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『自己陶酔』


(キャラ) 夏目アンアン、ロロノア・ゾロ




 薄暗い照明がカウンターの木目に細い光を落としているだけの、無人のバー。
 椅子はいくつか無造作に引かれたままで、先程まで誰かがいたような痕跡さえ感じられる。
 グラスはシンクに積み重ねられ、水滴がゆっくりと底に落ちる音だけが、規則正しく響いている。
 棚に並んだボトルは埃をかぶってはいないが、ラベルの文字が薄く霞んで見えた。

 酒の芳醇な匂いと、店に染み付いた独特な煙の匂いが入り交じり、陶酔に似た感覚をもたらす。
 換気扇の低い唸りがガラス戸越しにかすかに届くだけで、室内は奇妙なほど静かだった。
 湿った布のように肌に張り付く空気の中で、時計の秒針が、やけに大きく聞こえた。

 カウンターの下には、僅かな影が落ちている。
 膝を抱え、極限まで丸くなる少女。
 白い長い髪が床に広がり、紫の瞳は大きく見開かれたまま、何も映していない。
 肌身離さず持っていたはずのスケッチブックは手元にない。声も、出せない。
 ただ、小さな体が小刻みに震えていた。

(──な、なにを、言っているのだ……)

 頭の中で、森口悠子の言葉が木霊する。
 殺し合い。殺し合い。殺し合い。
 夏目アンアンは、その短い言葉が意味することを未だに飲み込めていなかった。

(わがはいは、そんなことを……できない。したくない。したくないのに……)

 指先が白くなるほど強く自分の腕を掴む。
 息を殺す。心臓の音だけが、頭の中で大きく響く。

(まただ。また、わがはいが、壊して……いや、違う……)

 ──今回は、わがはいが壊される番なのかもしれない。

 その事実を再認識した途端、震えがより一層強くなった。
 幼い頃の、ぼんやりとした記憶がちらつく。
 言葉を発しただけで、何かが変わってしまったあの日。

 あれ以来、声を出すのが怖くなった。人に何かを言うのが怖くなった。
 だから、筆でしか話せない。
 だから、ここでこうして蹲っている。

(……お願いだ。誰も、来ないでくれ。わがはいを、見つけないでくれ)

 ただここで、静かに終わってしまえばいいのに。
 唇がわずかに動くが、音にはならない。
 ただカウンターの下で、少女は小さく、そして激しく震えていた。
 思考だけが、止まらずに回り続けていた。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​



 ──夢であれば、どれほどよかっただろう。


 夏目アンアンは、意味のない思考に囚われる。
 その願望は、この命の授業に限った話ではない。
 ここに連れてこられる直前──佐伯ミリアを殺害した罪で、今まさに処刑が執行される寸前でも強く強く願っていた。

(わが、はいは────)

 佐伯ミリアを殺したのは、事故だった。
 いや、正確に言えば殺意はあった。けれどそれは、彼女に向けたものじゃない。
 人違い、思い違い、勘違い。
 幾ら言い訳を重ねても、大切な友達を壊してしまったことに代わりはないから。
 佐伯ミリアにナイフを突き立てたあの感触を思い返し、吐きそうになるのを必死で食い止める。

 ──その拍子に、もうひとつ思い出した。


(……願い、……そうだ、ねがい…………)


 森口悠子が言っていたこと。
 この命の授業のルール説明は、呆けていたせいで曖昧にしか頭に入れられなかった。
 困惑する頭で理解できたのはたった二つ。
 最後の一人になるまで殺し合うことと、優勝者は“願いを叶える権利”が与えられること。

 優勝すれば、願いが叶う。
 それはつまり、自分の過ちを帳消しにできるということだ。
 佐伯ミリアを蘇らせれば、夏目アンアンが起こした“事故”もなかったことにできる。
 そして、再びあの牢獄での暮らしを再開できるのだ。

(わがはいが、ここに呼ばれたのは……そういうことなのか?)

 そうだ、そもそもの話おかしい。
 処刑の最中にこんな殺し合いに呼ばれるなんて、願いを叶えろという神からのお達しとしか思えない。
 もう一度やり直せと、運命が味方しているのだろう。

(そう、だ……やらなきゃ、いけない。今度こそ、間違えないように……)

 途端に、アンアンの身体に気力が満ち溢れてきた。
 死の運命を跳ね返して、あまつさえ希望を垂らされたのだから正常な思考など働かない。

 自分は無敵だ。自分は勝つ運命だ。

 一度思い込んでしまえば、止められない。
 アンアンの胸を、黒い衝動が埋めつくしてゆく。



「──おーい、誰かいんのか?」


 そんな折りに、声が聞こえてきた。
 低い男の声。こちらに気がついている様子だ。
 アンアンは張り詰めたような緊張を思い出し、慌ててデイパックの中身を漁る。

「武器を探してる。できりゃ刀がいいが、刃物ならなんでもいい」

 出てきたのは、何の変哲もない包丁。
 他にも色々と出てきたが、パッと見で武器とわかるものはこれだけだった。
 バーカウンターの下で息を潜めて、男の声がこちらに近付く瞬間を待つ。

「もちろん、タダでくれなんて言わねえ。それなりの礼はするぜ」

 永遠に感じるほどの長い時間。
 いくら息を殺しても、どくんどくんと喧しいほどの鼓動は抑えきれない。
 それは恐怖なのか、それとも高揚なのだろうか。
 そんな簡単な判断がつかないほど思考が麻痺していることに、アンアンは気がつけない。

「おい、聞いてんのか?」

 男がカウンターを覗き込む。
 鋭い眼光と目が合った。瞬間、衝動的に包丁を突き出す。



 アンアンの意識は、そこで途絶えた。



◆




「包丁か……まあ、繋ぎとしては悪くはねえな」

 今まさに喉元へ突き出された刃物を親指と人差し指で摘み上げ、まじまじと吟味する緑髪の男。
 名を、ロロノア・ゾロ。四皇麦わらのルフィの右腕にして、10億越えの賞金首。
 少なくとも、引きこもりの少女が包丁一本握りしめたところで、傷一つすらつけられないであろう猛者が堂々と立っていた。

「にしても、いきなり随分なご挨拶じゃねえか。
 刃物を渡すのはいいが、刃先側をこっちに向けんなよ」

 覇王色の覇気に当てられ、こてんと床に転がる夏目アンアンへと視線を移す。
 彼女がこちらに敵意を向けていたのは、空気の変化から分かっていた。
 相手の力量次第では無刀流での鎮圧も視野に入れていたが、どうやらそれも取り越し苦労だったらしい。
 少なくとも、ゾロの目からはなんの力も持たない少女のように見えた。

「さて、どうすっか……」

 包丁を腰巻きに差し込み、アンアンを見下ろす。
 白い髪を絵の具のように床に広げて、物憂げな顔でうなされる彼女は非常に扱いに困った。
 こんな無害そうなナリでも、いきなり人を襲うような人間に変わりはない。
 ゾロとしてはこのまま放っておいても構わないが、自分のせいで殺されたとあったら、なんとなく寝覚めが悪い。

「……しかたねえ」

 希望的に捉えれば、この少女がいなければ包丁一本も手に入らなかったのだ。
 目を覚ますくらいまでは、面倒を見てやってもいいだろう。
 下手をすれば折れてしまいそうな細身の身体を、ひょいと担ぎ上げる。

「ああ、ついでに……こんくらい貰ってもバチは当たんねえだろ」

 アンアンを担いだまま、器用に酒瓶をいくつか拝借。
 元々、バーに立ち寄ったのはこれが目的でもあるのだから。
 たしか森口が飲食店では金を払えだとかなんとか言っていたような気がしたが、この男、アンアン以上に話を聞いていない。
 というよりも、本来金銭を払うべきなのだろうが、あいにくと手持ちがないため立派な海賊行為を働く形となった。

「前払いってことで、勘弁してもらうぜ」

 なんの前払いか、なんて言うまでもない。
 あの森口とかいう悪女を叩き斬る。
 ゾロの掲げる方針は、至ってシンプルなものだった。



【夏目アンアン@魔法少女ノ魔女裁判】
[状態]:精神疲労(大)、気絶中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×2
[思考・状況]
基本方針:優勝して、佐伯ミリアを甦らせる。
1:今度こそ、間違えない……。

※処刑直前、ミリアが嘘をついていたことに気がついた直後からの参戦です。

【ロロノア・ゾロ@ONEPIECE】
[状態]:健康、アンアンを肩に担いでいる
[装備]:包丁@チェンソーマン
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1~3(刃物の類ではない)、いくつかの酒瓶@現地調達
[思考・状況]
基本方針:とりあえず森口って女を斬る。
1:殺し合いに乗るつもりはないが、向かってくる相手には容赦しない。
2:この女(アンアン)、どうするか。

※ワノ国編終了後からの参戦です。

【包丁@チェンソーマン】
夏目アンアンに支給された包丁。
原作では東山コベニが使用し、サムライソードの腕を切り落とした。
おそらく性能は普通の包丁と変わらない。






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最終更新:2026年08月03日 23:24