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『弐、薔薇楼・銀の乱』

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rozen-yuri

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 ──薔薇楼華咲花魁日記──




 今日のお話は薔薇楼の一番人気、通称お職、名を銀梛(ぎんなぎ)という遊女の話をしよう。
 彼女は吉原でも稀少である高級遊女、太夫であり、世の男共を虜にしていた。
 馴染みになっても彼女と床に入るのは難しく、あらゆる手練手管を使い男共を意のままに扱う。
 それでも彼女と一夜過ごそうと色んな男共が彼女に言い寄るが、未だに床を一緒にしたという噂は聞かぬまま。
 口伝えに彼女の噂は広がり、あらゆる富豪家が銀梛を一目みたいと、ここ薔薇楼に足を運ぶ。
 冷やかし千人なんとやら、と言われるが、彼女に冷やかし等つかない。
 何故なら、初会で皆、銀梛の美しさに見惚れ、足しげく通ってしまう羽目になる。
 今日はそんな彼女の日常を少し覗いてみよう。


 『弐、薔薇楼・銀の乱』 

 



 第一印象は『何だか怖い人』だった。
 吊り上がった瞳は、きっとそのつもりもないだろうに、睨まれているかのようで。
 数日を過ぎても、まだ少し怖かった。性格がきつい、とも言う。
 この廓では一番偉いのだから当たり前かもしれないが、誰に対してでも物怖じせずにはっきりと言う。
 それに、ちゃんとした笑顔を見たことない気がする。
 いつも見る笑顔はニヤリと何かを企んでいるような妖しい笑み。
 もちろん、その笑顔さえも美しいほどの美貌であったが、なんだか冷たい印象がある。
 しかし、一番の人気の為、指名はひっきりない。どんな様子で接客してるか分からないが、物好きだな、と思う。
 だから、大事な大事な妹が彼女の下で禿しているのかと思うとちょっと辛いのです。

 そんなこんなで10日ほど重ねた日のことでした。
 縁側に腰掛け、地に届かない足をフラフラさせ、溜め息を吐く翠星石の姿。
 それを見た真紅がワッと翠星石を驚かした。
「っ…!」
 やはり声は出ないようで、大きな瞳を丸くしてコチラを見ている。
「水銀燈を呼んできてくれる?」
 そう言うと、コクリと首を縦に振って廊下をパタパタと走った。
 そう離れていないのですぐに水銀燈の部屋に着いた。
「だから、違うって言ってるでしょぉ?」
 襖に手をかけた瞬間、そう怒りを含んだ声が聞こえてビクッと心臓が跳ねた。
 恐る恐る襖を開けると、琴の前に蒼星石と水銀燈
「あら、翠星石…どうしたの?」
 パクパクと口を動かし、真紅が呼んでいると伝えた。
「分かったわぁ。いらっしゃい、蒼星石」
「はい、銀姉様」
 蒼星石は立ち上がると、琴に布をかけて、先に部屋を出た水銀燈を追った。
「何の用ぉ?」
 水銀燈が真紅の部屋を覗きながら問いかけると手招きをされた。
「翠星石、蒼星石。大事な話だから少し二人でどこかにいなさい」
 そう言うと、こくりと頷いて部屋をパタパタと出て行った。 

 水銀燈は真紅の隣に座ると訝しげに訊ねた。
「なぁに?改まって」
「あの子達のことよ」
 あの子達、と言う言葉で指し示されるのは勿論、蒼星石と翠星石。
「どうやら本当に城の娘達みたいよ」
「それ、やばいんじゃないの?」
 と言うのはそのお城は襲撃され、翠星石達の城ではなくなっていたのである。
 襲撃した人物が誰であろうと関係ないが、前の持ち主がいたとなること良くは思わないだろう。
「その内、探しに来るんじゃないのぉ?」
 はぁ、と溜め息と共に水銀燈は吐き出した。
「ダメなの?」
「はぁ?」
「あの子達のせいで問題に巻き込まれるのは、嫌?」
 寂しそうな表情を浮かべる真紅の頭を軽く叩き、そんなわけないでしょぉ、と額にキスを送る。
 水銀燈は真紅を抱えて、真紅は水銀燈の肩にもたれ掛かる姿勢をとった。
「でも、お姫様達を遊廓で働かせてたとしたら問題ねぇ」
「勘づかれなきゃ大丈夫よ」
「あらぁ、珍しい。貴女からそんな言葉を聞くなんてぇ」
「そう?貴女に感化されたのかもね」
 そう笑いながら互いの唇を近付けた。 

「た、大変なのぉ!」
 バタバタと些か下品な足音を立てて走ってきたのは雛苺。
「どうしたの?」
 水銀燈と真紅の二人は襖を開け、外を覗く。
「け、警察が…お職を出せって」
「警察が…?」
 何かを悟ったように部屋から出ると、蒼星石達を見て、ここにいなさい、と告げた。
 そう言うと、背を向けて去っていったが、真紅達に促されて、見つからないように後をつけた。
「見てみるといいわ。あの子がどれだけ人の扱いにうまいか」
 そう言う真紅の顔は自信にこれから起こることに期待を持っていたようだった。
「お呼び?」
 玄関の方へ水銀燈が顔を出したらしい。
 蒼星石達は見つからないようにこっそり覗ける部屋から覗いていた。
 後ろに雪華綺晶達もいたが、困り果てているようだ。
「娘っ子を二人探している。中を調べさせてもらおうか」
 そう言いながら、警察らしき男二人が土間から上がろうとする。
「あらそぉ。誰でも好きな子を指名なさぁい」
「そうじゃねぇ。行方不明の娘二人を探してるんだ」
 ドキリ、と蒼星石の心臓が跳ねた。確実に自分達のことを話しているのだ。
「へぇ、で?」
「吉原に逃げてきたことは調べがついている。上がらせてもらおうか」

「あら、それは構わないけど入っちゃいけない部屋もあるわよぉ?」
「そうはいかねぇ。他の廓も調べさせてもらったからな」
「本当ぅ?」
「本当だ」
 うぅん、と水銀燈が何やら顎に手を当てて考え込んでいる。
「おかしな話ねぇ」
「何がだ」
「廓にはねぇ、遊女以外決して入っちゃいけない場所があるのよぉ」
「はぁ?そんなの聞いてないぞ」
「そこに入った者は、市中引き回しされて火炙りが原則のはずだけどぉ…」
 男二人の顔がみるみる真っ青になっていく。
「そんなの、聞いたことないぞ!」
「そりゃそうよぉ。吉原独自の決まりだものぉ。…って、あ!…言っちゃったわぁ」
 わざとらしく口許に手を当てて驚いて見せる。
「逃げた方がいいと思うわよぉ?…こないだもうちに来た客…何でもないわ」
 そこで悲しげに眉を寄せ、溜め息を吐いた。
 それに焦ったような表情を浮かべた男二人は足早に廓を出て行った。
「んなわけないじゃないの。おばかさぁん」
 べぇと舌を出しながら、ニヤリと笑った。
「見事だわ」
「あら、いたのぉ?」
 警察が出て行ったのを確認すると、真紅が部屋の襖を開けた。

「さ、部屋戻りましょう。蒼星石にはまだ色々教えなきゃぁ」
 そう言われて、部屋まで着いてくるように促された。
「私達もいいかしら?」
「えぇ、構わないわよぉ」
 水銀燈に促され、部屋に連れていかれた。
 翠星石に袖を引っ張られて蒼星石が振り向くと、パクパクと何かを伝えている。
「あ、あの、紅姉様」
「何?」
「翠星石が紅姉様の琴を聞いてみたい、って」
「あら、いいじゃなぁい」
 水銀燈が初めて二人に穏やかな笑みを浮かべた。 「この子の琴の音は素晴らしいわよ」
「あまり持ち上げないでちょうだい」
 頬を赤く染めながら睨むが、いそいそと琴の前に座った。
 水銀燈は真紅の隣に座り、双子はその前に座った。
 白魚のような指が弦に添えられる。
 耳を擽ったのは柔らかな音楽。風のような爽やかさを連想させるそれは心地よく鼓膜に流れ込む。
 しばしそのメロディに心奪われていた翠星石の肩をちょんちょんと叩く片割れ。
 人差し指を縦に口に当てて手招きされた。
 足音の立たないように部屋を抜け、外から中の様子を伺う。

「ほら、銀姉様、すごく落ち着いてる」
 そう指摘され、改めて水銀燈を見ると目を瞑り、琴の音に聞き惚れている姿。
「銀姉様はね、紅姉様のことが大好きだと思う」
 なるほど確かに言われてみればそうかもしれない。時折する言い合いもそれの延長かもしれない。
「素敵だね、ああいうの」
 蒼星石の言葉にコクリと翠星石は頷いて、その情景をまじまじと見る。
 穏やかな琴の音が混じりあって、より暖かな情景に見えた。
「僕達も、あぁなれるといいね」
 その言葉に返事の代わりに翠星石は手を繋いで伝えた。それで伝わったらしく、手を強く握り返してくれた。
「二人にしてあげよ」
 それに頷き、部屋から遠ざかった。
 最後にチラリと暖かな様子を心に留め、思わず笑みが溢れた。


終わり

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