第一回放送 ◆7XQw1Mr6P.


 朝日が差し込む、静謐とした空気が満ちた雄英高校の放送室。
 そこにはあろうことか死滅跳躍の主催者、羂索の姿があった。


「放送の時間だ」


 羂索がハンドマイクに向かって語り掛けると、その声は会場中に響き渡った。


 市街地。森林。豪華客船内。遊園地。
 鬼ヶ島。湖上。那田蜘蛛山。果ては海上の彼方まで。


「もう一度だけ言おう、放送の時間だ。
 この声は会場内のどこにいても聞こえるようにしている。
 が、意識の無い者や放送を聞ける状況ではない者もいるかもしれない。
 だがそのことについて、こちらは一切関知しないのでそのつもりで」


 放送を聞いた者たちは気づいただろうか。
 今聞こえているのは確かに夢に出てきた男の声だが、あの時とは声の質が変わっていることを。
 あの嫌見たらしい笑顔で機嫌よく話していた開幕時とは違い、今の男の声はひどく不機嫌そうであることを。

 まるで楽しみにしていたゲームを実際に遊び、操作が難しく思い通りに遊べないと癇癪を起した、聞き分けの悪い子供のようであることを……。


「まずは連絡事項からだ。脱落者のリストを読み上げる。
 耳の穴かっぽじってよく聞いておくように。

 朝倉シン
 アンディ
 石神千空
 黒死牟
 脹相
 栗花落カナヲ
 轟焦凍
 ドンキホーテ・ドフラミンゴ
 七海建人
 パワー
 北条時行
 マグ=メヌエク―――……」


 立て板に水とは、まさにこのことだった。
 聞く者の都合を一切考えることも無く、息継ぎもせぬまま一気に捲し立てるように。
 燃え尽きたロウソクの残骸を掃除でもするかのような無感動で、死者たちの名は読み上げられた。

 淡々と述べられる死者の名に、羂索の感情は欠片ほども乗ってはいなかった。
 自らが起こした殺戮劇のその結果に、男は微塵の感想も抱いてはいなかった。


「以上12名が、これまでの6時間に死亡した死滅跳躍の走者(プレイヤー)たちだ。
 ちなみにこれは名前の五十音順であり、脱落した順番ではないことを明言しておく」


 羂索は手元にあった死亡者の名簿を一瞥すると、無造作に丸めて放送室のゴミ箱に投げ捨てた。


「次に禁止エリアの発表だ。

 遊園地の西側、【C-4】
 鬼ヶ島北東部、【F-5】
 診療所の南方、【H-6】

 この三か所が、これより一時間後に禁止エリアとなる。
 領域に足を踏み入れた者は一切の例外なく死亡するため、くれぐれも注意することだ。
 ……そしてルールの追加だが、ルールの追加を申請した者はいなかった。
 よって今回、追加されるルールは無い。
 以上で連絡事項は終わりだ。




 ガッカリしたよ。ハッキリ言って期待ハズレだ」



 羂索のため息が会場中に低く響く。
 そして会場中の至る所から、困惑と憤怒が、【呪い】の感情が噴出した。

 殺し合いを強要してきたこの外道は、一体何を言っている……?


「異なことを言ったと思ったかな?
 だが私のほうこそ、この展開は異様だと思っている。
 殺しを忌避しない強者諸君。いささか暴れ方に華が無いと言わざるを得ないな。
 百獣の主よ、悪鬼どもの王よ。支配の体現者よ、狂乱の神よ。
 君たちの力はその程度か? ならば言ってくれ。こちらの認識不足だ。非はこちらにある」

「もちろん私は、諸君らは皆が皆、殺し合いに積極的な性分ではないということは重々承知だ。
 だがか弱き者たちを守るためには、多少の犠牲も厭わない覚悟を持つ者も多いと、私は知っている。
 であれば、生存確率を高めるためのルール追加は急務だろう。


 なぁ、伏黒恵、虎杖悠仁。君たちは死滅回游で何をしようとしていたか忘れたのか?」


 参加者を非難する羂索の声色には、かつてない程の侮蔑が多分に含まれていた。

 参加者たちが過ごしたこの6時間は、主催者にとってもさほど益のあるものでは無かったということか。
 力がこもり、手のマイクが軋む音が会場に響いた。


 それから少しの間を開け、長く息を吐いた羂索。
 彼が再び口を開いた時、その声にはまた違った色がついていた。


「一つ、指針をあげようか。
 先ほど発表した禁止エリアだが、それに関するルールの認定は柔軟に対応するつもりだ。
 例として"ポイントを消費して禁止エリアを解除できる"ルールならば許可できると明言しておこう。
 相場としては5ポイントで1エリア。一人の犠牲で安全圏を買えると思えば安い物だろう?
 無論、次の放送で再度禁止エリアになる可能性はあるけどね」


 先ほどまでの不機嫌さから一転、今度はこちらを諭すように優しい声色。
 出来の悪い子を諭すような口ぶりで、"こうしてごらん?"と羂索は道を示す。

 傍若無人。
 この殺し合いの会場を遊戯の盤に例えた参加者は何人かいたが、羂索はまさにその盤面を好き勝手に動かす支配者気取りだった。


 羂索に対し憤りばかりを覚えていた参加者たちも、その振舞いに、言葉に、薄ら寒いものを感じていた。


「次の6時間では、もう少し楽しませてくれたまえよ。
 あぁ、最後に――――黙示録、【課題発表(クエストオープン)を許可】する。
 この言葉の意味を君たちが知ることになるのはもうしばらく先だろうが、まぁ決して悪いことではないとだけ言っておこう。
 ……では、また6時間後に。
 第一回放送、"雄英高校"放送室からお送りした。
 フフフ。今から急いで来るのは勝手だが、私はあと1分程度でここを去るし、次の放送でここに来ることも無いがね」


 会場に、戦慄と殺気が迸った。
 主催が自分たちと同じ場にいると知った、放送を聞いた全ての者から放たれた、空間をひび割るような殺意の波動。
 会場中からのそれを一身に受け、首筋に心地よい振動を感じながら、羂索はマイクのスイッチをオフにした。


「さて、さっさとここを去りたいところだが、"縛り"のリスクは甘んじて受けないとね」


 羂索が振り返ると、放送室の一角に黒い"もや"がかかっていた。
 "もや"は脈動するように形を変えながらも、霧散することなく漂っている。


「ジーナ、映画館の"不変"は解除したかい?」


 羂索が"モヤ"に声をかければ、暗がりから一人の少女が顔を出した。


「手筈通り。上映室に出入りできるようにしておいたわ」


 異様に大きなベレー帽と、背中まで伸ばした髪で風を切り、
 ペタペタと素足の足音を立てる少女は両腕で何かを抱え込みながら、羂索に仕事達成の報告をした。


「よろしい。
 ……と言いたいところだが、不変の解除は一瞬のはずだ。
 ジーナ=チェンバー。私が放送を行っている間、どこで何をしていたんだい?」
「……彼の遺体を確かめたかったのよ」

 羂索の追求に、ジーナと呼ばれた少女はその胸に抱く物を見つめる。
 それは、額にプレートが刺さった男性の生首だった。

「持ち帰ったのかい」
「彼の死体を晒し物にしたり、研究材料にしたりしない。それも条件の内だったはずよ」
「勿論だとも。献身的な協力者との約束を反故にしたりはしないさ」
「献身的……? 勘違いしないで。喜んで協力してるわけじゃない」


 ジーナが羂索を鋭く睨む。
 その敵意もどこ吹く風と、肩をすくめる羂索に、ジーナも視線を切る。

 この怒りも殺意も、この男には届きやしない。
 そう理解していても、この男に対する怒りも殺意も、決して変わることは無い。

 それでも、彼女が羂索に従うのは。


「デッドちんは、約束通り私を変えてくれた。
 それを無かったことみたいにしたアナタを、私は許さない。
 でも、デッドちんを変えてあげられるなら……死なせてあげられるなら。
 それだけの力をアナタが持つなら、私が変わる前に、アナタの言うことを聞いてあげてもいいって」

「わかっているさ。そして君もわかっているはずだ。
 彼は約束を果たした。それに君は報いたい。
 私は約束を果たした。ならば君は報いるべきだ」
「…………えぇ、わかってる」
「よろしい。では"縛り"も果たしたことだ。
 戻るとしよう。黒霧」
「えぇ」


 羂索が黒い"モヤ"―――控えていた黒霧に視線をやれば、黒霧はその体積を増大させ放送室を満たす。
 そして次の瞬間には、羂索も、ジーナも、黒霧も、跡形もなく消えていた。


 朝日が差し込む、静謐とした空気が満ちた雄英高校の放送室。
 そこに残されたのは、ゴミ箱に捨てられた死亡者名簿だけだった。




【一日目 午前六時 第一回放送】
【残り49名】



【主催 羂索@呪術廻戦】

【防衛担当 ジーナ=チェンバー@アンデッドアンラック】
【輸送担当 黒霧@僕のヒーローアカデミア】




※"縛り"により羂索は放送から1分間、会場内にいる必要があります。
 ただし放送に際して、専用の設備は必ずしも必要ではありません。
 ハンドマイク一本あれば放送が可能です。

※黙示録からの課題(クエスト)が解禁されました。

※映画館の"不変"が解除されました。

※アンディの遺体が回収されました。

前話 次話
守護る力 投下順 花に嵐
守護る力 時系列順 [[]]

前話 登場人物 次話
死滅跳躍 羂索
START ジーナ=チェンバー
START 黒霧


最終更新:2025年08月11日 22:22