ブラッドサーキュレーター ◆UbXiS6g9Mc


二人の男が向かい合い、何かを話し合っていた。
片方の男の風貌は珍妙。奇妙な髪型をしており、顔にはペイント、服装も現代人離れしている。
もう片方の男の髪はオールバックに撫でつけられ、品良く仕立てられたスーツに袖を通している。

対照的な格好をした二人の男の名は脹相とアンディ。
二人はわけもわからないままにこの殺し合いに招かれ、開始間もなく出会うこととなった。
最初こそ牽制から入ったものの、即座に戦闘になる可能性は低いと双方ともに判断し、情報交換をすることになったわけである。
そこで脹相の口から語られたのは、アンディにとっては衝撃の事実だった。

「あの継ぎ接ぎの男――羂索についての情報を、俺は持っている」
「あんだって?」

脹相曰く、あの男の名は羂索。
だがもしかすると、参加者の中にはあの男のことを夏油と呼ぶ者もいるかもしれないとのこと。
それはいったいどういうことだとアンディは疑問を重ねる。

「俺が最初にあの男と出会ったときも、あいつは夏油を名乗っていた。それがあの男の”身体”のほうの名前らしい」
「”身体”? ……そうか、つまりあの男の”身体”と”精神”は別モノってことか?」
「話が早いな。そういうことだ。身体を次々と乗り換え、擬似的な不老と不死を手にし、身体に刻まれた技術さえも奪い取る。それがあの男の術式だ」
「術式……ね。それがあんたたちの能力――”理(ルール)”ってことかい?
 羂索って野郎が縛りだなんだとよくわからないことを言ってたのも、その術式ってやつに絡むことなんだろ」

羂索と脹相の僅かな言葉からアンディは見事に術式と能力についてのルールを推測していく。
アンディ自身、超常的なルールが存在する世界で能力者として生き抜いてきた男である。
そこで長年に渡って蓄積された知識と経験は、複数世界の異なる理が交わるこの場所においても遺憾なく発揮されようとしている。

「そうだ。自らに制限を課す”縛り”を入れることで、術式の威力や規模を底上げすることができる」
「これだけ大掛かりな儀式だろうと、”縛り”の内容と強度によっては不可能じゃなくなるってことか……厄介だな」
「と言う割には随分と余裕があるようだな」
「なに、生憎だがこのくらいのトンデモには慣れっこでね。とはいえ……今回は少し毛色が違うようだ」

脹相とアンディが幾つかの情報を交わしたことで分かったことがある。
その中でもっとも重要なことは、おそらく脹相とアンディはまったく別の世界から連れて来られている――ということだ。
呪術と否定能力。世界の法則すら変えてしまうような力は、それぞれの世界の裏側を支配していると言っても過言ではない。
脹相もアンディもそれぞれの世界の深部に近しいところにいるはずなのに、互いの能力のことも属する勢力のことも、まったく知らない。

「それだけの力を持った連中がかち合わないだなんてありえねぇ。となると……俺たちは複数の世界から集められたってことか?
 ちなみに聞いておくが、お前さんの世界じゃいくつもの世界を飛び回れるような術式ってヤツがあったりするのかい?」

アンディの質問に対して脹相は首を横に振る。

「常世とは異なる世界――隔絶された領域の概念は存在するが、人間が営みを送る異界があるなどと聞いたことはない。
 ……とはいえ俺が今話したことも大半は夏油――いや、羂索の御大層な講釈から得た知識だ。奴が独自に知り得た情報を俺に隠していた可能性はあるな」
「フン……どうやらお前は、あの羂索って野郎と随分と仲が良かったみたいだな?」

脹相を睨みつけるアンディの視線が、一際鋭さを増した。
アンディは疑っている。脹相はここまで、スムーズに情報を出しすぎている。あまりにも都合が良すぎるのだ。
羂索と脹相は今も繋がっており、この儀式を完遂するための駒として動いているのではないか――?

「逆だ。俺は、羂索の思い通りに事が進むのが我慢ならん。だからお前に話したんだ」
「……まァ、今はその言葉を信じるか。なんせ他に信じられる情報もないんだ。ありがたく受け取っておくぜ。で、他に話せることはあるかい?」
「奴は日本中で似たような儀式を行おうとしていたが、今回のこれとどんな関係があるのかは俺にもわからん。羂索について話せるのはこれくらいだな」
「OK、十分だ。なら今度は、こちらの世界の話でもしておくか――」

状況が状況なだけに迂闊に重要な情報を話してしまうわけにはいかないが、貴重な情報を話してくれた脹相には相応の対価を返し、友好的な関係を築いておきたい。
どこまでが問題なく、どこからを隠すべきか。そのラインを見極めながらアンディは話を続けていく。
アンディから脹相へもたらされたのは、彼の世界独自の力でもある否定能力の概要についてだ。
”何か”を否定することにより物理法則すら捻じ曲げる力があるということ、それを持った人間が集められた中にいることを話す。
否定の対象は自己か他者。条件を満たせば強制的に発動するもの、能力者の意思によって任意で発動できるものに分類でき、相手がどのタイプの能力者か推定する上で重要になる。
とはいえ、誰が何の能力を持っているかまでは話さない。否定能力者たちにとって能力の内容を知られることは死活問題に直結しかねないからだ。

「――とまぁ、今の俺が話せるのはこのあたりまでだな。これ以上は本人たちに会ったときにでも聞いてくれや」
「そうさせてもらおう。ところで、だ。――お前はこの話を聞いて、どう動くつもりだ?」
「10人殺せば生きて帰れる。だったらそれが一番手っ取り早いだろう」

アンディの答えに、脹相はぎろりと睨みつける。二人の間にチリチリと不穏な空気が燻り始めた。
だが、アンディはその空気を吹き飛ばすようにニカッと破顔してみせた。

「そう言っていただろうな、少し前までの俺なら」
「……今は違うということか?」

怪訝そうに見つめる脹相を尻目に、アンディは言葉を続けた。

「俺は変わった……変えられちまった。底抜けに大馬鹿で――だが、世界一のいい女に、な」
「……いるのか。その女が、ここに」
「そうだ。俺だけ一人帰ったところで意味がねぇ。アイツも一緒じゃねぇとな。
 だがアイツは、他人を傷つけてまで生きようとはしない。そういう女なんだよ、風子は」

思い出す。アンディと風子が初めて出会ったあの日のことを。
――あの日、出雲風子は自らの命を絶とうとしていた。もしもアンディと出会うことがなければ、彼女はそのまま若い命を散らしていただろう。
彼女が自ら死を選ぼうとしていた理由は、彼女が持つ否定能力にあった。
出雲風子が持つ能力は『不運』。彼女に触れられた者は大小の差こそあれ、必ず不運に見舞われる。
風子自身の意志でも止めることが出来ないその能力によって、彼女は周囲の人間を数多く傷つけ、失っていた。
もうこれ以上他人を傷つけてまで生きる意味などない――そう決意した彼女は、自らの人生に終止符を打つことを決めたのだ。

アンディとの出会いにより死の運命から逃れた風子は、もう自死など二度と選ばないだろう強い人間へと成長した。
しかし、彼女の根底にあった優しさまで変わったわけではない。
他人を殺さなければ生き残れないのがこの世界の理(ルール)だと言われても、風子は決してその理には従わない。
そうだ。アンディも風子も、理不尽な理を乗り越えるために闘い続けていたのだから。その生き方は、この場所でもきっと変わらない。

「風子……この出雲風子というのがお前の言う女か?」

脹相はいつの間にか支給品から名簿を取り出していた。
名前の羅列の中には、脹相が知る名前も多く含まれている。その中には、脹相にとって何よりも優先すべき弟の名も記されていた。

「ああ。俺は風子と生きて帰る。そのために動く。アンタの質問の答えは、これで十分かい?」
「了解した。俺にも守らねばならん家族がいる。その点では、お前と志は同じだろう」

アンディと脹相。彼らは出雲風子や虎杖悠仁と自らの命のどちらかを選択しなければならなくなったとき、迷いなく自らの命を差し出すだろう。
自らの命よりも重要な人物がこの島で殺し合いに巻き込まれている――彼女/彼を助けたい。守りたい。
その一点において、二人は同志であると言える。
だが――その過程で二人が選ぶ選択肢まで同じになるとは、限らない。

「……ッ! 羂索の思惑通りに動くつもりはなかったんじゃねーのか!?」

突如として脹相は動き出し、アンディに肉薄する。いつの間にか脹相の手には赤い刃が握られていた。
一瞬だった。アンディの眼前で赤刃が閃き――深紅の花が咲く。噴出する血液。刃を受け止めようとした右掌が両断され、宙を舞う。
片手を犠牲にして軌道を変えなければ、切り裂かれていたのは手ではなく喉だっただろう。
濁りのない純粋な殺意が込められた一閃。それを放った脹相は、顔色一つ変えることなく二撃目を放とうとしていた。

「羂索の思い通りにはさせん。だからこそお前にも情報を伝え、可能ならば羂索の目論見を潰してもらうつもりだった……だが。
 目の前にポイントが転がっているのにみすみす見逃すこともない。
 ここで俺のポイントになるようなら、どちらにしろお前の牙が羂索まで届くことはないだろう」

脹相にとっては、どちらでもよかった。
アンディがその宣言通りに羂索を打破し、この殺し合いが終わることになろうとも。
ここでアンディが死に、家族を守るルール追加のためのポイントになろうとも。
アンディがここで殺されてしまう程度の男だったなら、ただそれだけのこと。

「赤血操術――百斂」

脹相が両手を合わせた構えを取ると同時に、彼の周囲に浮遊する赤い塊が出現する。
赤血操術――呪術社会に長く君臨する御三家の一つである加茂家の血筋に脈々と伝えられてきた相伝の術式である。
その術式の力は血液操作。自らの血を媒介にし展開する術式は、加茂家の伝統の中で培われてきた多彩な技と応用力の高さを併せ持つ。
その内の一つ、百斂。この技そのものに攻撃力があるわけではない。血液を圧縮するだけの技だ。
だが百斂によりストックされる血塊は、無限にその姿を変え、敵を貫く弾丸となる。

「――苅祓(かりばらい)」

脹相の血が今度は円刃となり、アンディへと襲いかかる。
その切れ味は先ほどアンディが身を以て体験した通り。ひとたび触れれば肉どころか骨すら断ち切る。
しかしアンディは、飛来する血の刃の軌道を見極め最小限の動きで回避する。

「そっちから仕掛けてきたんだ、やり返されても文句は言わねぇよなぁ!」

アンディは叫び、自らに支給された刀を左手に握る。日輪刀と呼ばれる、鬼狩りの武器である。
だが、アンディがその刃を向ける相手は脹相ではない。自分自身だ。
脹相の血刃によって両断された右掌を日輪刀の刃に近づけ、そのまま一思いに刃を滑らせる。
肉を裂き、骨まで届く刃の感触。常人であれば泣きわめくほどの激痛が走っているだろうに、アンディは微塵も表情を変えず。
薄皮一枚でどうにか繋がった、今にもちぎれ落ちそうな右掌を、脹相へと向ける。

「くらいやがれ……掌弾(ハンドバレット)!」

瞬間。アンディの腕から、砲弾が撃ち出された。
その弾丸の正体はアンディの右掌だ。自らの肉を弾丸代わりに射出したのだ。
音速に迫る速度で発射された砲撃はまっすぐに脹相へと向かう。直撃すればただではすまない、破壊力の塊だ。
脹相は自分の周囲に浮遊させていた血塊の形を変え、己を守る盾とする。
なだらかな曲面を描くような角度で生成された血の壁は、アンディが放った掌弾を受け流す。
だがしかし、完全には受け流せなかった衝撃の余波により血壁は一瞬で砕け散った。

――脹相は/アンディは推測する。相手の能力の要は、『血』だと。

アンディの推測は正解だ。脹相が使う赤血操術は、その名の通り血を操り、武器にも防具にも薬にも毒にも変え、多彩な技で相手を翻弄する。
だが、脹相の推測は完璧な正解とは言えない。先ほどの攻撃がアンディの肉と血によって為されたのは確かだが、それはアンディの能力の本質ではない。
脹相自身、己の推測が不正解であったことにすぐに気付くことになる。アンディの能力が『血』だけではないことは、今の彼の姿を見れば明白だからだ。

「……それがお前の術式――いや、”否定能力”か」

脹相に向かって放たれ、喪われたはずのアンディの右手が、再び彼の右腕と繋がっていた。
アンディ自らが切り離した部分だけではなく、血刃によって両断された部分までおまけのように再生し始めている。

【不死――UNDEAD】

決して死なず、死に向かう傷すらも否定する。それがアンディが持つ否定能力『不死』だ。
アンディが放った掌弾も、『不死』を応用したものだ。
自らの肉体をわざと傷つけることにより肉と血の再生を促し、溜めに溜めた再生力を一気に解放し推進力とする『部位弾(パーツバレット)』。
本来は防御的な能力である不死の法則を長年の研究によって見つけ出し、攻撃に転化したものである。

(だが、どうも不死の再生力におかしなところがある……これが羂索が言っていた『不死者への制限』ってやつか?)

アンディの不死による再生はありとあらゆる傷を瞬時に治し、たとえ全身を砕かれようと、首だけになろうとも、あっという間に元の身体へと復元してしまう。
だが、脹相に斬られた傷は即座には回復しなかった。本来のアンディの再生力ならば、あの程度の傷は一瞬で元通りだ。
故にアンディは、己の身体を更に傷つけることにより、この場における不死のルールを再び把握しようとしたのだ。
アンディにとって不死は攻撃手段の要でもある。再生が封じられていればアンディの戦力は半減してしまうだろう。
その結果分かったことは――

(……脹相につけられた傷と俺がつけた傷。その再生速度には雲泥の差があった。
 『他者』による傷か、『自身』による傷か……或いは『回復』を目的とするのか『攻撃』を目的にするのかで変わってくる可能性もある。
 羂索の目的が参加者同士の殺し合いである以上、死なない能力を使われるのは困る……だが殺し合いの促進になる分には制限しないってことか?)

たった一度の確認だけでは分からないことのほうが多い。
だが、ひとまず分かったことは『部位弾』を使う分には不死は問題なく機能しそうだということ。
今はそれだけで十分だ。それだけ分かるなら、脹相と戦うのに問題はない。

両者の距離は数メートル。互いの能力を思えば、この程度の距離は既に必殺の圏内。一瞬のうちに決着しかねない間合いだ。
脹相の周囲に浮かぶのは百歛により生成された三個の血塊。自由自在に姿形を変えるそれは、僅かな隙も許さずアンディを狙い続けている。
対するアンディは支給された日輪刀を右手に握り、居合いの姿勢を取る。剣の間合いに入った途端、一瞬にして斬り伏せようという気迫。
先に動いたのは、脹相であった。体内を巡る血を操り、身体能力を爆発的に高めた脹相――彼は跳躍し、アンディの間合いの中へと踏み入る。
刀身が届く距離に入った瞬間、アンディは日輪刀を振るった。決して死ぬことなく永遠を生きる不死者が、その永い生涯をかけて研鑽してきた剣術。
荒々しい力と美しい技の両方を兼ね備えた抜刀――そこに不死を応用した推進力という速さを加え完成する、この世でアンディ唯一人が放てる一撃。

脹相はそれを、刃が触れる寸前で踏みとどまることで薄皮一枚の回避を行う。
脹相の眼が爛々と赤く染まる。赤鱗躍動――体内を巡る血が燃え、脹相の肉体と精神を熱く滾らせる。
血。それは脹相にとって、術式の媒介となる物質。だがそれ以上に、脹相にとって血は――血縁は、大きな意味を持っていた。

脹相は純粋な人間ではない。半人半呪、人間と呪霊が交わり生まれた、異形の存在である。
呪霊との間に子を孕む特異体質の女が、脹相の母親にあたる人物だ。しかし脹相はその女の顔すら知らない。
女は呪霊の子を孕むたびに堕胎させられ、取り出された胎児は強い呪いを秘めた呪物として扱われた。
九度繰り返されたおぞましい行い。九体の呪物は呪胎九相図と呼称され、脹相たちは百年に及ぶ封印をされることになる。
脹相にとって、兄弟だけが世界だった。兄弟たちも同じ思いを抱いていた。封印を解かれ肉体を得てからも、その思いは変わらなかった。

「――お前に、兄弟はいるか?」
「ハッ、どうだったかな。そんな昔のこたぁ忘れちまったよ!」
「ならば教えてやる。――俺はお兄ちゃんで、お兄ちゃんは何よりも強くあらねばならない存在だということを!」

――脹相と共に受肉した兄弟は、戦いの中で死んでいった。他の兄弟は再びの生を得ることすらなく冷たく暗い倉庫で亡骸となった。
脹相にとっての世界は、このとき一度崩れ去った。世界の意味を失った脹相は、何の目的もないまま人間と呪霊の争いに加わることなり――
そこで再び、世界/弟/虎杖悠仁を見つけたのだ。
兄であること。弟を守ること。それが今の脹相にとっての世界。存在意義だ。

百斂により生成した血塊の一つを媒介に、脹相は術式を練り上げる。
先のアンディの攻撃と再生を見る限り、生半可な攻撃を当てたところで再生されて終いだ。
損傷を与え続けても無限に再生を続けるのかは不明だが、羂索のルール説明によると『多大な損傷』を与えれば死ぬように参加者の能力は縛られているという。
ならば狙うは一撃必殺。再生する暇すら与えない過剰殺害。脹相にはそれを叶えるだけの奥義がある。

(――だが、放つまでの溜めと予備動作をこの男が見逃すか?)

脹相の推測は否。眼前の男の能力は未知数だが、会話の端々から豊富な経験に裏打ちされた知識と実力を見て取れた。
こちらが妙な動きをすればその行動の真意を見抜き対応してくる可能性は十二分に考えられ、逆に大技の隙を利用されることまで考慮する必要がある。

(ならば、先に行うべきは必中への下準備――)

決着までの手順を組み上げ、そこから逆算して術式を選択する。
赤血操術・赤縛(せきばく)――血塊が取る形は、相手を縛る縄。
アンディの再生力はちぎれた手足を修復するほどの強度を持っている。
半端なダメージは回復されて意味が無い。だが、損傷ではなく捕縛という形ならば、その再生力も機能しないはずだ。
まるで生物のように自在に動く血の縄が、アンディの四肢を絡め取ろうと接近する。
アンディは舌打ちを一つ。捕縛・無力化を狙った攻撃と己の不死能力の相性が悪いことはアンディ自身よく理解している。
本来ならば手足の一つ二つが捕らえられたところで自ら切断し脱出していたが、再生能力にどんな制限がかかっているのか不確かな状況では常時のような無茶な戦いは避けるべきだ。

「だったらよ……殺られる前に殺ってやるぜ!」

アンディは己へ飛来する血縄へと自ら飛び込んだ。その一歩の速度は、人間が出せる限界を遥かに超えていた。
肉体の限界強度を超えた駆動――当然のようにアンディの脚は悲鳴を上げ、肉と骨が砕けていく。
しかしアンディは、それさえも己の力に変える。
曲がった脚の肉が再び繋がり、骨はより強く再生する。地面を踏みしめるたびに破壊と再生を繰り返し、速度と衝撃は増していく。

血縛をくぐり抜け、真っ直ぐに脹相のもとへと走るアンディ。
彼の右手には日輪刀が握られている。それが、無造作に脹相へと向かって振り抜かれた。
脹相は血で象られた小刀を手に、日輪刀の一撃を受け止める。
鍔迫り合い。アンディは肉体の限界を超えた筋力を発揮するが、脹相はそれを正面から受け止めた。

「やるじゃねぇか……!」

アンディが元いた世界にも、否定能力を操り人を超えた力を振るっていた者たちがいた。
脹相もまた、そんな否定能力者たちと遜色ないほどの戦闘力を持っているとアンディは感じていた。
これほどの力を持ち、この下卑た殺戮遊戯の主催者の情報も掴んでいるという稀有な男。
このまま敵対してしまうのはあまりに惜しい。羂索という共通の敵がいる以上、共闘するという選択もあるはずだ。
何か糸口はないのか――アンディは脹相へと問う。

「お前の家族は、家族が自分のために他者を殺すことを受け入れるようなヤツなのか?」
「――いや、違うだろう。……それでも。俺はもう二度と家族を――弟を喪うわけにはいかない」

脹相が操る血塊は三つ。一つは血刃。一つは赤縛。そして残る一つを――脹相は破裂させた。
限界まで圧縮された血塊は見た目以上の血量を有している。周囲を血溜まりに変えるほどの血の雨が、アンディと脹相の両者に振りかかる。

(目くらましか……!? いや、それだけなら多量の血をばらまく必要はない……!)

アンディの直感が、この血を避けろと叫んだ。ノータイムで足に刃を突き立て両断。再生力を利用した大ジャンプで脹相との距離を取る。
その選択は正解だった。半人半呪の存在である脹相の血には、触れた者を苦しめる毒性が秘められている。
もしもアンディが血の雨を厭わず交戦を続けていたならば、呪毒はアンディの身体を蝕み、闘いの主導権は完全に脹相が握ることになっていただろう。

しかし。脹相は戦闘を組み立てる中で、アンディの回避も計算に入れていた。
一度は振り切った赤縛が、宙を跳んだアンディを再び狙う。
再生力を駆使したアンディの移動術も、足場のない空中では地上ほど自在には移動が出来ない。
血の縄がアンディの身体を掴み、一瞬にして拘束する。

脹相は己の勝利を確信する。準備は整った――脹相は百斂により、血塊のストックを練り直す。
両手を合わせ、アンディに向ける。掌内で脹相の血が極限まで圧縮され、力を研ぎ澄ましていく。
溢れかえる力の出口を、ただ一点に集中。超高密度の血流が、一筋の矢となって放たれた。
赤血操術の奥義、穿血――その初速は音速を超え、対象を必ず貫き破壊する、必殺の一撃となる!


だが――その一撃がアンディに届くことはなかった。


アンディと脹相。二人とも、何が起きたのか理解することが出来なかった。
数瞬後にはアンディの身体を貫いていただろう穿血は、その射線の半ばほどで”断ち切られた”のだ。
アンディの反撃ではない。脹相が攻撃を止めたわけではない。二人ではない、突然の第三者が止めたのだ。

「……誰だ?」

呟きに対して、三人目は何も答えない。
その者が振るった刀が月の光に晒される。それは、刀というにはあまりにも異形の形をしていた。
その刀には血肉があった。脈打つ血管と無数の血走った眼が刀身を覆い、それでいてその刃は、遠目に見ても分かるほどに鋭く輝いている。
そして刀を握る男もまた、異形としか言いようのない相貌をしている。
男には、三対の眼があった。刀身に付いているものと同じ、血走った不気味に見開かれた眼だ。

「人ならざる血の匂い……だが……鬼とはまた違う、奇っ怪な……おぞましき匂いだ……」

鬼――それは、人間を捨てた存在。夜闇に紛れて人を襲い、その血肉を喰らうもの。
そんな鬼舞辻無惨の血を分け与えられた異形のものたちの中でも、限りなく無惨に近い存在。
上弦の壱、黒死牟。無数の鬼狩りを屠ってきた怪物は、不死の否定者と半人半呪の混ざり子に視線を向けた。

黒死牟が放つ異様な気配を前に、アンディと脹相は動きあぐねていた。
僅かでも余計な動きをすれば、途端に最悪の未来が訪れてしまうような――そんな予感が二人の中にはあった。
脹相の必殺の術を容易く断ち切った黒死牟の力と技は、二人がこれまでに見てきた否定者や呪術師、呪霊の数々と比べても圧倒的と言っていい。
その刃が己に向くか否か。この状況で不正解を選べば死に直結しかねないという直感が、アンディと脹相の動きを滞らせていた。

そして、その僅かな間ですら――黒死牟にとっては十分すぎるほどの時間だった。

黒死牟の着込んだ羽織が、僅かに揺らめいた。
事の起こりがそれだったとアンディと脹相の二人が気付いたのが数拍遅れたほどに、ごく自然な所作。
剣を振るう――ただそれだけの動作をこれほどの領域へ高めるまで、幾度繰り返したのだろうか。
人の身のままでは、天に定められし限られた命刻の内には到底届き得ぬ、永く遠き道の涯て。
黒死牟が人の身も道も捨て、その魂まで鬼と成り果てたことで掴み得た剣の極地。
その発露が、アンディと脹相の二人に同時に届く。

「――――ッ!?」

二人、離れた場所にいた。少なくとも一太刀で二人を同時に捉えることなど不可能。
だが、鬼の異能と極められた技術が、不可能を可能にしたのだ。
届かぬはずの斬撃が、アンディと脹相の二人を同時に裂いた。
アンディにとっての幸運は、脹相の赤縛がアンディを守る盾の役割を果たしたこと。
脹相にとっての幸運は、赤鱗躍動による身体能力・反応速度の向上が続いていたこと。
故に二人は、一刀のもとに切り捨てられ黒死牟の得点へと成り果てることは避けられた――だが、それはあくまで最悪だけは回避できたというだけのこと。

只の一撃でアンディの胴は両断寸前。ぱっくりと割れた傷口からはこぼれ落ちそうな内臓が顔を出している。
脹相も致命の直撃こそ避けたものの斬撃の余波だけで全身は傷つき、裂傷からはおびただしい量の出血が続いている。
二人同時に、絶望的なほどの戦力差を理解する。このまま戦いを続ければ、倒れるのは間違いなく此方のほうだ。
アンディを貫かんとした脹相の一撃を妨害したのも、恐らくはアンディを救うためではなく、己が得るはずだった得点を他者に奪わせないためのもの。
あの異形の剣士がその気になれば、アンディと脹相は僅かな時間でたった十点に交換されてしまってもおかしくない。

「ハッ! 絶体絶命の大ピンチ――いいねぇ、面白くなってきやがった!」

それでもなお、アンディは不敵に笑った。

「脹相。さっきのことは水に流してやる。手を貸しな」
「……策はあるのか?」
「ねぇさ! なにしろあちらさんの能力は未知数――こっちは既に満身創痍だ。だが……このままやられっぱなしじゃいられねぇだろ!」
「同感だ」

言葉を交わし、アンディと脹相は駆け寄る。黒死牟という強大な敵を相手を前にし、二人の目的は合致した。
二人とも、こんなところで死ぬわけにはいかない。愛する女/弟のために――生きてこの場を切り抜ける。
状況は二対一へ。戦いは第二ラウンドを迎える。


【C-2/市街地/一日目・未明】


【アンディ@アンデッドアンラック】
[状態]:腹部大ダメージ(回復中)
[装備]:時透無一郎の日輪刀@鬼滅の刃
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:風子と共に生還する。
1.脹相と共に黒死牟の対処
2.風子やシェンとの合流
[備考]
  • 不死の回復能力に一部制限。(他者からの傷は回復が遅いが、戦闘のために自傷した分は問題なく回復)
  • 脹相から呪術廻戦世界の術式と縛り、羂索について情報を得ました。

【脹相@呪術廻戦】
[状態]:全身に裂傷
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:悠仁を生還させる
1.アンディと共に黒死牟の対処
2.悠仁との合流
3.羂索の目論見は阻止したいが、ルール追加に関しては利用していく
[備考]
  • 羂索と死滅回游について情報を持っています(原作17巻146話以降からの参戦)
  • アンディからアンデッドアンラック世界の否定能力について情報を得ました。

【黒死牟@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:虚哭神去@鬼滅の刃
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:鬼以外の参加者を殺し、得点を集める
1.目についた参加者の殺害
[備考]
  • 虚哭神去は黒死牟の血から作成したもので、ランダム支給品には含まれません。

前話 次話
被褐懐玉―JUDGE EYES― 投下順 残酷
被褐懐玉―JUDGE EYES― 時系列順 残酷

前話 登場人物 次話
START アンディ Lunatic Victors 匪石之心が開く道
START 脹相 Lunatic Victors 匪石之心が開く道
START 黒死牟 Lunatic Victors 匪石之心が開く道


最終更新:2025年08月11日 22:18