「よいしょ……っと」

一とおりの作業を終えて、まなこ和尚こと兵主部一兵衛は腰を下ろし、再建した霊王宮をぐるりと見渡した。
全てが元どおりというわけではないし、離宮には自分以外の誰も存在しないが、形としては悪くない。

「……おお、来たか」

霊王宮への一本道を、その男はまっすぐに歩いてきた。もはやすっかり懐かしい死覇衣に身を包んだ、精悍な顔の男だった。

「まさか、こんな形でここに立ち入ることになるとは思っていませんでしたよ。兵主部一兵衛殿」

その男は藍染惣右介。かつて霊王の失墜を目指し、黒崎一護に敗北した男。
ユーハバッハを除けば、尸魂界を最も騒がせた男である。かつては零番隊からも巨悪と呼ばれた男を、まなこ和尚は自らここに呼んだのだった。

「なぜ今更私をここに?」
「単純な話よ。あの時代から生き残ったもんは、完全な不死者のおんしと、わししかおらん」
「つまり、寂しいと……?」
「ま、そういうことじゃな」

藍染は尋ねた。

「他の零番隊の方々は? 頭目である貴方が復活すれば、他の者も連鎖的に復活するのでは?」
「いや、それがのぅ。霊王様の──前霊王さまの骨が、時間が経ちすぎたせいか腐っておっての。せめて王悦だけでも……と思ったんじゃが、無理じゃったわ」
「……腐ったんですか、霊王の骨が? 王鍵が……?」

まなこ和尚はうん、とうなずいた。藍染は珍しくぽかん、と口を開いて呆れてしまった。気を取り直すように、口を縛って「それ」を見上げた。

水晶に固められている「それ」は、新たなる霊王であり──

それは、ユーハバッハだった。

正確には、ユーハバッハの魂魄の一部だが。

「よそ様の冥府の神と、ちと話おうての。もはや自我もなくなった力の塊でしかないユーハバッハの魂魄の一部を貰うてきたんじゃよ。お陰で、こうして世界に新たな楔を打つことができたんじゃわい」
「……あなたは、本当に恐ろしい人だ」
「そりゃあ、『死神』じゃからのぅ」

目を丸くしてころころと笑う和尚に内心苦笑いしながら、藍染は尋ねた。

「それで、私をここに呼んだ理由は?」
「おお! そうじゃったわい。おんし、霊王にならんか?」
「!?」

藍染は再び驚きに目を見開いた。霊圧が乱れている。

「待て待て! 言葉が足りんかった! 何もおんしの四肢をもぎ取って臓腑を全て抜き取って、水晶に閉じ込めようなどとは思っとらん! わしが言いたいのは、この世界を、わしらを導く王にならんかという話じゃ」
「……なぜ、私に?」

「藍染よ。生と死が再び隣り合い、袂を分かったんじゃぞ。なれば、人々も、整の魂魄も、虚たちですら、集まり、文明を生み、争い合うのが道理というものじゃ」
「だから、私に導けと? なぜあなたがやらないのですか?」

和尚はうん、と言った。

「わしはあくまで霊王宮の守護者。王の眷属として長い故、今更人を導く王にはなれん。わしはおんしの言うところの「世界がどういうものか」は語ることができるが、「世界をどう在るべきか」を語る口を持たんのよ。ところがおんしは頭が良く腕も立ち、口も上手い。かつては教鞭をとったこともあるしの。わしよりよほど手綱をうまく操れるじゃろう」
「いいのですか? 私は不死だ。一度手綱を握れば、2度と離さないかもしれませんよ?」

かまわんよ、と和尚は言う。

「おんしのやり方が世界の正義と噛み合わなくなれば、おんしを倒そうとするものが現れる。ちょうど、前霊王さまを斃そうとしたおんしのようにのぅ。なれば、わしは王たるおんしを護るために戦う、それだけのことじゃ。担い手が変わろうと、世界のあり方が変わることなどそうそうありはせんのじゃよ」
「……ふっ」

藍染は笑った。
つられてか、和尚も笑った。

「いいでしょう。望んだ過程ではなかったにせよ、望んだ結果が私の元にたどり着いたのですから……せっかくです。王になって差し上げましょう」

和尚は一層笑みを深めた。

藍染は眼下を見下ろした。再生する世界を、これから己のものとなる世界を。


──BLEACH All GENRE Ⅲ

『EPILOGUE : KINGDOM COME』

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最終更新:2020年05月23日 13:34