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血塗れの指先1 - (2009/06/15 (月) 02:24:17) のソース
**血塗れの指先1 ◆2Y1mqYSsQ. 「ごふっ!?」 無敵だと思われたその男が、マスクの口元から血を吐いて膝をつく。 黒く大きな背中を見せて狂気に満ちた敵を打ち破っていた男は、今は身体を丸めて痛みに耐えていた。 武美は驚愕のあまりに口元を抑える。隣にいるフランシーヌもソルティも息を潜めて、ゼロと呼ばれていた男と仮面ライダーの戦いを見つめていた。 武美の肩のウフコックが唸る中、シグマに対して立ち向かった面影が少しも残っていないゼロが口角を上げる。 そういえば背後に控えるフランシーヌが、ゼロがエックスを殺したといっていた。あのエックスをも殺せる男だ。 仮面ライダーが追い詰められても不思議ではない。 「そろそろ飽きたな。死ね! ひゃははははははははっ!!」 狂気に満ちた笑みを、赤いオーラを纏いながら仮面ライダーへと向ける。 武美は絶望的な光景に、もはや黙っていられなかった。 仮面ライダー・本郷猛は自分が追い詰められているのを実感していた。 コンクリートで固められた地面を踏みしめ、反撃の隙をうかがう。鋼鉄の壁も、コンクリートの地面もゼロの鋭いセイバーの太刀筋に切り裂かれていた。 その生々しい刀傷に毒に侵された仮面ライダーが餌食になっていないのは、ひとえに幾多もの修羅場を潜り抜けた経験があるためだ。 それも長くはもたない。体力は失っていき、傷は増えていく。 今自分ができることといえば、囮となって武美たちとゼロの距離をとるようにすること。 こちらにはサイクロンがある。ミーとボブが戻りさえすれば、武美たちを連れて脱出は可能なはずだ。 その後は、生き残った者たちに期待するほかはない。 (ならば、俺がすべきことは……) ただでは死なない。仮面ライダーの赤い複眼が光り、ベルトのタイフーンが唸りを上げて風を取り込む。 身体を駆け巡る風の心地よさを感じながら、仮面ライダーは長髪を風に任せて流すゼロと対峙する。 全身にじくじく痛みを走らせる毒に、奥歯を噛み締めて立ち上がりながら、せめて一撃を与えるために拳に力を込めた。 ゼロを殺すつもりはない。ただ少しの間だけ眠ってもらうだけ。 「クックック……いくぞぉぉぉぉ!」 「ムゥ!」 ゼロが仮面ライダーの決死の覚悟を察したように、地面を蹴って距離を詰めてきた。 仮面ライダーはカウンターを狙って拳を構える。その二人の間に、コンテナの残骸が投げ込まれた。 振り返らないでも分かる。ソルティの仕業だ。事実、仮面ライダーの腕を掴む影を目撃した。 ほどけば腰の辺りまであるだろう髪を、二つの房に分けてサイドに纏め弧を描きながら後ろに流している。 赤い船外用スーツに似た活動服を纏った少女。彼女がソルティ・レヴァントだ。 そのソルティが仮面ライダーに怒るような表情を向けている。いつもはもっと温厚で、活動的な彼女がだ。 「本郷さん、逃げます!」 「待……ぐっ!」 反論したいが、もはや仮面ライダーに力は残っていないらしい。 すると、非常用の隔壁が降りてソルティが驚異的な脚力で走る。 武美がコードを伸ばしているのが見えており、彼女が降ろしたのだと仮面ライダーは気づいた。 降りきった隔壁が重厚な音をたてるのを耳に、仮面ライダーは変身を維持することが叶わなく、姿を戻したのだった。 ゼロが隔壁を殴ってくるが、とりあえずは持ちこたえることができるのに武美は安堵をした。 ソルティが本郷を抱えており、なにかいうのではないかと思ったが、すでに本郷は気絶をしている。 ウフコックから急遽聞かされた本郷の毒は深刻のようだ。すぐに離れねば。 「ソルティ、本郷を頼む。武美、フランシーヌさん、ここを離れるぞ! 武美、案内を頼む」 「う、うん。任せて、ここの施設の構造は全部読み取ったから」 「分かりました。ウフコックさん、私のことはフランシーヌで構いません」 「了解した。とにかく離れるぞ!」 こういう非常時にはウフコックは頼りになる。武美はそう思いながらも必死で足を動かした。 少しでも遠くに逃げなければ。武美は通路の暗闇を目指して走り続けた。 □ 遠くで戦う二人の少女……いや、イーグリードは参加者の性別を熟知している。 一人の少年と一人の少女を、後ろ髪引かれる思いで放置して先に進んだ。 彼女は少年に勘違いを持って襲い掛かっている。イーグリードならその誤解を解いてやれるのかもしれない。 しかし、ゼロが覚醒したという情報をイーグリードはすでに持っている。 そこにいる面子が全滅することになれば、シグマに顔向けができない。 彼らが倒せないのなら、覚醒したゼロを倒せる戦力は皆無だ。 「すまない、こちらの事情で君たちを見捨てる。許せとはいわない。すべてが終わった後、いくらでも断罪されよう。 だから生きてくれ……二人とも」 イーグリードはただ願い、さらに速度を上げてシャトル基地へと向かう。 間に合え。何度叫んだか知らない言葉を、心の内でまた告げる。 親友を、そしてバトルロワイアルへと戦い続けた勇者をイーグリードは救うため、闇夜の中を飛び続けた。 □ 包帯を巻いた身体が痛ましく、目をつぶって規則正しい呼吸を続ける本郷を見下ろしながら、武美は悔しげに顔を歪ませた。 肩に乗っているウフコックも、もう少し早く言うべきだったと後悔している。 ソルティは誰に怒っていいか分からない、という表情だ。しかし、武美は本郷ならしょうがないと思う。 彼は根っからの正義の味方だ。風来坊のように、正しく生きるのが当然に人種。 その彼が自分達を不安にさせるような手をとるわけがなかった。 「……駄目だ。あたしが知る種類の毒じゃない。ごめん、役に立てなくて」 本郷が侵されているという毒をウフコックから聞き出し、武美が薬剤師としての経験で得た知識を活用しようとしたが現実は無情だ。 植物系から生み出される毒物に近い、以外は知りようがなかった。 悔しさに武美は俯き、顔に影がさす。 「武美さん、大丈夫です。きっと本郷さんもどうにかなりますよ」 ソルティが慰めのつもりで武美に声をかける。 それは武美を慰めるための言葉であったと理解はしている。 「ならないよッ!!」 それでも、武美は我慢ができずに叫んだ。ソルティが驚き、困った表情をしている。 武美は堰を切ったように、言葉を吐き出した。 「あいつはどういうわけか分からないけど、暴走しているんだよ!? 見たでしょ、本郷さんでも敵わなかった。 しかも本郷さんだって怪我に毒でこんな状態だよ!? 勝てるわけない……あたしたちはあいつに殺されるんだッ!」 震えながら吐露する武美には限界であった。冷静に見ないでも、状況は最悪だ。 ソルティも戦闘能力があるとはいえ、本郷で勝てなかった相手に勝てる見込みは少ない。 その上、頼りになるはずの本郷は今知らされた毒に侵されて身動きが取れない。 鬼の瞳に睨みつけられた恐怖を武美は思い出していた。 クロが死んだ時の無力感が身体を包むのを、武美は実感した。 ゼロによって蹂躙される本郷やソルティ、ミーを幻視する。 本郷に隠し事をされていたショックと、再び現実になりかけている死の恐怖に武美は耐え切れなかった。 涙を流すことは叶わず、身体を震わせて恐怖を示す。 ソルティはなにも喋れず、ウフコックはただ沈黙した。 重苦しい空気が、四方を壁に囲まれた部屋を包む。 「大丈夫です」 重苦しい沈黙を破ったのは、フランシーヌであった。武美が睨みつけるが、フランシーヌは優雅に穏やかな瞳を返した。 隻腕となった右手に蓄えた液体を本郷の唇に流し込みながら、希望を失わせないと唇を開く。 「私の体液は生命の水(アクア・ウイタエ)でできています。これを飲み込んだものを『もっとも健康な状態』にしてくれますので、本郷も助かります」 「本当……!?」 「だが、君の身体は?」 「大丈夫です、ウフコックさん。まだギリギリ私を動かすことができる程度には、体内に残っていますので」 フランシーヌは謡うように告げて、ゆっくりと立ち上がった。身体の動き鈍い。 もう、体内に残っている生命の水(アクア・ウイタエ)は残り少ないのだろう。 それでも、やらねばならないことは残っている。 「とはいえ、本郷の毒を打ち消すのに時間がかかると思われますので、後はお任せしてよろしいでしょうか?」 「後を任せる? フランシーヌ、君は……」 ウフコックの疑問に答える暇も与えず、フランシーヌは踵を返して走り出した。 自分の名を呼んで止めようとしているが、フランシーヌに止まるつもりはない。 (私はもうすぐ死んでしまう) 生命の水(アクア・ウイタエ)を失った身体は長くはもたない。 それはフランシーヌの死が近いことを示していた。 このままではゼロは本郷が回復する間もなくここにたどり着くだろう。 そうはさせない。悲壮な決意を抱えたフランシーヌの後ろから、迫る影に振り向いた。 「フランシーヌさん、駄目です! なにを考えているか、なんとなくしか分かりませんけど、それは……」 「いいえ、ソルティさん。私は本郷さえ生きていれば、皆が生きて帰れるのだと信じています。 そのため少しだけ、頑張るだけですから本郷についていてもらえませんか?」 思わず口から漏れたものは、生きて戻るという『嘘』であった。 ソルティのためとはいえ、嘘がつけたことに驚きながらフランシーヌは足を止めない。 ソルティはなにかを言おうとして、フランシーヌの視線で押し黙った。 「分かりました」 「ありがとうございます、ソルティさん」 フランシーヌの礼に、ソルティは戻ってくれると思った。しかし、それは間違いだ。 ソルティは一際力強く頷いた後、フランシーヌの横に並ぶ。 「ソルティさん!?」 「私も本郷さんの回復する時間を一緒に稼ぎます。それなら構いませんよね!? 本郷さんみたいに……黙って無茶するのは嫌なんです」 それでもフランシーヌは戻るようにソルティへと告げる。 ソルティは拒み続け、フランシーヌと共に通路を駆けていった。 「ウフコック。あたしって最低だ……なんでソルティに当っちゃったんだろう」 「自分を卑下するな。今度ソルティに謝ればいい。それで決着だ」 本郷を見下ろす武美に慰めの声をかけるが、ウフコックは慰めにならないか、と自己嫌悪に陥った。 本郷の身体の具合を知っていても、黙ることに同意した。それが武美の不安定な感情に繋がったのである。 本郷に対してもそうだ。ウフコックはいつの間にか、『本郷なら大丈夫だ』という無根拠な考えを持ってしまった。 それがどれほど危険であるかは、何度も経験をしていたはずなのに。 (なにより俺が悔しいのは……!) ウフコックは圧倒的に無力であった。今悲しみに沈む女性を慰めることすらできない。 本郷のように己が身体を持って敵と対峙することもかなわない。 武器として扱うものがいなければ、どれほど自分が無力か噛み締め続けた。 □ ゼロは壁に拳を叩き込む。めり込んだ拳から光が流れて、壁を粉砕する。 轟音が鳴り、粉々になった瓦礫が降り注ぐ中、ゼロは真・滅閃光の威力に満足していた。 そのまま悠然と歩みを進める。 (やめろ!) ゼロの中でなにかが叫ぶが、無意味だ。もはやその声はゼロを止めることはできない。 使命を忘れた偽りの自分。剥き出しの本能がゼロを心地よくしていた。 (それ以上傷つけるのは……ぐぅぅ! …………黙っていろ) 声が聞こえなくなったことに満足して、ゼロは笑みを深くする。 今までの彼が浮かべていた、冷静さに隠した穏やかな笑みではない。 すべてを破壊する狂気の笑み。メガトロンを凌駕する悪としてゼロは闊歩していた。 落ちていたフランシーヌの左腕を、なんの感慨もなく踏み砕く。本来の目的、エックスはもういない。 ならばすべてを殺し、最強であることを証明するか。 ゼロが深く深く、顔に皺を刻んだ。 「ゼロさん!」 その獲物が飛び込んできた。ゼロのカーネルのセイバーが刃を発生させ、フランシーヌへと迫る。 暴風と化したゼロがフランシーヌを標的と定めた。 フランシーヌに狙いを定めた刃を、ソルティは手首を掴んで阻止した。 横からの阻害に、ゼロは一瞬だけソルティを見て、また視線をフランシーヌへと戻した。 「え……?」 ソルティの身体があっさりと浮き上がり、鳩尾に重い蹴りを受ける。 ソルティが呻きながら吹き飛び、五メートルほど転がる。鳩尾に走る鈍い痛みに耐えながら、ソルティは視線をフランシーヌへと向けた。 ゼロの横凪ぎに振るわれた刃が、フランシーヌの首を捉えている。 ソルティでさえ、追うのがやっとの速度。危ない、と叫びたかったが、鳩尾の痛みが許さなかった。 「ひゃははは!」 風を切る音がソルティの耳に届く。どうにか痛みに耐えて立ち上がったが、ゼロの刃は屈んだフランシーヌを切り裂いていなかった。 よかった、と安堵している暇はない。そのままソルティは全身でゼロにぶつかる。 「はああぁぁぁぁっ!」 「ふん」 全力のソルティの体当たりを、ゼロは片手で止めた。ソルティの力を受けても簡単に止められることに、いささか自信をなくしながらも右腕に力を込めた。 ソルティの右拳が淡く光って、細かく振動を続ける。ソルティは奥歯を食いしばりながら、体重を乗せて右ストレートをゼロへと放った。 「ゼロさん、少し我慢してくださいッ!」 「ちっ!」 ゼロのボディが浮き上がり、初めてその身体を吹き飛ばすことにソルティは成功した。 もっとも、ゼロへまともに攻撃が通っていない。振動拳ですらゼロに通じない。ゼロは数度打点を撫でて、ソルティを見下した。 異常な防御力だ。太刀筋も迷いがない。なにより速い。 (けど、フランシーヌさんの説明が本当なら、ゼロさんを元に戻せる!) ソルティがぎゅっ、と拳を握ってフランシーヌとゼロの間に立つ。 フランシーヌがゼロを戻す鍵を握っているのもあるのだが、ソルティはこれ以上人が死んでいくのを見たくないのだ。 なにより、武美が悲しんでいる。 涙は流れていないが、確かな証拠だ。ソルティが瞳を鋭くして、ゼロの動きを観察する。 ゼロの肩が動いたのと同時に、ソルティは距離を詰めるために地面を蹴った。 フランシーヌはゼロの動きを辛うじて視認しながら、身体を反応させて攻撃を避けていた。 エレオノールを抱えて自動人形の攻撃の雨を潜り抜けるよりも難しい要求だが、まだ倒れるわけにはいかない。 いずれ燃え尽きる命でも、フランシーヌにはやるべきことが残っているのだから。 (ですが、一人では無理であったことが口惜しい。ソルティさんを巻き込む形になってしまった) ソルティはゼロによって打撃や斬撃を受けながらも、必死でフランシーヌを庇って立ち向かってくれる。 その彼女に応えてやらねば。フランシーヌの瞳が鋭くなった。 多くの自動人形、そして人間の芸を見てきた瞳が、ゼロの動きを細かく分析し続けた。 通常のゼロの振りよりも速く、そして荒々しい。以前のゼロは速さの中に優雅さもあった。 絶対的な力にまだ慣れていない節もまだ見られる。これは時間の問題だろうが。 「だからこそ、私が介入する隙がある!」 芸と芸の継ぎ目があるように、ゼロのセイバーで斬る動作にも継ぎ目はある。 フェイントも混ぜて動作が速いため見極めが難しいが、フランシーヌがやらねばゼロは元には戻らない。 そのままソルティも本郷も武美もウフコックもドラスも、今のゼロの餌食になってしまう。 それはゼロ自身望まない、残酷な未来だ。だから止める。 過去の所業に悔いているフランシーヌだからこそ、強く決意した。 フランシーヌの目の前で、ゼロがソルティの足を払う。ソルティは軽く跳躍して避けて、ゼロの顔面に蹴りを叩き込んだ。 その一撃はゼロの額で止められ、ソルティにひるまないゼロが一突きする。 「やあぁっ!」 ソルティが振動拳でカーネルのセイバーを弾き、ゼロが舌打ちをした。ソルティを左拳で打ち据えるが、そこに明らかな隙が生まれる。 フランシーヌはすべるように体勢を低くして地面を駆けて、残った右手に生命の水を湛えた。 フランシーヌを迎撃するためにゼロがセイバーを繰り出すが、いずれもソルティによって弾かれる。 距離が零となり、フランシーヌは生命の水を湛えた右手のひらをゼロの顔面へと打ち込む。 パアン、と高い音が響き、ゼロの喉が生命の水を嚥下する様子を見届け、フランシーヌはホッとした。 その安堵が、命取りとなる。 「フランシーヌさんっ!!」 ソルティの悲痛な叫びが響く中、右脇腹から左胸まで大きく抉られたフランシーヌが後退をする。 ゼロは生命の水を飲んだのに、今だ暴走が収まる気配がない。ソルティは疑問符をいったん押し込んでフランシーヌを守るために前へ出た。 レプリロイドは作り物とはいえ、DNA情報などがあり人間に近いロボットである。 生命の水が効くのも道理であった。フランシーヌはそのことを知らないが、生命の水が効果あると踏んでいたのだ。 しかし、一つ誤算がある。それはゼロの状態が、彼にとって『不健康』な状態でないことだ。 シグマウィルスを受けたゼロは、本来想定されていた彼といってもいい。 彼の製作者がただ一つ、自分のライバルを超えるために作り出した破壊者としての存在がゼロなのだ。 今の姿こそ、『もっとも健康な状態』と言ってもいい。事実封印されていた全性能が引き出され、隠された秘技をも使う。 フランシーヌたちはそのことを知ることはない。ただ突きつけられたものは、ゼロは戻らないという現実のみ。 「くっ!」 「ひゃははは! 死ねぇ! 雷神撃ぃぃぃぃぃぃぃ!!」 ゼロの電撃を纏ったセイバーの鞭が、ソルティを焼く。 電撃が駆け巡り、ソルティの眼前が輝いて身体を震わせた。 「ああああぁぁぁああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁあぁっ!?」 絹を裂くようなソルティの悲鳴が、基地の一室に響く。 ブツン、とブレーカーが落ちたようにソルティの眼前が暗くなった。 「ソルティさん!!」 ゼロは崩れ落ちたソルティを蹴り飛ばし、フランシーヌへと視線を向けていた。 フランシーヌは壁に右手を当てて、身体を支えながらようやく立ち上がった。 もはや一歩も動けない。ソルティを助けることも、ゼロを正気に戻すこともフランシーヌにはできなかった。 (私はなんて無力なのでしょう……) 悔やんでも悔やみきれない。もはやゼロに訴える力すら残っていなかった。 フランシーヌは迫るゼロを見届け、目を瞑る。覚悟したわけではない。 (もしも、機械仕掛けの神様がいるのでしたら、哀れな自動人形である私の願いを聞き届けてください。 私はどうなっても構いません。ですが、どうか……どうか、私以外の人たちはお助けください) ただ、祈っていたのだった。 長年願い続けた笑いたい、という願いよりも強く、エレオノールを守りたいという気持ちと同じくらい強い想い。 フランシーヌにはただ願いを神に捧げることしかできなかった。 もう、ゼロに斬られるころだろう。フランシーヌは最期の願いを神に届ける覚悟を決めた。 瞬間、フランシーヌの背中に硬い感触が当り、発砲音と思わしき音が左耳から届いた。 音源は近い。フランシーヌは目を見開くと、胸の中央から煙の上がったゼロが視界に入った。 好戦的な笑みをフランシーヌの後方に向けている。まさか、と思ってフランシーヌが振り向いた。 「これはどういうことだ?」 淡々として、冷たい氷を思わせる。それでいて声色に怒りを滲ませた漆黒のライダースーツの男。 サブローが胸板にフランシーヌの身体を受け止め、左手のゼロバスターをゼロへと向けていた。 フランシーヌは自分の祈りが機械仕掛けの神に届いたことを確信した。 サブローはシャトル基地の通路を辿りながら、メガトロンとコロンビーヌの気配を探しつつ歩いた。 背中に傷を負わせたうえに、自分の獲物であるゼロまで奪い取るなど我慢ができない。 キカイダーを重ねられる参加者はそう多くない。凱と敬介が死んだことに、今更ながら苛立ちを募らせていった。 キカイダーならどうしただろうか? 悪であるメガトロンに正義の怒りを示しつつ、兄弟達を殺したように正義をなすのだろうか。 それぐらいの覚悟は持っているはずだ。でなければダークのロボット集団を相手にできはしない。 サブローが考え事をしながら、十数分ほど進んだころである。 耳に戦闘音が聞こえてきた。メガトロンとゼロが戦っているのであろうか? すれ違いになった自分の間抜けさに怒りながらも、悪魔回路を活性化させて直進する。 いくつものドアとすれ違い、あきっぱなしの倉庫らしき場所へと飛び出した。 そこで、サブローは信じられないものを目にした。 サブローの胸板に偶然だがフランシーヌの身体が伸し掛かる。そのフランシーヌを殺そうと殺気をこめたゼロがいた。 気に入らない。 サブローは有無を言わさず、左手をバスターに変えて光弾を撃った。 「サブロー……」 「状況が飲み込めない。どういうことか、説明してもらおうか」 ゼロバスターを撃ちながらゼロを遠ざけさせる。フランシーヌに状況の説明を頼みたいがゆえの行動だ。 それ以外に意味はない。サブローはかつてはキカイダーを重ねていたゼロを見て、不快を示す。 以前の面影もない狂気の笑み。反吐が出た。なのに、その姿になにかが重なる。そのなにかが、サブローには分からなかった。 フランシーヌ安堵したように口を開き始めている。 どういうわけかサブローに心を許しているようだが、サブロー本人としては迷惑以外なにものでもなかった。 光明寺ミツ子を思い出すとはいえ、キカイダー及びキカイダーと重なる戦士以外には用はない。 フランシーヌに死んで困るのは、ただ本郷との決闘に泥を塗りたくないからである。 「ゼロさんはメガトロンと戦って……急にああなったのです……」 「チッ、またあいつらかッ!」 サブローは舌打ちして、自分が出遅れたことを知った。 鬱陶しげにサブローがフランシーヌに離れるよう指示するが、フランシーヌはさらに強くサブローの胸元を掴む。 突き飛ばそうとしたサブローは、フランシーヌの告げた一つの単語で行動が止まった。 「サブロー、治療中の本郷がいます。この部屋から……ゼロさんを出さないようにしてください」 「なに!? 本郷が……。ああ、分かった。ここから奴を出さん。ついでに、正気に戻るまで殴ってやる」 サブローは低く告げると、フランシーヌはその場で倒れた。 虫の息だが、サブローの興味はもうフランシーヌにない。 悠然とサブローはゼロの眼前に立ちふさがった。 突進するゼロの斬撃を手持ちのバタフライナイフで弾き、サブローは転がりながら衝撃を逃がす。 一撃でナイフの刃がボロボロになり、役に立たなくなったそれを捨てる。 太刀筋は以前戦った時よりも鋭かった。溢れる殺気はサブローを捉えて離さない。 さらに笑みを深めるゼロを前に、サブローは冷めた目で睨む。 「さすがにこの姿で相手にはならないようだな」 「クックック……ハカイダー。お前を殺せば、俺はぁ!」 ゼロが跳躍して刃をサブローへと向ける。冷気がまとわりつくセイバーを見ながら、サブローの顔に地面の刃が反射した光が当る。 黒い装甲が身体を覆い、頭頂部が脳を包む透明なフードへと変わった。 顔に稲妻の走る仮面を被り、ハカイダーと姿を変えて逃げずにゼロへと向かう。 ゼロの手首に手刀を当て、刃の軌道をハカイダーの身体から逸らさせる。 足に冷気が当って僅かな氷が付着する中、ハカイダーはゼロと顔を接近させた。 「俺を殺してどうする気だ?」 「エックスは死んだ。後はお前に勝てば俺は最強のレプリロイドだぁ!」 「くだらん」 ハカイダーはゼロの言葉を切り捨てて、脇腹に蹴りを叩き込む。 ゼロの身体が離れて、十メートルほど間合いを取って離れる。着地と同時にハカイダーは膝をついた。 「チッ、やるな」 「ククク……」 ハカイダーが脇腹を蹴った瞬間、ゼロもカウンターで左拳を打ち込んできたのだ。 明らかに自分と戦った時より強くなっている。 (だが、物足りない) ハカイダーは以前はあった、ゼロとの戦いの悦びを感じていなかった。 迷いによって弱くなったころとは違う種類の不満。ハカイダーの回路(こころ)が揺れない。 ゼロが迫り、迎え撃つ。衝撃によって間合いを取っては打ち合うを数度繰り返す。 ゼロはハカイダーに傷を与えていた。その傷が嬉しくない。 (キカイダー、キサマなら正義を捨てた男をどう対処する?) 今はここにいない、自分の宿敵へと問いかける。ハカイダーが以前ゼロとの戦いに心躍ったのは戦闘力の高さだけではない。 ZXと同じく、堂々と正義と信念を持ってハカイダーと戦った。 そして言ったのだ。キカイダーのほかにハカイダーへと敗北を刻む男。 それがゼロという名なのだと、目の前の男は告げていた。 もはやその面影はない。ただ本能に従って力を振るう、ただの木偶人形だ。 その姿が以前のゼロを、そして重ねたキカイダーを冒涜しているような気がしてハカイダーは気に食わなかった。 命令を果たすだけなら、ダークのオンボロロボット軍団でもできることだ。自分は違う。 その証明にハカイダーはキカイダーを殺すことに、正々堂々と正面から戦う道を選んだ。 キカイダーとの戦いは心が躍る。そのために生まれたことを心から感謝すらもした。 もっとも、キカイダーのほうはハカイダーとの戦いに熱心ではなかったのだが。 好戦的だったと思ったら急に逃げたり、後々知った光明寺の脳を守るためだろうだが、ハカイダーとの戦いを避けていた。 まともに戦ったのは最初の一度しかない。 ハカイダーはその一度をまた設けたいと戦い続けた。 仮面ライダー達も、ゼロも、凱もその一度を迎えるための過程でしかない。 だからといって、 「今のキサマに納得しろだと? ふざけるなッ!!」 ゼロの変調をハカイダーは受け入れなかった。 キカイダーが悪魔の笛で狂わされたときは、戦える喜びが勝っていたために気づかなかった。 だが、今のゼロは明らかに前回のゼロと違うと分かる。 「知るかぁ!? 死ねぇ、ハカイダァァァァー!!」 「今のキサマに俺の命はやらん!」 突き出されるゼロの突きを、突き放すようにハカイダーは手のひらで弾いた。 今のゼロはなぜか知らないが、『最強になる』という指令に固執している。 気高き正義を捨て、下卑た本能によって自らを突き動かす。まるでダークの低脳ロボット集団のように。 だからこそ、ハカイダーの回路(こころ)が現在のゼロを否定した。 「俺が倒したいキサマは……再戦を約束したキサマは、そんな姿ではない! ゼロ!!」 ハカイダーが気合を込めて、踵をゼロの頭に振り下ろす。 受け止めたゼロの腕と、ハカイダーの踵の間に衝撃波が走った。 ゼロはハカイダーすら圧倒する自らの力に笑みを深くしていた。 以前圧倒されていた威圧感はハカイダーから微塵も感じることはない。 身体に溢れる力をハカイダーのボディに叩き込み、切り刻む。 ハカイダーはさすがに強く、被害を最小限に抑えているため装甲を僅かに削っただけ。 もっともそれも限界だとゼロは確信している。押しているのはゼロなのだ。 そしてハカイダーが押されている振りをしているわけでもない。 内なる獣を開放しただけでこうなるとは。ゼロはさらに笑みを深くした。 エックスを殺す。 そして自分が最強であることを証明する。 与えられた使命は単純だ。エックスを狙うのは自分以外で最強なりうる敵だったため。 誰が造ったか分からない、原初の本能が今のゼロに刻まれている。 なぜ封印されていたのか? なぜ記憶を失っていたのか? 分かりはしないが、この心地よい気持ちを持って暴れられるなら悪くはないだろう。 (そんなわけがない! やめろ!) その声はもう小さい。届いて誰を救うこともなく、ただ快楽に任せて暴風のように身体を動かす。 ワイリーナンバーズ。その単語をどこか懐かしく思いながら。 フランシーヌは這いながらも、ようやくソルティの傍へとたどり着いた。 ハカイダーは気を使っているのか、フランシーヌたちと距離をとるようにゼロを誘導してくれた。 もっとも本郷との決闘のためだけなのだが、フランシーヌには知るよしもない。 (ソルティの無事を確かめないと……) もはや命の残り火は少ない。生命の水も残り少なく、死が迫る。 死ぬのは怖くはない。一度体験した身だ。その前にソルティの生死を確認したい。 生きてくれ。生きて欲しい。 必死で願いながら、フランシーヌはソルティの様子を確かめた。 薄暗い部屋の中央で両腕を交差しながら、ハカイダーは数メートル後退する。 ゼロがハカイダーが衝撃に身体を硬直している間も、エネルギー状の斬撃を飛ばして身体を切り刻んできた。 傷だらけのハカイダーに対して、ゼロはほとんどダメージを受けた様子がない。 その現実を確認して、ハカイダーは悔しさに呻いた。 「ぐぅ……」 「くははは、もう飽きた。覚悟はいいか?」 ゼロがカーネルのセイバーを振り上げる。また斬撃を飛ばすのだろうか? (いや、それだけじゃないな) ゼロの笑みが深くなる。確実にハカイダーを八つ裂きに出来ると信じている顔だ。 何らかの技を隠し持っていたのだろうか? 関係ない。正面から打ち破るだけ。左腕にエネルギーを溜める。 「真月輪……」 ゼロがセイバーを振り下ろし、先ほどまで出していた斬撃が二つ飛んでくる。 中央には円型のエネルギーの刃が回転しながら迫ってきた。 三つのエネルギーの斬撃を一際強く地面を蹴って避ける。 真月輪と呼ばれたエネルギーの刃が床を大きく削って、斬り跡を地面に刻んだ。 あれを受けてはハカイダーとて無事ですまない。しかし、避けただけではすべての攻撃を避けたとはいえない。 ゼロはそれを待っていたのか剣を構えて突撃してきたのだ。 二段構えの攻撃。ハカイダーはそれも読んでいる。 「ハイパーゼロブラスター!!」 「フンッ!」 バスターに変形させた左手で、巨大な赤い光弾を撃ち放つ。ゼロがいた地点を膨大な熱量が襲い、膨れ上がって爆発する。 粉塵と瓦礫がパラパラと身体に落ちるのを無視して、ハカイダーは見上げた。 ゼロはあの攻撃を避けている。見極めてこちらから仕掛けようと、エアークラフトの起動を準備した。 「甘いんだよ!」 「なに!?」 煙から飛び出たゼロは右腕をバスターに変えて撃ち放つ。人の上半身くらいの大きさの青い光弾がハカイダーの身体に直撃した。 ハカイダーの叫びが尾を引いて壁に激突させられる。ゼロバスターほどではないが、威力はそれなりに大きい。 熱で歪む胸の装甲に右手を当てて、ハカイダーは舌打ちした。 考えれば道理だ。ゼロバスターは元々ゼロのもの。似たような装備があったが、以前までのゼロには事情があって使えなかった。 その事情が解消されて、今使っているのだろう。 ハカイダーは己の迂闊さを呪った。 「まとめて消してやる……」 ゼロはエネルギーを溜めた右腕をちらつかせながら、大きく地面に振り下ろそうと構える。 まとめて消してやる、ということは広範囲の攻撃か。ハカイダーは視線を移動させると、フランシーヌが這って移動している。 放っておくか、一瞬迷った。本郷との約束を思い出し、舌打ちする。 それにゼロが女を殺している姿は不愉快だ。起動したエアークラフトを使って、フランシーヌを庇うために飛ぶ。 「間に合うかな? ひゃはははは!」 「下衆が……!」 ハカイダーは初めて嫌悪感をこめてゼロに吐き捨てる。 ゼロが右拳を地面に叩きつけて、エネルギーが地面を走って噴出した。 地面から吹き出る光弾がハカイダーを吹き飛ばす。間に合わないか。 ハカイダーの悪魔回路が怒りの信号を全身に走らせた。 フランシーヌは噴出すエネルギーがソルティに向けられているのを確かに目撃した。 このままではソルティが死んでしまう。フランシーヌの背筋にゾッと悪寒が走った。 どこに残っていたのか分からないほどの力でソルティを庇う。フランシーヌの背中に衝撃と焼けるような痛みが届く。 フランシーヌの身体はあっさりと浮かんで宙を回った。せめてソルティのクッションにと身体を動かそうとする。 ふわりと、ソルティごと身体が優しく抱きとめられた。ハカイダーは倒れている。 フランシーヌが振り返ると、黒髪に黒い瞳。力強い表情の本郷猛がフランシーヌとソルティを受け止めていた。 「ほ……んごう…………」 力強く地面を踏みしめ、ゼロからフランシーヌへと視線を移動させた本郷の唇が動く。 「すまない。助かった、フランシーヌ」 「いいえ……それよりも、みんなを救ってあげて……くださ……い……」 フランシーヌの視界がだんだん遠のいていく。 まだ伝えていない言葉がある。だからただ一言だけ、間に合って欲しい。 フランシーヌは誰にか分からない祈りを心の中で呟いた。 震える右手で、本郷の肩を掴む。 「本郷……後を……お願い…………します……」 頷く姿はもはや影しか確認できない。 最後に歌を聞かせてあげたかった、とフランシーヌに後悔が訪れる。 それでも、本郷ならきっと何とかしてくれる。 だから大丈夫だ。フランシーヌは最後まで信じることを貫いた。 ―― 風に葉っぱが舞うように ぼうやのベッドはひいらひらり ―― 天にまします神様よ この子にひとつ みんなにひとつ ―― いつかは恵みをくださいますよう いつか歌った子守唄が聞こえる。結局歌うことはなかったが、いつか自分のなにかを受け継いだ誰かが歌ってくれるだろう。 なぜかは分からない。死に間際の幻想だと笑われるかもしれない。 なのに、フランシーヌは確信している。 浮かべた笑みこそ、その確信の強さの証明であった。 *時系列順で読む Back:[[閉幕と始まり1]] Next:[[血塗れの指先2]] *投下順で読む Back:[[閉幕と始まり1]] Next:[[血塗れの指先2]] |148:[[閉幕と始まり1]]|ゼロ|149:[[血塗れの指先2]]| |148:[[閉幕と始まり1]]|フランシーヌ|149:[[血塗れの指先2]]| |148:[[閉幕と始まり1]]|広川武美|149:[[血塗れの指先2]]| |148:[[閉幕と始まり1]]|ソルティ・レヴァント|149:[[血塗れの指先2]]| |148:[[閉幕と始まり1]]|本郷猛|149:[[血塗れの指先2]]| |148:[[閉幕と始まり1]]|イーグリード|149:[[血塗れの指先2]]| |148:[[閉幕と始まり1]]|ハカイダー|149:[[血塗れの指先2]]|