我等は魔を断つ剣を取る ◆iDqvc5TpTI



暴走したスカイアーマーは墜落し、トカの遺品ごと爆散した。
運良く直前に投げ出されたちょこは、あてもなく一人砂漠をさ迷うこととなった。
砂漠の夜は一人で歩くには堪らなく寒かった。

『はーなーしーてー! ちょこも行くの! シャドウおじさんを助けにいくのー!』
『早まっては行けないトカ! 君みたいな若い子が命を粗末にしてはいけないッ!
 ミミズだって、オケラだって生きているから超カッコいいんだトカ。
 生きてるって信じられないくらい素晴らしい(ハートマーク)』

少し前までは一人じゃなかった。
騒がしい位によくしゃべる不思議生物が目を覚ましたちょこと一緒にいてくれた。

『わ、我輩は別にあんたのことなんか心配していないんだからねッ!』

なんだかんだ言いいつつもシャドウを助けようと自殺行為に走りがちなちょこを引き止めてくれた。

『おじさんは帰らなくちゃだめなの! 子どもが待ってるの!』
『帰りたいのは我輩も同じなのであるッ!
 その夢さえかなえられれば、人畜無害にして無病息災、子守りだってお手の物ッ!!
 ほ~ら、いないいないばーッ!
 む? いないいないしているうちにはて、ここはいったいどこなんでしょう?
 両手で顔を覆っていては進路もわからねえし操縦もできねえじゃねえかッ!!」

トカも一緒だった。
シャドウと同じで帰るべき場所が、帰りたい世界があった。

『ゲーくんも今頃首を長くして待っているはず!
 何言ってんだ、あんた、登場話で見捨てたのにですと?
 それはそれ、これはこれ。メタなセリフ共々気にしちゃいけないトカ。
 ちょろくせぇ説教かまされるくらいなら、出直してくるトカッ!』

待っていてくれる不思議生物その2もいた。

なのに。
シャドウは死んだ、トカも死んだ。
ルカ・ブライトに殺された。
帰る場所のない少女一人を置いて死んでしまった。
帰る場所になってくれたかもしれない少女の心を強くしてくれた人達も死んでしまっていた。

「父さま。どうしてちょこはいつもおいてかれちゃうの?」

トッシュと再会した時からちょこはずっと嫌な予感を抱いていた。
彼がいたのだから他にも知り合いがいるかもしれないと。
リーザの名前を誰かが呼んでいた記憶もあってちょこはずっと気が気じゃなかった。
そんな少女にトカは教えてくれた。
彼らしくない比較的常識的な説明で。
この殺し合いのルールや死者の名前を。

エルクおにーさん……。リーザおねーさん……。シュウおじさん……」

ちょこは覚えている。
ぶっきらぼうなようでいて温かかった炎の少年を。
モンスターとも心を通わせられる心優しい少女を。
無口で、けれどいつも側にいてくれた黒尽くめの男を。
みんな、みんな、みんな、ちょこと手を繋いでくれた人達。
伸ばした手を掴んでくれた大好きだった、ううん、今でも大好きな人達。
大好きなのに、アークやククルのように二度と手を繋げられなくなってしまった。

「寂しいよぉ」

どうして。
どうしてみんないなくなっちゃったの?
どうしてみんな殺し合ってしまったの?

帰りたかったから?
悪い子になってでも大切な人の所に帰りたかったから?

もし……、もしもそうならちょこはどうすればいいの?

「むずかしいこと、わかんないよ。わかりたく、ないよ……」

少女は一人の暗殺者をおうちに帰してあげたかった。
父を待つ娘に、自分のような寂しい想いをして欲しくなかった。
だから、シャドウが帰れるためならちょこは悪い子にだってなってみせると頑張った。
頑張って、頑張って。
でもやっぱり少女は人を殺すことができなかった。
誰かが悲しむから。
大切な人を奪われた今の少女のように誰かが悲しむと思ったから。
トッシュがこの地にいるとなれば尚更だ。
ちょこには選べない。
一人とその誰かを待つ家族の為に他の誰か全員と彼らを待つ家族を泣かせてしまう道を選べない。
帰るべきたった一人なんて選べない。

「一緒がいい。みんながいい。みんな、みんな、おうちにただいまってできるのが一番じゃないの?」

答えてくれる人はもういない。
問いかけは夜闇に消え、とぼとぼと歩き続ける少女だけが残された。




海が燃えていた。
火の海が広がっていたのではない。
文字通り、海が真紅に染まり燃え続けていた。

そもそもどうして海が目の前にあるのだろうか。
ゴゴは首を傾げる。
確かにゴゴと仲間達は海岸の近くで戦ってはいたがあくまでも海は遠方に見える程度だったはずだ。
手を伸ばせば触れられる位置に浜辺はなかったはずだ。
それがどうしたことか。
海はすぐそこまで押し寄せてきていた。
唸り、くねり、ゴゴを飲み込まんとしていた。
ゴゴは思わず一歩後ずさり、

「あ……」

ようやく、気付く。
真紅の海に奪われていた目を取り戻し、周囲を見回し、真相を理解する。

海が近づいてきていたのではなかった。
大地が焼失していたのだ。
ごっそりと。
綺麗さっぱりに。
溶けてなくなってしまっていたのだ。
ルカとの死力を尽くした戦いの末、アシュレーが墜落した地点を境として。

「そうだ、アシュレーは……?」

見事ルカを討ち果たした直後、力を使い果たしたのかアシュレーは墜落した。
かなりの高度からの落下だったはずだ。
無傷だとは思えない。
呆けている場合ではなかった。
早く、早く、アシュレーを見つけて治療しなければ!
不安と心配に駆られアシュレーの落下地点、炎の海の中心へと目を凝らす。
予想通り、そこに探し人はいた。

予想外の姿で炎の海の上に立っていた。

「アシュ、レー?」

ゴゴが困惑した声で名前を呼ぶ。
本当に目の前の人物はアシュレーなのだろうかと。
見た目からしてさっきまでの蒼炎のオーバーナイトブレイザーではなかった。
翼が生えていたのだ。
青白い全身とはてんでミスマッチな黒く巨大な翼が。
本来翼が生えうる背中からではなく、頭頂部から生えていることが余計に違和感を禁じえない。
変化があったのは外見だけではない。
仮面で覆われていようともナイトブレイザーの顔には常にアシュレーの感情が表出していた。
今は感じられない。
アシュレーの強さも、優しさも、温かさも。

その感想は間違いではなかった。

「ルウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」

焔の朱に照らされて白銀の悪魔が咆哮する。
そこに込められている感情は一言では形容し尽くせなかった。
敵意、殺意、害意……ありとあらゆる攻撃的な衝動が交じり合っている。
ただ一つだけ確かな事はそれが敵に向ける声であるということ。
アシュレーは、アシュレーだったものは。
ゴゴを殺すべき敵だと認知しているッ!

「伏せろ、ゴゴ! そいつは、そいつはもうアシュレーじゃねええ!」

ゴゴより数瞬早く現実を受け入れたトッシュが未だつったったままのゴゴへと駆け寄り頭を押さえて無理やり伏せさす。
邪気で目が腐りそうだった。
蒼き光に護られていた時の面影は既にない。
一面の紅蓮。
オーバーナイトブレイザーからはそれ以外の色が感じられなかった。
そして禍々しいまでの紅蓮の気は徐々に漆黒を帯びながらも増大し、

「――ネガティブ、フレアッ!!!!!!」

解き放たれるッ!
赤い、朱い、紅蓮の焔が。
直線状の全てを薙ぎ払うッ!

否。

果たしてそれは焔と称せるものだっただろうか。
生易しい、あまりにも生易しすぎる。
焔などという言葉ではそれの脅威を現しきれない。
宇宙の法則すら軋ませるほどの膨大な負の念が凝り固められたネガティブフレアは最早質量さえ感じられた。
自然現象よりも物理現象、それも山レベルの大きさを誇る巨人が全力で殴ってきたと表す方がまだ想像しやすい。
だが違う。
島の南東部分をただの“試し撃ち”で吹き飛ばしたそれを正しく言い表す言葉は世界広といえど唯一つ。

――災厄

人は抗うこと叶わず、天も絶叫し、地も震撼させる彼の者の名は


 焔の災厄

ロードブレイザー


「……心地よい……。
 全盛期からすればたかが二割ほどの力の行使がこうも気持ちいいものだとはなッ!
 矮小な人間がちっぽけな兵器を作りたがる気持ちが少しだけ分かったよ」

ロードブレイザーは歓喜していた。
狂喜していたとも言っていい。
前回剣の聖女にやられた身体を修復するのにはアシュレーの内に身を潜めてから長い月日を要した。
それが此度はどうしたことか。
聖剣の邪魔が入らなかったとはいえ一日もかけずに本体である元ムア・ガルトの翼を完全に取り戻せようとは!
この調子なら本来の身体の実体化もそう遠くはないのかもしれない。

「クックックック。そういえばこの殺し合いで勝ち抜いたのなら何でも願いを叶えてもらえるのだったか?
 ならばオディオに私が完全復活するまで今回同様の殺し合いを何度でも開かせるのも一興かッ!
 あ奴なら悪い顔もしないだろう、フハハハハハハハハッ!」
「「く、勝手なこと、言ってんじゃねえ……」」
「ほう?」

ロードブレイザーは下界を見下ろす。
声がしてきたこと自体に驚きはしまい。
小ざかしくもトッシュ達がネガティブフレアを砂漠方面に逃げ込むことで避けたことくらい察知済みだ。
分からないことがあるとするならば一つ。
これだけの圧倒的な力を前にして人間はどうしてもうも足掻くのかということくらいだ。

「異世界といえども人間は変わらぬか。貴様らも私に抗い、未来を受け入れることを拒むというのか?」
「「拒むに決まってんだろが! こちとら暗黒の未来が嫌だから今まで戦ってきたんだ! 
  異世界だとかどうとか関係あるか!」」
「そうだな、失言であった。私がこうして蘇ったのもお前達人間が三千世界何処においても愚かしかったおかげだ」
「「勝手にきめつけんじゃねえ!」」

全く人間とはつくづく度し難い。
ロードブレイザーは翼を大きく羽ばたかせ、地に這う人間達を吹き飛ばす。
悪態をつきながらゴミのように転がるトッシュ達を心底侮蔑し、天に座したまま笑い飛ばす。

「そうかな? 人間のうちにこそもっとも強く、そして醜いエネルギーが渦巻いている……
 お前達自身、自らの世界での戦いの中で見てきたのではないか?
 それとも、異世界では邪悪なるものとは全て私のような人外だったとでも?
 ハッハッハ、それはそれはめでたい世界もあったものだッ!」

ぐっとトッシュとゴゴの言葉が詰まる。
言い返せなかった。
トッシュが戦っているロマリア帝国もゴゴ達が戦ったガストラ帝国もどちらも人間の王が率いているものだった。
神を吸収したケフカや、聖櫃に封印されている暗黒の支配者すらももとをただせば人間だ。
何よりも、何よりもだ。
もう一人いるではないか。
人間より転じた魔なるものが。
悪たる人間が魔になったのではなく、元は善なれども人間の悪に絶望し魔となった存在がッ!
ロードブレイザーは優越感に浸って言い放つ。
この島において当事者を除いては未だ彼しか知り得ない真相の一端をッ!

「この殺し合いなど最たるものではないかッ!
 開催したのも人間、殺したのも人間、我を蘇らせたのもまた人間ッ!
 いい加減に気付け。お前達人間が焔の未来を望んでいるということにッ!」
「「開催したのも人間、だと!?」」
「それも勇者と呼ばれた程のなッ!」

ロードブレイザーもそのことに気付いた時は驚いたものだ。
オディオがロードブレイザーの再生の足しにと寄越した負の想念。
それは紛れもなくオディオが人間の時の記憶の断片だった。
残念ながら断片なため手に入れられた情報は少なかったが、その中でもいくつか強い想いの込められた言葉は読み取れた。
『勇者』『アリシア』『ストレイボウ』『オルステッド』『魔王』。
どれもこれもがロードブレイザーには馴染みのない言葉だ。
かろうじてアシュレーを通して見た名簿にストレイボウの名前があったのを覚えていた程度。
『勇者』という言葉を使ったのも『英雄』みたいなものだろうと解釈してのことだ。
特別な意味なんてない。

「……今、なんつった?」

しかし誰かにとって何ともない言葉が他の誰かには特別なこともあるのだ。
天空の勇者しかり。
異形の蛙騎士しかり。
焔の剣客またしかり。

「オディオが勇者だった? はっ、笑えねえ冗談だ」

トッシュにとって勇者とは即ちアークのことだった。
全てを愛し慈しむ心と全てを守る力を兼ね備えた青年。
人間と人間の明日を誰よりも強く信じ続けている人間ッ!
それが勇者だった。
トッシュにとっての勇者だった。
だから否定する。

「そいつは信じ続けられなかったんだろ。魔王になっちまったんだろ。
 なら、オディオは元から勇者なんかじゃなかったんだよ。
 ただの弱っちい人間だ。道を間違えちまった人間だ……」

オディオが勇者だったことを否定する。
この剣に賭けて。
アーク達と過ごした日々に賭けてッ!

「随分と勝手な言い草だな、人間。
 ストレイボウとやらにオディオの過去を聞いてもそう言い切れるのか?」
「言い切れるね。ついでにオディオにも教えてやるさ」


「人間の自らの過ちを正す勇気って奴をな!」




「いいだろう、正せるものならまずは私を正してみよッ! 
 人間の過ちの集合体であるこの私をッ!」

トッシュの売り言葉に気分を害し、ロードブレイザーが飛翔する。
翼を広げ、万一にもトッシュ達の攻撃が届かない高度まで空をぐんぐんと昇っていく。
狙うは高高度からの爆撃といったところか。
あの火力ならちょっとやそっと距離をとったところで威力の減衰はしまい。
つまりは自分は安全な場所から一方的に嬲り殺せるということだ。
実に理に叶いつつも嫌らしい戦法だった。

或いは。
それは二度も敗北をきしたが故にロードブレイザーが心の底では人間を恐れていたからか。
だとしたらまだまだ甘い。
小細工をいくら弄しようとも世の中には力尽くでぶち破ってくる者もいるのだ。

「ゴゴっ、一発分でいい、俺をあいつのところまで運んでくれ!」

アークのことをよく知らず、途中から物真似のしようがなくなっていたゴゴへとトッシュはとんでもないことを言い出した。
普通はできるかどうかを先に聞くもんじゃないのかと問うてみれば、

「てめえならやってくれるだろ?」

と来たもんだ。
それに是と答える自分も自分かと思ったが、この男に信頼されるのは中々にいい気分なのでよしとした。

「ただ飛ばした後のことは保証しないぞ」
「そこまで面倒はかけねえさ」
「そうか。なら遠慮無く行かせてもらう!」

ゴゴがトッシュの右足首を掴む。
シャドウがちょこにそうしたように、ゴゴもまたトッシュを投げる気なのだ。
何のために?
飛ばすためだ、トッシュをロードブレイザーのもとへ送り届けるためだ。
少々荒っぽいが、これ以上の方法は思いつかなかった。
何故ならこれはゴゴなりの縁担ぎ。
シャドウは見事投擲にてちょこを救った。
それを真似すれば魔神に身体を支配されているアシュレーも助けられるかもしれない。
そんな想いを物真似に込めてゴゴはトッシュから受け取ったジャンプシューズで大きく跳躍。

「これ以上高度を上げられると届かない。
 ぶっつけ本番だがいくぞ」
「おうッ!」

そのまま空中にてトッシュを打ち上げる。
もちろんこんな馬鹿な目論見、トッシュとゴゴより高い位置にいるロードブレイザーが気付かぬはずがない。
夜闇がどれだけ濃くとも魔神の目を阻害するには至らない。

「馬鹿めッ!」

回避しようがない空中へとわざわざ翼を持たぬ身でしゃしゃり出てきた獲物に魔神は炎弾の洗礼を浴びさせる。
ガンブレイズの弾幕はトッシュへと殺到。
全弾命中し、見事トッシュを

「――鬼心法……」

撃墜できないッ!
魔導アーマーやルカとの戦いに続き、精霊の加護が焔のダメージを軽減したのだ。

「ムア・ガルトのミーディアムか!?」

悪手を打ってしまったことを自覚し、焔による攻撃を止め双剣で迎え撃つロードブレイザー。
虚は突かれはしたが依然、空中における優位は魔神が保っている。
慌てることはない。

「エルク、力を貸しやがれ――炎の光よ。道を、照らせ!」

その優位は一瞬にして砕け散る。
ホルンの魔女直伝、エルク譲りの補助魔法による加速がロードブレイザーの思惑を外し、双剣を空振らせる。
懐にまんまと入り込んだトッシュはここぞとばかりに魔剣を翻す。
狙いは一つ、オーバーナイトブレイザーの頭頂部に生えた黒翼のみッ!

「竜牙剣ッ!」

刃が右翼を斬り裂く。
堅牢を誇るナイトブレイザーの装甲を足場もなく力も入らない空中抜刀で切り裂けたのは竜牙剣の特性によるものだった。
因果応報天罰覿面。
自他の状態に左右されずそっくりそのまま受けたダメージをそっくりそのまま相手にも押し付けるッ!

「くっ、うおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

矛盾の言葉そのままに自身が放った炎弾数発分の威力に翼を討たれ、ロードブレイザーが堕ちていく。
トッシュの目論見とは違い完全には翼を切り離すことはできなかったがあのダメージではしばらくは飛べまい。
地上戦ならまだ相手のしようがある。
何よりも空を飛ばれていてはどれだけ張り上げても声を届けようがないではないか。

「アシュレーッ!」

ロードブレイザーに剣を突き刺し喰らいついたままトッシュが言葉を紡ぐ。
トッシュを振り払おうとしたロードブレイザーの動きを突き刺したままの剣に気を流すことで抑える。
呪縛剣の派生型だ。
ロードブレイザーといえど完全体ではない身に直接体内に気を流されるのは堪えたのか、僅かに動きを鈍らせる。

「約束、果たしにきたぜ!
 これはてめえの剣だろ、返してやるから受け取りな!」

ロードブレイザーが再動する。
その度にトッシュは気を流しこみ続けた。
魔神の動きを止めるほどの膨大な気の放出がそう長く続くはずもない。
体内の気が枯れ果て、今度こそ魔神は自由を取り戻す。

「アシュレー、その力は護るための力じゃなかったのかよっ!」

幸いだったのは既に砂漠の大地がすれすれまでに迫っていたことか。
ナイトフェンサーがトッシュを捉える寸前で、トッシュは身を投げ出し砂漠をクッションに着地する。
ゴゴとは随分離れてしまったが仕方がない。
トッシュは一人でロードブレイザーを抑えこみ続ける覚悟を決める。

「人間がああああッ!!」

ロードブレイザーがナイトフェンサーを手に斬りかかってくる。
ロードブレイザーは強い。
力も、速度も、耐久力も。
ありとあらゆる面でトッシュを上回っている。
だが剣士としては下の下だ。
これまで圧倒的な破壊力にかまけて他者を葬ってきた魔神は技を磨く必要がなかった。
剣を使ったことさえなかった。
トッシュにとっては唯一の突破口だ。

「てめえといいオヤジといい何こんな奴にいいようにされてんだっ!」

舌を奮う、剣を振るう。
速さで勝るはずのロードブレイザーより尚速く剣を相手に届かせる。
ロードブレイザーの剣筋は恐ろしいほどに読みやすい。
生きる殺気ともいえる魔神は一挙一動ごとに殺気を先行させてしまうのだ。
次に脚で踏もうとする地面に、次に手を届かせようとする位置に、次に剣で薙ぎ払おうとする空間に。
トッシュはそこに先んじて割り込む。
ロードブレイザーの動きの起点を悉く潰していく。

「ぬうっ!」

左三間。
低背状態へ移行しての切り抜け。

――読めている

上方に抜けての肩口狙い。
反転後、首元を狙った二の太刀での剣撃。

――読めている

重心の片寄りからして踏み込んでからの右横凪。

――刀破斬

ルシエドがナイトフェンサーを叩き割る。
ロードブレイザーのがら空きの胴が晒された。
千載一遇のチャンス。
今なら斬れる。
聖櫃に封じられた邪悪にも匹敵する焔の災厄を。
斬れば死ぬ。
概念的存在とはいえ受肉している今なら斬って殺せるとアシュレーは言っていた。

「待て、私を殺せばアシュレーも死ぬぞッ!」

それは即ちアシュレー・ウィンチェスターを殺すということ。

「んなことするわけねえだろが。言っただろ、約束を果たしに来たと!」

アシュレーはまだ生きている。
まだ救える。
モンジとは違う。
ちょこの泣きそうな声が蘇る。
ちょこはシャドウを父と呼び家に帰らせたがっていた。
アシュレーが双子の父だと知ったなら、同じように帰らせようとしただろう。
ここでアシュレーを断てば魔神による悲しみから多くの人が救われる。
しかしそれは全てを救う道には繋がらない。
アシュレーを待つ妻や子に、ちょこが味わった寂しさを、自分が味わった怒りを押し付けてしまうことになる。
死んでも御免だ。
トッシュは振りぬく。
剣を握り締めたままの拳を。
アシュレーを覆う呪われた仮面を砕く為にッ!

「目ぇ、覚ましやがれってんだ!」

拳が炸裂する。
口下手なトッシュが言葉だけで届かないのなら衝撃ごと伝えやがれと全ての力と想いを込めて放った一打は。

されどトッシュに手応えを返すことはなかった。

「アシュレーへの遺言は終わったか?」

飛ぶことを封じられていたはずの魔神は悠然と羽ばたき、激突寸前だった拳を回避。
気がつけば竜牙剣が付けたはずの傷は跡形もなく塞がっていた。
負の念が渦巻く島の中においてロードブレイザーが自らの傷を癒すことなど一瞬で済むのだ。
それをこれまでしなかったのは魔神が体慣らしに戯れていただけに過ぎない。

ロードブレイザーの胸部装甲が展開される。
トッシュは咄嗟に斜線軸上から身を逸らそうとするも、遅い。
光速を誇る荷電粒子砲の前には余りにも遅すぎる。

「バニシングバスターッッッ!!」

三度、極光が夜天を吹き飛ばす。
夜が闇を取り戻した時、破滅の光が突き進んだ道には崩れ去った山脈と一人の男の身体が転がっていた。




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113-2:正しき怒りを胸に ちょこ 113-4:汝、無垢なる刃、デモンベイン
ルカ
アシュレー
トッシュ
ゴゴ
トカ


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最終更新:2010年10月16日 18:07