由はあまり嬉しいものではなかったが、尚も風間は食い下がる。

「私が直接、自分の手で判断したいのです。お願いします、縄を解いてください。」

しばらく考え込むような仕草を見せる風のエルだったが、観念したようにパーフェクトゼクターを振り上げ、風間を縛る枷を切り落とした。
即座に受身を取って着地した後、すぐにドレイクグリップを確認した。が、どこにも見当たらない。

「そんな、確かにさっきまでこの辺りに……」
「さぁ、立つのだ人の子よ。そして我が主に紅き水を捧げよ。」

音も立てず地に立った風のエルが、呼吸を整えていたハナの首根っこを持ち上げる。急に立ち上がって景色がぐら付くハナの耳に、カランと何かが転がる音が響いた。

(……あれ、これって……)

視界の隅に映ったのは、見覚えのある青色のグリップだった。


   ◇  ◇  ◇


橘朔也は、十分な思考の末ついに決断を下した。
志村には行けと言ったが、ある程度戦闘訓練をつんだとはいえ、丸腰の人間が向かった所でどうにかなるものだろうか。
仮面ライダーやアンデッド、ゾル大佐のような改造人間とこの島には人知を超えた存在が大勢いる。志村の仲間がどれほどの力を持っているかわからないが、それでも安心は出来ない。

そして、自分の手には戦う力がある。ならば、今すぐにでも加勢に行くべきではないだろうか。

保身ばかり優先させていたら、またいつ禍木達やゾル、剣崎のような犠牲者を出してしまうかわからない。橘にとってそれは最も恐ろしいことで、最も阻止せねばならないことだった。

(ここは三階、階段からはだいぶ離れている。扉を蹴破って、下へ降りるまでせいぜい数分……どこかの窓から飛び降りたほうが早いか。)

ギャレンバックルにダイヤのエースを差し込み、アンデッドの力を最大限引き出せるように集中する。このシステムは融合係数が大きな戦力の鍵となるからだ。
手を左胸の前に翳し、握り拳を作って静止。あとは叫び、一息にこのベルトのレバーを引くだけである。

「変し――――」
『はぁーい☆ 橘さぁん、おいたの反省は出来ましたかー?』

驚きで全身が強張った。それまでいくら弄っても返事の一つもよこさなかった機械から、突然耳に痛いほどの音量で女の声が流れてきたのだから。
振り返らずとも、音声だけですぐわかる。スマートブレインのあの青いキャンペーンガール、自分をここに立ち止らせている原因を作った存在だ。

「黙れ、さっさと扉を開けろ。」
『やだぁ、怖~い! でも大丈夫ですよぉ、あと一時間もすれば開くように設定してますからん♪』
「……何?」

一時間という具体的な数字に違和感を覚え、携帯電話で時刻を確認する橘。ディスプレイはちょうど、時刻が五時に切り替わったところだった。

「放送か。」
『ピンポ~ン! 我々としてもいつまでも閉じ込めているのは面白くないのでぇ、次の放送が終わったら扉を開けてあげたいと思いまーす!』

舐めた真似を、と内心で毒づく。口に出してもよかったが、出来ればそれは相手の姿が見えたときまで取っておきたい。
しかし、予想だにしていなかった敵との接触は一種の好機でもあった。うまくすれば思いがけない情報を得る可能性があるからだ。

「一つ聞かせろ。俺を足止めしたのは、こいつと何か関わりがあるのか?」

こいつ、とは橘に支給されたトランクボックスの事だ。餅は餅屋、というようにこの機械を作ったスマートブレインなら、何か情報を落とすかもしれない。
しかし帰ってきたのは嫌になるほど長い沈黙と、

『…………ひーみーつ、ですっ♪』

嫌になるほど腹立たしい、何のたしにもならない言葉だった。
しかし得たものはある。関係ないと即座に否定しなかったこと自体が、橘の仮説をより真実味のある物へと引き上げる。

「そうか、では悪いが俺は行かせてもらうぞ。下で部下が……仲間が戦っているからな。」
『あらら、ざぁんねん。じゃーあ、お姉さんから一言だけ、アドバイスをあげちゃいますよ!』

俺のほうが年上だろう、という言葉をかろうじて飲み込んで耳を傾けた。たいした話ではないだろうが、情報は多いに越したことはない。

『あんまり人を信用すると、また騙されちゃいますよぉ?』

「…………何?」
『あーん、悲しいけどおしゃべりの時間はここまでです、では、橘さんも残りのゲーム、しっかり生き残ってくださいね☆』

疑問の声は相手に聞かれもせず、そのまま一方的にスピーカーを切る音が聞こえた。
物言わぬ機械を前に、橘はスマートレディの言葉を反芻する。また騙される? いったい誰に騙されるというのだ?

「いったい、どこがアドバイスなんだ……いや、まさか。」

再び時計を確認すると、時刻はもう五時を七分も過ぎていた。変身時間から考えてみても、もう戦闘が終了している可能性は極めて高い。
アドバイスと偽り、自分を少しでも長くこの部屋に閉じ込めることが目的だったのだ。騙されるとは、恐らくそういうことだろう。

「一杯食わされたか……チッ!」

もう躊躇している暇はない、一刻も早く行かねば志村達の命に関わる。再びレバーに手をかけて、手を引こうとした瞬間だった。
すぐ上の階から、建物全体を揺るがすほどの爆音が響いたのは。


   ◇  ◇  ◇


「ハナさん、それを蹴って、そうしたらすぐに離れてください!!」

風間の絶叫を待っていたかのように、ドレイクゼクターがその薄い羽で風のエルの目元を切り裂いた。

「ゴァッ……」

直撃はしなかったものの、目のすぐ下を狙われ視界が数秒暗闇に奪われる。瞬間的にハナを握っていた手も離してしまった。
ハナもその隙を逃さず、ドレイクグリップを風間の元へ蹴った後、離れる際にがら空きの鳩尾へと一発肘鉄を打ち込んでやる。

「変身!」
―― HENSHIN ――

拾い上げたグリップにドレイクゼクターを装着させ、叫んだ。青い装甲がその身を包み、蜻蛉を模した頑強な鎧を生み出していく。
頭頂部まで装甲に包まれ、目に当たるスリットが淡く輝く。ZECTが誇る射撃のライダーが、今再び現れたのだ。

「ハナさん、どこか安全な場所に隠れててください。」

言いながらドレイクゼクターを構える先では、風のエルがようやく視力の戻った両目を見開いていた。

一つ、この場にいる誰もが知らない事実がある。

風のエルは、今風間がドレイクに変身する瞬間を見ていない。だがそれだけではなく、以前にも風間がドレイクに変身する場面へと立ち会っている。病院での、死神博士一派襲撃時での出来事だ。
その時は、ゼロノスとの敗北に起因する戦闘欲求への目覚めと、とパーフェクトゼクターの使用法を知った事による意識の高揚とで、一種の興奮状態にあったといっていい。
それ故風間がドレイクに変身したのを見ても、特に記憶に残るほど意識しておらず、ただ獲物が戦う姿になったとしか認識していなかった。
風間の変身解除の時もイカデビルと交戦していたし、そこから先は語る必要もないだろう……さて、何を伝えたいかというと、


風間大介がドレイクであることを、彼……あるいは彼女はまったく覚えていないという事。


つまり、風のエルから見ると今の状況は『遣えるべき主が消え失せ、突然新たな敵が現れた』という他ないわけだ。

「オォオ……オオォオゥアアァア!!!」

そしてその事実は、激高とも感激とも取れる雄たけびを合図に、何のためらいもなく主と慕っていた存在へと牙を剥く。
引き金を数度引き絞り、牽制の弾を打ち出すがその勢いは止まらなかった。だが、ドレイクの方もこれで止まるとは思っていない。

「ハァッ!!」
「グッ、まだ、です!」

振り下ろされた刃の切っ先が、ドレイクの右肩を叩く。口元に繋がるパイプが切断されるも、分厚い装甲のおかげでその下の関節はまだ死んでいない。
懐に飛び込んできた風のエルをしっかり掴み、空いている手で至近距離から銃弾を打ち込む。もう一度パーフェクトゼクターが迫る寸前に、尾のレバーを引き抜いた。

「キャストオフ!」
―― CAST OFF ――

一瞬のうちに、その身から全方向へと弾ける装甲。うち一つが風のエルを直撃し、鳥の顔を模した額を打ち抜く。
そこから流れる赤い血をまるでシロップのように舐め取ると同時に、脱皮を終えた青い風が、鋭く佇むその翼を光らせた。

―― Change Dragonfly ――

「大介! するならするって事前に言ってよ!!」
「すみません、ですが状況がそれを許さなかったもので……とはいえ……」

口ではハナと会話しつつも、その目と指は休むことなく風のエルを捉え、引き金を引き続けている。
今度は牽制などではなく確実に仕留めるつもりで撃っているのだが、どうやら先ほど一撃当ててしまったのが不味かったらしい。

「ハァッ!」

翳された手から突風が吹き出し、華奢なドレイクの体を簡単に吹き飛ばす。必死に手すりにしがみ付くが、その勢いは収まるどころか強くなる一方だ。

(かえって動きを良くしてしまったか……だったら!)
── Clock up ──

ベルトから電子音声が流れ、ドレイクは別の時間軸へと飛び込む。大気の流れを肌で感じながら、風のエルの背後へと回り込んで拳で一撃。
照準を目の前の背中に合わせ、ドレイクゼクターの翅を折りたたみレバーを引く。銃口に青いエネルギーの弾が浮かび上がって空気を震わせた。

「ライダーシューティ……なっ!?」
── Hyper Blade ──

外の時間から、突如赤い斬撃が襲ってくる。とっさに脇へと転がって避けたが、同時にクロックアップが解けてしまう。
再び動こうとベルトに手を伸ばした時には、もう既に喉元へパーフェクトゼクターの切っ先を突きつけられていた。

「風の動きを見れば見抜くは容易い……流れが単調。」
「……クッ」

一直線に背後へ回り込んだのが仇となった。このまま銃で打ち抜いても、その時には既に首と胴から赤い花火が噴出していることだろう。
何か隙があるはずだと探すが、冷徹にも風のエルは隙を見せずグリップを折り曲げ、皮肉のつもりなのかガンモードで処刑宣告を下した。

「去ね。」


――――――パァン。


……銃声にしては、妙に薄っぺらい音が木霊する。指がまだ引き金を引いていない事を確認し、音のした方を向くとそこには。

「大介を離しなさい!」

物陰に隠れていたはずの贄――――ハナが、白い紙切れを持って立っていた。少しも足を震わせていないのが、風のエルには少し不思議に感じられた。

「……! 今です、プットオン!」
―― PUT ON ――

この好機を逃がすまいと、切り離された装甲が再び集まりその身を覆う。風のエルがその事に気づいた時には、ドレイクの銃口が火を噴いていた。
空を駆け抜け攻撃自体は避けられてしまうが、絶体絶命の状況だけは回避した。起き上がり、ハナの下へ駆け寄って言う。

「ありがとうございます……ですが、危険すぎます。一歩しくじれば貴女が……」
「何言ってんのよ、これでおあいこよ。それとも……」
「それとも?」

少しの間静寂が流れ、ハナの顔が恥ずかしそうに俯く。

「それとも……こんな危ない女は、迷惑かしら?」

口をついて出てきたのは、意外な言葉だった。
彼の知るハナという人物からはとても予想できないような発言に驚き、仮面の下で風間は微笑んだ。

「……いえ、嫌いじゃありませんね。」
「……そう。」

一言だけ呟いてまたいつものように、あの勝気な笑みを見せる。いつもの彼女だと安堵し、正面へとドレイクゼクターを構えた。
降り立った風のエルが放ったエネルギー弾を打ち落として、三度目のレバー操作。鎧がスーツから浮き上がり、待機音が流れ出す。

「ハナさん!」
「何?」
「伏せてください! キャストオフ!!」

―― CAST OFF ――
―― Change Dragonfly ――

流石に二度も同じ手は食わないとばかりに、飛んできた鎧を叩き落す姿が見えた。脇ではハナがほんの少し腰を抜かしている。

「事前に言えとは言ったけど、出来ればもうちょっと早く言って欲しかったわ……」
「次から努力しますよ。さあ、早く隠れて!」
── Clock up ──

二度目のクロックアップ。先ほどとは違い、正面から向き合わず動き回りながら次々と、しかし確実に銃弾を打ち込んでいく。
切り離された世界の外から、風のエルの目が少し遅れてこちらを追うのが見えた。動きを見ることは出来るようだが、その先を読めないのでは見えないのと同じだ。

(あなたが教えてくれたんですよ……私の動きが単調だと!)

少しリズムを崩して、目まぐるしく不規則に動き回ってやればどうだ。この通り相手はまったく対応できなくなった。
そしてクロックオーバー直前、意識の死角から飛び出してやれば――――――――

「なっ……!?」
── Clock over ──

「あなたからすれば、まるで突然現れたかのように見えるでしょう……くらいなさい!」

―― Rider Shooting ――

動きながら貯めていたエネルギーの塊を、一気に吐き出す。風のエルの体に直撃したそれは、どんどん二人の距離を広げていった。
パーフェクトゼクターで切り裂こうとするが、碌にパワーチャージをしていない刃では刃筋すら立たない。

「これは私の分です! そして……」
── Clock up ──

三度加速した時間の中へ飛び込み、十数メートルを音をも超える勢いで一気に駆け抜けた。
光弾のすぐ後ろで銃口を構え、聞こえないとわかっていながらも、風間はスローモーションのように動き続ける風のエルに向かって叫んだ。

「これが、ハナさんがあなたに受けた仕打ちの分です!! ライダーシューティング!!!」

―― Rider Shooting ――

度重なるクロックアップによる負荷の中、限界ギリギリの状態で二度目の必殺技を放つ。
連続で襲い掛かる衝撃に成す術もなく、風のエルの体は宙へ放り出された。もう、空を飛ぶほどの体力など残っていない。
ビルから落ちる直前に見えたのは、哀れんだような眼差しでこちらを見る、青い射手の仮面だけだった。


   ◇  ◇  ◇


「おい、あれを見ろ!」

最初に異変に気づいたのは、アンデッドである城だった。
その声につられた五代と、少し送れて結花が見上げた視線の先には、先ほど自分たちを襲いハナを連れ去った怪人の姿が見える。
しかし、数度瞬きする間に怪人は次々と体から火花を撒き散らし、屋上から放たれた蒼い光弾にその身を打ち抜かれ転落してしまう。
怪人は二度三度と羽ばたこうとするもその願いは叶わず、あっという間に建物の向こう側へと消えてしまうのだった。
畳み掛けるような出来事の連続に一同は圧倒されてしまうが、ここで五代が口を開く。

「あの怪人、誰かと戦ってましたね。」
「ああ、しかしハナは戦える装備を持っていなかったはずだが……」
「……もしかして、屋上に吊るされていた人が……」

五代と城の会話を聞き、沈みきっていた結花の表情にほんの少し明るい色が宿った。

「じゃ、ハナさんもその人に助けられて……!」
「きっとそうだよ! 早く行って御礼言わなきゃ!」

二人がハナの無事を喜んでいる中、城は考えを口に出さず、一人心の中で思案する。

(確かにその可能性は高い……が、怪人と争っていた相手が殺し合いに乗っていないとは限らない。橘の可能性もあるが、ギャレンにあのような技はなかった。
 単に近くにいた敵を排除しただけかもしれないし、乗っていなかったとしてもハナの元へ間に合ったかは確認しないとわからない……)

チラリ、と横目で二人の顔色を探る。どちらもハナ生存の可能性が出てきて、喜んでいるように見える。
……今ここで二人の不安を煽るのは得策ではない。結花にこれ以上落ち込まれても困るし、五代の反感を買うのも目に見えている。
軽いため息を人知れず吐き出し、城は再び歩き出しながら後ろの二人へと呼びかけた。

「ともかく、急ぐぞ。私たちもなさねばならない用があるからな。」


   ◇  ◇  ◇


予想外すぎた。閉じ込められてからというもの橘は常にモニターには目を走らせていたし、監視カメラの映像も欠かさずチェックしていたつもりだ。
橘がこの建物に入ったあと、建物内に進入した人物は一人しかいない。もちろん、彼の部下である志村純一のことである。
近くで仲間が戦っているとは言っていたが、あくまでこの放送局の外の話だ。そもそも志村以外誰もこの門を潜っていないのに、どうして上の屋上から爆音が起こるのか。

(考えられる限りでは……空か。なんてタイミングだ!)

そう、あまりにタイミングが悪すぎる。一刻も早く志村の元へ急がなければならないというのに、何者かが近くにいる以上、迂闊に外へ出るわけには行かなくなった。
監視カメラと局内通信でコンタクトも可能だが、相手が危険人物なら逆にこの部屋、この『島内向け放送室』の存在を知らせることになってしまう。
ただし、現れたのが善良なる人物だったら話は別だ。こちらとしても抗う人数は多いほうがいいし、あわよくばこの扉を破ってくれるかもしれない。

(……どちらにせよ、慎重に判断するしかないな。)

幸い、屋上からここまでをつなぐ道は階段一つのみだ。ゆったりと椅子に座り込み、橘の意識はモニター内の扉へと集中する……。


一方その頃、騒ぎの原因でもある風間とハナは、誰かに見られているなどとは露とも思わずに一歩一歩階段を踏みしめていた。
風間としてはこれからどうするか考えていなかったのだが、突然ハナが橘の放送のことを思い出し、風間に説明した後建物内を捜索することにしたのだ。
ちなみに、ドレイクの変身はまだ解いていない。建物内に外敵が潜んでいた場合の用心と、変身可能時間の具体的な数字をはじき出すためである。

「しかし、ゲーム終了の鍵ですか……少しきな臭くありませんか?」
「そうかしら? 私の仲間の知り合いみたいだし、とりあえず会って損はないと……っと、あった。」

会話の途中でハナの目がある物を捕らえた。エレベーターの前に取り付けられた、壁掛け型の案内図だ。
画面にノイズはあったものの音声はキチンと届いたのだ。それほど高性能な器具のある部屋なら、それに沿うような名前がついているのではと……と探していたら、案の定見つかった。

「『島内向け放送室』……十中八九、これでしょう。案外早く見つかりましたね。」
「そうね、もうちょっと下にあるかなって思ってたんだけど……」

ドレイクの仮面越しに、風間が部屋の名前を読み上げる。ミスリードかとも疑ったが、案内通りに進んでいくと本当にその部屋へと突き当たるのだから恐ろしい。
ハナとアイコンタクトを交わし、ドレイクの手が引き戸の取っ手へと触れた――――触れたのだが。

「……あれ?」
「どうしたの?」
「いえ……開きませんね。中から鍵でもしてあるのでしょうか。」

試しにハナの手も添えてもう一度チャレンジしてみるが結果は変わらず。ついでに言えば、扉めがけて放たれたハナののパンチも大して効果を示さなかった。
幾らドレイクが肉弾戦主体のライダーでないとはいえ、その身体能力は常人のそれをはるかに凌駕している。当然、腕力や握力といった物もだ。
その力を以ってしても開かないとなると、よほど頑丈な仕組みの鍵か、あるいは元々開かないかのどちらかだ。

「さて……開かないとなれば他を当たるしかありませんが……」
「……!ちょっと待って、向こう側から電話の音がするわ!」

その言葉につられてドレイクが振り向くと、廊下の突き当たりに備えられた電話が、控えめなコール音と共に赤いランプを点滅させていた。

「大介、どうする?」
「出るしかないでしょう。仲間からの連絡かもしれませんし、あるいはその橘って方が……あまり気分はよろしくありませんが、何処からか見ている可能性もあります。」
「そうよね、って……きゃっ!?」

突然ハナの視界が流星の様に駆け抜けたかと思うと、一瞬で目の前に白電話のついた壁が現われる。今の今まで見ていた『島内向け放送室』の立て札は、振り返った先のはるか後ろだった。
華奢な体が小脇に抱えられているところから察するに、クロックアップを使用したのだろう。先の戦闘で目の当たりにしたが、実際に体験するとやはり常識はずれの技術であることがわかる。
おもむろにドレイクが受話器を持ち上げ、周囲に警戒を払いながら電話の向こう側へと話し始めた。

「もしもし?」
『……俺は橘朔也、数時間前放送を行った者だ。君たちの事は、勝手ながら監視カメラから確認させてもらった。』

目線を天井に上げると、こちらを見下ろすカメラのレンズが動いた。風間は放送を聞いていないので、それを聞いていたハナに確認を取ってもらった。
コホン、と咳払いを一つし会話を続けた。相手がいやに冷静なのが、背筋に冷たいものを走らせる。

「……あなたが放送を行ったのはわかりました。ですが、こうやって連絡を取ったということは我々を無害と判断してのこと……ですね?」
『ああ、さっき扉の前で交わした会話からも、君たちがゲームに乗っていないことはわかっているつもりだ。』
「でしたら姿を見せていただけませんか? ただし、私は変身をしたままで、ですが。」

受話器の向こう側から流れたのは、沈黙。直後大きなため息が聞こえ、ドレイクの引き金を握る指に力が入るが、それに気付いたのかすぐに返事が返ってきた。

『そうしたいのは山々だが、あいにく俺はこの部屋から動けない……動くことを許されていないといったほうが正しいか。』
「動くことを、許されない?」
『ああ、あの放送が奴等にとって嬉しくない物だったらしくてな。放送を中断されたうえ、出入り口にロックをかけられてしまったんだ。』

出入り口にロック、と聞いてハナの顔色が変わった。再びゆっくりと振り返り、さっきまでいた場所を見つめ返す。
風間の表情は仮面で覆われて見えなかったが、橘が何処にいるのかはもう聞き返さずともわかっていた。

『……電話を取っているあんたの銃で、部屋の鍵を破壊してもらいたい。会ったばかりで……いや、話したばかりで警戒しているかもしれない。
 しかし、君がその姿で現われてからもう数分立っている。身勝手な頼みなのは重々承知だが、変身が解ける前に頼みたい。』

懇願するような、本当に追い詰められた人間独特の誠実さ。風間はその声に、ここに来る前幾度か共に戦ったZECTの青いクワガタを重ならせた。
ここまで切羽詰った頼みを無碍にするほど風間は冷血漢ではない。しかし、何のためらいもなくこの頼みを引き受けるような、お人よしでもない。

「……大介、助けてあげて。」
「ハナさん?」
「私も、大介の立場だったら迷うと思う。でも私たちに迷ってる暇なんてない、そうでしょう?」

……また、可憐な女性の頼みを無視できるほど、風間は器用に出来ていないわけで。

「……ハナさんにそうまで言われては、私も引っ込みがつきませんね。」

口に微笑を携え、早口で風間は受話器の向こうへ要件を告げる。

「今から十秒後にドアごと鍵を打ち抜きます。出来るだけ離れて、何かで身を守ってください。」
『ありがとう、感謝する。』

感謝の言葉を合図に一旦受話器を置き、低く唸るドレイクゼクターを構えた。ハナに向かって耳を塞いでと言おうとしたが、既に指が差し込まれているところを見ると要らぬ心配だったようだ。
ゆっくりと手を伸ばし……撃つといってからきっかり十秒後、引き金が数度引き絞られた。

112:闇は――動き出す―― 投下順 113:Crisis(後編)
112:闇は――動き出す―― 時系列順
110:tears memory 五代雄介
110:tears memory 城光
110:tears memory 長田結花
105:病い風、昏い道(後編) 風間大介
105:病い風、昏い道(後編) 風のエル
105:病い風、昏い道(後編) 橘朔也
105:病い風、昏い道(後編) ハナ
100:流されぬ者は スマートレディ
087:クロックアップ・バトル(第二回放送) 村上峡児

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