映画館ではお静かに ◆Il3y9e1bmo



映画館の一室。
二人の男女が席に並び座り、映画を鑑賞していた。

小太りの男、坂本太郎はポップコーンとコーラを片手に映画をぼんやりと眺めている。
感情の読めない丸眼鏡の奥では、隣でこれまた映画を眺めている謎の美女、マキマへの警戒心を滲ませていた。

館内には映画『呪術廻戦0』の音声以外には、坂本が時たまコーラを啜ったりポップコーンを頬張る音のみが流れていた。

暫くしてエンドクレジットが流れ終わると、マキマは憮然とした様子で立ち上がり、坂本の方へ向き直った。

「うーん、あまりにもエンタメに寄り過ぎてて中盤から終盤にかけて退屈でしたね。テーマもありきたりで演出も派手」

どうやらマキマにはお気に召さなかったようだ。上映中も退屈そうに何度も背伸びをしていた。

「……そうか。俺は娘にも勧められるいい映画だと思ったが」

「ところで先程――映画が始まる前でしたか、ここまでの死亡者の名前が読み上げられました。
 その際、僅かに手が震えていましたが、もしかして知り合いの方が亡くなったとか?」

「…………」

坂本は黙して語らない。

朝倉シン。
ついこの前まで自分を慕ってくれていた青年の死は、長い間殺しの場を離れていた坂本の心に想像以上に深く突き刺さっていた。

「話を戻しましょうか。『呪術廻戦0』についてです。映画の出来はともかく……夏油傑、でしたか。
 彼は我々が死滅跳躍に巻き込まれた際にルール説明を行っていた男と同一人物のようです。坂本さん、ここまではいいですか?」

「……ああ」

坂本は短く頷き、同意を示す。

「なぜあの映画に実在する人物を登場させたのか、今はまだ理由は不明ですが、それ以外にいくつか分かったことがあります」

「……ほう。何だ?」

坂本の問いに対し、マキマは人差し指を口元に当ててにっこりと微笑んだ。

「それはまだ貴方には教えることはできません」

坂本とマキマの間の空気が微かにヒリつく。

「理由を教えましょうか? 私はまだ貴方が信用できない。信用できない人間に易々と情報を渡してもいいことは何一つありませんから」

いけしゃあしゃあと言ってのけるマキマに対し、坂本は彼女のその豪胆さ――いや他人の心に対する無関心さに舌を巻く。
交渉で大切なのは誠実さである、とは言ったものだ。今のところマキマは誠実に交渉に臨んでいるが、それは結局他人の考えに興味が無いためである。

「……なるほど。ではどうすればその"信用"を得ることができる?」

簡単です。私の犬になってください、とマキマは微笑んだままそう言った。

「意味が分からん」

坂本はマキマから危険な匂いを感じ、殺気を滲ませた。
和紙に墨汁を零したかのように、どろりと二人の間の空気が歪んでいく。

すると何を考えているのか、急にマキマがグロック19をホルスターから抜き、坂本に突きつけた。
坂本は座ったまま微動だにしない。

「すみません、もうすぐ私の"仲間"がここに入ってきます。彼に場を引っ掻き回されるのも嫌なので、強硬手段に出させてもらいました」

だがやはり坂本は微動だにしない。
呼吸をするたびに頬の肉がぶるんぶるんと揺れてはいるが。

「なるほど。やはりこれでも屈服しませんか。流石ですね」

「……そんなに仲間に来られるのが嫌なら、変えるか? 場所を」

坂本が突如片手に持っていたポップコーンの箱を握りつぶした。
箱に入っていたポップコーンたちは行き場を求め四方八方に散らばる。
それがマキマへの目くらましになった。

坂本はコーラをドリンクホルダーに置くと、瞬時にマキマのハンドガンを解体し、その流れでポケットからサバイバルナイフを取り出して彼女の首元に突きつけた。
あまりに洗練された流麗な一連の動作に、流石のマキマも反応することができない。

だが、悪魔という超常的存在であるマキマにこの程度の攻撃はあまり意味がなかった。
彼女は微笑んだまま、自身から首にナイフを押し当てていった。
大量の血液が飛散し、坂本は思わず身を引いてしまう。

「ええ、そうですね。場所を変えましょうか」

次の瞬間、マキマの姿が二重にブレた。
超高速で移動したマキマは坂本の襟首を掴み、地面に引きずりながら映画館の壁をブチ抜いていく。

最終的に二人がたどり着いたのは映画館の隣に建設された雄英高校グラウンドであった。
周りには身を隠す場所も武器として利用できる道具も存在しない。サバイバルナイフも引きずられた際に取り落としてしまった。

「……少し、話をしましょう」

全身に切り傷や打撲の痕を作った坂本を地面に投げ捨てながら、マキマは話を切り出す。

「私は、死や苦痛の存在しない世界を作りたいんです」

「……?」

坂本は突飛もないことを言い出したマキマに対し、怪訝な表情を浮かべる。
しかし、マキマはあくまで真剣であった。その目は初恋の相手を夢想する少女のようにも見えた。

「突然の話で混乱するのも当たり前ですが、私にはその『力』があります。
 ……この死滅跳躍からから脱出さえできれば、貴方の大切な人さえ生き返らせられるような力が」

ですから私と手を組みましょう、と悪魔は坂本へ語りかける。

「50ポイントを獲得してここから出ましょう。坂本さんのお知り合いだけではなく、この戦いで死んでいった全ての人の『死』をなかったことにすると約束します」

土煙の立ち込める中、マキマの双眸が蠱惑的に輝く。

「いや、熱弁のところ悪いが、俺は『死や苦痛の存在しない世界』なんてものはお断りだ」

坂本はエプロンに付いた埃を払いながらゆっくりと立ち上がった。

「……ほう、それまた何故でしょう?」

マキマは納得がいかないといった様子で眉根を寄せた。
そんな考えの人間がこの世に存在するのか、といった面持ちだ。

「俺はアンタが信用できない。信用できない人間に易々と情報を渡してもいいことは何一つない」

坂本は先程マキマが言ったセリフをそのまま引き合いに出してそう答えた。
その表情は丸眼鏡に隠され、上手く読み取ることができない。

「これは一本取られましたね。――では、力で屈服させましょうか」

暫し二人の間に静寂が流れる。
雄英高校の上空を飛行していた一匹の小鳥が羽を散らし、それがゆっくりと地に落ちた時、戦いの火蓋は切って落とされた。

マキマは人差し指を坂本に向け、ぱん、と指鉄砲を撃ち出す。
危険を察知した坂本は咄嗟に地面を蹴りつけその場から逃げる。
やや遅れて、坂本が先程まで立っていた場所の地面が円状に抉れた。

「なるほど。これに対応しますか。では、次はもう少し早くいきますよ」

マキマは両手を指鉄砲の形にすると、再び坂本に向けて撃ち続けた。二丁拳銃だ。
坂本は一度距離を取って何か武器になる物を調達しようとするが、マキマの左手の銃がそれを許さない。
右手の銃が本命で坂本を狙い、距離を取ったり逆に不用意に近づこうとすれば左手の銃が牽制のように飛んでくる。

(……銃の使い方に慣れている。上手いな)

今のところ、マキマの銃に弾切れは存在しないようだった。
繰り返すが、グラウンド内には身を隠す場所も武器として利用できる道具も存在しない。
現状では、ゲリラ戦に長けた坂本がかなり不利であった。

坂本は体勢を崩しよろめいたフリをして、グラウンドの土を手に握る。

「!」

そしてそのままマキマの顔に向けて投げつけた。

――だが、マキマはその土礫を「見て」から、頭を最小限動かして避けた。
明らかに常人のスピードではない。だが、先程の映画館からの移動といい、事実としてマキマは現実離れした速度で移動する術を手に入れていた。

そう、これは禪院直哉の『投射呪法』である。
マキマは先程の戦闘で屈服させた禪院直哉の生得術式である『投射呪法』を模倣して使用していたのだ。
ただし、マキマには直哉のような天性のコマ打ちセンスは存在しないため使用はあくまで自身のみに限られ、なおかつ重ねがけは難しいようだが。

「ぱん、ぱん」

マキマは執拗に坂本の足を狙って指鉄砲を撃つ。

やがて坂本が演技ではなく、本当に体勢を崩し始めた。
よろめく坂本に対して、マキマは勝利を確信し笑みを浮かべる。

「これが最後通牒です。私の犬になると言いなさい」

地面に腹這いになって肩で息をする小太りの中年男性に、マキマは指を突きつける。
イエスか、ノーか。どちらにせよ配下かポイントが手に入る、そう思った彼女の目論見はあっさりと裏切られた。

「……こんな"怪しいモノ"に頼る気はなかったんだがな」

坂本が懐から取り出したのは怪しげな模様の入った果実だった。
それをそのまま上空に放り投げ、咀嚼。

刹那。何かが大量に燃焼するような音と強烈な熱波がマキマを襲った。

「……誰?」

そこに立っていた男を見、思わずマキマはそう呟いてしまう。そう、今まで小太りの愚鈍さを思わせる体型の商店主、坂本太郎はどこにもいなかった。
食べたものに劇的な美容効果と摩擦係数ゼロの能力を与える悪魔の実『スベスベの実』を食し、見違えるように痩せた最強の殺し屋、坂本太郎がそこにいた。

パァン、と弾けるような音が耳に届き、ややあって自身が腹部を殴られたのだと気づくマキマ。
咄嗟に『投射呪法』を使用し、加速。だが、その超反応を以てしても痩せた坂本を捉えきることができない。

「靴、邪魔だな」

ポイと靴を脱いだ坂本は足裏の摩擦をゼロにし、そのままアメフト選手のようにマキマにタックルを食らわせる。
マキマはグラウンドを飛び越え、先程二人がいた映画館の壁に叩きつけられる。今まさに坂本の攻撃の威力は一つひとつを取っても以前の数十倍に達していた。

「戻ってきたか」

坂本はそう言いながら、手首を鳴らす。

マキマは咳き込みながらヨロヨロと立ち上がった。
白シャツには吐血だろうか、大量の血が染みになっている。

「……どうして皆、私の世界を否定しようとするのかな」

これが、マキマがこの戦いにおいて吐露した唯一の正直な心情だったのかもしれない。

「それはたぶん、アンタが他人を支配しようとするからそう思うんじゃないのか」

坂本がマキマの言葉を受け、独りごちるようにぼそりと言った。

その時、一人の青年が館内から現れた。金髪にガラの悪そうな目つきをした青年だ。

「マキマさァん! パワーが死んだことについてとか色々聞きたいことがあるンすけど!
 ……って、めちゃくちゃ怪我してるじゃないっスか!」

飛び出してくるなりハイテンションに騒ぎ立てる。

「テメェがやったんかァ~~!」

キッと坂本に敵意を剥き出しにすると、チェンソーの悪魔に憑かれた青年、デンジは胸のスターターロープを引こうとした。

「――――デンジ君」

すると、坂本の言葉を受け、何か考え込むような面持ちになっていたマキマがここで初めてデンジを制した。

「私なら大丈夫。デンジ君、行こっか」

「え? でも――」

困惑するデンジをよそにマキマは駐車してあったバイクの無事を確かめ、それに乗り込む。

「行こう」

マキマは飼い犬をあやすようにバイクのサイドカーをポンポンと叩いた。
ちらりと坂本を見つつデンジはそれに従った。程なくしてバイクは滑るように発進し、地平の彼方に消えていく。

「……ふう」

ひとまず脅威は去ったということか。坂本の全身から力が抜ける。
体が重いような気がし、腹部を探ると、いつの間にか体型が元に戻っていた。

「ぬぅ、あの男一瞬で肥えおったぞ。まさか妖の類か……!?」

「ま、まあそういうこともあるんじゃないかなあ……? いや、やっぱりないかも? でも気配は人間だし……」

それを遠巻きに眺める参加者が二人。
鎌倉時代の武将、小笠原貞宗と元男の忍、風巻祭里である。

二人ともデンジを迂回して映画館に近づこうとしていたところ、謎の巨大な破壊音に驚き、外で様子を伺っていたのである。

「しかし、北条時行が死亡したとはな……。貴様の探し人は生きておるのだろう?」

貞宗は思うところがあるような表情を浮かべ、腕を組む。

「ああ、すずなら絶対に無事生き抜いてくれてる。なおさら早く合流しないとな」

決意を新たにする祭里。

「この短時間で12名もが死亡か。全くもって人の業とは恐ろしい」

貞宗は腕を組んだまま嘆息した。そう、ここまで既に12人もの人が命を落としているのだ。
考えたくはないが、そろそろ急いですずを探さなければ最悪の事態もありうる。祭里は身を引き締めた。

「貞宗さん、そういえば映画館だけど――」

「分かっておる。ここまで手酷く壊れてしまったのでは例の"えいが"も見れるか怪しいわな」

ぷいと後ろを向いてしまう貞宗。少々寂しそうなその姿に、楽しみにしてたのか……と自分のせいではないにも関わらず申し訳なくなる祭里だった。

「映画がどうかしたのか?」

「!」

音も気配もなく、いつの間にか坂本が二人の側に立っていた。
動揺し、思わず刀を向けてしまう貞宗と祭里。だが、坂本はそれをいとも簡単にいなし、更に後ろに回り込む。

「……悪い。アンタたちが殺し合いに乗ってないと見込んで話しかけたんだが、驚かせたか」

そんな坂本の様子に二人は武器を下ろす。

「俺の名前は坂本太郎。殺し合いには乗っていない。誰も殺さずにここを出るつもりだ」

「良かった。悪い人かもしれないって思ってたぜ――って、わわっ」

坂本の自己紹介を聞き、ホッとしたからか祭里の腹が鳴ってしまう。
思わず赤面する祭里に、坂本は袋いっぱいのポップコーンを差し出した。

「……俺もさっきめちゃくちゃ不味い実を食ったから口直しにこれを食ってるんだが、二人とも食うか?」

こうして、情報交換の前にモソモソと塩味のポップコーンをつまむ、裏社会に生きる三人組パーティーが誕生したのだった。


【D-3/映画館/1日目・早朝】

【マキマ@チェンソーマン】
[状態]:ダメージ(大・回復中)
[ポイント]:5
[装備]:ゴーグル
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品0~2(禪院直哉)、ランダム支給品1(マキマ)
[思考]
基本:10人殺して『チェンソーマン』と一緒に帰る。
1:???
2:もう一匹犬ができた。ポイントを集めてもらおう。
3:坂本太郎……。
[備考]
※禪院直哉を恐怖心に付け込んで洗脳しました。
※彼にポイントを集めさせて、献上させるルールを作るつもりです。
※『呪術廻戦0』を視聴し、死滅跳躍について何かに気づきました。
※自身の心情について坂本に諭され、思うところがあるようです。


【坂本太郎@SAKAMOTO DAYS】
[状態]:疲労(中)、打撲、切創
[ポイント]:0
[装備]:スベスベの実(食)
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1
[思考・状況]
基本方針:誰も殺さずに脱出する。
1:放送を待って映画を見る。
2:仲間を集める。
3:マキマは危険。
[備考]
※参加時期はラボ編終了以降(原作4巻以降)。
※スベスベの実を食べました。持続時間は短いですが、痩せつつ摩擦をゼロにすることができます。


【デンジ@チェンソーマン】
[状態]:ダメージ(中、回復中)、困惑
[ポイント]:0
[装備]:ヘルメット
[道具]:基本支給品一式×2(デンジ、パワー)。ランダム支給品0~2(デンジ)、ランダム支給品0~2(パワー、武器ではない)
[思考]
基本:パワーを生き返らせてみんなで帰る。そして……。
0:レゼ、いんの? ここに?
1:パワーを殺したのが、マキマさん……?
2:出来れば悪いヤツを10人殺したい。
3:アキのことは、まあ、心配。
[備考]
※闇の悪魔戦前からの参戦です。


【小笠原貞宗@逃げ上手の若君】
[状態]:健康
[ポイント]:0
[装備]:スピードの弓と矢のセット@ONE PIECE
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~2
[思考]
基本:生きて領地へ帰る。
1:とりあえず諏訪大社へ。
2:花奏すずの捜索を兼ねて人の多そうな施設へ立ち寄る。
3:坂本と情報交換を行う。
4:あの”わたあめ”なる甘味はとても美味であった……。
[備考]
※参戦時期は36話後。
※名簿を確認したため、この場に北条の残党(時行)がいることを把握しました。
※自分の時代より未来の参加者がいることを知りました。
※異能の目により縫い目の坊主(羂索)は身体が死人であること。風巻祭里が男であることを感じましたが、今はそれは、気の迷いだと思っております。
※簡単にですが風巻祭里の祓忍のことや現代の知識を知りました。


【風巻祭里@あやかしトライアングル】
[状態]:健康、空腹(小)
[ポイント]:0
[装備]:屠坐魔@呪術廻戦
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~2
[思考]
基本:ずすを守り生きて帰る。
1:しばらくは小笠原貞宗と行動を共にする。
2:すずの捜索のため、人の多そうな施設で情報収集。
3:坂本と情報交換を行う。
[備考]
※参戦時期は73話後。
※自分の時代より昔の参加者がいることを知りました。
※自分が男だと言うことを貞宗には話していません。


『支給品紹介』
【スベスベの実@ONE PIECE】
坂本太郎に支給。超人系の悪魔の実。
効果としては、容姿が美しくなる&摩擦抵抗がゼロになるの2つ。
坂本の場合は容姿が美しくなるというより痩せる効果が主に出ているようだ。


前話 次話
イニシエーション・ラブ 投下順 THE DEVILS AVATAR
イニシエーション・ラブ 時系列順 THE DEVILS AVATAR

前話 登場人物 次話
敬意・涙・チェンソー 小笠原貞宗
敬意・涙・チェンソー 風巻祭里
敬意・涙・チェンソー デンジ
敬意・涙・チェンソー マキマ
敬意・涙・チェンソー 坂本太郎


最終更新:2023年05月31日 23:31