カーテンの隙間からの陽射しに目を細めつつ、時計を見てみると既にいつも起きる時間より十分近く過ぎている時間だ。
もうそろそろ起きて学校の準備しないといけないのだが、そんな気になれない。
布団の温もりを感じていたいという事もあるが、一番嫌なのは下腹部に来る鈍痛と不快感と悪寒…。
どう見ても生理痛だ。昨日からそんな気配はあった気がするが、こんな一気に来るなんて思わなかった。
朝の寒い空気から逃げるよう布団に包まり直すと、先に起きた水銀燈がベッドの脇に立って見下ろしているのに気が付いた。
「めぐ、そろそろ起きなさぁい。遅刻するわよぉ」
「…分かってるわよ…」
顔をしかめたまま顔を見上げると、水銀燈は少し訝しげに首を傾げた。
「どうしたのぉ? 今日はずい分と不細工な顔ねぇ」
「…生理痛よ…」
軽口に答える気にもならず、少し恨めし気に睨む。
だが水銀燈は頭にハテナマークでも浮かべるような顔をするだけだ。
「生理痛ぅ? 何それ」
「…そうか、あなた人形だから生理が無いのね…羨ましい…」
同じ女だというのにこの苦しみを分かってくれないことに落胆し、深い溜息を吐いた。
その様子に、水銀燈の顔にも少しずつ心配そうなそれが浮かんできた。
「…辛いの? どんな感じ?」
「…お腹痛いし寒いし腰は痛いし…あと、大事な所から血が出るわね…」
「血が!?」
血という言葉に驚いたのか、水銀燈は思わず大声を上げてしまった。
それが腰に響き、痛みに顔をしかめる。
水銀燈もその様子に気付き、しまったと言ったような顔で口元に手を当てた。
「…学校行けそう? 休むぅ?」
「…正直行きたく無いけど、これで休む訳には行かないから…」
もうそろそろ起きて学校の準備しないといけないのだが、そんな気になれない。
布団の温もりを感じていたいという事もあるが、一番嫌なのは下腹部に来る鈍痛と不快感と悪寒…。
どう見ても生理痛だ。昨日からそんな気配はあった気がするが、こんな一気に来るなんて思わなかった。
朝の寒い空気から逃げるよう布団に包まり直すと、先に起きた水銀燈がベッドの脇に立って見下ろしているのに気が付いた。
「めぐ、そろそろ起きなさぁい。遅刻するわよぉ」
「…分かってるわよ…」
顔をしかめたまま顔を見上げると、水銀燈は少し訝しげに首を傾げた。
「どうしたのぉ? 今日はずい分と不細工な顔ねぇ」
「…生理痛よ…」
軽口に答える気にもならず、少し恨めし気に睨む。
だが水銀燈は頭にハテナマークでも浮かべるような顔をするだけだ。
「生理痛ぅ? 何それ」
「…そうか、あなた人形だから生理が無いのね…羨ましい…」
同じ女だというのにこの苦しみを分かってくれないことに落胆し、深い溜息を吐いた。
その様子に、水銀燈の顔にも少しずつ心配そうなそれが浮かんできた。
「…辛いの? どんな感じ?」
「…お腹痛いし寒いし腰は痛いし…あと、大事な所から血が出るわね…」
「血が!?」
血という言葉に驚いたのか、水銀燈は思わず大声を上げてしまった。
それが腰に響き、痛みに顔をしかめる。
水銀燈もその様子に気付き、しまったと言ったような顔で口元に手を当てた。
「…学校行けそう? 休むぅ?」
「…正直行きたく無いけど、これで休む訳には行かないから…」
痛い腰にイライラしながらもそもそと布団から抜け出し、冷えた空気に身を強張らせる。
それで余計に痛みが増し、学校を休もうかと本気で一瞬考えた。
それで余計に痛みが増し、学校を休もうかと本気で一瞬考えた。
―※―※―※―※―
「ああそっか…のり、今日朝練だったっけ…」
食欲が無く大して物も食べれず、身支度して外に出た時に思い出したのがそれだった。
朝練が無い時は一緒に途中まで登校したりするのだが、今日は朝練がある日だ。
心細くて一番会いたい時に会えない、それで余計にイライラして深い溜息を吐く。
まあ考え様によってはこんな不細工な表情をしている時に会わなくて良かった、と考える事も出来るが。
いつもよりも重たく感じる鞄を手に、めぐは渋々と学校へ向かって行った。
透き通るような冬の青空も、今は全く興味を示さない。
ただただ顔をしかめて、時折お腹を擦りながら一歩一歩進んでいく。
そうゆっくりと学校に向かっていると、曲がり角から人影が現れてぶつからないようにそれを避ける。
「…あら…」
「……おはよう」
その人影は巴で、めぐの姿を確認すると目が一瞬少し大きくなったような気がした。
それに気の無い返事で「おはよう」と言うと、そのまま何も言わず隣に並ぶ。
重い沈黙の空気が二人を包んだまま歩き続ける。正直あまり関わりたくないが、露骨に避けるのも嫌らしい。
めぐとのりが付き合っていることがばれた日から、巴とは気まずい関係が続いていた。
別に今までそう交流があった訳ではないが、こういう空気は正直うんざりだ。今日みたいな日は特に。
そりゃあ巴の想い人であるのりを奪った――向こうからすれば――のだから、向こうが良くない印象を持っているのは分かるが。
「…そう言えば今日の合同体育はハンドボールだったわね」
しばらく無言だったが、仕方無しといった様子で巴から話を振ってきた。
「…そうか、今日体育があったっけ…」
この痛みですっかり忘れていたが、今日は体育がある日だった。
とは言えこの痛みではとても体育なんて出来そうに無い。
食欲が無く大して物も食べれず、身支度して外に出た時に思い出したのがそれだった。
朝練が無い時は一緒に途中まで登校したりするのだが、今日は朝練がある日だ。
心細くて一番会いたい時に会えない、それで余計にイライラして深い溜息を吐く。
まあ考え様によってはこんな不細工な表情をしている時に会わなくて良かった、と考える事も出来るが。
いつもよりも重たく感じる鞄を手に、めぐは渋々と学校へ向かって行った。
透き通るような冬の青空も、今は全く興味を示さない。
ただただ顔をしかめて、時折お腹を擦りながら一歩一歩進んでいく。
そうゆっくりと学校に向かっていると、曲がり角から人影が現れてぶつからないようにそれを避ける。
「…あら…」
「……おはよう」
その人影は巴で、めぐの姿を確認すると目が一瞬少し大きくなったような気がした。
それに気の無い返事で「おはよう」と言うと、そのまま何も言わず隣に並ぶ。
重い沈黙の空気が二人を包んだまま歩き続ける。正直あまり関わりたくないが、露骨に避けるのも嫌らしい。
めぐとのりが付き合っていることがばれた日から、巴とは気まずい関係が続いていた。
別に今までそう交流があった訳ではないが、こういう空気は正直うんざりだ。今日みたいな日は特に。
そりゃあ巴の想い人であるのりを奪った――向こうからすれば――のだから、向こうが良くない印象を持っているのは分かるが。
「…そう言えば今日の合同体育はハンドボールだったわね」
しばらく無言だったが、仕方無しといった様子で巴から話を振ってきた。
「…そうか、今日体育があったっけ…」
この痛みですっかり忘れていたが、今日は体育がある日だった。
とは言えこの痛みではとても体育なんて出来そうに無い。
「…悪いけど、今日の体育は見学するわ…。体育頑張ってね…」
「あら? 風邪でも引いたの?」
「…風邪の方がまだマシね…。…生理痛よ…」
巴はそれを聞いて無表情に少し同情の色を浮かべ、めぐはお腹を押さえたままそう告げる。
「…酷いの?」
「いつもは軽いんだけど、今日のは正直キツイわね…」
冷たい風を少しでも防ごうとマフラーに顔を埋めて体を縮ませる。
それでも服の上から体温が奪われて、顔がしかめっ面になっていくのが分かった。
「…そう。残念ね、あなたを負けさせられなくて」
「…それはどうも…」
巴から心配そうな表情は引っ込み、元の澄ました表情に変わっていった。
「私はクラス委員の仕事があるから先に失礼するわ。それじゃ」
「あ…」
それだけ言うと巴は軽く手を振って足を早め、めぐを残して先へと行ってしまった。
遠くなっていく巴を見て、さっきまで一緒に居るのが面倒臭いと思っていたのに、今は酷く心細くなっていくような気がした。
「あら? 風邪でも引いたの?」
「…風邪の方がまだマシね…。…生理痛よ…」
巴はそれを聞いて無表情に少し同情の色を浮かべ、めぐはお腹を押さえたままそう告げる。
「…酷いの?」
「いつもは軽いんだけど、今日のは正直キツイわね…」
冷たい風を少しでも防ごうとマフラーに顔を埋めて体を縮ませる。
それでも服の上から体温が奪われて、顔がしかめっ面になっていくのが分かった。
「…そう。残念ね、あなたを負けさせられなくて」
「…それはどうも…」
巴から心配そうな表情は引っ込み、元の澄ました表情に変わっていった。
「私はクラス委員の仕事があるから先に失礼するわ。それじゃ」
「あ…」
それだけ言うと巴は軽く手を振って足を早め、めぐを残して先へと行ってしまった。
遠くなっていく巴を見て、さっきまで一緒に居るのが面倒臭いと思っていたのに、今は酷く心細くなっていくような気がした。
―※―※―※―※―
学校に着いても当然痛みが治まるわけでもなく、休み時間はもっぱら席に着いたままじっとしたままだ。
体を動かせば痛みと下腹部から何かが流れ出る感触が気持ち悪く、何もする気が起きない。
休み時間は友人達がめぐの席にやって来てくれて少しは気が紛れるのだが、授業中ははっきり言って苦痛でしかなかった。
教師のつまらない講義を痛みにじっと耐えて受けなければならない。
悪寒と痛みで授業に集中できるはずも無く、ただただ黒板に書かれた文字列をノートに写すだけで精一杯だった。
体を動かせば痛みと下腹部から何かが流れ出る感触が気持ち悪く、何もする気が起きない。
休み時間は友人達がめぐの席にやって来てくれて少しは気が紛れるのだが、授業中ははっきり言って苦痛でしかなかった。
教師のつまらない講義を痛みにじっと耐えて受けなければならない。
悪寒と痛みで授業に集中できるはずも無く、ただただ黒板に書かれた文字列をノートに写すだけで精一杯だった。
普段よりも長く感じる授業を耐えていき、午前中最後の授業、体育の時間になった。
時間が経てば少しは痛みも引くかと思っていたが、それは引くどころか強くなってきている。
おまけに朝食をちゃんと食べて来なかったせいで、空腹感も手伝ってますます気持ち悪い。
(…次で給食か…それまで我慢しないと…)
それを食べれば少しは元気になるだろう。
少し卑しいかもしれないが、それだけを支えにして残り一時間乗り切ろう。
時間が経てば少しは痛みも引くかと思っていたが、それは引くどころか強くなってきている。
おまけに朝食をちゃんと食べて来なかったせいで、空腹感も手伝ってますます気持ち悪い。
(…次で給食か…それまで我慢しないと…)
それを食べれば少しは元気になるだろう。
少し卑しいかもしれないが、それだけを支えにして残り一時間乗り切ろう。
「…柿崎さん、大丈夫? 無理しないで保健室で休んだら…?」
友人達と一緒に授業場所である校庭へ行く道すがら、めぐの険しい表情を見てそう心配された。
スカートの下にはジャージを履いて、学校指定のカーディガンを羽織り、マフラーを巻いためぐの姿。
それで険しい表情をされては、心配するなという方が無理な話だ。
そんな友人達に、めぐは無理に笑顔を作って軽く手を振る。
「大丈夫よ。これが終われば給食だし、ここまで来たんだからあと一時間ぐらい耐えられるわ」
「…そう…?」
それでも友人達の表情は心配そうなままだが、めぐの空元気を見てもう何も言えなかった。
校庭に出ると既に生徒達が多く出てきており、その中には巴の姿も見受けられた。
巴はめぐの着こんだ姿を見て、こんな寒い校庭へ出てきた事に呆れたような表情を浮かべる。
それを受け流して先生に訳を話し、体育倉庫の壁にもたれかかって座り授業の見学に入った。
今日の授業は朝に巴が言っていたようにハンドボールだ。ちなみに男子は体育館でバスケットである。
何で今日に限って体育館じゃないのか、冷たい北風に吹かれながらめぐはそう男子達を恨んだ。
準備体操とチーム分けを終えた生徒達はキャッキャッとはしゃぎながらハンドボールの準備に取り掛かる。
そして準備も終わると教師のホイッスルが鳴り響き、最初の試合が始まった。
繰り広げられる試合をただただ眺めていると、段々ダウナーな気分になってくる。
友人達は楽しそうに応援したり試合に挑んだり、その表情からはめぐの事は既に頭に無い様に見える。
まるで自分は忘れられた存在、切り離された存在であるような…疎外感。
友人達と一緒に授業場所である校庭へ行く道すがら、めぐの険しい表情を見てそう心配された。
スカートの下にはジャージを履いて、学校指定のカーディガンを羽織り、マフラーを巻いためぐの姿。
それで険しい表情をされては、心配するなという方が無理な話だ。
そんな友人達に、めぐは無理に笑顔を作って軽く手を振る。
「大丈夫よ。これが終われば給食だし、ここまで来たんだからあと一時間ぐらい耐えられるわ」
「…そう…?」
それでも友人達の表情は心配そうなままだが、めぐの空元気を見てもう何も言えなかった。
校庭に出ると既に生徒達が多く出てきており、その中には巴の姿も見受けられた。
巴はめぐの着こんだ姿を見て、こんな寒い校庭へ出てきた事に呆れたような表情を浮かべる。
それを受け流して先生に訳を話し、体育倉庫の壁にもたれかかって座り授業の見学に入った。
今日の授業は朝に巴が言っていたようにハンドボールだ。ちなみに男子は体育館でバスケットである。
何で今日に限って体育館じゃないのか、冷たい北風に吹かれながらめぐはそう男子達を恨んだ。
準備体操とチーム分けを終えた生徒達はキャッキャッとはしゃぎながらハンドボールの準備に取り掛かる。
そして準備も終わると教師のホイッスルが鳴り響き、最初の試合が始まった。
繰り広げられる試合をただただ眺めていると、段々ダウナーな気分になってくる。
友人達は楽しそうに応援したり試合に挑んだり、その表情からはめぐの事は既に頭に無い様に見える。
まるで自分は忘れられた存在、切り離された存在であるような…疎外感。
(…素直に休めば良かった…)
友人の言う通り保健室で休めば…いや、そもそも水銀燈の言う通り学校を休んで家でゆっくりしておけば良かったかも知れない。
寒気はするし下腹部の痛みは強いし気分は悪いし、精神的にも酷く惨めだ。
抱え込んだ膝に顔を埋めて目を閉じる。こうしていれば何も考えずに済むだろう。
嫌な事も余計な事も、何もかも。
だがそれは数分後、足に何かが当たる感覚で終わることとなる。
目を開けて見てみると、そこにはハンドボールが一つ転がっていた。
顔を上げると、ボールを取り損なったと思われる生徒が手を振っているのが見えた。
「ごめーん、取ってー!」
悪びれる様子が見られない態度にやれやれと思いながら、一つ溜息を吐くとボールを手に取った。
それを投げて渡そうと立ち上がる。
その瞬間。
(あ…れ…?)
急に全身から力が抜けていくような感覚が体を襲い、目の前の景色が歪んで波打っていく。
それに、まるで体が重油に飲み込まれたように動きが取れなくなっていき、自由に動きが取れなくなっていく。
歪んで見えていた景色はやがてチカチカと白く染まっていき、体のバランスはどんどん無くなっていった。
「柿崎さん!?」
遠くでそう呼ばれた気もしたが、もはやそれに答える余裕も無い。
(…ちょっと急に…立ち上がり過ぎたか…な…)
そう思ったのを最後に目の前は白から一転、真っ暗へと変わって意識も闇に飲み込まれていった。
友人の言う通り保健室で休めば…いや、そもそも水銀燈の言う通り学校を休んで家でゆっくりしておけば良かったかも知れない。
寒気はするし下腹部の痛みは強いし気分は悪いし、精神的にも酷く惨めだ。
抱え込んだ膝に顔を埋めて目を閉じる。こうしていれば何も考えずに済むだろう。
嫌な事も余計な事も、何もかも。
だがそれは数分後、足に何かが当たる感覚で終わることとなる。
目を開けて見てみると、そこにはハンドボールが一つ転がっていた。
顔を上げると、ボールを取り損なったと思われる生徒が手を振っているのが見えた。
「ごめーん、取ってー!」
悪びれる様子が見られない態度にやれやれと思いながら、一つ溜息を吐くとボールを手に取った。
それを投げて渡そうと立ち上がる。
その瞬間。
(あ…れ…?)
急に全身から力が抜けていくような感覚が体を襲い、目の前の景色が歪んで波打っていく。
それに、まるで体が重油に飲み込まれたように動きが取れなくなっていき、自由に動きが取れなくなっていく。
歪んで見えていた景色はやがてチカチカと白く染まっていき、体のバランスはどんどん無くなっていった。
「柿崎さん!?」
遠くでそう呼ばれた気もしたが、もはやそれに答える余裕も無い。
(…ちょっと急に…立ち上がり過ぎたか…な…)
そう思ったのを最後に目の前は白から一転、真っ暗へと変わって意識も闇に飲み込まれていった。
―※―※―※―※―
「うるさい、出てけ!!」
力任せに投げ付けた花瓶は看護婦…佐原の足元で砕け、破片と水と花が辺りに飛び散っていく。
佐原は狼狽しながらもめぐを落ち着かせようとこちらへと近付いてきた。
「めぐちゃん、落ち着いて…」
「触るな、近付かないでよ!」
その瞳の奥にはおざなりな同情が浮かんでいるように見えて、それが余計に腹立たしかった。
そんな同情など欲しくない、構わないで欲しい、頭に血が上ってそうとしか感じ取れない。
その一方で、冷静な自分が頭の中にいるような錯覚。
自分はもう退院したはず。それなのに、何故病室に戻っているのか…そこまで考えて、ああ、と思った。
これは夢か、と。
そう思っている間にも佐原は近付いてきて、ヒステリックに叫び散らし続ける。
「私は本当にめぐちゃんの事を思って…」
「嘘だ、本当はさっさと死んじゃえば良いって思ってる癖に!!」
「そんな事…」
「黙れ!!」
床頭台にある物を手当たり次第に投げ付ける。
その内の一つが目測を誤ったのか、佐原の頭に当たってしまった。
「っ…!」
「あ…」
当たったのは時計で、それをぶつけられた佐原は頭を押さえてその場に蹲った。
めぐはそれでしまった、と思い手が止まる。
本当に当てるつもりは無かった。ただ出て行って欲しくて、牽制に投げたつもりだったのに…。
「…そうね」
数秒に沈黙の後に佐原から発せられた声は、恐ろしく冷たいものだった。
聞いた事の無い冷たい声に、背筋が底冷えするような感覚が走る。
力任せに投げ付けた花瓶は看護婦…佐原の足元で砕け、破片と水と花が辺りに飛び散っていく。
佐原は狼狽しながらもめぐを落ち着かせようとこちらへと近付いてきた。
「めぐちゃん、落ち着いて…」
「触るな、近付かないでよ!」
その瞳の奥にはおざなりな同情が浮かんでいるように見えて、それが余計に腹立たしかった。
そんな同情など欲しくない、構わないで欲しい、頭に血が上ってそうとしか感じ取れない。
その一方で、冷静な自分が頭の中にいるような錯覚。
自分はもう退院したはず。それなのに、何故病室に戻っているのか…そこまで考えて、ああ、と思った。
これは夢か、と。
そう思っている間にも佐原は近付いてきて、ヒステリックに叫び散らし続ける。
「私は本当にめぐちゃんの事を思って…」
「嘘だ、本当はさっさと死んじゃえば良いって思ってる癖に!!」
「そんな事…」
「黙れ!!」
床頭台にある物を手当たり次第に投げ付ける。
その内の一つが目測を誤ったのか、佐原の頭に当たってしまった。
「っ…!」
「あ…」
当たったのは時計で、それをぶつけられた佐原は頭を押さえてその場に蹲った。
めぐはそれでしまった、と思い手が止まる。
本当に当てるつもりは無かった。ただ出て行って欲しくて、牽制に投げたつもりだったのに…。
「…そうね」
数秒に沈黙の後に佐原から発せられた声は、恐ろしく冷たいものだった。
聞いた事の無い冷たい声に、背筋が底冷えするような感覚が走る。
「だったら、さっさと死になさい」
目も合わせること無く佐原は背を向けて、そのまま遠ざかっていく。
冷や水を浴びせられたような思いがして、めぐは慌てて呼び止める。
「待って! 待ってよ佐原さん!」
だが聞く耳を持たず佐原は消えてしまい、めぐの心に怖さが湧き上がった。
「…佐原さん…」
「また看護婦さんに迷惑掛けたのか、めぐ…」
今度は背後から声を掛けられ、その方を向くと父親が立っていた。
その顔は失望と落胆が混ざったような表情で、これまで見たことが無い表情だ。
「…もうお前の面倒は疲れたよ」
「な…、パパ…?」
「…じゃあな。今度会うときは、望み通りお前が死んでからだな」
信じられないその台詞に、めぐは完全に言葉を失ってしまった。
父親も同じように背を向け、手を振って遠ざかっていく。
「や、やだ…待って…」
「まったく、私もとんだミーディアムを持ったわねぇ」
今度は水銀燈の声で、顔を見上げると声の主が侮蔑に満ちた表情で自分を見下ろしている。
「水銀燈…」
「あなたみたいなジャンクなんかとは、もう付き合ってられないわぁ。悪いけど、契約は打ち切りよぉ」
それだけ言うとさっさと飛び立って行き、あっと言う間に遠くへ行ってしまった。
「やだ…いやだ…! 一人にしないで…置いてかないで…!」
言いようの無い喪失感と恐怖が胸を覆いつくし、力が抜けその場で泣き崩れた。
次第に辺りが闇に包まれていき、気が付くと足が闇に飲み込まれている。
それは腰、胸へと浸食して行き体が闇に溶けていく。
目も合わせること無く佐原は背を向けて、そのまま遠ざかっていく。
冷や水を浴びせられたような思いがして、めぐは慌てて呼び止める。
「待って! 待ってよ佐原さん!」
だが聞く耳を持たず佐原は消えてしまい、めぐの心に怖さが湧き上がった。
「…佐原さん…」
「また看護婦さんに迷惑掛けたのか、めぐ…」
今度は背後から声を掛けられ、その方を向くと父親が立っていた。
その顔は失望と落胆が混ざったような表情で、これまで見たことが無い表情だ。
「…もうお前の面倒は疲れたよ」
「な…、パパ…?」
「…じゃあな。今度会うときは、望み通りお前が死んでからだな」
信じられないその台詞に、めぐは完全に言葉を失ってしまった。
父親も同じように背を向け、手を振って遠ざかっていく。
「や、やだ…待って…」
「まったく、私もとんだミーディアムを持ったわねぇ」
今度は水銀燈の声で、顔を見上げると声の主が侮蔑に満ちた表情で自分を見下ろしている。
「水銀燈…」
「あなたみたいなジャンクなんかとは、もう付き合ってられないわぁ。悪いけど、契約は打ち切りよぉ」
それだけ言うとさっさと飛び立って行き、あっと言う間に遠くへ行ってしまった。
「やだ…いやだ…! 一人にしないで…置いてかないで…!」
言いようの無い喪失感と恐怖が胸を覆いつくし、力が抜けその場で泣き崩れた。
次第に辺りが闇に包まれていき、気が付くと足が闇に飲み込まれている。
それは腰、胸へと浸食して行き体が闇に溶けていく。
「助けて! 誰か、誰か…!」
助けを求めて必死に手を伸ばすが応えは無く、それは空を切るばかり。
そうしてる間にも浸食は進み、ついには顔まで飲み込まれ何も見えなくなって声も出せなくなってしまった。
(死にたくない…死にたくない…!)
必死に心の中で叫ぶが、意思とは裏腹に体からは力が抜けていく。
もう駄目か…そう思った時、伸ばしていた手が温かい何かに包まれた。同時に、頭の中に声が響いてくる。
『めぐちゃん…めぐちゃん…』
(…この声…)
助けを求めて必死に手を伸ばすが応えは無く、それは空を切るばかり。
そうしてる間にも浸食は進み、ついには顔まで飲み込まれ何も見えなくなって声も出せなくなってしまった。
(死にたくない…死にたくない…!)
必死に心の中で叫ぶが、意思とは裏腹に体からは力が抜けていく。
もう駄目か…そう思った時、伸ばしていた手が温かい何かに包まれた。同時に、頭の中に声が響いてくる。
『めぐちゃん…めぐちゃん…』
(…この声…)
―※―※―※―※―
その瞬間目は覚めて意識は現実に戻り、自分がベッドに寝かされていることに気が付いた。
嫌な汗を顔中にかいていて息苦しく、消毒の匂いが鼻に付いた。保健室か、ここは…。
「めぐちゃん、目が覚めた?」
声が聞こえてその方を見ると、のりが心配そうな表情をして自分の手を握ってくれていた。
「のり…」
「何だか酷くうなされてたけど…大丈夫?」
最も愛しい人が来てくれた。それが嬉しくて、安堵と同時に心のタガが外れ思わずのりの胸に抱き付いた。
のり温もりを逃さないようにしっかりと背中に手を回す。
「めぐちゃん…?」
「お願い…。少しの間、こうさせて…お願いだから…」
堪えていた心細さと不安が涙となって零れ落ち、のりの服に染みを作っていく。
最初は少し狼狽していたのりだったが、やがてめぐの背中に手を回してしっかりと抱きしめてくれた。
そうしてくれて、心が少しずつ穏やかになっていくようだ。
嫌な汗を顔中にかいていて息苦しく、消毒の匂いが鼻に付いた。保健室か、ここは…。
「めぐちゃん、目が覚めた?」
声が聞こえてその方を見ると、のりが心配そうな表情をして自分の手を握ってくれていた。
「のり…」
「何だか酷くうなされてたけど…大丈夫?」
最も愛しい人が来てくれた。それが嬉しくて、安堵と同時に心のタガが外れ思わずのりの胸に抱き付いた。
のり温もりを逃さないようにしっかりと背中に手を回す。
「めぐちゃん…?」
「お願い…。少しの間、こうさせて…お願いだから…」
堪えていた心細さと不安が涙となって零れ落ち、のりの服に染みを作っていく。
最初は少し狼狽していたのりだったが、やがてめぐの背中に手を回してしっかりと抱きしめてくれた。
そうしてくれて、心が少しずつ穏やかになっていくようだ。
「…ずっと怖い夢見てた」
数分間のりの胸で泣き続け、ホットココアを貰って落ち着きを取り戻すと、夢の事を話し始めた。
「…夢の中じゃ私は入院してて、それで昔みたいに暴れてたんだけど…。それでみんなに見放されて…」
目を閉じて夢の事を思い出し、ポツリポツリと続けていく。
「一人になりたくない、置いてかないでって泣いて…気が付いたら、体が闇に溶けていっちゃうの」
「うん…」
「…凄く怖くて…もう死ぬんだって思った…。でも、手が温かいのに包まれて…そこで目が覚めた」
ココアを一口すすり、一つ溜息を吐いた。
「…何だか自分勝手よね。昔は人を拒絶してたのに、死にたがってたのに…今は正反対な事言ってるんだから」
のりは何も言わず、真剣に話を聞いている。
「今は…取り残されるのも、人から拒絶されるのも…。独りになるのが…凄く、怖い」
ココアのカップを握る手に力が入り、不安と怖さが再び湧き上がって来た。
そんな気持ちで黙っていると不意に手を握られ、顔を上げるとのりが優しい表情を浮かべていた。
「大丈夫。めぐちゃんは独りなんかじゃない」
眼鏡の奥の優しい瞳が、真っ直ぐ、力強く自分を見つめている。
その目を外さないまま、のりは続けていく。
「今のめぐちゃんにはお父さんも水銀燈ちゃんも、新しく出来た友達みんなが付いてる。みんな心配してたわよ」
一言一言、優しく語り掛けるようなそんな口調。
その言葉一つ一つが胸に染み込んで行き、凝り固まった不安を溶かして行くようだ。
「…もし仮にみんなが見放したって、私は絶対にめぐちゃんを見放さない。約束したでしょう? 死ぬまで…死んでもずっと一緒だって」
のりの言葉にめぐは静かに頷いた。忘れもしない、手術する前に交わしたあの誓い…。
鼻の奥に少しツンとした物が抜けて、再び流れそうになる涙を堪える。今度の涙はさっきまでとは違う、嬉しさと安堵の物だ。
「ありがとう、のり…」
それだけ搾り出したように言うとのりも笑顔で頷いて、持っていた鞄を開けて中から弁当の包みを差し出してきた。
数分間のりの胸で泣き続け、ホットココアを貰って落ち着きを取り戻すと、夢の事を話し始めた。
「…夢の中じゃ私は入院してて、それで昔みたいに暴れてたんだけど…。それでみんなに見放されて…」
目を閉じて夢の事を思い出し、ポツリポツリと続けていく。
「一人になりたくない、置いてかないでって泣いて…気が付いたら、体が闇に溶けていっちゃうの」
「うん…」
「…凄く怖くて…もう死ぬんだって思った…。でも、手が温かいのに包まれて…そこで目が覚めた」
ココアを一口すすり、一つ溜息を吐いた。
「…何だか自分勝手よね。昔は人を拒絶してたのに、死にたがってたのに…今は正反対な事言ってるんだから」
のりは何も言わず、真剣に話を聞いている。
「今は…取り残されるのも、人から拒絶されるのも…。独りになるのが…凄く、怖い」
ココアのカップを握る手に力が入り、不安と怖さが再び湧き上がって来た。
そんな気持ちで黙っていると不意に手を握られ、顔を上げるとのりが優しい表情を浮かべていた。
「大丈夫。めぐちゃんは独りなんかじゃない」
眼鏡の奥の優しい瞳が、真っ直ぐ、力強く自分を見つめている。
その目を外さないまま、のりは続けていく。
「今のめぐちゃんにはお父さんも水銀燈ちゃんも、新しく出来た友達みんなが付いてる。みんな心配してたわよ」
一言一言、優しく語り掛けるようなそんな口調。
その言葉一つ一つが胸に染み込んで行き、凝り固まった不安を溶かして行くようだ。
「…もし仮にみんなが見放したって、私は絶対にめぐちゃんを見放さない。約束したでしょう? 死ぬまで…死んでもずっと一緒だって」
のりの言葉にめぐは静かに頷いた。忘れもしない、手術する前に交わしたあの誓い…。
鼻の奥に少しツンとした物が抜けて、再び流れそうになる涙を堪える。今度の涙はさっきまでとは違う、嬉しさと安堵の物だ。
「ありがとう、のり…」
それだけ搾り出したように言うとのりも笑顔で頷いて、持っていた鞄を開けて中から弁当の包みを差し出してきた。
「ホッとしたらお腹空いたでしょ? お昼の時間終わっちゃったから、これ食べて」
「え…でもこれってのりの弁当じゃ…」
「私はいいから、ほら」
「いや、でも…」
そうしていると不意にめぐのお腹がグゥゥ、と情けない音を立ててしまった。
呆気に取られて二人の間に一瞬の沈黙が流れたが、すぐに可笑しくなってきてやがて二人とも笑い出した。
「それ食べて薬飲んだら、今日は帰ろう。早退届は出してもらってあるから」
めぐは頷き、受け取った弁当を早速食べ始めた。
「え…でもこれってのりの弁当じゃ…」
「私はいいから、ほら」
「いや、でも…」
そうしていると不意にめぐのお腹がグゥゥ、と情けない音を立ててしまった。
呆気に取られて二人の間に一瞬の沈黙が流れたが、すぐに可笑しくなってきてやがて二人とも笑い出した。
「それ食べて薬飲んだら、今日は帰ろう。早退届は出してもらってあるから」
めぐは頷き、受け取った弁当を早速食べ始めた。
「そういえば、さ」
校門に向かう道すがら、ふと疑問が湧き上がって聞いてみた。
「私が倒れたって誰から聞いたの? それに、学校は…?」
時間は今六時間目が始まる前。のりだって学校だったはずなのに、どうしてあの事を知っていたのか。
その質問を聞いて、のりは少し笑って口を開いた。
「巴ちゃんから聞いたの」
「巴…柏葉さんが?」
意外な人物に思わず聞き返してしまった。
あの巴が自分のためにそんな事をしてくれたなんて思いもしなかった。
「うん。めぐちゃんが倒れたってメールがあってね。心配で午後から早退して来ちゃった」
「そうなんだ…」
意外な事実だが、めぐは巴に対して初めて感謝の念を抱いた。意外と良い人なんだな、と言う思いも。
「今日はこのままめぐちゃん家まで送ってってあげる。お父さんが帰ってくるまで付いててあげるね」
「うん、ありがとう」
のりの腕に抱き付き、校門を抜けて帰路に着く。
その胸からは既に、抱いていた不安と恐怖はない。あるのはただ、愛しい人から感じる温もりと安らぎだけだった。
校門に向かう道すがら、ふと疑問が湧き上がって聞いてみた。
「私が倒れたって誰から聞いたの? それに、学校は…?」
時間は今六時間目が始まる前。のりだって学校だったはずなのに、どうしてあの事を知っていたのか。
その質問を聞いて、のりは少し笑って口を開いた。
「巴ちゃんから聞いたの」
「巴…柏葉さんが?」
意外な人物に思わず聞き返してしまった。
あの巴が自分のためにそんな事をしてくれたなんて思いもしなかった。
「うん。めぐちゃんが倒れたってメールがあってね。心配で午後から早退して来ちゃった」
「そうなんだ…」
意外な事実だが、めぐは巴に対して初めて感謝の念を抱いた。意外と良い人なんだな、と言う思いも。
「今日はこのままめぐちゃん家まで送ってってあげる。お父さんが帰ってくるまで付いててあげるね」
「うん、ありがとう」
のりの腕に抱き付き、校門を抜けて帰路に着く。
その胸からは既に、抱いていた不安と恐怖はない。あるのはただ、愛しい人から感じる温もりと安らぎだけだった。
―※―※―※―※―
巴が六時間目の準備をしていると、由奈が廊下から戻ってきて近付いてきた。
「今、桜田さんが柿崎さん連れて帰ったって」
「…そう」
努めて感情の含まない声でそう返したが、由奈はその様子に苦笑いを浮かべ肩を竦めた。
「巴も優しいわね。柿崎さんって恋敵なんでしょ?」
「…仕方ないでしょう? 事態が事態だったんだから…」
あの時、放っておこうかと一瞬でも思ってしまったが、悲しむのりの姿を思い浮かべたらそうも出来なくなってしまった。
それに、そんな冷酷な事を一瞬でも考えた自分が腹立たしく、嫌気が差したのもある。
頬杖を着き、苦虫を噛み潰したような表情で溜息を吐いた。
(…今回は特別だからね。感謝しなさいよ、柿崎さん…)
鳴り響くチャイムを聞きながら、そんな事を思った。
「今、桜田さんが柿崎さん連れて帰ったって」
「…そう」
努めて感情の含まない声でそう返したが、由奈はその様子に苦笑いを浮かべ肩を竦めた。
「巴も優しいわね。柿崎さんって恋敵なんでしょ?」
「…仕方ないでしょう? 事態が事態だったんだから…」
あの時、放っておこうかと一瞬でも思ってしまったが、悲しむのりの姿を思い浮かべたらそうも出来なくなってしまった。
それに、そんな冷酷な事を一瞬でも考えた自分が腹立たしく、嫌気が差したのもある。
頬杖を着き、苦虫を噛み潰したような表情で溜息を吐いた。
(…今回は特別だからね。感謝しなさいよ、柿崎さん…)
鳴り響くチャイムを聞きながら、そんな事を思った。
終わり