「レンピカ? どうかした?」
ハッとする。
蒼星石様の声で私は我にかえった。
最近こういうことがよくある。意識がどこかにいってしまうこと。
「いえ。少々立ち眩みがしただけですので」
いつの間にか、壁にもたれかかっていたらしい。
すぐに姿勢を正して、蒼星石様に向き直る。
それを見て蒼星石様は僅かに眉をひそめた。
「最近いつもそうじゃないか。疲れているんじゃない?」
今度は私が眉をひそめる番だった。
ご主人様に気づかれるほど、表に出ていたのかと思う。
「スィドリームだって心配してたよ?」
悪戯めいた笑みを浮かべて、蒼星石様は囁いた。
それが本当かどうかは分からない。この人は嘘が上手だから。
そもそも私がこんな事になっているのは、スィドリームのお陰だ。
心配も何も、その原因を取り除いてくれれば丸く収まる。
口から出かかった言葉を飲み込んで、その代わりに私は大きく溜息をついた。
事は常に唐突だ。
ちょうど彼女が私の肩に寄り添って、眠っていたときのことだ。
「レンピカ……」
ふいに私の名を呟いたので、驚いて彼女を見れば依然と眠ったまま。
空耳とでも思って、そのまま視線を手元の本に戻す。
「好き……」
思わず本から顔をあげた。
その言葉の意味を理解するのに、五秒はかかったと思う。
「は?」
虚しく部屋にこだまする私の戸惑った声。
しかし彼女は眠ったまま。つまり寝言であるということ。
もしもこれがベリーベルであるなら、穏やかな気持ちになるだろうが。
スィドリームは私にとって色々特別だ。それは私が彼女へ特別な感情を持っていることにも当てはまる。
彼女の本心か。それとも私と「好き」は全く別の世界のことか。
それはとても私に重要なことだ。
それからの私は少し上の空だ。
蒼星石様の言葉でさえ、時々聞き逃してしまうほどに。
今スィドリームと会えば、少なくとも平静ではいられないだろうから、彼女を避けてきた。
一度だけ翠星石様から事情を聞かれたことがあるが、うまいこと濁すことが出来たので良しとする。
結ばれる前の蒼星石様と翠星石様は、非常にもどかしかった。
私達も今そうなんだろうか、と思うが。恐らく違う。
溜息をついて、屋敷のソファーに腰掛ける。ふと前を見ると、目の前の机の上に分厚い本が置いてあった。
それを何気なく手にとって、表紙を撫でる。
「ホーリエのかな」
あの出来事があってから、私は普段より本を読むようになったと思う。
本を読めばそのときだけ、本の世界に入れるから。
本を膝の上においてページを開く。
一行、一ページと読み進めていくごとに、どんどん話しに引き込まれていく。
それは数時間続いた。
「ん……」
いつの間にか眠ってしまったらしい。
本を一気に読み進めたためか、疲労が溜まって眠りには逆らえなかったようだ。
まだ目を開けるのは億劫だった。と、同時に違和感を感じた。
もう昼を過ぎて部屋に夕日が差し込むくらいの時間のはず。日の光を感じない。
「レンピカ?」
スィドリームの声だった。
体が何も反応しなかったのは我ながら良くやったと思う。
目は覚まさず眠ったフリを続けたまま、今の状況と対策を考える。
(……嘘でしょ?)
あろうことか、私はスィドリームに膝枕をされていた。
よってここを去るのは不可能。起きることも不可。
「気のせい?」
頭を撫でられる。
平常心を保て私。平常心を。
「いつになったら言えるのでしょうか……」
いつもとは違うスィドリームの声の調子に、私は少し心の中で首をかしげた。
「似て欲しくないところがご主人様に似てしまいました」
言われて見れば、翠星石様とスィドリームに似通っているところは見られるが。
特別短所は無いと思う。短所は裏を返せば長所だ。その逆もまた。
「貴女が眠っているときにしかこんなこと言えない。たった一言の単語なのに」
何かが、何かの言葉が私の耳に届いた。
それを完全に理解した途端、頭が急に冷やされて冷静になった気がした。
「知ってた」
目を開けずに私は呟いた。
スィドリームの息を呑む音が聞こえる。
蒼星石様を思い出した。ご主人様は、半分カマかけでからかったりとかしてくるから。
「へっ?」
「知ってたよ」
「は?」
「だから」
全く。今まで悶々と悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
さっさと気持ちを告げておけば良かった。
これはその報復。君のせいで私はしばらく仕事に力が入らなかったんだから。
しばらくは蒼星石様のように彼女をからかおう。
目を開けて、スィドリームの驚いた様子を観賞する。
「私を、好きだったこと」
ご主人様にさえ滅多に見せない極上の微笑み。
さぞかし私の顔はスッキリしていたに違いない。
end
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