人でないもの ◆UbXiS6g9Mc


草木も眠る丑三つ時――僅かな街灯の他には光も音もなく、ただそこに暮らす人々だけが消失してしまったような、無機物となった市街。
静寂に包まれた街で、たった二人だけ、動く存在があった。
我妻善逸とレゼ。死滅跳躍という殺戮の儀式に招かれ、ほんの数時間前に出遭い、行動を共にすることになった二人。

「――で、俺はそこでこう言ってやったわけだよ。『禰豆子ちゃんには――指一本触れさせねぇ!!』ってさ!
 いやー、レゼちゃんにも見せたかったなぁ、あの俺の勇姿をさぁ。炭治郎も禰豆子ちゃんも感激して喜びの涙を流しながら俺に礼を言って……」
「へ~~~、すごいねぇゼンイツくん。かっこいいなぁ。あこがれちゃうなぁ」
「へへへへ! まだまだレゼちゃんには聞いてほしい話があってさ――」

ひとまず行動を共にし、互いの探し人を見つけるために市街を探索しよう。そう提案をしたのは、それに頷いたのはどちらだったか。
それから数時間――探索の成果は出ず、レゼと善逸の二人は他の参加者の誰とも出会うことなく無為に時間を過ごすこととなってしまった。
そしてその間ずっと。レゼが聞かされていたのは、善逸のひとり語りだった。
最初こそレゼも真面目に聞いてあげ、善逸のために相槌を打ってあげていたのだが、停止ボタンの壊れたラジオのごとくとめどなく際限なく無限に続く自慢話に、いい加減レゼも辟易してきたところだった。
そもそも善逸の話すことがすべて真実なのかどうかすら疑わしくなってくる。
レゼを騙すために嘘をついているようには見えないが、あまりに自分を美化した語りが続いているのだ。

(ゼンイツくん……悪い子ではなさそうだけど……正直ちょっとめんどくさくなってきちゃったな……)

レゼの中にあったわだかまりや本当の願いに気づくきっかけになった善逸に対して抱いた好印象も、長々と続く自慢話のせいでプラスマイナスゼロほどのところまで後退してしまっていた。
とはいえ、善逸の話がレゼにとってただのマイナスだけだったかというとそうではない。
善逸の話の端々から、違和感を感じていた。たとえばそれは生活様式であったり、常識であったり。
ソ連の秘密部隊で育成されたレゼも一般的な生活環境で育ったとは言い難いため、それが齟齬を感じる理由なのかとも思った。
だが、違った。善逸が語る日本はレゼが任務のために潜入した日本とは数十年以上も年代が違っていて――レゼが知る”悪魔”とはまた違う異形の存在が――”鬼”が、その日本には棲むのだという。

(ゼンイツくんに話してもややこしくなりそうだから黙っておくけど……私たちは多分、まったく違う世界から集められてる)

レゼのいた世界において、悪魔の存在を知らぬ者はいない。
まして人を異形の存在から守る組織に所属するような者たちならば、なおさらである。
だというのに善逸から語られるのは鬼舞辻という者を祖とした鬼の一党に関することばかり。
少なくともレゼと善逸の常識は――世界は、まったく異なっていると考えたほうが自然である。

(だったら……他の人たちも私たちとは違う世界から集められて……私たちが知らない力を持っている可能性がある。それは頭に入れておいたほうがいい)

レゼはまだ、この死滅跳躍という儀式において自分の立ち位置をどうするべきなのか決めていなかった。
今の目的は、自分と一緒に逃げようと言ってくれたデンジともう一度会うこと。
だがデンジがどこにいるのかわからない現状、彼と再び出会う前に好戦的な人物と交戦する可能性は高かった。
レゼ自身の高い戦闘力もあり、そうそうやられるつもりもないが、生存確率は少しでも高めておくべきである。
いざとなれば善逸も自分の盾として活用する――そんな冷徹な目論見も胸の内に秘めながらレゼは善逸の話にウンウンと頷いていた。

しかし――善逸の語りは、突如として途切れることになる。

「……ゼンイツくん?」
「シッ! レゼちゃん、ちょっと静かにして。……聞こえたんだ、こっちに近づいてくる音が」

善逸の並外れた聴力が、何者かの接近を捉えた。
だがしかし、それは――これまでに善逸が聴いてきた音とは違う、異質な音。
善逸の聴覚はどんな些細な音さえも――僅かな衣擦れ、吐息、さらには体内の鼓動すらも聴き分け、人と人ならざる鬼の区別すらも可能にしていた。
その善逸が、これまでに聴いたことがない音――人でも、鬼でもないものの音。

一つの影が、ゆらりと――闇の中から現れる。
そのまま夜闇に溶けてしまいそうな、漆黒の長髪。それとは対照的な透き通るような白さの柔肌。
儚く美しき幽女――妖巫女の怨心より生まれし分魂、カゲメイ。
その美貌に、善逸はしばし気を取られる。

(うわぁ……レゼちゃんも可愛かったけどこの人も綺麗だな……って、駄目だ駄目だ!)

少女が放つ音は、善逸の耳をもってしても幽かにしか聴こえてこない。
放つ音そのものが極めて小さい――人間ならば常に発しているはずの鼓動が。呼気が。少女からはまったく感じられない。
そう、まるで幽霊かなにかのように――
少女の美貌に絆されかけていた善逸は気を引き締め直し、こちらへ近づこうとする少女へ声をかける。

「そこの女の子! そこで一度止まってくれ!」

善逸の制止の声を、少女――カゲメイは無視した。そのまま善逸とレゼの傍まで歩を進めようとする。
善逸は手振りでレゼを後ろに下がらせる。眼前の少女が何を考えて二人に接触してきたのかは不明だが、こちらの警告を無視して近づいてくる以上、素直に話が通じる相手だとは考えないほうが賢明だ。
善逸は己に支給された刀を握りしめた。善逸たち鬼殺隊の剣士が普段使っている日輪刀とは造りが異なる刀だが、握った感触はそう悪くない。なにか不思議な力が込められているような感覚もあった。

「止まってくれ! 俺は君みたいな綺麗な子に向かって剣なんか振りたくないからさぁ!
 お願いだから止まってくださいお願いしますよぉ! なんで言うこと聞いてくれないんだよぉ!!」

善逸の涙混じりの決死の懇願、ガン無視。
そもそもカゲメイの意識は最初から善逸には向いていなかった。
カゲメイの視線の先にいたのはレゼ。そのことに気づいたレゼも視線を返し――二人の目と目が合う。

「そう――君も”違う”んだね。私と同じだ」
「…………ッ!」
「違う? え? 何が? おいおいお二人さん、俺を置いて二人だけの世界に入らないでくれよぉーっ!」

妖巫女の魂の分体であるカゲメイは、”たましい”の在り方について鋭敏な感覚を持っていた。
だから出会ってすぐに気づいたのだ。レゼもカゲメイも、善逸のような人間とは”違う”という点において”同じ”だと。
カゲメイが妖巫女の負の心から生まれた人ならざる妖(あやかし)であるように――レゼはその身に悪魔を宿した、人ならざる存在。
故にカゲメイはレゼに興味を抱いたのだ。

「私は今、仲間を探してるんだ。ねぇ、もしよかったら――私たち一緒に、今の世界をさ、壊してしまわない?」
「えぇ~~っ!? なんでいきなりそんな物騒な……ねぇねぇレゼちゃん、もしかしてこの子ちょっとおかしいんじゃない!?」
「ごめんゼンイツくん、ちょっと黙ってて」
「え、あ、はい……」

今までとまったく違うレゼの剣幕に、善逸は一切の口答えもなく黙り込んだ。
ふぅ、と一息を入れた後、レゼはカゲメイへの返事をする。

「……言いたいことはそれだけ? だったら答えはノーかな。
 生憎だけど、私には他にやりたいことがあるの。アナタのワガママなんかに付き合ってる暇はないんだ」
「あちゃ~、振られちゃったか。でも、本当にいいの? 私となら……きっと本当に壊せるのに。
 薄汚い人間が、私たちを虐げる下種たちが一人もいない、まっさらな世界になるまで――全部全部壊すことだってできるのに」

カゲメイの目的は、人間たちが生きる今の世界を完膚なきまでに破壊してしまうこと。
――カゲメイの本体ともいえる妖巫女・比良坂命依は、人の願いの犠牲となりその生命を散らすこととなった。
妖巫女としての異能の力を気味悪がられ孤立していた命依は、それでも人に害をなす危険な妖たちから人々を守り続けていた。
だが、とある年――長々と続いた大水害を収めるための人柱として選ばれた命依は、冷たい川の底で短い生涯を終えることとなる。
そのとき生まれた負の心――それが妖となったのがカゲメイなのである。

ただ少し人とは違うというだけで、人は同じ人ですら排斥する。それが妖という他種族ならばなおのことだ。
だからカゲメイは人の世を終わらせる。こんな世界に守る価値なんてないってことを証明してみせる。

「私にはわかるよ。あなたも――虐げられてきた。人間だったら当たり前のことが許されなくて、利用されて犠牲になってきた。
 あなたの”たましい”がそう言ってるの。欠けてしまったものがある。ずっと、ずっと――それを取り返そうとは、思わないの?」

「思わないよ」

レゼは、即答する。一瞬の迷いもなく。

「世界がクソッタレだなんて私だって知ってるよ。ぶっ壊れてしまえって思ったことだって何万回だってある。
 だけどそれを口にした子からどんどん死んでいったから、私はそれを口にはしなかった。貧相なパンと一緒に飲み込んで、お腹の中にずっと溜め込んでた。
 だから私はいつの間にか、それが当たり前だと思うようになった。訓練で得た表情を顔に貼り付けてお面代わりにして、ずっとやり過ごしてた」
「なら、どうして……!」
「私、学校にいったことがないんだ。他にもたくさんしたことがないもの、あるんだよね。
 ああ……なんかわかっちゃったかも。私のやりたいこと、世界がなくなっちゃったらできないんだな。
 だからアナタの言うことには納得しない。協力もしない。私は、やりたくないことばかりやらされてきたから……これからは、やりたいことしかやらないの」

言い切って、レゼは息を吐いた。対するカゲメイの表情は険しさを増している。

「決裂ね。仕方ないわ」

カゲメイは己の新たな武器であるステッキを握りしめる。
殺し合いの場には似つかわしくない、まるで玩具のような外見。
だがそこに注ぎ込まれる力と放たれる力には十分な殺傷能力が秘められている。
カゲメイは、ステッキを振りかぶり――しかし、そのステッキが振りかざされる前に。
もう一人の乱入者が、目にも止まらぬほどの速度で、レゼへと接近した。

「……っ!?」

まだ少年と言ってもいい体つきに対して、その頭髪は病的なほどに白く。
皮膚はしわがれ、まるで死人のような顔つき。なのにその眼だけはぎらぎらと熱を帯びている。
カゲメイと協力関係を結んだ、最凶最悪の敵(ヴィラン)、死柄木弔――
全てを崩壊させる悪魔の掌が、レゼへと向けられていた。

カゲメイへと意識を集中していたレゼは、不意の乱入者への反応が遅れてしまっている。
そもそも死柄木弔は個性の収奪を可能とする個性『オール・フォー・ワン』を獲得したことにより、瞬発力や膂力といった身体能力全般が大幅に強化されていた。
故に、この強襲は必中。触れたもの全てを原子レベルに分解する『崩壊』が、レゼの肉体を朽ち果てさせる――はずだった。

「レゼちゃんが黙らせてくれてたおかげで、よーく聴こえたよ。ざらついた、気持ち悪い音がさ!」

レゼと死柄木の間に割って入ったのは善逸。彼はレゼとカゲメイの二人が会話している最中も周囲に異音がないか集中を続けていた。
善逸の人並み外れた聴覚はカゲメイの他にもう一人接近してくる人間がおり、こちらの様子を伺っていることを捉えていたのだ。
善逸の構える刀が、死柄木の掌へと届く。必中の返し手は、これまた必中なり。鋭い斬撃が、死柄木の指を切り離す――その刹那。
死柄木が触れた刀身は――指を落とすよりも速く、朽ちてこぼれた。

「なっ……!?」

慌てて刀を逸らす善逸。幸いにして死柄木の手から離れた刀はそれ以上朽ちることはなかったが、刀身の一部分は使い物にならなくなった。
眼前の怪人が常軌を逸した――それこそ鬼の操る血鬼術のような特殊な力を持っていることに気づいた善逸は、レゼに声をかける。

「ここは俺が食い止めるから! レゼちゃんは早くどこかに逃げるんだ!」
「……逃げて、いいの?」
「いいよ! 言っただろ。どうしようもなくなったら……逃げていいんだ」
「……ゼンイツくんは、一緒に逃げてくれないの?」
「俺だって逃げたいよ。でもさ、どうしようもなくたって……絶対に逃げられないときってあるだろ。
 俺にとっては今がそれなんだ。女の子にカッコつけてるときに……逃げられないのが男の子なんだよぉ!」

ふふ、とレゼは笑った。

「それを口にしちゃうのは、ちょっとカッコ悪いかもね」

「でも――そうだね。逃げたいとき。逃げちゃいけないとき。立ち向かわなきゃいけないとき」

「それが――今なら」

ピィン、と善逸の耳元で音がした。レゼの首もと、チョーカーから。ピンが、引き抜かれたピンが、地面に落ちていく。

「ボンっ」

轟音とともに、レゼの頭部が爆発する。
その場にいた三人が唖然とする中――弾け飛んだ肉片が。ちぎれた血管が。
火薬となり。導火線となり。レゼの肉体を再構成していく。人の姿を爆破し、異形の――爆弾の、悪魔の姿となっていく。

「一緒に戦おうよ、ゼンイツくん」


鬼殺隊の剣士、我妻善逸。
爆弾の悪魔、レゼ。
妖巫女の面影、カゲメイ。
最悪の敵(ヴィラン)、死柄木弔。

戦いは今、始まったばかりだ。


【H-3/市街地/1日目・黎明】
【我妻善逸@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:アキの刀@チェンソーマン
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:死なない。獪岳に事の真相を確かめ、自分のやるべきことをやる
1:レゼと共にカゲメイ、死柄木との戦闘を切り抜ける。
2:獪岳のことは自分一人で決着をつける
3:出来れば炭治郎とカナヲとは合流したい。
4:レゼは放っておけない
5:無惨、上弦には警戒。
[備考]
※レゼとの情報交換は一先ず表面的なことに留まっています

【レゼ@チェンソーマン】
[状態]:健康、爆弾の悪魔化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:デンジに会う
1:善逸と共にカゲメイ、死柄木との戦闘を切り抜ける。
1:マキマには警戒
2:ひとまず善逸と行動する
[備考]
※善逸の話を聞いて両者の世界が違う世界だと気づきましたが、詳しい情報交換は行っていません。

【カゲメイ@あやかしトライアングル】
[状態]:健康
[装備]:めっちゃファンシーな魔道具@破壊神マグちゃん
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2
[思考]
基本:現在(いま)の人の世を終わらせる。
1:できれば仲間にしたかったけど、仕方ないなぁ
2:祭里くんにすずちゃんもいるのかぁ……。ふふっ、どうしようっかな?
3:どうして彼(死柄木)に惹かれちゃったんだろ、私。……まあいいや。
[備考]
※参戦時期は最低でも7巻以降。

【死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品3
[思考]
基本:現在(いま)の何もかもを壊す。
1:緑谷出久、お前は俺が壊してやるよ。
2:トガのやつ、無事だろうな。
3:こいつ(カゲメイ)は利用する。
4:――俺は先生の道具じゃない。
5:『面白いことになったじゃないか、それに彼女(カゲメイ)は興味深い』
[備考]
※参戦時期はタルタロス襲撃後。
※個性『崩壊』の制限や、宿っているAFOの個性等に関しては後続の書き手におまかせします。


『支給品紹介』
【アキの日本刀@チェンソーマン】
我妻善逸に支給。天使の悪魔の能力によって人の命を素材に作られた刀。
触れることができないものを切断する、触れずとも振るだけで対象を絶命させるといった特殊な能力を持つ。

前話 次話
迷宵 投下順 ひび割れは案外すぐ近く
迷宵 時系列順 ひび割れは案外すぐ近く

前話 登場人物 次話
また会える日まで 我妻善逸 イニシエーション・ラブ
また会える日まで レゼ イニシエーション・ラブ
と或る逆光のRendez-vous カゲメイ イニシエーション・ラブ
と或る逆光のRendez-vous 死柄木弔 イニシエーション・ラブ


最終更新:2025年08月11日 22:19