夢をもう一度 ◆0RbUzIT0To
夕闇に染まる景色の中。
草原の中にぽつんと孤立した小屋の中で、二人の男が酒を飲み交わしていた。
一人は静かに酒を呷り、どこか虚ろな瞳を浮かべている。
頬には大きく太い傷が走っているが、決して醜い顔つきではない。
銀色に輝く流れるような長髪、どこか危うい空気を纏った精悍な顔つき。
年は若くないだろうが、しかし老けている訳ではなかった。
強いて言うならば、大人の男――それがこのセッツァー=ギャッビアーニであった。
一方、そんなセッツァーに向かってぺちゃくちゃと大声で、かつ楽しげに話している男がいた。
特徴的な縦縞の服を着たその身体は、脂肪がつきすぎてセッツァーと共に囲んでいるテーブルにつっかえている。
白髪が混じった青い髪と髭。
よく笑う為なのか目尻と口元には皺が出来ており、この男が若くない事は一目で判る。
小太りの中年の男――
トルネコは、尚も盛んにその口を動かしていた。
二人が出会ったのは、ほんの数十分前である。
この地に降り立ったトルネコは、一先ずの隠れ家として目の前にあった小屋に入ろうとした。
ドアノブに手をかけ、戸を静かに開ける。
そこにいたのは、一人で静かにグラスを傾けるセッツァーだったのである。
「いやぁ、しかしあの時は驚きましたよ。
まさか人がいる家をドンピシャリで当ててしまうとはね、セッツァーさんを見た時は肝が冷えました」
手を叩いて笑いながら、トルネコは思い出すように言う。
何せ大きな傷を顔に持つ男が一人、暗い部屋で酒を飲んでいるのだ。 しかも、その足元には得物を携えて。
これが驚かずにいれるはずがない。
見た瞬間思わず逃げ腰になったトルネコだったが、ふとその時気付いた。
それは、自分のような無防備で見るからに動きの鈍そうな男が突然現れたというのに、
セッツァーが自分の得物に手をかけようとしていないという事だった。
このふざけたゲームに乗っている人間ならば、まず自分を標的にするはずだろうに。
それがわかった瞬間、トルネコは咳払いを一つしてセッツァーに向き直り言った。
ただ一言、「あなたはやる気なのですか?」とだけ。
セッツァーは何も言わず、ただ首を横に振った。
それからは早い。
元々陽気な性格で人懐こいトルネコはすぐに家の中へ入るとセッツァーと同じテーブルへとつき喋り始めた。
自分もやる気はないだとか、身の上話やここへ連れられてくるまでしていた事。
途中からはセッツァーが注いでくれた酒――セッツァーの支給品で老酒という珍しい酒らしい――も入った事もあり、
この場に連れてこられて緊張していた心も徐々に解れたのだろう。
とにかく、喋れる事は何でも喋った。
「なぁトルネコ……」
トルネコの愛妻の自慢話の腰を折り、セッツァーが声をかける。
この談笑――といっても、単にトルネコが一方的に話していただけだが――の中、初めてセッツァーが口を開いた。
その事に少し驚きながら、トルネコは口を閉じてセッツァーの目を見る。
何か機嫌を損ねただろうか? それとも、外に他の参加者の気配でも見つけたのだろうか?
セッツァーの眼差しは真剣そのもので、思わずトルネコは身を堅くする。
しかし次に発したセッツァーの言葉は、別の意味でトルネコを驚かせた。
「あんたはどうしてそんなに陽気なんだ?」
「へっ?」
思わず間抜けな声が出てしまい、慌てて口を強く結ぶ。
目の前の男は、"何故自分が陽気なのか?" ……そう聞いたのか?
……いやいや、そんなはずはない。
あれだけ真剣な眼差しをしていたのだ、そんな馬鹿馬鹿しい事を聞くはずがない。
きっと自分の聞き間違いなのだ。 そう結論付けて、トルネコは聞きなおそうとする――が。
「あ、あの、セッツァーさん? 今、何と……」
「答えてくれ、トルネコ。 何であんたはそこまで陽気になれる?」
……どうやら自分の耳は正常だったらしい。
これが冗談交じりの言葉や、或いはどこか皮肉を交えた言葉ならまだ返答しやすい。
だが、目の前の人物は真剣に自分に聞いてきてるのだ。
「えっと……質問の意図が、わかりにくいのですが……」
「……言葉のままさ。 お前は、何故陽気なんだ。 何故そんなに、明るい。
こんな……腐った世界の中で」
そう言うセッツァーの真剣な瞳は、再び濁りだす。
腐った世界……セッツァーの生きている世界は、そんな世界だった。
いや、正確にはそんな世界になってしまったのだ。
一年ほど前の事、浮上した魔大陸でガストラ皇帝やケフカ=パラッツォを追い詰め――そして、三幻神のバランスが崩れて世界が崩壊してから。
美しかった世界はもう無い……帝国と共に戦っていた仲間とも散り散りになってしまった。
そして、何より大切にしていた翼は――使い物にならなくなってしまった。
……一部の人間は、まだ完全に絶望をした訳ではないらしく各地で復興活動をしていると聞く。
だが、そんな事は自分にとってはどうでもいい事だった。
翼を失ってしまった今の自分は、何をする気力も沸かない。
ただ毎日パブに通っては退屈を紛らわすように酒を飲むだけだった。
命を失う事など今更惜しい事ではなかった。
翼を失ってしまった以上、今の自分には何の存在意義も価値も無い。
元々自分はギャンブルの世界で生きてきた人間。
人々の心にゆとりが無い今の世は、あまりにも生き辛い。
生きていたって死んでいたって、どうせ同じ事だ。
こんな小屋で無防備に酒を飲んでいたのだって、そんな自暴自棄な考えがあったからこそ。
「だからこそ、あんたがわからない……なんでこんな状況で陽気になれるのか、な」
「……世界は腐ってなどいませんよ」
「何?」
いつの間にかトルネコは俯いていた。
俯いたまま、先ほどとは打って変わって小さくか細い声で呟いた。
「……確かに、今の世には魔物が大勢います。
人間同士で戦争を起こしてしまいそうになった国があります……。
ですが、ですがね……世界はセッツァーさんの言うように腐っちゃあいませんよ」
酒を呷り、トルネコは再び顔を上げた。
そこには先ほどまでのような陽気で朗らかな人懐こい笑顔は無い。
真剣な――そして、どこか悲しみを帯びたような表情のまま、トルネコは続ける。
「あの魔王と名乗る者に飛び掛った格闘家を思い出してご覧なさい。
確かに、彼の行動は蛮勇でしょう。 馬鹿のやる事でしょう。
ですがね、彼は……少なくとも彼は、あの魔王と倒そうと挑みかかったのです。
腐った世界で、あのような真っ正直な人間が作られますか?」
答えは否だろう。
彼の居た世界はセッツァーやトルネコの居た世界とは違うとはいえ、相応に熾烈な世界だった。
街中で恐喝や食い逃げ、窃盗が多発する。森には野盗が出る、決して治安がいいとは言えない世界。
しかし、それでも彼はあのように真っ正直な人間に育った。
――少しばかり頭は悪かったかもしれないが、少なくとも腐った人間ではない。
「そして、死んだ彼を必死に蘇生しようとした神官がいました――私の仲間です。
彼は……私と同じように、決して勇敢な人間ではありませんでした。
でも、彼は死んだ青年を蘇生しようとした……あの状況で、です」
普通なら物怖じしてしまうような状況で、彼は果敢にも死んでしまった青年を蘇生をしようとした。
それは傍から見れば無謀な行為だったかもしれない。馬鹿のやる行為だったかもしれない。
だが、トルネコはそんな彼の仲間であった事を誇りに思う。
彼は少しなよなよしていて頼りない一面もあったが……しかし。
それでも彼には強い正義感と、真っ正直な人間の呆気ない死を放ってはおけない優しさがあった。
「セッツァーさん……正直な話をして私は、魔大陸の事なんて知りません。
あなたの言う世界の事情なんて、何も知りません。
恐らくは噂に聞く天界とかいうのと私の住む世界がまるっきり違うように、私達の住む世界はまるっきり違うのかもしれません。
でもね……」
そこで言葉を切り、トルネコはその厳しかった瞳を柔和なものへと変え、言った。
「人間は……世界ってもんは、そんなに簡単に腐らないんですよ。
何故なら、人には希望があるから、絆があるから……夢があるからです」
「夢……?」
その言葉を最後に聞いたのは……一体、どれほど前だっただろうか。
呆然としているセッツァーを余所に、トルネコは更に言葉を続ける。
「こんな年になってもね、私は夢見ているんですよ。
世界一の武器商人になるという夢――天空の剣という名の伝説の武器を見つけ出すというものが」
無論、トルネコは伝説の武器を扱えるような戦士ではない。
しかし、それでも彼はその天空の剣を見つけ出したいのだ。
それは彼が一流の剣士になりたいからという夢を見ているからではなく、世界一の武器商人になりたいと思うからこそ。
「世界一の武器商人には、やはり世界一の武器が相応しいでしょう。
無論私には使えませんから、その剣はちゃんとその剣を扱える方――勇者様にお譲りします。
ですがそれでも私は満足なんです。 武器商人にとっての最大の喜びとは、その武器を相応しい人にお渡しする事なのですから」
そう、トルネコの目的はあくまでも天空の剣を見つける事にあるのだ。
決して天空の剣を手に入れたい訳ではない。
単に彼はその世界一の剣を装備するに値する人に天空の剣を渡したいだけなのである。
だからこそ、彼は勇者の旅に同行し――その天空の剣を見つけ出す事を手伝っている。
「夢があるから、希望があるから、絆があるから人は絶望なんかしないんです。
例え世界がどうなろうと、夢がある限り人の心は枯れません」
「夢……夢か」
「そう、夢です……セッツァーさんにだって、あるはずですよ。
そして、こんな世界だからこそ……こんな状況だからこそ! 夢を追いかけるべきなんです!」
確かに、セッツァー=ギャッビアーニには夢があった。
だが、それは崩壊してしまったのだ……一年前の、世界崩壊の時に。
翼が無い限り、夢は追いかける事は出来ない。
そう考えていたセッツァーの頭に、突如電撃が走る。
――確かに翼は壊れてしまった、あの時……自分の夢は潰えてしまった。
だが、本当にそうか……? それで全ては終わってしまったのか……?
違う……まだ、夢は終わっていない。 俺の……否、友の夢は。
いつしかグラスを持っていたセッツァーの手は震え、口元には笑みが浮かび上がっていた。
自分の翼は壊れた……だが、まだ自分には残されている。
友の遺産――友の夢が、まだ残されている。
それを思い出した瞬間、セッツァーの虚ろな瞳は消え失せ、代わりに熱い情熱の炎の色が灯る。
「ふふ……確かに、あんたの言う通りだ……」
「セッツァーさん……!」
セッツァーの手を両手で包み込むようにして強く握りながら、トルネコは熱く語り掛ける。
「一緒に夢を追いかけましょう……私は見ての通り腕に自信はありません。
ですが、今まで幾度と旅をしてきて魔物と戦ってきた経験があります。
武器や道具を見る目だってあるつもりですし、頭の回転だってそんなに悪くないつもりです。
それにきっと、私達と同じように夢を持ち希望を持ち、あの魔王と戦おうとしている人もいるはずです。
その人達と協力をして知恵を練れば――きっとこんなふざけたゲームを止める事が出来ます!
もう一度、夢を追う事が出来るんですよ!」
「ああ、そうだな……本当にその通りだ……!」
いつしか、両者は瞳に涙を浮かべていた。
目指すものは違えど、その気持ちは両者共に同じ。
だからこそ、セッツァーは己の手を力強く握るトルネコの手をそのままにしておいた。
そして、もう片方の手で持っていたグラスを静かに置く。
「トルネコ……あんたは本当に……」
語りかけながら、セッツァーは一度グラスを持っていた方の手をテーブルの下へと這わせ――。
「いい奴だな……」
そこにあった"ナニカ"を掴み取り、テーブルの下からトルネコの腹へと思い切り突き上げた。
突き上げた振動により、ガタンと音を立ててテーブルが倒れ酒の入ったグラスと瓶が割れる。
テーブルが倒れた事により露になったのはトルネコの腹に深々と突き刺さった一本の槍。
最初にトルネコがこの場に来た時にセッツァーが横に携えていた得物だった。
「セッ、ツァー……さん……?」
喉から込み上げてきた粘着性のある赤い液体を垂らしながら、トルネコは焦点の定まらない瞳で目の前の人物を見る。
彼は――涙を流していた。
涙を流したまま、トルネコを突き刺していた。
「感謝してるよトルネコ……あんたは俺に大切な事を思い出させてくれた。
本当に、大切な事をな」
彼が情熱的に夢の話をしてくれなければきっと己はあのまま腐って酒に溺れていただろう。
そして、何も為せぬまま何れは死んでいたに違いない。
全てに絶望をしたまま、夢を思い出す事もなく。
だからこそ彼はトルネコに対して感謝をしている。
自分を蘇らせてくれたのはトルネコなのだから――大切な事を思い出させてくれたのはトルネコなのだから。
「な、ら……どうして……こ、こん……な……」
「もう一度夢を追いかける為さ」
彼の言っていたように、自分達を集めて殺し合いを強要しようとしている魔王を倒す――それもまた夢を追いかける為の道ではある。
だが、それはイレギュラーな夢の追い方でしかないのだ。 この"ゲーム"の中では。
ゲーム……そう、これは己の命をチップとした、殺人ゲーム。
あの魔王を倒すというトルネコの意見はそのゲームをただ放棄しているだけに過ぎない。
しかしセッツァーはそれを好しとしない。
何故なら彼は勝負事の世界に生きてきた人間――戦わない内にゲームを降りる訳にはいかない。
最初はこんなゲームに乗るつもりはなかった……無気力だった自分は生きても死んでも同じ事だったのだから。
だが、今は違う。 今は夢を追いかけるという新たな生きる目的が出来てしまった。
ただ怠惰な毎日を送ってきたセッツァーは消え去り、大空を駆ける勝負師へと舞い戻ってしまった。
故に、セッツァーはゲームを行う――勝負師として、夢を叶える為に。
「不意打ちは卑怯? 一度でも心を通わせた相手を殺すなんて外道だ?
――馬鹿を言うなよ、これは勝負事だ、博打なんだ。 博打の世界にゃ卑怯も何もねぇ」
槍を持つ手に更に力を込め、ずぷずぷと突き刺していく。
肉付きのよすぎるトルネコの体を、しかしその槍はいとも容易く貫いた。
その槍は元々屈強な鎧兵士の装甲をも簡単に突き殺すよう作られている。
ただの脂肪に過ぎないトルネコの体を容易に貫けたというのも、ある意味では当然なのかもしれない。
ぶくぶくと赤い泡を吹き出しながら、それでもトルネコは何かをまだ言おうとしていた。
全身は痙攣を始め、顔面はどんどんと蒼白になっていく。
そして数分が経過した後――トルネコは、大きな音を立てて地面へと倒れこみ、もう二度と立ち上がろうとはしなかった。
ずぷり、とトルネコの胴体から槍を引き抜きついてしまった血糊を小屋にあった布で拭き取る。
拭き取りながら、セッツァーはもう二度と動かないトルネコを見た。
感謝をしている……というのは本当だ。
こんな状況で、こんな場所で出会っていなかったなら……きっといい友人になれていただろう。
あんな年になりながら夢を追い続ける事の出来る男……尊敬の出来る人物だった。
しかし、それはあくまでも平時の時――こんな状況でなかったならばの話。
セッツァーが夢を取り戻し、勝負師としてのかつての自分を取り戻した瞬間――彼はただの標的になりさがってしまった。
不運にもセッツァーを立ち直らせようと決死にトルネコが話しかけた事が、結果的にセッツァーの魂に火をつけてしまったのである。
「あんたは本当にいい人だった……俺の昔の仲間にも見せてやりたいくらいに出来た人間だったよ。
出来る事ならあんたにも夢を追って欲しかった……って、こんな事言っても言い訳にもならねぇだろうがな」
血糊を目立たない範囲で拭えたのを確認した後、自分とトルネコの持っていたデイパックを回収して戸に手をかける。
さぁ、自分は乗ってしまった、このゲームに。
乗るかそるか――命を賭けた殺人ゲームに。
勝てば無事生還、負ければ……命と、思い出した夢が没収される。
だが、怖くは無い。
――久しぶりに感じるこの感触、この緊張感こそがギャンブルの醍醐味だ。
戸を開けると、辺りはまだ暗い。 当然だろう、トルネコと共に過ごした時間はそれほど長いものではなかったのだ。
しかし、そんな薄暗い辺りの様子とは裏腹にセッツァーの心は透き通り光に満ち溢れていた。
「もう一度蘇らせる……友の翼を!」
力強くそう吐き出すと同時に、セッツァーは外へと一歩踏み出す。
もう一度夢を見るために、夢を掴み取る為に。
【トルネコ@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち 死亡】
【残り 52名】
【H-4 小屋の外 一日目 深夜】
【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:若干の酔い
[装備]:つらぬきのやり@ファイアーエムブレム 烈火の剣
[道具]:ランダムアイテム0~1個(確認済み)、トルネコのランダムアイテム1~3個(未確認)、基本支給品一式×2(セッツァー、トルネコ)
[思考]
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る
1.手段を問わず、参加者を減らしたい
2.扱いなれたナイフ類やカード、ダイスが出来れば欲しい
※参戦時期は魔大陸崩壊後~セリス達と合流する前です
※名簿は未確認です。ティナ達が呼ばれている事には気付いていません
時系列順で読む
投下順で読む
GAME START |
セッツァー |
031:黒のジョーカー |
トルネコ |
GAME OVER |
最終更新:2010年06月19日 04:20