憎悪の空より来たりて ◆iDqvc5TpTI



全身から力が抜けていくのが分かる。
視界がどんどん暗くなっていく。
意識も混濁し、音が途切れ途切れにしか聞こえなくなる。
男はこの感覚には覚えがあった。
体感時間では一昨日辺りに味わわされたばかりのもの。
人が誰しも一度は経験し二度目はないはずの現象――死

「……そうか」

なるほど、男は明らかに死に瀕していた。
髪はザンバラ、右耳は欠け、胸部の肉は削げ、夥しい出血で真紅に染まらぬ所はない。
壊れた鎧、血まみれの剣も鑑みれば、墓場から蘇った落ち武者の亡霊といった風情だ。

「……ククク……」

だが男の獰猛さは死人の浮べる空虚なものとは程遠かった。
命あるもののみが浮べえる感情という生の証に彩られたものだった。
男は思い出す。
一度死んだ時のことを。
あの時もまた兵もなく、全身から赤い命の水を垂れ流し、多くの敵に囲まれていた。
違うとするならば身に負うた傷が一つの敵集団によるものではないということくらいか。
見も知らぬ男達が謀ったわけでもなく次々と立ち塞がり残していった傷をなでる。
重く響く痛みに更なる笑みを刻む。
道理だ。
邪悪は理不尽をもって個を蹂躙する。
正義は数をもって邪悪を叩き潰す。
いつの世も変わらない不変の真理。

であるならば。

ルカ・ブライトという邪悪にとってはここが境界線だ。

満身創痍な身で数多の精鋭を向かい討たねばならないかってと同じこの状況。
逃げるという選択肢はない。
逃げたとしてもルカが邪悪として生きる限り何度でも同様の事態を招くだろう。
ここで超えられないのものならばこの身は所詮その時滅びる。

「クハハハハハハっ!! 来るがいい、屑共っ!!
 かってリオウがやったように、この俺を殺してみせろっ!!」

血を払ったばかりの剣を引き抜き狂皇が吼える。
立ち塞がりし敵は三人。
一人はかって彼を破った剣客であり、三人が三人とも彼に仲間を奪われた者達。
その中で真っ先にルカの剣と剣を交えたのは全身をへんてこりんな服に包んだ物真似師だった。




ルカとゴゴ達がE-2エリアとF-2エリアの境界で遭遇したのは決して偶然などではなかった。

仮眠より目覚めいささか落ち着いたゴゴはアシュレー達にシャドウの追撃を提案した。
殺し合いに乗った暗殺者の生存は放送で名を呼ばれなかったことによりアシュレー達も知るところだった。
セッツァーのことも気がかりではあったが直接的な危険性の高いシャドウの探索にアシュレー達も合意。
ビッキーを失い、仲間や友という存在の重さに突き当たった物真似師がかっての仲間を討ちにいくと自ら告げた。
その裏にあるゴゴの様々な葛藤や想いを慮りてのことでもあった。

だが。

探索は救出へと転じた。
そうさせたのは思いも寄らぬ遭遇者からの嘆願だった。

「シャドウおじさんを助けてっ」

飛行機能と速度を活かし先行していたトカに空中で激突した少女、ちょこ
仲間である彼女により拙いながらも語られたことの顛末は、シャドウを仇として狙うトッシュを動かすのにも十分だった。
いわんやゴゴが動かないはずがなかった。
物真似師としての宿命から受動的なところのある常からは信じられぬほどゴゴは必死に走った。
語り終え気絶してしまった少女が飛ばされてきた方角へと。

間に合えと、間に合ってくれと。

ちょこがゴゴ達のいた城方面に向かって投擲されていた事実にシャドウの意思を感じずには居られなかった。
シャドウはゴゴならば信じられると少女を託したのだ。
道を違えたように思えたあの男は、まだゴゴのことを頼れる仲間として扱ってくれている。
なら。
応えねば、ならなかった。
物真似師として。ただのゴゴとして。
ゴゴとシャドウは仲間であるという物真似を全力で完遂しなければならなかった。
シャドウはちょこに言ったという。
死んでも、助けると。

それを真似させてもらうっ!

ゴゴは誓った。

だから、死ぬな、シャドウ。
死んでいては助けられない。
俺に物真似をさせないなんて許さない。

ゴゴは祈った。

祈って、祈って、祈った先に――物真似師の望んだ再会はなかった。

「…………シャぁッ!!!!!」

裂帛の気合と共に禁忌とする死者の物真似にてシャドウの技術を模したゴゴの投擲が炸裂する。
シャドウは少女を託し目の前の男に殺された。
ゴゴは彼の遺志を仲間として受け取ったのだ。
シャドウの物真似をするに何の躊躇いがあろうか。

「……ほぅ」

面白い芸を見たような声を漏らすとシャドウの仇は無造作に頭部を打撲せんとしている物体を払う。
が、投擲された支給品――切れ込みを入れられていたスケベぼんは斬られるより速く自らばらけ、下卑た内容を宙空に散らす。
その紙吹雪に紛れゴゴはルカの背後をとり、一閃。
首筋に剣を走らせる。

「その動き、あの暗殺者の同門か?
 ふん、同じ動作でも随分と遅いな」

止められた。
どころか鍔迫り合いに負け、ゴゴはバランスを崩す。
格好の餌食だった。
皆殺しの剣がゴゴの血を啜らんと刀身を煌めかせる。
押し切ったルカが返し刃にて分不相応の動きを掠め取った物真似師を断つ。

ゴゴに動揺はなかった。
元よりシャドウが負けた敵だ。
身体能力で劣るゴゴがいくら技や動きを真似したところで勝てはしまい。
一人なら。
一人だけなら。

「同門? 違うな」

崩れた体勢のままにゴゴはわざと足腰に力を入れなおすことなく地に伏せる。
稼いだのは呪われた剣から逃れ切るには足りなさすぎる距離。
十分だ。
真空の刃が通過するには十分過ぎる。

「仲間だ」

誇らしげに訂正したゴゴの頭上、先程まで彼の頭があった位置を真空斬が駆け抜ける。
弾かれるルカの刃。
成したのは言うまでもない。
一度はルカを破ったゴゴの仲間、トッシュだ。




「よう。てめえが生きてるってえことは聞くまでもねえだろうが。
 暗殺者とやらはどうした?」

ちょこから襲撃者の容貌を聞いた時点でそいつがルカのことだと検討はついていた。
殺しそびれた獲物が再び自ら飛び込んできたと笑うルカとは逆にトッシュは苦い顔で問う。

「殺したが?」
「そうかい。つくづくあん時逃しちまったのが悔やまれるぜ」

リオウの命を奪った、恐らくは他にも何人かを殺したシャドウをトッシュは許せはしない。
ただ少女の話を聞いた時、少し思ってしまったのだ。
シャドウは一人生き残る為に他を殺す道を逸れ、誰かを護ることを選んだという。
だったら、自分にはもう無理だがゴゴは大切な仲間と殺し合うことなどなく寄りを戻せるのではないかと。
もしそうならば一発死ぬほど強くぶん殴るくらいで勘弁してやるかと。
そんなたわいのないことを思ってしまったのだ。

「今度は逃がしやしねえ」

夢想は所詮夢想。
現実になることなく夢と消えた。
トッシュがあの時仕留めきれてさえいれば叶ったかもしれない夢だった。

「ふははははははははははははは!!!! やってみるがいい。今度はあの時のようにはいかんぞ!!」

承知のうえだ。
手負いの獣ほど怖いものはない。
こうしてトッシュと顔を突き合わせている最中にも、ルカはゴゴとアシュレーの挟撃を易々と捌いていた。
顔合わせ程度だった初戦時とは動きが違う。
ルカの癖から槍が本来の得物ではないと見抜いてはいたが剣を手にしたルカは想像以上の脅威だった。

「わあってるよ。だがな、てめえはなんとしても倒さなけりゃならねえ」

これはけじめだ。
シャドウの死に吼えるゴゴと泣くであろうちょこへの。
震える手で、自分の背中を押してくれたあの少女への。
トッシュが逃がしてしまって以来ルカに傷付けられた全ての人々への。
この手でつけなければならないトッシュのけじめだ。

「いくぜっ!」
「……足掻いてみせろッ!!」

一度目とは優劣が逆になった得物をぶつけ合う。
一方的に押し負けなかったのは背から援護射撃があったからだ。




卓越した剣技と剣技がぶつかり合う戦場にアシュレーは弾丸の雨を降らせる。
常の銃剣によるものではない。
マディンの魔石より習得した魔法の弾丸だった。

「サンダガッ! サンダガッ! サンダガッ! マルチブラストッ!」

アシュレーの魔力はお世辞にも高いとは言えない。
それでも射撃と斬撃を組み合わせた本来の戦闘スタイルを取り戻せたことは大きかった。
明らかにこれまでとは違う動きのよさでトッシュとゴゴを的確に援護していく。

「ブリザガッ! ブリザガッ! ブリザガッ! ショックスライダーッ!」

冷気の衝撃波を迸らせるのは傘の先に短剣を溶接した異形の銃剣だった。
素材はアシュレーが持っていたディフェンダーとレインボーパラソル……に加えて魔導アーマーのビーム発生装置だ。
慣れない魔法を少しでも補助する媒介になればとリルカの傘の使用を決め、トカに溶接を頼んだ時“勝手に”仕込まれたのである。
まあトカに頼んだ時点でこうなることは必然だったのだが。
安易に紙一重な天才に改造を頼んでしまったアシュレーの自業自得と言えなくもない。
だがしかし、性格はあれとはトカの頭脳は確かなもの。
魔導ビームとマディンの魔法の属性の一致もあり、中々に使い勝手のいい武器に仕上がっていた。
マディンで覚えられる各種魔法を一段階強化可能。
魔法をビームという親しんだ銃火器よりの形で撃ちだせるのもアシュレーにはありがたかった。

「……くッ」

だから、そう。
アシュレーが晴れない表情を浮べているのはトカの改造に文句があるからではなかった。

生じた魔法の銃弾をこともなげにルカが片手で弾いているからでもない。
リルカの傘を使っているのだ。
効くまで諦めずに撃ち続けるまで。

意識を失ったちょこをトカに預けてきたことが不安だったからとも違う。
確かにトカは性格にちょっとどころではない問題を抱えているが、決して悪人ではない。
アシュレー達がいないからと少女を殺したりはしないだろう。
スカイアーマーでの偵察からこの付近に自分達以外の人がいないことも分かっている。
ルカと遭遇する随分前に城へと飛んでいったあの二人に及ぶ危険はない。

アシュレーを悩ませているのはただ一つ。
弾丸を撃ち込むごとに、炎剣を受け止めるごとに、上質な薪をくべられたように勢いを増していく内なる黒い炎のみ!

「アシュレー、大丈夫か?」
「なんでもないッ!」

嘘だ、何でもないはずがない。
一分一秒経つごとにアティに封じられている魔神の力が急激に大きくなっていくのを感じる。
魔剣という錠を破り、アシュレー・ウィンチェスターの魂の扉をノックする時間がひたひたと迫ってきている。
アシュレーがアクセスするまでもない。
魔神は既に、すぐそこにいる。

「……そうか」

対象の一喜一憂を見逃さずに真似し切る物真似師がアシュレーの内心に気付かないはずがない。
気の流れが見えるトッシュは言わずもがな。
だけど彼らは深くは聞かず、何も言わず、アシュレーに背を預けルカという巨悪に一直線に立ち向かっていく。

ルカ・ブライト。
狂皇子。
分かっているだけでもトッシュとゴゴの仲間を殺した男。

満身創痍の身でありながら三人の猛者を相手に互角以上の戦いを繰り広げる狂人はアシュレーが今まで対峙したことないタイプだった。
ARMSとして戦った最大の人間の敵、オデッサ。
様々な悪人を擁していたかの秘密結社の中にすらルカのような人間はいなかった。
ロードブレイザーをものの数分でここまで活性化させる程の負の念に凝り固まった人間はッ!
それもこのルカという男を構成する念は本来人間がそうあるような雑多の感情が混じり合ったものではない。
憎む。ひたすらに憎む。
アシュレーへの復讐に凝り固まっていたように思えて虚無感を抱いていたカイーナとは違う。
虚無も嘆きもない純粋なまでの憎悪ッ!
余計な混ざり物もなく身と心の一片の隙間さえ憎悪という感情で満たされたルカをアシュレーは人間として見ることができなくなっていた。

あれじゃ、あれじゃまるでロードブレイザーみたいじゃないかッ!

荒唐無稽なようでどこか納得のいく考えだった。
それならあの人の身に過ぎた圧倒的な力にも不思議はない。
ゴゴが投じた点名牙双を業火を纏い避けもせずに焼き払う姿が妄想に要らぬ説得力を与え、アシュレーを一層不安にさせる。

アクセスするべきじゃないのか?

鎌首をもたげた考えを慌ててアシュレーは否定する。
トッシュに見抜かれるまでもなく、下手すれば後一回のアクセスにも蒼き魔剣が耐え切れないことは自覚していた。
蒼炎のナイトブレイザーとなりルカを倒したところで暴走してしまえば意味がない。
湧き上がる不安をぐっと堪え、アシュレーはレインボーパラソルを握る手に力を込める。

そうだ、諦めない。
僕も絶対に諦めないッ!

亡き少女のことを思い起こし心を強くもつ。
その様をあざ笑うかのように、

「トッシュ、それは駄目だっ!」

戦況が悪化する。




トッシュは超一流の剣豪である。
こと単純に剣技だけでいえばルカにさえ勝る程のだ。
一度剣を交えた相手の癖や力量を見ぬくことなど容易かった。
その経験がトッシュを縛った。
受け止めることはもとより、受け流そうともしてはいけなかった一撃に剣を晒してしまった。

ほそみの剣が、折れる。
剣にて武器を壊すことを一芸としているトッシュの剣が逆に破砕される。
トッシュの表情を驚愕が埋め尽くす。
無理もない。
一日そこらで剣撃の威力が三倍にも増してくることなど常識的に考えてありえるはずがなかった。
だからこそそれは常識ではなく非常識の仕業だ。
この世の法則を逸脱した魔の法則による強化だ。
ブレイブ。
シャドウとの戦いで完全にものにしたこの魔法をルカは炎を呼ぶのと同様に、詠唱もなく斬撃に付与したのだ。

「これで借りは返したぞ」
「ち…っきしょう!」

地に落ちた刃をこれ見よがしに炎で熔解するルカにトッシュは舌を打つ。
まずいことになった。
感情を隠そうとしないトッシュの顔はありありとそう語っていた。

「トッシュ、俺の剣でもやはりダメか?」
「ねえよりはマシだがあのボロボロの剣じゃ同じ方法で叩き折られる」

刀で受け流す一瞬の接触だけで、ルカにはトッシュの剣を断ち切れるのだ。
これはトッシュにもできない芸当だ。
推測するに鍵は一息分の呼吸で三撃を成すあの技法。
あれを応用することで斬りかかる、受け流しに追いすがる、再度切り裂くの三手をトッシュの受け流しという一手に対して行ったのだろう。
武器破壊を防ぐには完全にかわしきるか大威力の斬撃に耐えうるほどの業物を使うしかない。
が、どちらの方法にも問題はある。
前者はルカ程の強敵を相手に大きく間を空ける避け方は隙を晒すことになりかねないし、また相手の隙を突ける機会も逃しがちになる。
後者はそもそも条件に合う業物がない。
壊れた誓いの剣もディフェンダーも天罰の杖も閃光の戦槍も。
武器の質としてはブレイブによる補正以前の素の皆殺しの剣に大なり小なり劣る。
せめて一度目の戦いの時のようにトッシュと相性がよく且つ名刀であるマーニ・カティがあれば話は別だったのだが。
ないものを強請ったところで意味はない。

――否

あるにはある。
目には目を、歯には歯を。
魔剣に抗するのに相応しい剣が一つ、トッシュ達にはあった。

「トッシュ、ゴゴッ!」
「やめろ! あいつを安々と起こすんじゃねえ!」

ルカだけではない。
ゴゴ達にとってもここは境界線なのだ。
この先にはシャドウが命を賭けて護った少女がいる。
ならば物真似という形で彼の意思を継いだゴゴは何が何でもルカを通すわけにはいかず。
今やこの地に一人となった元の世界からの仲間をトッシュも何としても死なせたくなかった。

「「この先に行かせるわけにはいかない!」」

だというのに。
狂皇はそれを許さない。

「ほう、それはこいつを護る為か?」

嘲笑い、狂った獣はそれをデイパックから投げ捨てる。
ごろりと。
砂上を転がって、否、転がりそびれたそれがこちらを向く。
転がらなかったのも無理はない。
それは球形をしていなかった。
人間のものとは違い前方に突き出た骨格を持つ生物の――生首だった。
赤茶色く濡れ染まり、ところどころ焼け爛れていたが、それはゴゴ達三人の誰も知る生物の生首だった。
間違いない。
あの強烈なキャラクターに触れてしまえば、非常に残念ながら誰しもその顔と名前を覚えてしまう。

「ふん。せめて虫ならば殺す価値もないと見逃してやったのだがな」

ぐちゃりと。
ゴゴが、アシュレーが手を伸ばし拾い上げようとした前でルカがそれを踏み砕く。

「爬虫類ならば鬱陶しくて殺したくもなる」

赤黒い血が滲み出し、ぶよぶよとした脳漿が零れ出たそれは間違いなくトカのものだった。


【トカ@WILD ARMS 2nd IGNITION 死亡】




嘘のようにあっけなく殺しても死にそうにないと思われていたリザード星人は死んだ。
原因は不運だったとしかいいようがない。
或いは自業自得と言うべきか。
ちょこをフィガロ城に送り届ける最中、エンジントラブルが発生し、スカイアーマーが暴走。
それがちょことの衝突のショックがプログラムを狂わせていたからかトカにはありがちの設計ミスだったのかは分からない。
分かっていることは一つだけ。
制御を失ったスカイアーマーはあろうことか城とは逆方向、つまりルカのいた方角へと飛んでいってしまったのだ。
下手に機動性がよかったせいでアシュレー達よりも随分速く遭遇。
結果はわざわざ言い直すまでもない。
トカは殺された。
狂皇子に殺された。

「飛んで火にいる夏の虫とはよくぞいったものだったぞ!
 小娘には逃げられてしまったがな。
 からくり仕掛けの女のように機械の方も壊れされていればよかったものを」

不幸中の幸い、ちょこは凶刃にかかることはなかった。
トカが殺されたことでスカイアーマーが本格的に制御を失いちょこを乗せたまま不規則な軌道で何処へと飛んでいったのだ。
そうなってしまえば飛ぶ手段のないルカには黙って見送るしかなかった。
ルカが感じた屈辱はかなりのものだっただろう。

だがそんなことはアシュレーには関係なかった。
彼が聞き逃せなかったのはただ一点。
からくり仕掛けの女というその言葉のみ。
その特徴に当てはまる人間を、既にこの世にはいない女性を、アシュレーは知っているッ!

カノンも……。カノンもお前が殺したのかッ!」

邪悪そのものであるこの男と遭遇したのならカノンが戦いを挑まないはずがない。
自分の居場所を、仲間達を護る為に戦って戦って戦い抜いて、そして死んだのだ。
アシュレーはカノンが英雄の呪縛から逃れられていない時から連れて来られた事を知らない。
けれどもカノンという人間のことは確かによく知っていた。
だって彼女はアシュレーの思ったとおりに一人の少年を護って死んだのだから。
そしてアシュレーはそんな彼女の仲間なのだ。
誰かを護る為に、大切な人と居続ける為に戦う戦士なのだ。

ならばッ!

「知らんな、殺した奴が誰かなどと!
 豚に名前は過ぎたものだからな……!!」
「お前は、お前はそうやってこれまでも多くの人々を殺してきたのかッ!」
「ふははははははははは、分かっているではないか――ッ!!
 見たところ貴様達も少なくない人数を殺してきたようだが、俺は一人でその何百倍も殺したぞ!!!!」

もしとかたらとかればとかの考えは捨てろ。
先に待つ災厄に恐れ眼前の邪悪を滅ぼせないのは愚の骨頂。
ルカ・ブライトはロードブレイザーにも勝るとも劣らない脅威だ。
人を人として憎み、その上で豚を屠殺するかのように殺し続ける悪魔だ。
見たことのない明日を一つ、また一つと奪っていく絶望だッ!
一秒でも速くここで倒さなければならないッ!

アシュレーは剣をとる。
心の中で、蒼き魔剣の柄に右手を、そしてもう一本の魔剣に左手を添える。

「――来てくれ、ルシエドッ!」

アシュレーの手に一振りの剣が現れる。
欲望のガーディアンルシエド。
アシュレーの心の内に潜むロードブレイザーでもアティでもない三つ目の精神体。
血肉を持つ最後のガーディアン。
あまねく欲望を力とし剣の聖女と剣の英雄の二代に渡り共に戦ってくれた心強い戦友。
未来を切り裂くという意思に沿って剣へと化身している友を、アシュレーはトッシュへと託す。

「トッシュ、預かっていてくれ。同じ概念存在でもあるこの剣ならロードブレイザーが相手でも戦える」
「暴走したら俺にてめえを討てっつうのか? 負担を減らすこともできず、てめえの力になるにはてめえを殺すしかねえっつのか!」
「違うさ。言っただろ、預かってくれって。ちゃんと後で返してもらう為に君に預けるんだ。
 僕は諦めなんかしない。だからトッシュとゴゴも諦めないでくれッ」
「「約束だぞ!」」

力強い二重奏に背を押され、アシュレーは一歩を踏み出す。

――行くのか? 我が主、アシュレーよ

ああ、行くさ。
帰ってくるために、マリナにただいまを言いたいから。

――ではまた待つとしよう。かつてアナスタシアに頼まれお前を待っていた時のように

心の中でルシエドへ誓い、今度こそ蒼き魔剣を手にする。

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!! アクセスッ!!!」

アシュレーは果たす。
変身を。
最後のアクセスを。
蒼炎のナイトブレイザーの更に先。
より禍々しい鎧と白銀の炎を纏った蒼炎のオーバーナイトブレイザーへとッ!




時系列順で読む


投下順で読む


110:シャドウ、『夕陽』に立ち向かう ちょこ 113-2:正しき怒りを胸に
ルカ
107:ぼくらがいた――(Esa Promesa) アシュレー
トッシュ
ゴゴ
トカ


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年10月21日 01:45