桜と花 ◆2dNHP51a3Y
「ありがとうね、六美さん。こんな暗い森の中じゃ何処が何処だ分からなくて。」
「いえ。私も見知った土地じゃなかったら、すずさんと同じく迷っていたと思います。」
エリアG-7。夜桜邸の近くにある森の中。
夜天の空、星と月の輝きに、照らされた大きな桜の木がそこにあった。
月明かりに照らされた桜の花びらが、風に吹かれてその一欠片が飛び散っていく。
夜桜家の神木「天桜」。ただしこの場にて再現されたのはガワであり、その中までは再現されてはいない。
そんな桜の木の近く、同じく月光に照らされた二人の少女の姿がそこにあった。
一人は青いロングヘアを靡かせる少女。まるでメッシュのように変色した一房の髪が夜空の下でもよく目立つ。
場所とは兎も角、ここを含めたこの殺し合いという状況において特段落ち着いているようにも見受けられる。
事実、この少女にとって殺し殺されという世界は日常茶飯事であり、かつては誘拐先で心臓を取り出されそうなこともあったのだ。
この少女の名前は夜桜六美。スパイ一家こと夜桜家10代目当主。超常の力を持つ人間を生まれ落としてきた夜桜家でその力を持たず、その代わりとして確実に超常の力を持つ者を産み落とす事を確約された存在。
もう一人は黒いボブカットと六美と比べて特徴的な部分が無い用には見えるが、これでも彼女は日常と非日常の境に居る者。常人より桁外れた生命力を持ち合わせ、人で在りながら妖(あやかし)を呼び寄せる者。
「妖巫女(あやかしみこ)」花奏すず。
二人の出会いは時間を少し遡る。
永遠とも思える暗闇から花奏すずが目を覚ましたのは夜桜邸近くの森の中の、桜の刻印が刻まれた墓石の隣。条件反射で慌て、少し経って落ち着いてから誰か分からないその墓に向かって合掌。
これにより突きつけられた殺し合いという現実で多少は動転しかけた心情も落ち着いたのは結果としてだろう。
花奏すずが主催者の発言を思い出し、名簿を確認したのはその後、見知った名前は3つ。
大切な幼馴染である風巻祭里。紆余曲折あって女子の身体となってしまったため、なんとか男の体に戻そうと奮闘中
祭里の幼馴染で忍具制作専門の香炉木恋緒。すずにとって、別の意味で要注意とするべき人物。
そして、本来の妖巫女である比良坂命依の負の感情から生まれ落ちた人を憎み滅ぼそうとする人妖(オモカゲ)ことカゲメイ。「妖巫女」花奏すずとして、止めなければならない相手。
次に行ったのは支給品を確認。運良く文房具屋とかでよく売られている折り紙一式が入っていた。
妖巫女には折り紙に魄を込めてそれを操る「折神」という力があり、それを活用できる折り紙一式があったのは僥倖であった。
残る2つの、そのうちの一つは「早川アキの髪の毛」と説明があった紐で括られた頭髪の束、色々と言いたいことはあったが後で元の持ち主に返したほうが良いのかなと思って一旦仕舞うことにした。
最後の一つを確認しようとした境に遭遇したのが夜桜六美。当初こそ疑いの目を向けられていたものの、唐突に腹の音を鳴らしたすずの胃がきっかけとなって六美の方が毒気が抜けてしまったのだ。
その後軽く自己紹介及びお互い話せる範囲の説明を行った後、二人は森を抜け桜の木の前へ辿り着いて今に至る。
○ ○ ○
「……綺麗な、桜ですね。」
「家のご神木なの、この桜の木。」
道中にて小腹を満たす為、六美から貰ったハート型のメロンパンを摘みながら、花奏すずは眼前に映る桜の木に見とれ、足を止めていた。
見事に咲き誇る一本桜、夜桜家のご神木という肩書に偽り無く、夜天の下でも燦然と輝いて見える。
「……なんか、こういうの見ちゃうとここが殺し合いだって事、忘れちゃいそうで。」
「初めて見る分には分からなくないけれど、気は抜いちゃダメ。すずさんにいきなりそういう事言っても簡単には慣れれないとは思うけど……。」
「いえ、気にしないでください。……まあ少し気抜けしていたのは事実なんだけど、うん。」
六美視点からして花奏すずは一般人の範疇だ。六美自身は何の戦える力も無いけれど、こうやって最低限気配りぐらいで緊張を解そうとは思っていた。
実際すずは妖巫女として少々は修羅場慣れこそしているものの、明確な殺し合いの舞台に巻き込まれたのは初めてだ。
「……本当は、ちょっと怖いんです。」
命が消えていく感覚は慣れないものだ。すずはその点に於いては妖で多少は経験しているとは言え。
いや、彼女にとっては、自分の命以上に祭里が死んでしまうというのが恐ろしくてたまらなかった。
「もしかしたら、大切な人が……祭里が、どこか遠くへ、いなくなっちゃうんじゃないかって。」
小さな恐怖の内に溢れたすずの本音であった。花奏すずも、夜桜六美もどちらも情報交換の際にお互いの深い所まで踏み込まれていない。どちらも、こちらの事情に深入りさせたくないという気遣いから。
「前にね、祭里が、死にかけてさ、その時。わたし、頭が真っ白になっちゃって………」
人妖・日喰想介との1件。同じ妖を食べ物としか見れなかった可哀想な妖。
風巻祭里はその人妖との戦いの最中、魄を食われてしまった。感覚の目にて魄を食われた祭里の姿を見てしまい、彼が死んだと思いこんで一時期絶望の虚無に包まれた。
結末だけ言えば実は祭里は生きていて日喰は倒されたのだが、それでもあの時の怖さを、喪失の怖さを忘れたわけではない。シロガネが助けてくれなければどうなっていたか。
守られたから、自分も彼を守りたい。
守られてばかりじゃなくて、自分も大切な人たちを守りたい。
「………ごめんなさい。ちょっと暗くなっちゃった。こんな綺麗な桜の前なのに、えへへっ。」
多少から元気ながらも、自分を元気づける為も含めてすずは軽く六美に笑い掛ける。六美からすればそれが取り繕いなのは丸わかりだと言うのに
「……仕方のないことですよ。私だって、不安なんです。」
そんなすずな対し、自らの薬指を見つめて少しばかりの本音を六美は漏れさせていた
「六美さん?」
「……私も、ここに連れてこられる前に色々あって。」
そう呟く六美の表情には、責任にも似た、決意の色が浮かんでいた。
かつて秘密結社タンポポの葉桜部隊の襲撃のおり、窮地に立たされた状況下。謎の攻撃で重症を負った六美の婿、朝野太陽を救うために自らの血――夜桜の血を彼に与えた。彼の苦しみも全部受け止めるという覚悟の上で。
その決断の結果、朝野太陽は夜桜の血に連なる超常の力を手に入れ、死の寸前からその力を開花させたのだ。その道筋が己が父によって仕向けられた筋書き通りだとしても。
夜桜六美の覚悟は大樹の根っこよりも硬い。もし家の秘密を守りきれなくなった時に、全てを消し去る覚悟を持ち合わせるほどに。もしその時が来ても、太陽や皆と過ごした時間は消えたいしないから、と。
「勿論、すずさんみたいに不安になったり、怖くなる時もあるけれど。それでも私は信じてるの、太陽の事。」
コバルトブルーの瞳に夜空の星が映り込んでキラリと光が反射する。今は夜。陽が登るには未だ遠く。
夜明け前こそ最も暗く闇が深く、光の届かぬ奥底。屋敷の奥で光当てられる事無く終えるはずだった蒼桜は、優しく温かい陽の光に連れ出され一歩を踏み出せた。幾多の困難を乗り越えて、その桜は太陽と結ばれた。
「だから。私に出来ることは信じる事、そのために、死なないために自分なりに頑張ること、ぐらいかな。」
「……六美さん。」
その六美の言葉とその瞳に、花奏すずは彼女の名を呟くしか無かった。
花奏すずは夜桜六美の、「夜桜」の家の意味を知らない。恐らくその真実の裏に、人を害する妖とは別種の脅威、人の悪意と欲望と願いが塗れた余りにも残酷な血桜景色が垣間見えるだろう。
すずは気付いていないが、六美は本来あるべきものが存在しない自らの薬指を見つめている。電磁波の共鳴を以て太陽と六美を結びつける結婚指輪は今この手には存在しない、それでも夫婦の契りの絆に偽りも欠けも無く。
「私が太陽のことを信じるように、太陽も私のことを信じてるから。私は、太陽にとっての「あたりまえ」の、帰る場所。だから、太陽の元からいなくなったりはしない。」
最愛の夫に対する、絶対的な信頼が、そこに在った。
揺るぎなく、折れること無く咲き誇る桜の木の如き心がそこに在った。
「羨ましい、なぁ。」
思わず、花奏すずはその硬い絆に言葉を漏らした。
彼女も彼女で幼馴染への、風巻祭里への思いは誰にも負けないと自負出来る。実際、祭里にサンオイルを塗りたいという願望だけで日でり神の熱波を堪えたりしている。
だけど六美と、その太陽という人物を繋ぐ絆の糸は違う。そこに行き着くまでの道程が違いすぎる、乗り越えてきた困難の質が違いすぎる。苦労や積み重ねという点で言うべきなら、敵いっこない。
恐らく彼女はその大切な彼を時には支え、時には自分も支えられの関係だ。
(……私は)
あの袈裟姿の、この殺し合いを開いた謎めいた男の言葉、魄に直接響き渡ったそれはこの場にいるすべての参加者にそれが『事実である』ということ刻み付けた。
花奏すずは妖巫女故に、魄に直接言葉が刻み付けられる感覚を他以上に実感出来た、これが余りにも残酷な現実であることも。
最初は祭里を男に戻す手段の為、祭里が女になった元凶であり今現在力を失っているシロガネの力を取り戻すため、祭里に守られるばかりではなく自分も祭里を守るために、妖巫女の力を高めていった。
その程度だった、その程度の軽い非日常は崩れ去った。今花奏すずが居る現実は、最悪の存在によって齎せた残酷な舞台の上である。
一人殺すごとに5ポイント。だが、花奏すずにとって誰かの命なんてたった5ポイントなんていう五文字の軽い言葉で片付けられるはずもない。人も妖もその生命は、彼女にとっては平等で、尊いものであるから。
「……すぅ……はぁ……」
「すずさん?」
突然の深呼吸。大きく息を吸って、ゆっくり吐いて。
食べかけのハートメロンパンの残りを口の中に放り込んで。
「六美さん、私、我儘言ってもいいですか?」
「我儘?」
「はい。ただの我儘で、無茶無謀だって分かってます。でも、私は誰かの命を踏み躙って生き残るなんて嫌だし、だからといって死ぬのも嫌。それに、止めないと行けない人も、今すぐにでも会いたい人が、守りたい人がいるから。」
血腥い世界をあまり知らぬ少女の願いだ。殺し殺されの舞台でそんな理想が通じる訳がない。
だが、それでも。殺すという選択肢を選んでしまって、後戻りできなくなるのは嫌だから。
祭里には何かしら言われそうだし、彼もそんな選択肢を選んでしまう可能性だってあると理解しながら。
「――私は誰も、殺したくない。……出来れば、だけれど。」
花奏すずが望んだのは、誰かを傷付ける力でなく、誰かを、祭里を守れる力。
妖巫女の過去に何があったかなんてわからないけれど。比良坂命依の転生体としてでなく、妖巫女として、ただの花奏すずとしてここに居るからこそ。
「……その選択は。」
六美が口を開く。夜桜六美は世界は余りにも残酷であることを知っている。
そんな世界で、そんな理想事を貫き通すなど余りにも難しい。
恐らくこの間にも誰かの血が流れて、誰かの命が消えて無くなっていく。
硬い意志だけでなんとか出来る現実ではなく。
「だから、出来ればって、弱音吐いちゃった。あはは……。」
そう、弱々しくもすずは笑っていた。
当たり前だ。だけどその優しい覚悟と決意を持ち合わせることもまた大切なのだ。
「でも、私なりに頑張るつもりだよ。今は六美さんを守れるぐらいには。」
「………」
その微笑みは、「それでも」という意志の表れにも感じた。
ふと、太陽が自分と結婚して間もない頃、自分を守れる力を身に着ける為に夜桜家の屋敷で訓練していた頃を思い出しながら。
「……そう言ってくれるのは嬉しいけれど、自分を守る事も忘れないで。あなたを待っている人の為にも。」
「言われなくても、分かってます。」
その言葉の裏で、夜桜六美は願う。住む世界は違えど、大切な人への思いは同じであり。
願わくば、無事再開出来るようにと、夜の桜に望むのだ。
(でも、そう簡単にはいかなさそう。)
名簿にあった、皮下真の名前。夜桜家と因縁の在るタンポポの構成員。
母の死体を使い、種まき計画なる狂気の沙汰による歪んだ世界平和を成そうとした怪物。太陽たちの手で計画を阻止され逮捕されたその男が何故ここに居るかは分からない。
だが、四怨姉もいる、物凄くやらかしそうで心配だけど凶一郎さんも居る。
―――そして何より、太陽が居る。
(無事でいてね、みんな。)
家族がいるから、夜桜六美は震えてなんていられない。
殺し合いに屈する気など無い、夜桜はこのようなことでは散るわけにはいかないのだ。
【G-7/夜桜家ご神木「天桜」前/1日目・未明】
【花奏すず@あやかしトライアングル】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1、折り紙一式@現実、早川アキの髪の毛@チェンソーマン
[思考]
基本:出来れば、誰も殺したくない。
1:今は出来ることをする、六美さんを守る。
2:出来れば早く祭里に会いたい。
3:カゲメイは必ず止めないと
4:六美さんとその太陽さんって人の関係が羨ましい。
5:これ(早川アキの髪の毛)、元の持ち主に返したほうが良いのかな……?
[備考]
※参戦時期は7巻以降。
※夜桜六美と情報を共有をしました。ただし妖巫女等の情報は喋ってはいません。
【夜桜六美@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品2
[思考]
基本:皆が居るのに、こんな趣味の悪い事に屈したりなんてしない。
1:早く太陽に会いたい、太陽が心配。
2:凶一郎お兄ちゃん、何かしらやらかしてなければいいんだけど……
3:皮下真には最大限の警戒。
[備考]
※参戦時期は最低でも10巻、夜桜戦線終了後から。
※花奏すずと情報を共有をしました。ただし夜桜家の秘密等は喋ってはいません。
『支給品紹介』
【折り紙一式@現実】
花奏すずに支給。文房具屋とかでよく売ってる色折り紙の束。
【早川アキの髪の毛@チェンソーマン】
花奏すずに支給。特異4課所属のデビルハンター早川アキの髪の毛の一部を束にしたもの。
宅飲みした姫野が酔った拍子で切り取ってしまい、責任を持って姫野が家宝にした。
【ハートメロンパン@夜桜さんちの大作戦】
夜桜六美に支給。学園の購買にて恋愛成就の宣伝文句で販売されているハート型のメロンパン。
最終更新:2022年06月14日 11:06