犬の散歩 ◆GOn9rNo1ts


「夢の国だって、中身を覗いてしまえば案外平凡なものだね」

夢の国。遊園地。
その一角にドンと居を構える、子供じみた明るい配色のレストラン。
通常営業時はだれだれとかいう人気キャラクターをモチーフにしたと言われるランチセットや、なになにとかいう人気スポットにちなんだスペシャルメニューを楽しそうに吐き出す厨房で。
何の変哲もないレトルトカレーの封が切られた。
これって知らない方が幸せだなあと独り言ちながら、オレンジ髪の女――マキマはカレーの乗ったお皿を二つ、テーブルに持ってくる。
夢の国の魔法がかかっていないただのレトルトカレーは、普段のレトルトカレーと比べてもだいぶん味気なく見えた。

「めしあがれ」

「はい!いただきまーす!」

「デンジ君は良いね、知らずに済んで」

「よくわかんねーすけど美味いです!さすがマキマさん!
マキマさんの手作りが食えるなんて幸せもんだなー俺!」

これだけ勘違いできれば楽しいだろうな。
そんなマキマの心中もつゆ知らず、金髪の少年――デンジは運ばれてきたカレーをがっつき始めた。
美味え美味えと馬鹿の一つ覚えのようにカレーを貪り続けるデンジを見て微笑みながら、マキマもまたゆっくりとスプーンを動かし始める。

デンジとマキマ。
飼い主と飼い犬。
公安退魔特異4課リーダーと、公安退魔特異4課のド新人。
そして二人とも一流の『デビルハンター』
切っても切り離せない関係の二人は、この死滅跳躍においても超早期にC-5の遊園地にて合流を果たしていた。
何をするにしてもまずは腹ごしらえとレストランに誘うマキマに、デンジは(これってすげ~~~デートみたいじゃねえ~~~?)と緊張感なくついていき、今に至る。
普通ならばこんな異常な殺し合いに巻き込まれている最中に呑気にまずはカレーとはいかないだろう。
だがデンジも、そしてマキマも、命の取り合いなど日常茶飯事の生活――デビルハンターを生業としている。
むしろデンジなどはマキマさんと遊園地で二人きりという状況に「浮かれ」の方がデカい始末であった。

「うおおおおおすげええええええ!クソデカパフェだ!」

「お菓子作りが好きでね。張り切っちゃった。味わって食べてね」

「味わって食います!」

カレーをすぐさま平らげてソワソワしていたデンジのために作られた即席パフェ。
それが見る見るうちになくなっていくのを見ながら、マキマはようやくカレーを食べ終わる。
ふう。一息付けた。それじゃあ、いい加減に本題に入らないとね。

「じゃあデンジ君、これからの話をしようか」

「はい!どうします!?とりあえずあの傷ヤローをぶちのめすところからですか!?
あ!アキとパワーも探してやらねーと!特にパワーのヤツは何してるか分かったもんじゃ」




「まず、私とデンジ君とで10人ずつ殺します」




マキマさんの手作り料理で膨れ上がっていたデンジの顔が、気持ちが、急激に萎んだ。


「えっ……なんでですか……?」


「私とデンジ君がいっしょにここを出るため」


「いやでも……アキとパワーは?」


デンジは楽しい散歩に出かけようとしていたのに気づいたら大嫌いな動物病院まで車で運ばれていることに気付いてしまった時の犬のような顔で問いかける。


「ああ、少し説明が足りなかったね」


マキマは注射を打たないと病気の予防接種が出来ないんだよと飼い犬に言い聞かせるような口調で、それに答えた。


「まず、私とデンジ君が10人ずつ殺してここを出ます」

「……はい」

「次に、デンジ君が『他の参加者の人を結界から出してください』って願いを叶えるでしょ?」

「あー、まあ、それなら」

「最後に、私が『殺し合いで死んだ人を生き返らせてください』って願いを叶えてもらう」

「……!おお!そうなると……!」

「ここに集められた人たち全員が生きて帰れる」

萎んだ顔が空気を入れられた風船のように再び膨らんでいく。
マキマさんは天才だ、とデンジは興奮した。
確かにこの方法ならば、だれ一人の犠牲も出さずにこの殺し合いを終わらせられる。


「この方法だと万が一アキ君が死んじゃってたりパワーちゃんが誰かを殺してたりしても全部なかったことにできる。
これからはあの二人のことを心配せずに動けるってことだね」


「傷の男が言ってた『縛り』っていうのも、私たちが悪魔とする『契約』と同じものっぽいね。
契約する時と似たような感触があったから。だから、そういう意味でも願いを叶えてもらえるのは確実だと思うよ」


「それで、帰ったらようやく公安のみんなで傷の男を捕まえる……デンジ君としてはぶちのめしたい?のかな。
犯罪の規模的に公安総出でかかる案件になると思うから、きっと傷の男もひとたまりもないだろうね。ウチにはとっておきの悪魔が沢山いるから」


マキマはデンジでは思いつけなかっただろう懸念事項も次々と自ら口に出しては自ら潰していく。
デンジはそれらを一つ一つポカーンと開いた口で飲み込み、デンジなりに咀嚼して、確かに問題なさそうだという思いを強くしていった。
デンジがムカつく傷ヤローをどうやってぶん殴ってやろうかとだけ夢想している最中に、マキマさんは既にこの地獄の「正解」にたどり着いていたのだ。
あまりにも頼もしい。マキマさんとすぐに再会できてよかった。マキマさん最高。マキマさん最高と言いたい。お前もマキマさん最高と言いなさい。


いや。

でも。

待てよ?


「あー……すみません」


マキマの天才的な案を聞き、それでも未だにデンジの胸に閊えているモノが一つだけあった。


「それって、人を殺すってことですよね?」

「うん。そうなるね」

「人殺すのはなぁ……しかも、別に悪くないヤツを殺すってのは……あんまり良くなくないですか?」

あえて言うが、デンジはかなりイカれている。頭のネジが外れている。
最強のデビルハンターこと岸辺から最高だと保証されるほどには。
だからデンジは悪魔を殺し続けることが出来たし、悪魔から恐れられ続けてきた。
まともさとは程遠い精神性。道徳を放り捨て、倫理に中指を立てるのがデンジだ。

しかし、デンジはあくまでもデビルハンターだ。
彼は悪魔殺しであり。
人殺しじゃない。

悪魔を殺すのは良い。
ゾンビになっちまった人を殺すのは良い。介錯だ。
こっちを殺しに来る悪党を殺すのは良い。なんとか防衛だ。
悪魔に憑りつかれた死人、魔人を殺すのは良い。悪魔みたいなもんだ。

だが、何の罪もない人を殺すことだけは、良くない。

それは、道徳も倫理も欠けているデンジにそれでも残された、人間でも悪魔でもないデンジがそれでも人間社会に存在しても許されると思える、ボーダーラインのようなものだった。
決して超えてはいけない一線。行ってはいけない悪行。開けてはいけない部屋。

「だからまあ、その、えーっと……」

「殺しても最後に生き返るから大丈夫だよ」

「いや、そうなんですけど、でも」

「ちゃんと私が説明してあげるからデンジ君を恨むような人はいないよ」

「分かります。それは分かるんですよ。で……」


「デンジ君」


視線を逸らし、下を向き、まるで悪いことをしたかのように言葉少なになるデンジ。
マキマはそんなデンジをまっすぐ見つめ、彼に近づき、そして。

「不安なんだね」

次の瞬間、デンジが感じたのは柔らかさ、温かさ、良い香り、すごく近くにある、マキマさんの良い顔。
そこでようやく、マキマに抱擁されていることにデンジは気付く。
柔らかさは押し付けられた胸だ。温かさは布越しに密着した肌だ。良い香りはマキマさんの香水の香りで、良い顔は、良い顔だ、マキマさんは、良い顔の女……。

「ひゅ、ひぇ」

「でも、大丈夫。デンジ君なら大丈夫だよ」

すっかり赤面したデンジを更に強く抱きながら、マキマは言葉を重ねる。
デンジの耳に、脳に、心に、心臓に。
練りこむように。刷り込むように。思い込ませるように。

「デンジ君、もしも私の言うことを聞いてくれたらね」

「…………聞いたら?」

「なんでも一つだけ、願いを叶えてあげる」


畳みかけられる。


「えっ?それって」

「本当は銃の悪魔を倒せたらなんだけどね。でも、今回の事件も銃の悪魔を倒すのと同じくらい大変だと思うから」

「……! マジですか……!」

「うん。マジ。なんでもね」

その言葉は、同じようなことを宣った傷ヤローとは別次元の甘美さだった。
脳が甘く痺れ、身体は脱力し、目の前の女に何もかも委ねてしまいそうな、パフェのようなご褒美。
想う。耽る。妄想する。思春期の男の子のように。
目の前の女と、セッ……する。そのことを考えるだけで、頭がいっぱいになる。
知能指数が猿まで落ちる。ボーダーライン?よくわかんねえ。そんなことよりマキマさんだ。

ああ、そうだ。

俺はマキマさんのことが好きだ。

好きな女のために、好きな女と一緒に帰るために。


「デンジ君、大丈夫そう?」


「――――――大丈V!!!です!!!」



少しくらいは、まあ……仕方ねえよな~~~~~~~。


どうせ全員生き返るんだしよ~~~~~~~~~~~。



二ヤけた顔で自己正当化を図り始めるデンジの裏で。
マキマはクスリと、酷い取引を成立させた悪魔のように、悪戯を成功させた少女のように嗤った。


【C-5/遊園地/1日目・未明】
【デンジ@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~3
[思考]
基本:マキマさんと一緒に10人ずつ殺してみんなで帰る。そしてマキマさんと……うっひょ~~~~。
1:出来れば悪いヤツを10人殺したい。
2: アキとパワーもまあ、心配してやってもいい。
[備考]
闇の悪魔戦前からの参戦です。
名簿をしっかりと確認していません。アキとパワーが参加していることはマキマさんから聞いています。


【マキマ@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~3
[思考]
基本:10人殺して『チェンソーマン』と一緒に帰る。
1:さて、どこに行こうか。
[備考]
なし。


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女性を守る。 殺しを愉しむ。 投下順 闇中寓話
女性を守る。 殺しを愉しむ。 時系列順 闇中寓話

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START デンジ 致死量にいたる病【Mixing is Dangerous】
START マキマ 致死量にいたる病【Mixing is Dangerous】


最終更新:2025年08月11日 22:21