羽化 ◆2dNHP51a3Y


その少年は、生まれながらにして欠落があった。

天啓が、神の声が聞こえる奇跡の子と持て囃されても、それに対して何の感傷も感情も抱かなかった。
愚鈍で幼稚な両親が作り上げた極楽教なるお遊びの集団。
天国も地獄も、神も仏も存在しないのに、それを求めて自分へと崇め祈り頭を下げる。
少年はその光景を可哀想だと思った。

少年には感情が分からなかった。
喜怒哀楽、人が当たり前に実感する喜び、悲しみや怒り、身体が震えるような感動を。それを少年は理解できなかった。少年は頭脳明晰であり、それを取り繕う事だけは出来た。

少年が二十歳の頃、鬼に生まれ変わった。
あの世というものなど存在しない、天国も地獄も、神も仏も、ただの妄想であり、夢幻だ。
蒙昧無知で哀れな人を救おうと、鬼となった少年は殺すことでの救済を続けた。

羽化不全という言葉がある。蛹室が外的要因で上手く機能せず、奇形の形として生まれ落ちる事だ。
それは、何れにしろ短い命。そうあれかしと願われてもいないのに、そう生まれ落とされた哀れな子。
少年もそうであった。感情を言うものが欠落し正しく作られなかった、そんな羽化不全を起こした虹の子供。


少年は敗れた。何の感傷もなく踏み潰し損ねた虫の死骸のその片割れに。
少年は敗れた。何の感傷もなく殺した或る母のその落とし子に。
少年は敗れた。虫が育てた綺麗な綺麗な一輪の花の子に。


死の間際にすら、何も感じなかった。
恐怖も悔恨も憎悪も、少年は何も感じなかった、それが当然であるように。
ずっとずっと、その歪を抱いたまま。


少年は昏き闇の底で、どこでもない黒い大地で、踏み潰した虫の一匹に再開した。
復讐を果たしたその晴れやかな顔に、託した仲間を信じ眠ることを選んだその顔を前に、少年は初めて熱を感じた。
この日、少年は初めて歪な蛹を全て脱ぎ捨てることが出来た。羽化不全で生まれた不完全は、初めて熱さを実感した。脈打つ鼓動、紅潮する頬、初めて実感する『感情』。

少年は初めて理解出来た。感情というものを、恋をいう感情を、好きという感情を。
今迄絵空事と感じていた天国も地獄も、もしかしたらあるかも知れないという感情を、抱くことが出来た。

少年は人間に成れた。死の間際、生と死の狭間にて、狂ったままであることは変わらずに。
人を捨てた鬼ではあるが、それでも少年は狂った人並みの心を手に入れることができた。


―ねぇしのぶちゃん ねぇ 俺と一緒に地獄へ行かない?―

―とっととくたばれ糞野郎―


◆ ◆ ◆


「……へぇ、こんなのもあるんだ。」

白橡色の髪を染めるように、血を被ったような風貌の男が一人、手元に掴んだある資料を流し見ている。
虚無なる虹色の瞳が、資料と共にもう片手間に掴んだ名簿を見通している。
彼こそがかつての欠落の少年。鬼舞辻無惨配下、上弦の弐だった男こと童磨である。

「本当に凄いことになってるよ。黒死牟殿に、あの時戦った目のいい子……カナヲちゃん。ならまだしも死んだはずの猗窩座殿どころか無惨様でいるとは、よもやと言うべきか。……いや、かくいう俺も死んでしまった身だ、猗窩座殿のことは強くは言えないか!」

呵々大笑、ついさっきまで死の世界の寸前にいた者の言葉とは楽観的。
鬼殺隊の面々も自分たち鬼も巻き込み、呼び寄せたあの袈裟男の底は計り知れない。しかして袈裟男の言葉は、まるで全てが事実であるかのように魂の奥底に刻み付けられると来た。

「でも、これはこれで面白い事を知れたよ。……これならばあのお方も一度死んでしまった俺の事を許してくれるかも知れない。」

片手に持つ資料、それはある超人に関する記載がされていたもの。
『夜桜』の、その血に関する記述がされていた紙束。
日ノ国が軍国主義だった頃に現存し、終戦とともに闇に葬られたオーパーツそのもの。
青い彼岸花に代わる、己が元主である鬼舞辻無惨の望みの新たなる先駆けになるやも知れぬ奇跡の産物。

「……まあ、そこまで甘くないかも知れないけれど。」

だが、上司の癇癪具合は上弦の鬼だからこそ誰よりも熟知している。
理不尽そものであり、ただの人間からすれば天災そのもの、それが鬼舞辻無惨という完璧に限りなく近い生物というもの。

「…………。」

ふと、ルールを思い出す。50ポイント集めれば望みを叶えてもらった上で会場から脱出できるのだ。
ただの殺し合いであるならば無惨は自分たちすら切り捨てて生存を優先するであろう。
だがそうではない、無惨の脱出手段を整えてさえいれば、自分の望みも叶えることが出来るのだ。

「……そうだ。」

ポン!と手を叩く。それは叶えるべき願いを思いついた顔で。

「しのぶちゃんを蘇らせよう!」

鬼殺隊、蟲柱。胡蝶しのぶ。敵同士で、自分が死ぬ切欠を作った、童磨にとっての初恋の相手。
今でも思い出すあの時の高揚を、心臓が脈打ち、脳が震え、身体が熱くなるあの感覚。
忘れられるはずもないあの感覚を、あの恋を、今度こそものにする。
愛は無限に有限、彼にとって覚えたての愛の感情は何よりも勝る。

だがそのためには邪魔な鬼殺隊は葬り去らないといけないし、何より一度死んだ自分を鬼舞辻無惨が許してくれるかどうかという問題がある。が、後者に関してはご機嫌取りという点においてほぼ確実に有効となりうる札がある。―――それこそ、この夜桜に関する研究資料だ。

「それに、この研究資料。もし本当だとしたら無惨様は大喜びなさるかも知れない。」

不死の血、夜桜つぼみに連なる家系が持ちうる特別な血。
完璧な生命を望む鬼舞辻無惨にとって、喉から手が出るほどの代物となる可能性は絶大だ。
そのために狙うは『夜桜』。その名を関する参加者は3名。
勿論、誰が当たりとなるかわからない。鬼舞辻無惨は確定した情報でなければ納得しない。故に調査するに越したことはない。

「待っててねぇ、しのぶちゃん。」

教祖として人を救うために生まれたと思い込んだ狂人。鬼になりてもその本質は変わらなかった。
そんな不完全な蛹は、或る一人の少女の復讐が果たされたことによって、変わった。
虚無という名の蛹は破られ、恋心と言う名の綺羅びやかな羽を羽ばたかせた一匹の化け物が再び生まれ落ちた。
愛は無限に有限で、初めて目覚めた愛は、彼にとって誰よりも優先されるもの、なのかもしれない。


【1日目/未明/E-6・草原】
【童磨@鬼滅の刃】
[状態]:健康、しのぶちゃんへの恋心
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2、皮下真の研究資料@夜桜さんちの大作戦
[思考]
基本:生き残って、しのぶちゃんを蘇らせ、結ばれる。
1:無惨様の為になるであろう『夜桜の血』の情報を探る。
2:鬼殺隊は始末する。。特にあの娘(カナヲ)は厄介だから早急になんとかしないと。
3:何時もの如く、可哀相な参加者は救うために喰らう。
4:他参加者へのポイント譲渡のルールを追加させる。
5:黒死牟殿や猗窩座殿、あと黒死牟殿が血をあげた例の新入りは何処にいるのやら?
[備考]
※参戦時期は死亡後


『支給品紹介』
【皮下真の研究資料@夜桜さんちの大作戦】
童磨に支給。軍部に所属していた頃の皮下真が纏めた研究資料。
主に夜桜つぼみ、及び夜桜の血に関する情報がまとめられている。


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最終更新:2025年08月11日 22:23