星屑 ◆sANA.wKSAw
綺麗な空が広がっていた。
黒より黒く、そのうえ深く。
何処までも果てしなく広がる星宙の世界。
そのわずか一片を映した科学の万華鏡。
最初の人類が産声をあげた瞬間から現在に至るまで、一日の例外もなくそこにあり続けた宇宙への窓。
それは時に希望となり。
それは時に芸術を生み。
それは時に恐れを呼び。
それは時に争いを招き。
それは、二百万年の末に人の手が届く世界となった。
宇宙。星の海。光年なんてふざけた単位が当たり前に使われる世界。
そこにあってはコロンブスもマゼランも赤子同然だ。
過去、そして現在、その何処にも宇宙を知り尽くした者は存在しない。
科学の方舟に揺られて光年の航海をした者は未だいない。
だが、いずれはきっと。
誰かずば抜けて優秀な科学馬鹿が辿り着き、成し遂げるのだろう。
宙の船出へ漕ぎ出して、誰もがそれに追随し、ヒトが星間を翔ける時代が来ることをその男は確信していた。
当然それは、十年二十年の話ではない。
百年、二百年。ともすればもっと掛かるかもしれない。
けれどきっと、男ならばそのきざはしを築く程度は可能だったに違いない。
アインシュタイン、エジソン、テスラ、フランクリン、ニュートン。
歴々にその名を残した先人達に並ぶ底なしの探究心を胸に全人類を救った科学者。
西暦五千年代初の偉人。
石神千空のあるべき未来はそれだった。
だがしかし、彼の救った世界と今いるこの島で共通しているのは星空の景色だけだ。
此処では科学が全てじゃない。
身を以ってそれを理解しながらも、千空は空を見上げていた。
流星など流れるべくもないそれを見上げ、彼が何を思うのかは定かでなかったが。
大の字で寝そべる彼の前方に、胡座を掻きながら酒を呷る鬼がいた。
頭部から生えた角。
人間の規格を明らかに超えた体躯。
何処からどう見ても"鬼"としか呼べない怪物。
人間の膝丈以上はあろうかという巨大な瓢箪から酒を喉に流し込みながら、鬼は人に何やら語り聞かせていた。
それはまるで、これから眠る子に昔話を話して聞かせているかのような不思議な光景だった。
「ククク、何だそりゃ。素手で地震を起こせるジジイに無機物に自我を持たせるババア?
カイドウよ、テメーの話を聞いてると頭が割れそうになんぞ。学会のお偉方が頭抱えて泣き叫ぶわ」
大の字の姿勢から起き上がることもなく。
逃げ出そうと這いずることもなく、空を見上げながら話を聞く千空。
彼の命はもうじきに散るだろう。
逃げられないし逃げられるわけもない。
死滅跳躍が始まって数分とせぬ内に彼が出会したこの怪物は、間違いなくこの遊戯に招集された駒の中でも最上位に近い上澄みだった。
鬼が一睨みすれば腰が砕けた。
足は縺れて身体は倒れた。
科学が支配する世界の住人が相対するには、その鬼――いや。
"海の皇帝"は、強すぎた。
巨(おお)きすぎた。
「聞かせろと言ったのはお前だろ、千空」
よって千空は順当に詰んだ。
命乞いの通じる相手には見えないし、交渉をしようにも使える理屈がまるでない。
これほど強ければ奴隷や部下も必要なかろう。
逃げる? 無駄だ。
逃げ切る追い付くの話にすら持ち込めないまま殺されるに決まっている。
であれば自分がするべきことは。
したいことは――。
走馬灯じみたやけに長い体感時間の中で考えた末、千空は四皇カイドウへこう言った。
『待った。俺の命はくれてやる――だから聞かせやがれ。テメーが一体何者で、今まで何をしてきたのかを』
それはカイドウでさえ、四皇でさえ戸惑う文字通り命知らずの提案だった。
交換条件を突きつけるでもない。
何か足掻いて生を掴もうとするでもない。
あろうことか千空は話を聞かせろとそう宣ったのだ。
これから自分を殺すであろう相手に、大の字で身を投げ出して。
でもそれはきっと仕方のないこと。
彼に限っては、特に。
科学に魅入られ、科学を愛した彼はそうせずにはいられなかった。
だって――カイドウは千空の世界では、科学的にあり得ない存在なのだ。
全人類が石化する前の世界での定説。
古代の生物が巨大だったのは当時の地球の酸素濃度が高かったから。
であれば酸素の薄まった現代では当然、当時のようなサイズの生物は生存できない。
一部UMA(未確認生物)の否定に用いられる定番の文句だったが、カイドウはそれを完全に無視していた。
彼の身長はどう考えても六メートル以上。
目測でそれなのだから実際にはもっと巨大かもしれない。
死を恐れるよりも。
絶望を抱くよりも。
自分の不運を呪うよりも。
まずはこの生き物について知りたいと、千空はそう思った。
科学人間の血が滾った。
だからこう持ちかけたのだ。
そしてそれは、カイドウの調子を狂わせるには充分すぎた。
もしくは彼も、石神千空という人間にほんの少し興味を抱いたのかもしれない。
見るからに貧弱で強さとは無縁に見えるのに、何故こうも真っ直ぐに挑戦的に自分を見つめるのかと。
そう思ったからこそ彼の要求を呑んだ側面はきっとあったのだろう。
気圧された、とも言えるかもしれない。
「奇特な野郎だ。これから手前を殺す人間に昔話をねだるか? 普通」
「殺されるからこそだろうが。有無を言わさず殺されたんじゃ無駄死にすぎだろ。
それなら俺のミクロン以下くらい小っせえ命が終わる瞬間まで、有意義なことに時間を使った方が利口だろうが」
ぐびぐびと酒を流し込むカイドウ。
千空は空を見上げたままただ笑っていた。
これから死ぬと分かっているのにそこに悲劇の色はない。
彼は今、とても満足げな顔をしていた。
「よく分からねえが……お前は生まれる世界を間違えたみてェだな、千空」
千空がカイドウから聞かされた話。
それは、どれ一つ取っても信じ難い過激さで溢れていた。
どうやら自分と彼とが異なる世界の出身者であるらしいことを含めてもだ。
それでも看過出来ないほど、カイドウの語る冒険譚は千空の常識を遥か彼方までぶっちぎっていった。
「おれのいた世界にも科学はあったし、科学者もいた」
「だろうな。どんな世界だろうが"再現性"さえありゃそこに科学は必ず生まれる。
それに目を付ける変態(てんさい)も何処からともなく湧いてくんだろ」
「悪魔の実を人工的に再現して量産した野郎もいたぜ。当たり外れはデカかったがな」
カイドウのように異常に大きな人間は、彼の世界では珍しくもないらしい。
それどころか巨人族なんて人種の存在が公的に認知されている。
巨人だけでなく魚人に手長族、ミンク族……。
肌の色が白いか黒いかで揉めていたのが馬鹿らしくなるほど多くの人種が、カイドウの世界には当たり前にいたという。
これだけでも千空の度肝を抜くには充分だったが、極めつけは"悪魔の実"だ。
食べると海に嫌われる。此処までならいい。
ただしその代わり――人智を超えた悪魔の力を手にできる。
腕の一振りで地震を起こす、無機物に魂を与える。
肉体を自然現象に置き換えて物理的な接触を無効化する。
動物の特徴を発現させて身体能力や各種五感を強化する。
想像上の存在とされた"幻獣"、例えば龍などに変化する。
それすらもカイドウの世界では科学で語れる概念の一つだという。
千空は笑った。そうするしかなかった。
世界の線を一つ隔てたところに、こうも面白くカッ飛んだ世界があったのかと。
「おれはそっちに関しちゃ門外漢だったが…少なくともてめえの世界の科学よりかはずっと面白かっただろうよ」
千空もそれは認めるところだった。
認めるしかなかった。
千空の世界の科学だって見果てぬものを持っていた。
だがカイドウの語った話はあまりに鮮烈で劇的すぎた。
そんな世界で科学を志せたならさぞ楽しいだろうと、千空をしてそう感じずにはいられなかった。
だから異論はない。
その筈なのに、ああ何故か。
「おいカイドウ。テメー…宇宙に行ったことはあるかよ」
「あぁ?」
「空の果てさ。俺達が見上げる空の彼方には、地球の海なんざ及びもつかねえような星の大海が広がってんだよ」
カイドウはこの世に四人しかいない海の皇帝だ。
その彼をしても知らない世界が空の果てにはある。
遥かなる大地(フェアリーヴァース)。
否(いや)、それさえ序の口に見えるほどの限りなき星宙(そら)。
「俺達の世界じゃ……海賊の時代なんてもんはとっくの昔に終わってた。
世界が端から端まで探求され尽くした代わりに、宇宙(そこ)にだけは果てのねぇ浪漫(モン)が残されてた」
千空のいた世界にひとつなぎの大秘宝はない。
大海賊時代は終わり、夢を目指した海賊は皆時代の潮流に呑まれて姿を消した。
今や残っているのは盗賊まがいのチャチな連中ばかり。
完璧な世界地図も作られて久しく、ごくごく一部の未開の地を除けば世界に探求されていない領域はなくなった。
だが、行き場をなくした人類は空を目指した。
青空の果てにある漆黒の世界を追い求めた。
その向こうにこそ科学の、そして文明の行き着くべき未来はあると信じて。
知恵と度胸とあらゆる創意工夫を尽くして邁進した。
確かにカイドウが聞かせてくれた世界に比べ、自分達の世界は穏当で退屈だと思う。
しかしカイドウの世界はわずかな例外を除いて空を見ていない。見上げていない。
目の前にある地球上の未知、海図の何処かばかりを目指している。
未知の溢れる彼の世界を羨ましく、眩しく思うと同時に。
千空は自分の生まれ育った世界もまた、彼のものに負けてはいないのだと実感できた。
彼らはまだ、天(そら)を見上げていない。
「現代(こっち)の船は海じゃなくて空に漕ぎ出す。今俺が見上げてる、あの星空に」
「財宝でも欲しいのか。それともお前らの世界じゃ星に国でも作るのか?」
「ククク、お涙ちょちょ切れるほど前時代的な考え方じゃねーかカイドウテメー」
確かにある意味では確かに財宝を狙っていると言えなくもないだろう。
何せ外の惑星の物質は何であれ科学者にとって値千金の財宝だ。
天文学のみならず場合によっては工学医学生物学、あらゆる分野の躍進に繋がる可能性があるのだから当然である。
だがそれ以上にそこには。
空の彼方には。
浪漫があり、未来があった。
人類の躍動はまだまだ終わりなどしないのだという眩しい希望があった。
「俺もあそこに行きたかった」
星空に伸ばした右手は何にも触れず空を切る。
握った拳の中身は当たり前に空っぽだ。
「カイドウさんよ。見逃しちゃくれねーか」
「……寝言か? そりゃ」
「なんと思ってくれてもいい。ただ、今になって命が惜しくなった」
置いてきた世界のことは心配していない。
石の世界(ストーンワールド)にはもう自分に取って代われる人材が大勢揃っている。
千空が救い、そして科学という名の苗を植えた現人類達。
彼らはきっと月の元凶を倒し、全人類の復活と文明復興を成し遂げるだろうと確信している。
自分が此処で死のうとも、同じ世界から呼ばれているゲンと司、氷月が帰れれば問題ない。
そう思っていた。
「もう少しだったんだ。もう少しで行けたんだよ俺も――あの宇宙(そら)に」
ロケットは完成していたのだ。
後は明日を待つだけだった。
月に行きホワイマンと決着を着けるのが目的の宇宙行だったが、しかし千空にとってはそれ以上に。
科学に目覚めたその日からずっと抱いてきた夢が叶う、大きな大きな一日になる筈だったのだ。
「まったくとんでもねえ横槍入れてくれたぜあの縫い目野郎は。
嫌がらせのレベル高すぎんだろ。メンタリストも顔負けだぜ」
だがある筈の明日は来なかった。
科学の希望は呪いの闇で鎖された。
そして石神千空はこういう時に限って運がない。
丸腰の科学者が遭遇したのは四皇カイドウ。
曰く、この世における最強生物。
勝てる道理など当然なく。
殺し合いも人死にも良しとしない千空が彼に取り入って生き延びる道もまたなかった。
「頼むよカイドウ。俺を見逃してくれ」
ガキの頃からの夢だったんだ。
俺は生きてあそこに行かなきゃならねえ。
そうじゃなきゃ果たせねえ親孝行ってもんがあんだよ。
「こいつは知り合いの受け売りだが……」
口元を拭ったカイドウが立ち上がった。
千空が小粒にしか見えないほどの巨体。
振り上げた片手に握られた武器は三節棍。
カイドウの巨体からすればミスマッチに思えるが、彼ほど卓越した領域の戦闘者ならばそれしき問題でもないのだろう。
「弱ェ奴ってのはな、死に方も選べねェんだ」
これまで千空に付き合ってやっていたのは所詮ただの気まぐれだ。
虫けらのように潰せる小さな弱者が予想外の度胸を見せたから少々興味が湧いたというだけの話。
言葉を交わし、その輝きや想いを感じ取ったとて。
それで手を鈍らせるならカイドウは凶悪な海賊として恐れられてなどいない。
結局は殺すのだ。
そこまでの道が長いか短いかの話でしかない。
石神千空は詰んでいた。
何をどうやっても此処で死ぬ。
それ以外の未来などなかった。
「夢を諦めて死ね千空。此処がお前の行き止まりだ」
「ククク。テメーのことだ、まぁ百億%聞いちゃくれねえだろうと思ってたよ」
柄でもない命乞いも意味はなく。
運命の時は月を背負ってやってきた。
最強、最弱を睥睨す。
有無を言わさぬ処断とはならなかった。
カイドウなりに千空という男のことを評価してのことなのか。
最強生物は最後に口を開く。
「何か言い残すことはあるか」
「あ゛~…。じゃあ、そうだな……」
肺腑の底から息を吐き出す千空。
死を前にして高鳴る心臓が煩い。
沸騰しそうな脳と体がアドレナリンの過剰分泌が起こっていることを伝えてくれる。
こんな時でも千空の脳は科学の算盤を弾き続けているのだ。
最期に言い残すこと。
さあ、何を残そうか。
…なんて悩む余地はない。
言うべきことは最初から決まっている。
「『500m 1second』」
テメーも道連れだ、カイドウ。
◆ ◆ ◆
“とは言ったものの……ま、やっぱそう上手くは行かねえわな”
石神千空に四皇カイドウを斃す手段はない。
肉弾戦でなど当然不可能。
仮に銃や爆弾があっても果たして通じたかどうか。
時間も天運も千空には足りなすぎた。
だがその一方で、彼にはギャンブルに打って出る権利だけは与えられていたのだ。
武器の一つも入っていなかったデイパックの中にあった見慣れた形。
ゴルディアスの結び目をなぞるような小型機械。
それが何であるかを石神千空は知っていた。
よく、知っていた。
石化装置(メデューサ)。
全人類を石化させたオーバーテクノロジーの産物。
人類文明の仇であり救いの光たるDr.STONE。
千空がやろうとしたのは実に単純。
石化装置を起動させ、自分もろともカイドウを物言わぬ石像に変えようと目論んだ。
上手く行けばこの怪物を死滅跳躍の舞台から早々に退場させられる。
“何せ石化装置が支給されてんだ。誰かの手元には復活液も渡ってるかもしれねえ。
もしその存在をあいつらの内一人でも知れば…そして俺の石像があることがその耳に入れば。
なんてワンチャンに委ねて腹括ってみたんだけどな。慣れない芝居までしてよ”
もしも復活液がなければ自分は永遠に復活できずそこで事実上の死亡となったろうが、それならそれで諦めは付く。
仮にそうなったとしても、確実にカイドウを脱落させられるのだと考えれば十分な戦果だろう。
人類最強の男とされる獅子王司でも彼に比肩する実力を持つ氷月でも、まず間違いなくカイドウには勝てない。
そんな怪物の命をチンケな科学屋一人の命とトレードできるというのなら上等上等。
俺は喜んで、夢を諦めて人類の未来を選ぼう。
ゲンや司、氷月が生きてあの世界に帰れる確率をわずかでも高められる方を選ぼう。
そう腹を括って打って出た一世一代の大博打。
その結果が今、夜空の下に散らばっている。
“あ゛ー……流石に声は出ねぇがスゲーな人体。こんな状態でも意識を保ってられるたぁよ”
石化装置の起動はコマンドワードを用いて行う。
最初に"距離"、次に発動までの"時間"。
この二つを肉声にて指定することで防御不能の石化光線は炸裂する。
だが逆に言えばそれは、石化装置が命令を理解し起動するまでには必ずタイムラグが生じるということ。
当然だろう。
複雑極まりない人間の脳と以心伝心で動く機械なんてものはこの世に存在しない。
そして今回石化装置の起動までに必要だった"一秒"という遅延(ラグ)は、四皇に対して晒すにはあまりにも悠長すぎた。
“初めて聞くワードなんだからちったぁ動揺しろってんだよ……化物が。あーあ、おかげでせっかくの石化装置先生も粉々じゃねーか”
千空の口にした辞世の句。
それが"攻撃"だとカイドウは即座に理解。
石化装置が起動するまでの一秒が経つより速く千空に得物を振り下ろした。
メデューサの名を与えられたそれは光を放つのを待たずして粉砕。
同時にそれを懐に秘めていた千空の肉体も、粉砕された。
右半身がほぼ弾け飛んだと言っていい有様で重要臓器も粗方潰れている。
肺すら吹き飛んでいるのか呼吸もままならない。
何故これで生きているのか千空自身分からなかったし、彼の余命はあと一分とないだろう。
“悪いなゲン、司、氷月。格好つかねー最期だが、俺は此処でリタイアだ”
しかし彼らならばやるだろう。
あの縫い目頭の思惑を超えて死滅の跳躍に終わりをもたらすだろう。
そして元の世界に戻り、人類を必ず復興させてくれるだろう。
憂いはない。最後の空を見上げて千空は二十年余の人生を締めくくる。
“悪いな百夜。俺は……”
見上げた星空は張りぼてなのかもしれない。
この空間における星空が持つ意味など何もないのかもしれない。
死にゆく視界の中でさえ燦然と輝く星の海を見上げて。
“俺は……”
千空は笑った。
後悔の顔ではなかった。
彼はこの最期を呪わない。
自分の人生は面白かったと胸を張って断言する。
“俺も……”
だから笑った。
いつも通り不敵に笑った。
ああ、だけど。でも。
“行きたかったよ、クソ……”
その瞳からこぼれて頬を伝った一筋の水滴だけが。
死にゆく科学少年のただ一つの未練として、血溜まりの中に溶けていった。
【石神千空@Dr.STONE 死亡】
◆ ◆ ◆
柄にもないことをした。
そう思いながらカイドウは千空の死体が眠る船着場を後にしていた。
これでまず一人。
遊戯"死滅跳躍"の総則で定められた景品を手に入れつつこの島を出るにはあと九人の殺害が必要だ。
自分が遊技盤の駒の一つにされている現状に憤りはあるが、しかし景品――願望の成就という財宝には興味があった。
“あの縫い目野郎は殺すとしても…願いを叶えるってのが法螺かどうかを確かめてからでも遅くはねえ”
この会場を出て元の世界に帰るという意味でも。
そして景品の真贋を確かめるという意味でも、死滅跳躍に逆らうという選択肢はカイドウにはなかった。
今は大人しくこの遊戯の理に従って殺戮を重ねよう。
だが最終的には羂索も必ず殺す。
自分を虚仮にしたツケも支払わせないまますごすご帰るなど皇帝の威信に関わるというものである。
とはいえ……。
多少は骨のありそうな輩もどうやら此処に呼ばれているらしいことも、カイドウは把握していた。
最悪の世代の一人にして自分に真っ向喧嘩を売ってきた小僧“モンキー・D・ルフィ”とその仲間“ヴィンスモーク・サンジ”。
元王下七武海にしてカイドウの取引相手だったジョーカーこと“ドンキホーテ・ドフラミンゴ”。
腐れ縁の四皇ビッグ・マムの次男坊“シャーロット・カタクリ”。
勝てない相手とは全く思わないが、これらとかち合う時が来れば少しは楽しめそうだった。
「ジョーカーの野郎には一度じっくり話を聞きてェところだったしな。丁度いいだろう」
大看板や飛び六胞の人間でもいるのなら多少は考えたが、この面子なら心置きなく暴れて良さそうだ。
カイドウにとっては幸いである。
不可抗力の側面が強いとはいえ、せっかく手に入れた優秀な仲間をこの手で潰したくはない。
“…………”
ふと足を止めて空を見上げた。
そこには星空がある。
石神千空。
虫のように潰してやった男が最期の時まで眺めていた星空が。
あれは面白いガキだった。
自分に服従するというのなら、四皇にさえ怯まなかったその度胸を買って小間使いにしてやってもよかった。
だが千空はカイドウの誘いを拒んだ。
死滅跳躍なんて下らない遊びはしてられねえとそう言って笑ってみせた。
「その結果死んでりゃ世話ねえだろうに」
カイドウの世界にも科学はあった。
優秀な科学者もいた。
ベガパンク。シーザー・クラウン。
ヴィンスモーク・ジャッジに部下のクイーン。
だが千空の目は彼らのどれとも違っていたように思う。
あの目は、カイドウのよく知る目だった。
この世の何処にあるとも知れない宝を追い求めて海に出る命知らずの目だった。
夢を踏み潰し怪物は進む。
その心にほんの微か、科学少年の言葉を残しながら。
百獣のカイドウは死滅跳躍を蹂躙する。
誰かの絶望そのものとなる足音を響かせながら。
【E-1/港/1日目・未明】
【カイドウ@ONE PIECE】
[状態]:健康
[装備]:游雲@呪術廻戦
[道具]:基本支給品一式、カイドウの酒@ONE PIECE、ランダム支給品1、石神千空の支給品一式とランダム支給品1~2(武器はなし)
[思考・状況]
基本方針:規定人数を殺して"景品"を手に入れる。羂索は殺す
1:適当にうろついて殺し回る
2:バカなガキだったが……少し惜しいな。
[備考]
※参戦時期は討ち入り開始後、ルフィを一度撃破した辺りからです。
『支給品紹介』
【石化装置(メデューサ)@Dr.STONE】
石神千空に支給。
石化装置。文明滅亡の元凶にして人類救済の光。
効果範囲と発動までの時間を設定することで石化光線を放つことが出来る。
カイドウによって破壊された。
【游雲@呪術廻戦】
カイドウに支給。
外見は赤い三節棍。等級は特級で値段は最低5億。
性質は純粋な力の塊。それ故にその威力は使用者の膂力に大きく左右される。
【カイドウの酒@ONE PIECE】
カイドウに支給。
カイドウが愛飲している巨大な瓢箪に入った酒。
前話 |
登場人物 |
次話 |
START |
カイドウ |
鬼を謀る |
START |
石神千空 |
GAME OVER |
最終更新:2022年09月23日 02:37