花に嵐 ◆7XQw1Mr6P.



 会場南西端、遊郭。
 この地にて放送を聞いていた人物――公安では"サムライソード"と呼称される男は、荒い息を繰り返しながら会場の中央方向へと歩いていた。

「あの野郎ォォ……」

 主催の男への呪詛を口にしながら歩くサムライソードの様子は、まさに怒り心頭といった有様だった。

 歯を食いしばり、額に血管を浮かび上がらせ、頬を痙攣させている。
 だが、これでもまだ彼は冷静さを失ってはいない方だった。
 でなければ今頃は、周囲の建造物は跡形もなく切り刻まれていただろう。

 息を荒げてはいるものの、男は意識的に呼吸の回数を増やし、かつ深く息を吸って吐くことで、少しでも心を落ち着けようとしていた。
 怒りのままに暴れたいという衝動はありつつもサムライソード自身、放送を聞いて考えたいことがあった。

「フーーーーー……」

 男は今一度深く息を吐く。
 身体を動かし続けて、頭に上った血は多少全身に回った気がする。
 とはいえ今度は心拍数が上がっている。考え事をするならもう少し落ち着きたい。

 男は周囲を見渡して人の気配が無いことを確認し、目についた建物の陰に隠れて壁に背を預ける。
 目を閉じて心と体を出来るだけ休ませつつ、主催の言葉を思い返す。


――――殺しを忌避しない強者諸君。いささか暴れ方に華が無いと言わざるを得ないな。


(……この6時間、俺は頭の弱そうなガキ一人としか遭遇しちゃいない。
 他の参加者の遭遇率もそんな程度であれば、"華のある暴れ方"なんざ土台無理な話だ。
 殺しを躊躇わないような輩が一か所に立てこもるような、そんな消極的なことするとは思えねぇ。
 となると他の連中は結構カチあってやがるわけで、それでも殺し合いが激化しないことに主催のクソ坊主はキレてる。
 そして俺は、そこに混ざれてないってことになる)

 サムライソードは頭の中で地図を思い浮かべる。
 自分が最初にいた少年院は会場の中央に近い。
 とはいえ周囲に人の気配も無かったため、参加者が集まりそうな施設地帯がある南西へ進路を取ったわけだが、土地勘がないことに加え深夜の暗さもあって距離感を掴めず、気づいた時には遊郭まで直進してしまっていた。

(エリアは8×8の64マスに区切られている。
 参加者の数は61人。一マスにつき一人配置しても余ることになる。
 こりゃ、移動一つとっても頭を使うべきだってことか……)

 サムライソードは閉じていた瞼を開く。
 日の出とともに市街地は明るさを取り戻しつつある。
 建物の陰から朝日の中に出た男は改めて周囲を見渡した。

 次の目的地は決まっている。
 今度は距離感を間違えたりはしないように、男は再び歩き始めた。



・・・



「悪ィ、ちょっと席外す」

 放送を聞き終えてすぐ、伏黒がそう言って部屋を出てから、もうすぐ三十分が経とうとしている。
 図書館の利用者が借りられる会議室で、すずと六美は伏黒の帰りを待っていた。
 南向きの大きな窓からたっぷりの朝日が会議室に注がれ、夜風に冷えていた二人の身体をやおら温められていく。

 それでも、二人の表情はどこか暗い。

 幸いなことに。
 本当に幸いなことに。
 第一回放送で読み上げられた脱落者リストの中に二人の知る名前は無かった。
 だが。

「……大丈夫かな、伏黒くん」

 椅子に座り長机に顔を突っ伏した姿勢ですずがつぶやく。
 それは確かに独り言ではあったが、対面に座っている六美への話しかけでもあった。

「心配?」
「そりゃそうだよ。……六美さんは心配じゃないの?」
「もちろん心配だよ」
「……ちょっとそろそろ、様子を見に行った方が」
「それは、やめてあげた方がいいと思う」

 まさか止められるとは思っていなかったすずが顔を上げた。
 六美は参加者名簿と会場の地図、放送で発表された脱落者と禁止エリアのメモを机に並べていた。

「伏黒くんはたぶん、救えなかったことだけじゃなくて、それ以上に自分の不甲斐なさを攻めてるんだと思うから」
「……? それってほとんど同じなんじゃないの?」
「どうかな」

 六美も机に落としていた視線を上げる。
 すずと顔を合わせた六美は、どこか遠いところを見ているような目をしていた。

「主催の男……羂索は放送で殺し合いに乗ってる人たちを揶揄した時、表現がかなり抽象的だったよね。百獣とか、悪鬼どもとか。
 でも、殺し合いには消極的だけど危険人物を排除する覚悟があるって人たちの中では、わざわざ伏黒くんと虎杖くんを名指しで非難してた。
 あれって、主催側としても殺し合いを進めるうえで"この二人はこのくらい動くだろう"って想定があったってことだと思う。
 殺し合いに乗る人達なんかよりも、特に具体的に」

 六美の言葉にすずは頷く。
 そこまでは分かる。想像がつくし、実際まだ行動を共にし始めて数時間だが、伏黒の冷静さや知見の広さはとても頼りがいがある。

 悪さをする輩がそれを阻止して来るであろう人物を警戒し、その動きを予測しておくというのも実に現実的だ。

「でも羂索にとって、二人のこの六時間での働きは想定を下回ってたんだと思う。
 ひょっとしたら主催側の計画に支障が出るレベルで」
「……え。それは、私たちにとってはなんかチョット、いいことみたいに聞こえるんだけど……?」
「確かに、主催が裏で何かを企んでたとしたら、もしかしたら奇跡的なファインプレーかもね。
 でもそこまで深読みする前に、その状況って伏黒くんの立場がないって思わない?
 こういう緊急事態で、しかも事態を引き起こした黒幕から、"お前は思ったより動かないんだな"って言われるのって」
「そう言われれば、そう、かも……」

 もちろん物事はそう単純では無いし、六美の推論も明解ではない。
 とりあえず動くより、まずは"見"に回るというのも決して貶められるような立ち回りではないはずだ。
 そもそも伏黒はこの六時間でそれなりに動いているのは、同行していた二人がよく知っている。

 とはいえ、それを伏黒自身がどう考えているかは別だ。


「……ひょっとして、私たちお荷物だったりするのかな?」

 ぽつりと、すずが弱音を零す。

 図書館での情報収集では、三人で手分けしたことで相応の収穫があった。
 "三人寄れば文殊の知恵"というが、加えて出身の世界が異なる自分たちが意見を出し合うことでしか得られない視点だってあるだろう。
 とはいえ、荒事に出向ける伏黒が非戦闘員の二人にかかり切りというのは、使える駒を殺しているような物ともいえるのではないか。

 ふと、自分を守るために妖と対峙する祭里の背中を思い出し、すずの胸が締め付けられる。

 そんな思いつめた様子のすずに六美が声をかけようとしたとき、会議室の扉が開かれた。

「伏黒くん」

 自分の声が震えていないか、すずは自信が無かった。
 戻って来た伏黒に変わった様子は見られないが、一度ネガティブな思考で考え始めれば見えるもの全てが悪いように見えてしまう。

 声をかけたはいいが言葉が続かないすずを気遣い、六美が伏黒に話しかけた。

「伏黒くん、大丈夫?」
「……大丈夫だ。それよりも」

 伏黒が二人から視線を外す。
 視線の先には、会議室の机の中央に浮かぶ、【不壊】の檻に入れられた本があった。

「お前だろ。羂索の言っていたアポカリプスってのは」
「……」

 放送の後、いつの間にか目を閉じて静かになっていた黙示録の瞳が開いた。

「話せるようになったんじゃないのか。
 課題だの報酬だの、一体なんのことか教えろ」
「……そんなに知りたきゃ、オレをここから出せ。
 実際に課題(クエスト)を見せてやる」
「教えたら出してやる」
「いいや、こんなところに閉じ込められたままじゃ、課題は出せねぇな」

 図書館の地下で捕まえた時の必死さは無かった。
 とはいえ諦念といった雰囲気でもない。

 なにか不気味な笑みを浮かべて、黙示録は檻の中から片方だけ見える目で三人を見ている。

「……出すしか、ないんじゃないかな?」

 六美の言葉は、三人の総意でもあった。

 伏黒が【不壊】の檻を開けると、黙示録が飛び出した。
 とっさに捕まえようとする伏黒だったが、それよりも素早く黙示録の表紙が開かれ、中から数枚の紙が空中に浮かび上がる。
 読めそうで読めない奇妙な文字が掛かれた、都合五枚の紙を周囲に漂わせ、黙示録は声を張り上げた。


【課題発表(クエストオープン)!!】


 大きな窓から朝日を取り込んで明るいはずの会議室が、重々しい雰囲気に支配される。
 三人が固唾を飲んで見守る中、黙示録による課題発表が始まった。

死滅跳躍においての課題は参加人数に制限は無し。
 課題を成功した者に報酬(リワード)が与えられる。
 制限時間も無し……。従って、忌々しいことに課題失敗の罰(ペナルティ)は発生しない。
 だがテメェらにとっちゃ、今の状況が既に罰のようなものか?」

 意地悪く笑う黙示録を、ずすは直視できなかった。

 予感はあった。
 課題と報酬の話は、自分の感性とは決して相いれないのだと。
 報酬欲しさに命令に従うということを、すでにすずの心は拒否していた。

 願望が叶うために人を殺す現状と、なんら変わらないではないか。


「肝心の課題内容だ。全部で五つ。

 一つ目、【走者(プレイヤー)"ナプターク"の捕獲】
【報酬 走者"宮薙流々"の所在】」



「二つ目、【走者"サムライソード"の討伐】
【報酬 支給品"天羽々斬"の所在】」



「三つ目、【走者"カゲメイ"の討伐】
【報酬 追加点20ポイント付与】」


「待って、ストップ」

 黙示録の課題発表に、顔を青くしたすずが水を差した。
 我慢がならなかった。

「花奏」
「ねえ、お話にならないんだけど」

 すずの異様な振舞いに、伏黒は思わず声をかけた。
 六美も心配そうな顔をしている。

 そんな二人の顔を見て、それでも二人の様子に気づいていないような昏い瞳で。
 すずは黙示録の課題を拒絶する。

「私たちは殺し合いを止めたい。殺したくも殺されたくもない。
 なのに、なんで人を殺せだなんて命令されなきゃいけないの。
 エサみたいにポイント水増しされて、それに釣られて人を殺すなんて。
 しかも、よりによってカゲメイを……。あの子が……、あの子だって……っ」
「花奏、ちょっと落ち着け」
「落ち着いてるよ私は!」

 すずが勢いよく立ち上がり、反動でキャスター付きの椅子が壁際まで転がっていく。

「ゲームみたいに人を殺させるのも最低だし、報酬欲しさに殺されるのも最悪!
 それが普通でしょ。普通に人を……普通に人に死んでほしくないって思ってる私が冷静じゃないっていうの!?」
「あぁ、今の花奏は冷静じゃない」

 激高するすずに、伏黒がぴしゃりと言い放った。
 あんまりな物言いに六美が口を挟もうとするが、伏黒はそちらを手で制して言葉を続ける。

「花奏。夜桜も。言っておくが、俺は呪術師として、力ある者として相応の振舞いを心がけてるつもりだ。
 だが、別に俺は正義の味方じゃない。助ける相手は選ぶ。関わったことのない悪人の背景に配慮するとかも、悪いがゴメンだ」

 それは非道であるとか、あるいは冷酷な発言だっただろうか。
 信じられないものを見るような顔で、伏黒を見るすず。
 一方、六美は浮かしかけていた腰を椅子に落ち着け、黙って事態を見守っていた。

「目の前の人間が守るべきかは自分で選ぶ。
 だから二人には悪いが、二人の言った危険人物についてだって鵜呑みにしちゃいない」
「……へ?」


「夜桜が警戒する皮下という男も、花奏が心配してるカゲメイという奴も。
 俺にとっては現状、要注意人物以上でも以下でもない。
 俺は俺の良心に従ってお前たちを信じてるし、お前達が信じてる奴らのこともある程度は信用する。
 でもお前らが危険と見做す奴らを、俺が同じく危険とするかは別だ。
 悪いが、俺はまだそこまでお前たちを信用しちゃいない。
 お前らがそいつらとぶつかった時には、最悪お前たちを守らない可能性だってあるんだ」


 いっそ不器用なまでの告白に、すずも六美も驚きを隠せなかった。
 面と向かって今の自分の信用度を明言されれば、多少なりとも不快感が伴うはずで。
 だからこそ伏黒の突然の言葉に戸惑いを隠せない。

 にもかかわらず、すずは先ほどまでとは比べられないほど平穏を取り戻していた。
 それはおそらく、伏黒が明確にすずとの距離を取ってくれたおかげだろうと、二人を見守る六美が気づく。


―――……ひょっとして、私たちお荷物だったりするのかな?


(すずさんのあの独り言、伏黒くんも聞いてたんだ)


 会議室に、なにやら弛緩した空気が流れる。
 少なくとも黙示録が課題発表を始めた際の、重たい空気が和らいでいた。


 その時だった。


「……誰か来たな」

 伏黒の呟きに、すずと六美の警戒心が跳ねあがる。
 緩和からの緊張。空気が再び張り詰める。

 図書館への、不意の来訪者。
 数刻ぶりのあらたな参加者との邂逅に挑む三人を、課題発表が遮られたままの黙示録がつまらなさそうに見つめていた。


【F-7/図書館/1日目・早朝】

【花奏すず@あやかしトライアングル】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1、折り紙一式@現実、早川アキの髪の毛@チェンソーマン
[思考]
基本:出来れば、誰も殺したくない
1:図書館にやってきた参加者に対応
2:出来れば早く祭里に会いたい
3:カゲメイを討伐したりはしない
4:六美さんとその太陽さんって人の関係が羨ましい
5:これ(早川アキの髪の毛)、元の持ち主に返したほうが良いのかな……?
6:黙示録、キライ……
[備考]
※参戦時期は7巻以降。
※夜桜六美、伏黒恵と情報を共有しました。ただし妖巫女等の情報は喋ってはいません。


【夜桜六美@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品2
[思考]
基本:皆が居るのに、こんな趣味の悪い事に屈したりなんてしない
1:図書館にやってきた参加者に対応
2:早く太陽に会いたい、太陽が心配
3:凶一郎お兄ちゃん、何かしらやらかしてなければいいんだけど……
4:皮下真には最大限の警戒
[備考]
※参戦時期は最低でも10巻、夜桜戦線終了後から。
※花奏すず、伏黒恵と情報を共有しました。ただし夜桜家の秘密等は喋ってはいません。


【伏黒恵@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品2、不壊の檻@アンデッドアンラック、黙示録@アンデッドアンラック
[思考]
基本:殺し合いの打破
1:図書館にやってきた参加者に対応
2:一通り探索を済ませたら鬼ヶ島でルフィと合流
3:討伐はともかく、捕獲課題は検討すべきか?
4:バトルロワイヤルの漫画、役に立つかもしれない
[備考]
※参戦時期は146話後、虎杖と共に秤先輩の所へ向かっている最中。
※この死滅跳躍を開催した羂索が未来の存在で、未来では五条が復活し死滅回游が何らかの形で失敗したのではと考えています。


【サムライソード@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:PMM@現実
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品2、ドフラミンゴのランダム支給品2
[思考]
基本:デンジを殺す。
0:他の参加者との接触を念頭に行動。ポイントを取るにせよ、デンジの居場所を聞くにせよ。
1:デンジの殺害を優先。その仲間たち(アキ、マキマ)も殺す。
2:マキマに要警戒。マキマ対策に協力できる手駒も欲しいところ。
3:ポイントを貯めて脱出する時にじいちゃんも生き返らせる。
[備考]
※参戦時期は少なくとも4巻28話でコベニに斃された後。



※死滅跳躍の結界内において、現状の黙示録の課題に人数制限、時間制限、失敗した際の罰はありません。

※黙示録は現在五つの課題を出しています。

【走者"ナプターク"の捕獲】
【報酬 走者"宮薙流々"の所在】

【走者"サムライソード"の討伐】
【報酬 支給品"天羽々斬"の所在】

【走者"カゲメイ"の討伐】
【報酬 追加点20ポイント付与】

残り二つは不明です。


前話 次話
第一回放送 投下順 ノゾミ・カナエ・タマエ
第一回放送 時系列順 ノゾミ・カナエ・タマエ

前話 登場人物 次話
禁書 花奏すず
禁書 夜桜六美
禁書 伏黒恵
運命の悪戯のあとしまつ サムライソード


最終更新:2022年12月18日 23:43