鬼を謀る ◆Il3y9e1bmo
ずしん、ずしん。
幼い頃に特撮番組で幾度となく聞いた、怪獣が暴れ回る時のような地響きがする。
――ああ、"これ"はダメだ。
音の発生源を目にしたあさぎりゲンは本能でそう理解した。
人の背丈を遥かに超える、巨人と言っても過言ではないほどの背丈。
血に染まり、ぽたぽたと赤い液体を垂らしながらもその手に握られた三節棍。
そして、見るもの全てを震え上がらせるような、全身から絶えず発せられるその『覇気』。
どれを取っても、ただの人間である自分には叶いそうにない。
ただの怪獣ならいつもは地球外からやってきた正義のヒーローに倒されるのだが――
ゲンはその怪物に見つかる前にこっそりと場所を移そうとした。
――――しかし。
「おい、お前ェ。お前だよ、その木の裏に隠れてるヤツ」
怪物は勘も鋭いようで、ゲンの動きは悟られ、見透かされ、あっという間に場所を特定されてしまった。
「三つ数える内に出てこい。じゃねえと、殺す」
頭に鬼のような角を生やしたその男は、ゲンに向かって木の枝が震えるほどの大声で、雑木林の中から出てくるよう促す。
(ジーマー!? 俺の人生、これでもう終わりかぁ……。長かったようで短かったな……。
いや、約4000年間も石化してたから実質寿命は超絶長かったのかね?)
恐怖に回らない頭でそこまで考え、ゲンは頭を振る。
(いやいや、この状況でそんな下らないこと考えてる場合じゃないでしょ。あの男、俺の場所が分かってるのに何故「出てこい」なんて言った!?
考えろ、考えろ考えろ! 俺はあさぎりゲン! 科学王国最強のメンタリスト! 薄っぺらな嘘とハッタリであの怪物を騙すんだ……!)
ゲンは今まさに流れようとしていた走馬灯を退け、必死で思考を回転させる。
「一つ、二つ……」
そうこうしている内に男はカウントダウンを始めた。対応を誤れば即死のカウントダウンだ。
「三つ! オイオイ、死への恐怖で身体が竦んで動かねェか? 安心しな。痛みを感じる間もなく即死だ――」
"怪物"――百獣海賊団総督カイドウは不機嫌そうな顔で、無言で特級呪具の三節棍『游雲』を振りかぶる。
「ちょおおおおおおっと待ったあ!」
カイドウが游雲を振り下ろす前に、ゲンは転がるように木の陰から姿を現した。
「お、俺を殺すなんてとんでもない! 俺はこの『死滅跳躍』の裏側を知る人間なのよ!?」
ゲンはこれまでない速度で舌を回す。
「あの袈裟の縫い目男の秘密から、参加者の情報まで何でも知ってるんだからね! そんな俺をここで殺すなんて損!
ジーマーで俺の知ってる情報を全部聞きだしてから判断してほしいのよね!」
そのまま游雲を振り下ろし、ゲンを物言わぬ肉塊に変えんとしていたカイドウの手がぴたり、と止まった。
「……その話、嘘じゃねェだろうな?」
カイドウはゲンを値踏みするかのように睨みつける。
それだけで数度殺されたほうがマシだと思うほどの殺気をぶつけられ、ゲンは立ったまま気絶しそうになった。
「モチ! 絶対嘘じゃない!」
ゲンはコメツキバッタのように何度も頷いた。
(コイツ、嘘と真実の境が曖昧だ。『見聞色の覇気』でも読みきれねェ。かなりの正直者か、普段から嘘を吐き慣れてるヤツだ。
どっちにしても、話は聞いておいたほうがいいみてェだな……)
カイドウはひたすら考えを巡らせる。
清濁併せ呑み、たとえ敵であろうと己に利するのであれば取り込み、使う。それが"四皇"カイドウの組織運営能力なのだ。
「分かった。じゃあテメェの知ってることを全部話してみろ。ただし、おれが嘘だと判断したらすぐに殺す」
ゲンはごくり、と生唾を飲み込んだ。
「じゃ、じゃあまずはこれを見て欲しいんだけど――」
カイドウに脅されても引かず、ゲンはデイパックから一冊の本を取り出す。
そこには『悪魔の実図鑑』と記されていた。
「これは……!」
その表紙を見たカイドウは意外そうな顔をする。
「知ってる? この本によると、悪魔の実っていう果実があって――」
「ああ、知ってるさ。おれもその実を喰ったからな」
カイドウがゲンの話を遮り、首肯する。
「! だったら話は早い。ここのページを見れば全ての謎は解けると思うんだけどなあ~?」
思わせぶりな表情でゲンは悪魔の実のあるページを開き、カイドウに手渡す。
「なんだァ? ……『ウタウタの実』? この能力者の歌を聞くと『ウタワールド』と呼ばれる幻の世界に連れて行かれる?
……ってまさか!! オイ、この非現実的な設定と色々な場所から連れてこられたように『見える』参加者たちっていうのは――」
「オフコース! いま鬼ちゃんが思った通り! 俺もさ、目が覚めたらいきなりこんなことになってビビってんのよ。そんで、重要なのはここから――」
ここでゲンは急に声を潜める。
「額に傷がある男がその『能力者』ってことで間違いないんだけど、困ったことに解除手段が今のところ無いんだよね……。
そんで、あちこちにこっそり仕込まれたスピーカーからこっちの動向は筒抜けだからあんまり大きな声では話せないし」
心底困ったような顔でゲンは囁いた。
「でも、この図鑑に書いてあるように、あの男が寝るまで耐えれば解放されるハズ……!
どうせこの世界が偽物ってことは願いを叶える約束なんて守るわけがないんだし、時間が経つまで適当にブラブラしちゃいましょ」
「なるほど、幻の世界か……。それならテメェが言う通り、あの傷野郎が約束を守るわけないっていうのも一理あるな」
カイドウは納得したように頷く。
それを見たゲンはほくそ笑んだ。
もちろん、ここまでゲンが言ったことはほとんどが嘘である。
しかし、全てが真っ赤な嘘というわけでもない。
実際、『ウタウタの実』なる悪魔の実は図鑑に記されているし、その実の存在をカイドウは認知している。
こちらから全ての情報を出しきらず、相手に考えるだけの情報を与え、そこに誘導する。
それがあさぎりゲンのメンタリズムだ。
そして今、その思考を誘導する技術は海の覇者たるカイドウの考えすら縛りつつあった。
(最初は使えない支給品だと思ったけど、助かったあ……)
ゲンは心中で大きな安堵の溜め息をつく。
これで後は適当に情報を小出しにしつつ、『殺しの大義』が無くなったカイドウを置いて逃げるだけだ。
――だが、ことはそう簡単には進まなかった。
「どうせいつか覚める夢の世界なら、他の強えヤツと戦ってみるのも悪かねェな……」
"地上最強の生物"の、闘争を求める血が騒ぎ出してしまったのだ。
「いやいや! 鬼ちゃん、それはリームーよ? いくら夢だって言ってもここで死んだら戻れなくなるかもしれないし……」
「ハッ、関係ねェな! おれは元々死に場所を探してたんだ」
カイドウは傍らに携えていた游雲をチラと見、呟いた。
「そういえば、アイツにゃ悪ィことしたな……」
「……アイツ?」
ゲンの中で、徐々に自身の心臓が早鐘を打っていくのが分かった。
この男の圧倒的なパワー、何かに叩き潰されたように死んでいた千空。
返り血の付いた三節棍。アイツという台詞。
今まで目を逸らしていたパズルのピースが、少しずつ埋まっていく。
だが、ゲンはどうしても聞かざるを得なかった。
――そして、カイドウの口から、その名前が出る。
「千空。石神千空だ。おれが殺した」
その時、ゲンは思わず目を瞑っていた。
敵を討ってやりたい気持ちは確かにあった。
だが、この巨人を倒す、それは非力なゲンにはあまりにも高い壁だった。
「……そういえばテメェ、この殺し合いの秘密をよく教えてくれたな。もう行っていいぞ」
"怪物"から許しが出る。晴れての完全解放だ。
だが、不思議とゲンの足は前にも後ろにも進まなかった。
「……れ…………か……」
「あん?」
カイドウがゲンの言葉を信じられない、と言った顔で聞き返す。
「俺も、鬼ちゃんに着いていってい~い? どうせ目は覚めるんだし、本物の強者同士の勝負に興味があるんだよね~、俺」
ゲンはおどけたような顔でカイドウに近づく。
「ハン、テメェも変わりモンだな。おれの名は『カイドウ』だ。次からはそう呼べ。……仕方ねェ、報酬として、だ。
離れたところで見てるくらいなら許してやる。……っと、その前に一杯やるぞ。テメェも飲め飲め」
カイドウが盃に酒を注いで渡してくる。
それを恭しく受け取ったゲンは、少しずつ飲んでいった。
やはり"怪物"――カイドウが飲む酒はアルコール度数がかなり高いようだ。
だが、氷のように凍てついたゲンの心はそれでも融けることはなく――
(千空ちゃん、何もない俺だけど。何もない俺だからこそ、この怪物を倒して見せるよ――)
稀代のメンタリスト・あさぎりゲンは、今まさに明けようとしている空にそう誓うのであった。
【D-1/豪華客船/1日目・黎明】
【あさぎりゲン@Dr.STONE】
[状態]:緊張(中)
[ポイント]:0
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、財布@現実(残金5万円ほど)、悪魔の実図鑑@ONE PIECE、ランダム支給品1
[思考・状況]
基本方針:50ポイントの報酬を使って石神千空を蘇生する。
1:とりあえず人がいそうなところに向かっちゃう~?
2:司ちゃんと氷月ちゃんにはできれば会いたくないな~。
3:千空ちゃん、敵は討つよ。
4:カイドウちゃんを騙して、倒す。
[備考]
カイドウを騙し、この死滅跳躍の会場が『ウタウタの実』によって作られたものだと信じ込ませました。
千空の仇を討つため、カイドウに同行することになりました。
【悪魔の実図鑑@ONE PIECE】
悪魔の実について記された図鑑。
実の種類や形状、食べると得られる能力から、能力者に共通する事項などが記載されている。
ただし全ての実について網羅されているわけではない模様。
【カイドウ@ONE PIECE】
[状態]:健康
[ポイント]:5
[装備]:游雲@呪術廻戦
[道具]:基本支給品一式、カイドウの酒@ONE PIECE、ランダム支給品1、石神千空の支給品一式とランダム支給品1~2(武器はなし)
[思考・状況]
基本方針:規定人数を殺して"景品"を手に入れる。羂索は殺す。
1:適当にうろついて殺し回る。
2:バカなガキだったが……少し惜しいな。
3:この世界は幻なのか……。
4:どうせ覚める夢なら強いヤツと戦いてェ。
[備考]
参戦時期は討ち入り開始後、ルフィを一度撃破した辺りからです。
あさぎりゲンの言葉を信じ、死滅跳躍の会場が『ウタウタの実』によって作られたものだと信じ込みました。
それに伴い、「どうせなら強い参加者と戦いたい」というスタンスに変化しています。
前話 |
登場人物 |
次話 |
星屑 |
カイドウ |
|
スピカ |
あさぎりゲン |
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最終更新:2025年08月11日 22:48