正しき怒りを胸に ◆iDqvc5TpTI



魔人と狂人は交差する。
死の刃は接吻を交わす。
焔と炎は喰らい合う。
片や度重なる厄災を退け星一つを救った英雄。
片や人命をあますことなく奪わんとした邪悪。
相反する存在でありながらも、絶大な力を持つという一点でのみこれ以上になく近しい二人。
どのような力であろうと『力』そのものに善悪はない。
それを振るいし者によって善き力にも、悪しき力にもなる。
ルシエドがアシュレーと契約した日の言葉通りだった。

人の身一つで屍山血河を築いてきた狂った皇は天が味方すれば世界をも平定できた。
さすれば彼の人となりを知らぬ後世では英雄として讃えられたかもしれない。

魔神の力を限界まで開放した灼熱騎士は焔の厄災の分身となり得た。
人々を虐殺しつくし、果てに邪悪として倒滅される未来もあったのだ。

表裏一体。
世界を救う力も滅ぼす力も力の絶対値で見れば等価値だ。
今戦場で振るわれているのはそういった力なのだ。
一振りごとに歴史が揺らぎ、一薙ぎごとに世界が変わらざるをえない力なのだッ!

「ちきしょお、俺達は見ているだけしかできねえのか!?」

故に戦いに介入する術なく突っ立っているしかない男を誰が責めることができようか。
いつもいつでも英雄達の物語は万人の手の届かぬところで進んでいく。
だかこそ伝説はいつまでたっても伝説であり、物語の域を出ることはない。

「なんて、戦いだ……」

そしてそんな手の届くことのない物語だからこそ人の心を捉えて止まないのだ。
物真似師ならぬ凡百の人間であっても目を凝らして正邪の英雄の戦いを心に焼き付けようとしたであろう。
数秒も経たないうちに戦いの真実を、殺し合いの凄惨さを目の当たりにし目を背けることとなろうとも。

――砂漠を背負い英雄が行く
――森を焼き払い英雄が迎え撃つ

同時に繰り出すは一撃必殺。
微塵でも触れようものなら身命を根こそぎ吹き飛ばす必滅の刃。
双方共に頭部を狙った一撃を紙一重で首を捻りかわす。
唸りを上げて空を切る二発の剛剣。
ただしオーバーナイトブレイザーの得物は二刀。
間髪入れず残った剣をルカの心臓へと突き立てる。
それをルカは振り切ったはずの剣で迎撃。
どころかナイトフェンサーを弾いた剣が再び刃を返しアシュレーの胴を狙う。
一つの踏み込み、一つの呼吸の間にて振るわれる三度に及ぶ必殺の斬撃。
神速をも凌駕して魔速をも地獄に落とす真速の剣。
その常軌を逸した速度に、常軌を逸した存在であるナイトブレイザーは即応するッ!
かわす動作はしない。しても無駄だ。逃げに回るのはいつだって人間だ。
簒奪者たる魔人が人の真似をしようものなら真実人へと成り下がる。
選んだのは装甲の展開。今しも突き刺さろうとしていた刃は、自ら開放された装甲分空をかすめる。
僅か一拍分の時間稼ぎ。光速の砲撃を撃ち込む絶好の機会。
一秒とももたなかったクソッタレなチャンス。
ルカが消える。
時間を捻じ曲げ好機を奪い去る。
がら空きの背に叩き込まれる処刑の刃。
ナイトブレイザーはすんでの所で装甲一枚を犠牲に躱す。
回避しざまに敵手首へと貫き手を放つ。
肉一片を持っていく。

「ルカ・ブライトオオオオオオオオッ!!」
「この感覚……。そうか、俺としたことが忘れていた。
 クク、ハハハハハっ!! ちょうどいい、貴様を殺し貴様が宿しているそれを使わせてもらうぞ!!!」

幾度も、幾度も、幾度も。
人を終らせる一撃が、命を奪う人殺しの技が鬩ぎあう。
一度で終るはずの時間が延々と地獄のように続いていく。
殺し合い。
正しく、殺し合い。
殺すか殺されるかではなく互いに殺して殺して殺す。
一合ごとにルカ・ブライトは殺す。
一合ごとにアシュレー・ウィンチェスターは殺す。
肉片が飛ぶ。
装甲が舞う。
刃が零れる。
血を、汗を、鉄粉を撒き散らして。
幾条もの赤い線を走らせた戦士達が刃こぼれした剣を酷使する。
地が裂ける。
砂が吹き飛ぶ。
木々が消し飛ぶ。
英雄達の一秒一分の生存の代償に自然の命が削られていく。
生い茂っていた木々も。
寝そべっていた砂漠も。
聳えていた山々も。
今や等しく月面世界。
自然界に宿るという妖精の涙もとうに枯れ果てていることだろう。
たとえ枯れていなかったとしても。
鋼と鋼が衝突し響き渡らせる耳障りな音の前に、彼ら彼女らの泣く声は余すことなく飲み込まれていく。

「蹂躙しろっ、剣者よッ!!」
「ハイ・コンバイン、マディンッ!!」

聖剣を携えた伝説の剣豪が大地を抉る。
娘を守り続けた守護者の魔力が空を覆う。
二体の幻獣が相殺しい光に還っても二人はかまわず戦い続ける。

「オオオオオオオオオオオオッ!」
「死ねえいっ!!!!」

ありとあらゆる攻撃を意に介さず。
ありとあらゆる速度の追随を許さず。
ありとあらゆる防御を無に帰して。
強いとはこういうものだと言わんばかりに。
魔法がどうとか、剣技がどうとか、そういったものをどうでも良いと感じさせてしまうほど圧倒的な力をもって。
ただただ殺す、ただ殺す。

ルカ・ブライトは嗤っていた。
アシュレー・ウィンチェスターは笑っていなかった。
狂皇の炎は赤かった。
騎士の焔は蒼かった。
剣が炎を纏う。
剣より焔が撃ち出される。
相殺。
打消しでも相打ちでもなく拮抗でもなく相殺。
赤も蒼も等しく殺されて死ぬ。
死ぬ。
死ぬッ!!
死ぬッ、死ぬッ、死ぬッ、死ぬッ、死ぬッ、死ぬッ、死ねッ!!!!

護る為の力。どれだけ取り繕ってもやっていることは人殺し。
だからアシュレーは世界を護るとは言わない。
ただ彼の護りたい日常の為にだけ戦う。

奪うための力。奪うだけで得ることをしなければ飢えは永遠に癒されない。
だからルカは人殺しを好みはすれど、人殺しを楽しまない。
ただ自身が邪悪であり続ける為だけに戦う。

正と邪。
魔と人。
赤と蒼。
奪うと護る。

延々と、延々と続いていく螺旋。
交差しては弾き合うメビウスの輪。
されど。
∞の形に捻じれ続けた輪はいつしかもろくなり崩れ去る。
徐々に徐々にアシュレーが押し出したのだ。

「チィ……ッ!!」

ここに来て勝敗を分けたのは残存体力の差だった。
ルカがどれだけ非人間じみたタフネスさを誇ろうとも相手は言葉通りの人外の力を手にしたアシュレーだ。
人の負の念を食い物とし再生し続ける怪物と戦うには負の念の塊であるルカは相性が悪すぎた。

ただしそれはフィジカル面に限った話。
メンタル面ではむしろ逆。
ナイトブレイザーが回復するということは即ちロードブレイザーがルカから負の念を掬い上げ続けているということ。
ルカの身体がボロボロのように、アシュレーの心も穴だらけだった。

これ以上時間はかけられない。

共通の結論に辿り着き、アシュレーとルカが一度大きく距離をとる。
持久戦では都合が悪いというのなら。
選ぶべき手は一つしかない。

起こるべきだった永劫を。
叩き込むはずだった数多の刃を。
ただの一撃、ただの刹那に凝縮するッ!

「いくぞ……アシュレー!!!!!!!!!!」

金色の光が男の足元から、漆黒の闇が皆殺しの剣から、透明なる無が空間より溢れ出る。
光と闇と無は混じり合い、ルカの闘気と一体となる。
これより放つはブレイブ、ルカナン、クイックの三重奏からなる最強の一撃。
防ごうものなら護りを剥ぎ取る。
耐えようものなら押し斬り尽くす。
避けようものなら時すらねじ曲げ追いすがる。
防ぐことも叶わず、耐えることも許されず、避けるも不可能な必中必殺必滅の炎剣。
ばらばらになぞるだけなら誰にでもできて、一息で一つの技としてなすことはルカにしかできない、
ルカだけが使う事を許されたルカのみの絶技。

――剣が迫る

「ファイナル……」

ファイナルバーストでは間に合わない。
力で勝ろうとも先に殺されてしまえば意味がない。
時をも殺し、一足で三歩を刻む真速を前には魔神の腕はなんととろいことか。

――剣が迫る

「バニシング……ッ」

バニシングバスターでは押し切られる。
速度はあっても威力が足りない。
幻獣どころではない。魔神の息吹すら炎剣相手には火の子も同じだ。

――剣が迫る

故に。
それが唯一無二の正解だった。
ファイナルバーストでもバニシングバスターでも勝てないのなら。
速度か力かどちらかが欠けているというのなら。
二つの技を掛け合わせればいいッ!!

「バアーストォォォォォォオオオオオオオオオッ!!!!!!」

ナイトブレイザー“が”撃ち出される。
粒子加速砲の光に乗ってナイトブレイザー自身が弾丸の如く射出されるッ!
漆黒の闇を赤く、赤く駆逐しながら、騎士が羽ばたく。
開放された焔の力は翼持つ魔神の形をとってルカを纏う炎ごと天へと突き上げる。
地上で開放するには過ぎた力なれど遮る物も、巻き込む者もいない天ならばありったけを放出できる。
思うがまま力を振るうことを許された魔神はここぞとばかりに火力を増していく。
熱量の上昇は留まることを知らず。
同じ焔の身でありながらルカの炎さえ焼失させてゆく。

その現実離れした光景にもルカは興味も恐怖も感じなかった。

「所詮は一度殺された身。この程度か」

アシュレーの飛翔に突き上げられるがままただ空を見上げる。
夜天には人を冷たく見下ろす月の姿。
誕生以来人々の営みをずっと見てきたあの月は人間をくだらないものだと思っているのだろうか。

「ふん、この思考こそくだらんか」

焼きが回ったものだと炎に消え逝く中自嘲する。
一度目の死がそうだったように今のルカからは身を焦がし続けていた疼きが消えていた。
だからだろう。
これまでゆっくりと見上げることのなかった月夜などに現を抜かし馬鹿げたことを考えてしまったのは。

月、か。

夜、城攻め、瀕死、一対多、果ての決闘での敗北。
ここまで状況が重なっているのだ。
もしかすればかって死した日も月は輝いていたのかもしれない。

くだらぬ感傷だな。

ルカは吐き捨てるも月から目を離すことはない。
両足の感覚が消え、焔が身体を駆け上がってくることすらものともしない。

だったら、せいぜい見ていろ。
一度目の生で手をつけておきながら最後まで己が手ではやり遂げ切れなかったこと。
それがなされる瞬間を。
ルカ・ブライトという邪悪が境界線を一つ越えるその時を。

邪笑を浮かべる。
つられるかのように炎が嗤う。

「まだこんな力がッ!?」

ファイナルバーストの光に飲み込まれていたはずの紅蓮の炎が息を吹き返す。
今やルカ自身が炎だった。
自らが生む炎と自らを焼く焔の両方を取り込んだ一つの巨大な炎だった。
焔で象られた魔神より尚大きい炎の悪魔が両手を広げる。
己が力と速度を凌駕して心の臓に剣の杭を穿ったアシュレーを受け入れ祝福する。

「ぐあああああああああああッ!」

憎悪も、魔力も、身体も、命さえ炎にくべた男がアシュレーの身を焼く。
オーバーナイトブレイザーの装甲の隙間から進入した人の形を失った悪魔が笑う。

俺は! 俺が思うまま!
俺が望むまま!邪悪であったぞ!!

魂に響いた身の毛もよだつ宣言にアシュレーはようやく気付く。
焼かれているのは身体ではない。
破られたのは鎧ではない。

心だ。

ルカ・ブライトという邪悪が肉の壁も魔剣の護りも突破してアシュレー・ウィンチェスターの魂を喰らっているのだ。

人の形を失った邪悪が問う。
二度の生を最後まで思うがままに邪悪として生きた男が、自身の心の内に巣食う邪悪を抑え付けて生きてきた男に問う。

――貴様は、どうだ?

アシュレーは答えられない。
現在進行形で魔神が吸収しているルカの圧倒的な我に心を押しつぶされないようにするのだけで精一杯だった。
況やルカには幾つもの幾つもの負の怨念が纏わりついていた。
それは憎悪の獣がこれまでに殺してきた人間達のものだ。
この殺し合いでルカが殺してきた人数など可愛く思えるほどの、生涯を通して殺してきた人間達の嘆きだ。
一度の死などでは別たれないルカの魂に刻まれた怨嗟の声だッ!

「う、ぐ、あ、あ……」

ウィスタリアスが罅割れていく。
適格者なき魔剣単体ではロードブレイザーに加え、数千もの悪霊を封じ込む力は無かった。
魔剣が悪しき念に汚染されていく。
数百年前のシャルトスとキルスレスをなぞるかのように。
魔剣と仕手の魂が憎悪の波に壊されていく。

――アシュレーさん、気を確かにっ!?

言葉は最後まで紡がれぬまま、アティの思念体が引きちぎられる。
新たに浸蝕してきたルカをはじめとした負の魂。
それはアシュレーやアティを圧迫するだけには留まらず、ロードブレイザーをも活性化させてしまったのだ。
これまでぎりぎり抑えられてきた均衡が、外側からだけでなく、内側からも崩されて。

魔剣が、砕ける。

果てしなき蒼が、遂に果てるッ!

――ハイランド皇王ルカ・ブライトが命じる。さあ、目を覚ませ、異なる獣の紋章よっ!!!!

「あ、がっああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」

炎が消える。
ルカ・ブライトが燃え尽きる。
焔が灯る。
ロードブレイザーが目を覚ます。

さあ、プロローグはここで終わりだ。
物語を始めよう。
邪悪を滅ぼした英雄が次なる邪悪となる。
そんなよくある物語を。
悲しみしか産まない物語を。

【ルカ・ブライト@幻想水滸伝Ⅱ 死亡】








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113-1:憎悪の空より来たりて ちょこ 113-3:我等は魔を断つ剣を取る
ルカ
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ゴゴ
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最終更新:2015年04月07日 03:51