『雨と飴』
「……雨、止まないね」
「……そう、ですね…」
町外れの、古い屋敷。屋敷の窓からは、滝のように降り続ける雨が見えた。
「……くしゅん…っ」
雨音しか聞こえない世界に、ひとつ不自然な音が響いた。
「大丈夫?」
「……、……」
蒼星石が心配そうに聞いた。微かに震える薔薇水晶をそっと抱き締めながら。
薔薇水晶は何も答えず、肩に回された腕をギュ、と掴んだ。
「……そうだ。飴、食べる?」
片手で自分のポケットを探り、一つの飴を取り出した。それを薔薇水晶の前に差し出した。
「……………」
それを目にして、薔薇水晶はゆっくり飴を受け取った。難無く袋を破き、オレンジ色の蜜の塊を口に含んだ。
「……甘、い…です」
「良かった」
にこり、と蒼星石は笑った。
一方、薔薇水晶の震えは少し収まったように見えた。表情も、緩んでいた。
「…蒼、星石は?」
「飴なら、一つしか無かったから…」
「……だめ」
何故かそう呟き、手で蒼星石の頬を包んだ。
そして。
「んっ…!?」
自分よりも血色の良い唇に、口付けをした。それから舌を器用に動かし、薔薇水晶の口の中にあった蜜の塊を、蒼星石へ渡した。
「…っは……半分、こ」
「っ……薔薇水晶って突然大胆になるんだね…」
普段は、蒼星石が主導権を握っていた。けれど、今回は薔薇水晶に握られた気分だった。
「でも……ありがと」
再び、薔薇水晶を抱き締めた。大好きだよ、という思いが伝わってくる。
「……温、かい」
薔薇水晶の頬は、紅色に染まった。
end
窓から陽射しが延びてきて、私の顔を照らした。その光が眩しくて、すぐに目が覚めてしまった。
時計を見れば、まだ起きる時間には少し早かった。隣の愛しい貴方は、未だ夢の世界。
どうしようか?たまには貴方より早く目覚めて、貴方に目覚めの口付けをするか。それとももう一度瞼を閉じて、夢と貴方の体温に抱かれるか。
……うん、いつも私が起こされてるし、たまには起こして驚かせちゃおうかな。
一度ベッドから降りて、反対に回り、幸せそうに眠る貴方の顔を見つめた。
なんだか起こしにくいなぁ。そんな幸せそうに寝られると。
頬に一つ、口付けした。貴方は吐息を漏らすだけ。…ちょっとエロいなぁ。
次に首筋。あ、さっきより反応した。
次は、勿論。
「んぅ…薔薇、水晶…?」
「…おはよう、ございます。蒼星石」
貴方との幸せな一日が、始まった。
『ハンカチ』
「……、……」
視界に、眩しい太陽が写った。あまりにも眩しすぎて、視線を少しずらした。
元々弱い体を無理矢理動かしたので、疲れた体は夏の陽射しに耐えられなかった。何とか人気の無い公園のベンチに座り、休憩をしようとした。けれど。
「(…全然…楽に、ならない……)」
最早、陽射しに当てられているだけで体力は消耗される程、体は弱りきっていた。執事に迎えに来て貰おうと、携帯を取り出す。が、執事には黙って出てきた事を思い出し、戻した。
と、同時に視界は真っ暗になった。
―――――
「(…あ、れ…?冷、たい……)」
額の辺りが急に冷たくなり、薔薇水晶は目を覚ました。ぼやけた視界に写ったのは、帽子をかぶった女性だった。
「あ。目、覚めた?」
女性はにっこり笑った。
額に手を伸ばすと、冷たい布の感触があった。
「熱中症みたいだったから、ハンカチ濡らしたんだ。それより、大丈夫?」
大丈夫か、と聞かれて、薔薇水晶は頷いた。完全ではないが、先程より気分は良くなっていた。
「…ご迷惑、かけて…すみ、ません」
「ううん。大丈夫そうなら良かった」
女性は再び笑顔になった。優しく、温かい笑みだった。薔薇水晶は不思議と見とれてしまった。
「あ、もうこんな時間か…。ごめんね、僕もう行かなきゃ」
「…あ…ハンカチ…」
「それあげるよ。いらなかったら捨てて良いから」
よっぽど急ぎの用事があるのか、速足で公園の出口に向かった。途中で振り返って、気を付けて帰ってね、と言い残し、何処かへ走り去っていった。
「……行っちゃった……」
一人残された薔薇水晶はポツリ、と呟いた。
暫く経ち、上半身を起こした。同時に、額にあったハンカチが膝の上に落ちた。
「…あ……」
薄い青色で、ワンポイントに小さな花の刺繍が施されていた。
暫くそれを見つめていると、手に取りギュ、と抱き締めた。その行動に意味はないが、なんとなく安らいだ。
「…いつか、このハンカチ…返せる、かな…?」
理由はどうあれ、もう一度あの女性に逢いたい、と薔薇水晶は願った。
その願いが叶ったのかは…別のお話。
end
ふわふわ。ゆらゆら。
まるで揺り篭の中にいるみたい。
優しくて、暖かい。
「薔薇水晶」
声が聞こえる。暖かくて、愛しい声が。
「……蒼星、石…」
「……遊園地、また一緒に来ようね」
うん。約束だよ。
でも…出来れば…。
「……二人…きり…で……」
夢と現の狭間で交した約束。
それを果たせる日は、遠くない。
「東京の、下町巡り…楽し、かったね」
「うん。こういう風景がもっと多ければ良いのに……あ、」
「…にゃん、こ……」
「本当だ。おいで~、にゃーん」
にゃ?
「にゃあ?」
にゃーん。ごろごろ…
「…………」
「ふふ、人懐っこいなぁ…………ん?どうしたの?」
「…蒼星石…可愛い、ですっ……」
「? 猫じゃなくて?」
「…はぁ……」
「…どうし、たんですか?」
「ば、薔薇水晶…。ううん、何でもないよ…」
「…それ、一週間前から…聞いてます…。隠し事は…駄目…」
「そ、そんな大袈裟な事じゃないから大丈……」
「大袈裟じゃなかったら…そんなに、悩みません!!」
「! 薔薇水晶…」
「……怒鳴って、すみません…」
「……ううん。心配してくれて、ありがとう…」
「…それで、どうしたんですか…?」
「……それが…………………2キロ…ふ、太っちゃって……」
「……………は…?」
「………だ、だから大袈裟な事じゃないって言ったのに…っ」
「……ふふふ、…可愛い、です…」クスクス
「わ、笑わないでよ!…もう……」
「…大丈夫、ですか?」
「うん…。寝てれば、治るよ」
朝方の事。珍しく風邪をひいた蒼星石は布団の中でおとなしくしていた。そして隣には、薔薇水晶が心配そうに見つめていた。
「…あ、薔薇水晶…学校は…」
「…蒼星石の、看病」
「ぼ、僕は寝てれば大丈夫だか…」
「…看病…!」
「……はぁ……」
こうなってしまうと、蒼星石は何も言えなかった。薔薇水晶は意外に頑固者なのだ。一度決めた事は中々揺らいでくれない。
「…とりあえず、暫く寝てるよ…」
「…はい。後で…お粥、作って…おきますね」
「ん…ありがと…」
「…おやすみなさい…」
数分たたぬ内に、蒼星石は眠りについた。
薔薇水晶は蒼星石の寝顔を見つめた。大丈夫とは言っていたが、やはり辛いのか息が少し荒かった。時折苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
「……蒼星石……」
眉を潜めて呟いた。こんなにも彼女は辛いのに、自分はただ見てるしかないなんて。
「…ば、ら…すい…」
「…?」
不意に呼ばれた気がして、意識をそちらに向けた。
「んん……ばら、す…い…しょぉ……」
蒼星石は薔薇水晶の名を呼びながら、苦しそうに左手で強く布団を握り締めていた。
「…蒼星石、」
布団を握り締めていた手を優しく手に取ると、それを両手で包み込んだ。
「…私は…ここに、いますよ」
暫くすると、握り締めていた手から力が抜け、蒼星石が薔薇水晶の名前を呼ぶ事も収まった。その表情は、どこか安堵したようだった。
「……大丈夫…ずっと…側に、いるから……」
一瞬周りを見渡し、誰もいない事を確認すると、蒼星石の頬に口付けをした。
「……あぅ…」
頬は徐々に赤く染まっていった。
恥ずかしくなった薔薇水晶はベッドに顔を伏せた。すると急に睡魔に襲われ、そのままゆっくりと瞼を閉じた。
二人の手はずっと繋がったまま。
end
「……あ、蒼せ…」
「蒼星石~…。この問題分からないですよぉ~」
「そこは、ここがこうなって……」
「………」シュン
「…蒼星石…一緒に、かえ…」
「蒼星石ぃ、部活の助っ人頼んで良いかしらぁ?」
「ん、良いよ」
「…………」
「はぁ……やっと終わった……あれ、薔薇水晶」
「…………」
「…薔薇水晶?」
「………っ…」ギュ
「…どうしたの?」
「……ぐすっ……」ギュウッ
「……よしよし…」