また会える日まで ◆Wott.eaRjU


「なんだか、面倒なことになっちゃったな」

一人の少女が商店街のはずれを歩きながら呟く。
半袖にハーフパンツといった涼し気な服装で首にチョーカーを巻き、黒髪を軽く風になびかせる少女の名はレゼ。
ソ連が国家に尽くすために作った戦士――と、とあるデビルハンターは目星をつけているが真相は定かではない。
レゼの出生はともかくとして、確かなのは彼女の顔にはもう一つの顔が潜んでいることぐらいだろう。
レゼは悪魔と契約した、人の理から逸脱した人間なのだから。

「……こんなことしているわけじゃないんだけどなぁ」

レゼは指示を受けてはるばると日本を訪れ、現地の喫茶店にアルバイターとして潜み、そして――失敗した。
ターゲットの心臓を頂戴するはずが、逆に自身の命が危うい事態になり逃亡を余儀なくされている。
先ずは新幹線にでも乗り、目下の最大敵対勢力から出来るだけ距離を稼ぐ予定だったのだが。
目の前に差し出され、何気なく受け取ってしまった一輪の花が思いださせてしまった。
初めてこんなにも自分の任務をボロボロにされた原因、チェンソーの悪魔の心臓を持つ男。
デンジ――彼の顔が浮かび、駅のホームから離れて、いつも二人でバカな話をしたあの店が視界に入った時、レゼはこの空間に囚われてしまった。

「なにやってるんだろ。私……どうして欲しいんだろう」

殺し合うことは別にどうだっていい。
似たようなことは昔からやっているし、黙って殺されるつもりはない。
ただ、わからないことは、自分がどうしたいかだった。
自分はデンジと逃げたいと思ったのだろうか。
一人よりも二人分の悪魔の力があれば逃げられる確率は上がるだろう。
だけど相手は、デンジだ。あの、チェンソーの悪魔の心臓だ。
自分一人にかかる追手と比べ物にならない数のそれが動員されることだろう。
正直、割りに合わない。すぐにでも一人で東京を離れるべきだった。
今までの自分であれば、わかりきった選択だったのに。
何もわからなくなっていた。
だからこそ気づけない。

「――待って」

いつの間にか後ろから声をかけられていた。
レゼは一瞬の驚きの後に慣れ親しんだ手つきで自身の首に手をかける。
チョーカーから――いや、彼女の細い首から生えた輪っか状の取っ手が軽く揺れる。
身体が後ろを振り向くか、取っ手が引き離されるかどちらが速いかはもうすぐにわかる。
レゼの視界が未だ見ぬ訪問者をとらえようとした瞬間、彼女の鼓膜が再び震えた。

「ここがどこか教えてほしい!俺はこんなところでのんびりしているわけにはいかないんだ!」

声を張り上げて叫ぶのは金髪の少年だった。
年は10代の中頃、自分よりも若そうだとレゼは当たりをつける。
日本の時代劇のような風貌で怪しいといえば怪しいが、見たところ丸腰のようで無害そうだ。
だけどまだ油断は出来ない。世界にはろくでもないものが溢れていて、悪魔というたちの悪い存在だっているのだから。

「ここがどこかって、私も教えてほしいくらいだよ」
「……そうか。そうそう知っている人には会えないよな。クソ、なんでこんなことになってるんだよ……」

少年が明らかに落胆しているのがレゼには手に取るようにわかった。
ぶつぶつと小声で悪態をつく少年は目の前に自分が居ることも忘れているのだろうか。
なんだか自身の存在を蔑ろにされている感覚もあるが、レゼは彼に興味が湧いた。
こんなところでのんびりとしているわけにはいかない――明確な目的がある人間は、今のレゼには少し羨ましかった。
自分は一体何をしたかったのか。これからどうしたいのかがわからなくなっているのだから。

「急に声を掛けてきて、名前も名乗らないなんてちょっと失礼じゃないかな?」

だからこそこの少年がどこへ向かうのか。何をしたいのかが気になり、少し意地悪もしてみたくなった。

「あ、ああ、俺は――」

レゼの余裕を浮かべた微笑に少し見とれながらも、少年は気を取り直して彼女に向かいあう。


「我妻善逸。その……なんだかゴメン」
「いいよ、私はレゼ。よろしくね」


なんだか可笑しな子だなと思い、レゼの戦意はとっくに失せていた。




我妻善逸は鬼殺隊の一隊員として活動していた。
任務の移動中に急に目の前が真っ暗になったと思えば先刻のアレだ。
わけのわからない男が現れて、わけのわからないことを一方的に。
許せない。殺し合いを自分達にやらせようとすることは論外としても、善逸には他にも許せないことがあった。
死者を蘇らせる――言うにことかいてあの男はそんなことも言っていた。
絶対に許せない。

――じいちゃんが死んだ

ここに来る前に鎹鴉から自分の育ての親の死を聞かされていた。
じいちゃんは腹を切って死んだ。自分の弟子から人食いの鬼を出してしまったから。
それもよりにもよって雷の呼吸の継承権を持った弟子がだ。
責任を取るため、介錯もつけずにひとりぼっちで死んだ。
痛かっただろうな。苦しかっただろうな。無念だっただろうな。
たとえ家族であろうともじいちゃんの想いは、自分にはすべてはわからない。
だけど、じいちゃんは自分が死ぬべきまでと考えてしまったのだろう
じいちゃんが自分を文字通り殺してまで果たしたいと思った想い。
死者の蘇りを肯定することはじいちゃんの想いを踏みにじることと変わらない。
死んだ人間は、周りがどんなに想っても死んだままでいないといけない。
カスと蔑まれようとしても、それだけはやってはいけないことなんだと善逸は感じていた。
だからこそ彼は走っていた。どこに行けばいいかはわからない。
だけどやらないといけないことはわかるから、ただ無我夢中に。
そんな時に彼はレゼと偶然に出会った。

「じゃあ、この竈門炭治郎と栗花落カナヲの二人は信用出来そうなんだね」

道端に適当に腰掛けたレゼの指が参加者名簿の名前をなぞる。
急に殺し合いをしろと言われて、ハイそうですかとそうそうと殺しに手をかけるつもりもない。
レゼと善逸はお互いに敵意がないことを確認し、ひとまずお互いの情報を交換していた。
ただ、鬼だとか鬼殺だとかを急に聞かされてもレゼは困惑するだろうと思い、善逸は所々は適当に話を作っていた。
もっとも善逸は知らないが、レゼの方こそ知られても特に影響のないことばかりしか彼には話されてはいなかったのだが。

「!そ、そうなんだ。特に炭治郎はいいヤツだから、きっと頼りになる。この鬼舞辻無惨と、猗窩座ってやつは……俺たちの敵だ。すぐに逃げたほうがいい」
「なるほどね……この二人はゼンイツくんの敵っと」

そして二人はお互いに知っている人間の話をしていた
善逸は自身が知っている名前を参加者名簿から順を追って挙げた
竈門炭治郎、栗花落カナヲの二人は共に鬼殺隊の隊員でもあり、きっとこの場でも役目を全うするだろう。
だが、鬼舞辻無惨と、炭治郎から聞いた上弦の猗窩座の名前があるのには驚いた。
この広い会場といい、あの男の力がどれほどのものかつくづくわからない。
それにしても、だ。

(ハ、ハァ~~~!レゼちゃん、本当に可愛いよな……しのぶさんみたいに、顔で飯食っていけそうだし、なんか、超いい匂いもする!ちょくちょく触ってくるし……もしかして俺のこと、好きなやつなのこれ!?)

善逸は目の前のレゼに全集中の呼吸であった。
今も名簿を覗こうとするレゼの肩が時々自分の肩に当たるたび、小さな火花や電気が頭や肩に走るようだ。
見たこともない洋服からすらっと伸びる手足は驚くほど白く、折れてしまいそうな可憐さを感じる。
柱の胡蝶しのぶのように近寄りがたい雰囲気はあまり感じない。
むしろどんどんと近づけていけるのではないかと思わせるまでもある。
つくづくこんなところで、こんな時に会わなければぜひとも茶屋でご一緒したいぐらいだと善逸は思っていた。
だけど、彼女からの音に時折、歪みのような音が聞こえる気がしてならなかった。
彼は他者について音の表現で捉えることが出来る人間だ。
レゼから聞こえる音は規則的であるものの、どこか作為的なものも彼は感じていた。

「レゼちゃんは知り合いいないの?これだけいっぱいだから一人くらいいるでしょ?」

振り切るように善逸は話を切り返す。
一瞬、レゼの笑顔が引っ込むが善逸は気づかない。
もしかしてレゼちゃんの恋人でもいるのかなと邪な考えが彼の視界を曇らせていた。

「そうだね……。このマキマっていう人はすごい怖い人みたいなんだ。私も会ったことないけど」
「ふむふむ、マキマっていうのはヤバい……っと」
「そうそう、本当にヤバいんだ」

公安四課、マキマ。彼女ほどの存在がこの場にいるだけで主催者の力は強大なものだろう。
もっともレゼが知っているマキマの情報も多いとは言えないが。
うんうんと頷く善逸を少し可笑しく感じながらも、レゼはマキマについて話す。
デンジに取り入った任務の要領で善逸と少し話すと彼は自分になついてきたようだ。
だけどレゼには少し気になったところがあった。
竈門炭治郎、栗花落カナヲについて信用が出来る人間といったのは嘘ではないだろう。
またその後に鬼舞辻無惨、猗窩座の両名の説明の時に色々と重要なことははぐらかされているとも感じた。
そこまではいい。出会ったばかりですべての情報が引き出せるとは思わない。
ただ、善逸が明らかに隠そうとしている名前があるとレゼには感じた。
そこまで考えていたレゼの指が不意にピタリと止まった。

「あとは……このデンジくん、いやデンジ、だけど……」
「レゼちゃん……?」

デンジの名前に明らかに反応するレゼに違和感を抱かない方が逆に難しい。
善逸はその時、今までに感じていた音の正体も少しつかめた気がした。

「……ねぇ、ゼンイツくんはさ。自分の力じゃどうしようもない時があったらどうする?」

自分の本心を別の何かで隠そうとしているレゼから初めて彼女自身を奏でるような音が善逸には聞こえた。
きっと自分のことは完全には信頼できていないんだろう。
当たり前だ。自分だってそうなのだから。
だからこそ、せめてこの音には自分の本音で応えてあげたいと彼は思った。

「逃げる」
「かっこ悪くても?」
「かっこ悪くても、絶対に逃げる」
「じゃあさ――」

不意にレゼが笑みを浮かべる。
善逸には音を聞かなくてもわかった。
今までのレゼが浮かべていたそれとは全く違うのだから。


「逃げることは、諦めなくてもいいのかな?」
「……諦めなくてもいい。諦める必要なんてないよ」


諦めない。その言葉は、我妻善逸はどこか自分にも向けていた。
自分のやるべきことをやる。一番の友人とも言える竈門炭治郎にすらも話さなかったことを。
レゼとの情報交換で無意識的に隠した名前は――獪岳。
自身の兄弟子であり、鬼に成り下がったと鎹鴉から聞いた。
名簿で彼の名前を見た時は思わず呼吸が乱れ、落ち着くまでに少し時間がかかった。
もし、獪岳が情報通り、じいちゃんの死ぬ原因だったとわかった時には。
雷の呼吸の継承者の一人として。いや、彼のたった一人の弟として。
自分があいつを殺さないといけない。
だからこそ誰にも絶対に言えない。
俺が一人でやらないといけないことなんだ――と。


「そっか。ゼンイツくん……ありがとうね」


心の中の誓いとは裏腹に。善逸は想う。
ああ、やっぱりこの人、すごく可愛いな、と。
一瞬だけではあるがさっきまで聞こえていた歪みのような音が、今だけは善逸には聞こえなかった。




思っていた以上に、レゼは自身の不調を悟った。
善逸にひとまず動向を許可したのはいざとなれば弾除けぐらいにはなるだろうと思いもあった。
だが、善逸に話す必要のないことを余計にしゃべりすぎてしまったのは計算外としか言いようがない。
たとえある程度の情報を向こう側に渡す覚悟があったとしてもだ。

(だけど、ちょっとだけスッキリしたかな)

しかし、レゼには不思議と悪いことだけでもなかった。
我妻善逸が第一印象よりの不審さを下回るような人間ではなかったことも一つの要因ではあろう。
ただ、それよりも善逸という他人を介することで、レゼは自身の気がかりに気づけたことが大きかった。
自分がやりたいこと。自分がここに来るまでにどうしたかったかに。

(デンジくん……。君は今、どうしてるのかな)

あの花がなくても、脳裏に浮かぶのはデンジの顔だった。
バカで。どうしようもなくバカで。
嘘ばかりを積み重ねた自分に。舌を噛み切ってやった自分に。あげくの果てには殺されかけた自分に。
一緒に逃げようと言ってくれた、バカなあの男の子の存在が、忘れられない。


(やっぱり、私はもう一度会いに行くよ。デンジくん)


一先ずはデンジに会おう。
考えるのはそれからでも遅くない。
二人一緒であれば、きっとどんなものからでも逃げられる。
そう思えるから。
だからこそ、もう一歩踏み出していけるのだから。




【H-2/街はずれ/1日目・未明】

【我妻善逸@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:死なない。獪岳に事の真相を確かめ、自分のやるべきことをやる
1. 獪岳のことは自分一人で決着をつける
2. 出来れば炭治郎とカナヲとは合流したい。
3. レゼは放っておけない
4. 無惨、上弦には警戒。
[備考]
※レゼとの情報交換は一先ず表面的なことに留まっています

【レゼ@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:デンジに会う
1. マキマには警戒
2. 一先ず善逸と行動するが邪魔であれば考える
[備考]
※善逸との情報交換は一先ず表面的なことぐらいに留まっています


前話 次話
復讐するは我にあり 投下順 ファミリー
復讐するは我にあり 時系列順 ファミリー

前話 登場人物 次話
START 我妻善逸 人でないもの
START レゼ 人でないもの


最終更新:2025年08月11日 22:07