THE DEVILS AVATAR ◆7XQw1Mr6P.
死滅跳躍には、複数の「悪意の化身」が集められている。
他者の価値を知らない世界貴族。
他者へ隷属を強制する支配の悪魔。
他者を本能のままに殺傷する特級呪霊。
どれもこれもが息をするように悪を吸い、発する、穢れた性根の権化たち。
そして、この二人も。
死柄木弔。個性社会の黒幕によって作られた、魔王の器。
カゲメイ。三大妖に数えられる、比良坂命依のオモカゲ。
彼らもまた、人間社会から生まれ落ちた悪意の化身だった。
そんな二人は今、自らを上回る悪意によって殺し合いの場に集い、そして無惨な屍を朝日に晒している。
その傍らに、一人の華奢な女が立っていた。
この死体を作り出した下手人、レゼ。
その身を「爆弾の悪魔」へと化生する武器人間。紛うことなき、生ける凶器である。
冷たい表情で死体を見下ろすこの女に、犯してしまった殺人行為に対する後悔の念などは微塵もなかった。
そも、この二人は殺す気で襲ってきた以上は防衛としての弁は立つが、それをふまえたとてだ。
これだけ冷たい眼差しで他殺体を見つめる彼女に、正常な倫理観があると期待する者はいまい。
この冷たい顔こそ、さる大国の非人道的な行いによって生み出された顔。
ただ標的へ向け投下され、着弾し、炸裂するだけの。
冷徹無慈悲な鉄仮面。麗しき爆弾の皇帝(ツァーリ・ボンバ)の尊顔。
彼女もまた、「悪意の化身」と呼べる存在だった。
もしこの顔を、すぐ近くで眠りこけている少年が目撃していたなら、きっとひどく戸惑い、混乱しただろう。
先ほどまで楽しく(少なくとも少年の主観では)談笑していたこの女が、他者の死に対して特にこれといった感慨を抱いていない様子であることに。その落差、温度差に。
志を同じくする仲間を思いやりながら、万象への破壊を渇望することもあろう。
人類への報復を誓いながら、人間社会の営みを楽しむこともあろう。
それでも彼ら/彼女らが「悪意の化身」足り得る。何故か。
その一因として挙げるべきは、悪意の表出に躊躇いが無いこと。
敵とみれば全霊を持って排除し、都合が悪いとみれば手段を択ばない。
苛烈な態度で他者を陥れ、非情な振舞いで徹底的に傷つける。
自己を第一として他を軽んじ、目的遂行のために利用する。
「悪意の化身」たちは総じて、他者に対する関心が一般人のそれに比べて薄い傾向がある。
より正確に表現するならば、他者に対しての関心のパラメータが自身にとって"有用か否か"に偏っているのだ。
そんなレゼであっても、唐突に聞こえてきた不意の声に対しては"有用か否か"の尺度を持ちだす余裕もなく、ただ純粋な驚きの発露を隠せなかった。
リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴン
リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴン
「!?」
突然聞こえてきたそれは頭上からのもの。
とっさに見上げたレゼは、自分の上に小さな虫が飛んでいるのを見つけた。
虫が、リンゴンと喋っている。
一瞬唖然としたレゼが我に返り、虫を黙らせようと手を伸ばす。
だが虫はその手をすり抜けるようにレゼの目の前へと降下し、話しかけてきた。
「よぉ、俺はコガネ。走者(プレイヤー)と黙示録(アポカリプス)を繋ぐ窓口さ!!」
目の前に迫って来た虫を反射的に払おうとしたレゼは、その言葉に振るいかけた腕を止める。
「……窓口?」
「走者(プレイヤー)レゼ! オマエは課題(クエスト)を達成して報酬を受け取る権利を得た!
だからオマエが望むなら、俺が黙示録(アポカリプス)の元へ案内するぜ!」
顔の前でくるくると、中空に円を描いて飛ぶコガネ。
突然現れた物体にあっけにとられているレゼは、それを二周、三周と目で追って――――素早く手を伸ばし、コガネを鷲掴みにした。
ウゲェッ、と苦しそうな声を上げるコガネだが、それに掛けられるレゼの声は冷たい。
「コガネ、アポカリプス、クエスト……。急に言われても訳がわからない。説明して」
「グ、グゲゲ。ア、ア……――――、【黙示録(アポカリプス)とは、意思を持つ本型の古代遺物(アーティファクト)です。】
【黙示録は走者に対し課題(クエスト)を提示し、達成者には報酬を与えます。】
【課題の達成者には式神・コガネが憑き、黙示録の元へナビゲートします】」
先ほどまでのフランクな口調から一転、機械音声じみた無機質なアナウンス。
しかしその発言が終われば、コガネの口からは再び苦悶の声が漏れ出した。
その点についてレゼが問えば、「さっきのは課題システムについて説明するアナウンスだぜ」とコガネの弁。
語調、内容、振舞い、どれもこちらへの害意は感じられない。
レゼは少し考えて、コガネを解放することにした。
「私がクリアした課題って、なんのこと?」
拘束を解かれたコガネは慌てたようにレゼの頭上、手の届かないであろう辺りまで飛び上がる。
もっとも、レゼの跳躍力であれば届かない距離では無いが、それはともかく。
わざとらしい咳き込みを何度かして、小さな体を震わせてから、羽虫は再びレゼの目の前へ降りてくる。
「【走者"カゲメイ"の討伐】
【報酬 追加点20ポイント付与】」
冷静さを取り戻していたレゼの顔に、再び心底の驚愕が浮かぶ。
追加点20ポイント。さっきの戦闘で得た10ポイントと合わせれば30ポイント。
ルール追加が可能な状況。脱出のための50ポイントも現実味を帯びてくる領域。
「どうする? 黙示録の場所へ案内しようか。それとも現在地点だけ教えて、目障りなら消えていようか。
おまえが報酬を受け取るまでは、呼ばれれば俺はいつでも出てくる。道に迷ったり黙示録が移動すればアナウンスすることもできるぜ」
「……柔軟に対応してくれるんだね」
ずいぶんと自分に都合の良い話である。
ここまで都合が良いと、却って素直に信じられなくなるのが人情というものだ。
降って湧いた幸運に後先考えず飛びつけるのは、よほど欲に目が眩んでいるか、心が幼すぎる者くらいのもの。
自分に都合のいい話を鵜呑みにする、そういう輩を純粋とは呼ばない。
殺し合いの最初に主催の男が語り掛けてきたときと同じ、聞く者を無条件で信じさせるような言霊が、コガネの言葉にも宿っているのを感じたとしても。
「じゃあ、早速案内して」
だが、レゼはあえてそこから一歩踏み出した。
周囲に散らばった死者の支給品から手早く目ぼしいアイテムを拾い集め、行動を開始する。
その直前、一瞬だけ、レゼの視線がある地点で留まった。視線の先には、眠る善逸の顔。
(もし本当に30ポイントも手に入るなら、殺し合いに乗ることの意味は俄然増す。
そんな私と一緒だと、善逸君にも迷惑だろうし、ね)
実際のところ、レゼの心に善逸を思いやる気持ちがどれだけあったかと言えば、さほど無い。
長々と聞かされた自慢話の内容からして、人格の面で扱いにくいのは確かで、正直長く行動を共にしたくはないタイプ。
とはいえ、本人の善性に対しては率直な好意を持っていた。
自分を気遣い、守ろうとした善逸に対しての、感謝の念。
感謝の念があるからこそ、レゼは考える。
善逸と行動を共にすれば、殺し合いに乗るという選択肢を取りにくくなる。
まだ心が決まったわけでは無いが、同行者に忖度して行動を縛られることをレゼは嫌った。
善逸に迷惑がかかるというのも本心ではあるが、有体に言えば、自分の都合を優先したのだ。
感謝していると言っても、その程度のことだった。
【H-3/市街地/1日目・早朝】
【我妻善逸@鬼滅の刃】
[状態]:気絶、疲労(中)、複数箇所の打撲(大)
[ポイント]:0
[装備]:アキの刀@チェンソーマン
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:死なない。獪岳に事の真相を確かめ、自分のやるべきことをやる。
1:獪岳のことは自分一人で決着をつける。
2:出来れば炭治郎とカナヲとは合流したい。
3:レゼは放っておけない。
4:無惨、上弦には警戒。
5:れ、レゼちゃんが人を……!?
[備考]
※レゼとの情報交換は一先ず表面的なことに留まっています
・・・
最初の放送が会場に響く、その少し前。
鬼ヶ島、ドクロドーム屋上。
戦闘狂ファンを一蹴する麦わら帽子の青年に、衝撃を受けた太陽と恋緒。
つかの間の自失から復帰した二人は、何の打ち合わせをすることも無く即座に青年との接触へ動いた。
目的は、麦わら帽子の青年の脅威査定(スレットアサスメント)。
二人を相手にあれだけ一方的な暴威を振るったファンが、逆に一方的なまでの実力差で全く相手にされていないような、それほどの戦闘力。
そんな力の持ち主が、殺し合いに対してどんなスタンスをとっているのか。
接触に伴う危険を承知で、早急に知る必要があると二人は考えた。
杞憂、という言葉がある。モンキー・D・ルフィという人物像を知り得る者から見れば、この状況はそれに近いと言えるだろう。
確かに桁外れの戦闘力を目撃し、その力が無差別に振るわれることを危惧するのは自然な思考だ。
しかし実際は、二人が承知したと思っている"接触に伴う危険"など、吹けば飛ぶような程度の軽いものでしかない。
よほど気難しいか鬱屈した性根の者でもない限り、麦わら帽子の青年――ルフィが醸し出す人たらしの雰囲気を前に、緊張感を保ち続けるのは困難なのだから。
だが。
「ルフィさんも殺し合いに乗っていないなら、一緒に行動しませんか。
俺たちと仲間を集めて、一緒に殺し合いを止めてください」
「え、いやだ」
「「えぇ!?」」
短時間の会話でもありありと伝わってくる、気のいいお兄さん感。
そんな暖かいオーラ全開のルフィに、早くも気を許しつつあった太陽と恋緒だったが。
てっきり二つ返事で了承されるかと思っていた同行の誘いを拒絶され、二人は驚きの声を上げた。
「おれは鬼ヶ島から離れられねェんだ。ここで待たなきゃいけない奴らがいる」
「待たなきゃいけない奴……?」
「仲間と、敵だ」
死滅跳躍の場に放り込まれ、仲間と引き離されたとて。
名簿にその名前があった時点で、"麦わら"のルフィは自身の役割を確信している。
――――手ェ組もう!! 「同盟」だ!!
――――カイドウの首はおれが貰うぞ!!!
この場にいない、幼き同盟相手との約束がある。
目指す山巓がいかに険しかろうと、道中楽しむが信条とはいえど。
その頂、約束の履行が目の前にあるというのに寄り道が出来るほど、ルフィは人の心がわからない男ではない。
「カイドウはおれが倒す。あいつは放っておけねぇ」
「いや……放っておけないなら尚の事、動くべきなんじゃ?」
「この鬼ヶ島はカイドウが根城にしてた場所だ。
そんであいつは、縄張りを荒らされて知らんぷりするような海賊じゃねェ。
カイドウは、ここに戻って来る」
未踏の地に好奇心が抑えられない質でこそあれ、この場は呪いの箱庭。殺戮儀式の祭壇、死滅跳躍。
主催によって押し込められた世界は窮屈であると理解していたし、いずれは悪意も企みも本人も、全てまとめてぶっとばすと決めてはいるが。
先に決めたことを曲げることはしない。20年もの間、時の止まったままの友達(ダチ)の国を、これ以上待たせておけない。
他にカイドウを探し回るアテが無い以上、考えるより動くが常の海賊は、珍しく"待ち"の選択をする。
だからこそ、目覚めてから他の場所には目もくれずに鬼ヶ島へ直行。
空腹にも耐えて、待ち人の到来をこの場で待ち続けていた。
もっとも、それらをわかりやすく説明が出来るほど、ルフィという人間は口が上手くない。
百獣海賊団がワノ国にもたらした災禍。
"麦わらの一味"とワノ国家臣団の友誼。
五番目の皇帝と四皇がぶつかるという事件の意義。
そしてなにより、地上最強の生物の危険性と、わずかでもそれと接触できるの確率が高いであろう鬼ヶ島という場所の重要性。
それらを何一つ知る由もない太陽と恋緒は、ルフィとカイドウという人物の関係が険悪であるということまでしか読み取れない。
とはいえ、その事柄について口にする眼差しの真摯さを前に、二人の背筋が自然と伸びる。
焦点のブレない真っすぐな視線は、敵を見据えて離さない。逸らさない。逃がさない。
生来の陽気さを抑え、持ち前の朗らかさに蓋をする好青年の、覚悟の現れ。
これを間近で見てしまえば、両者の因縁は対決失くして解消されることは無いのだという深刻さだけは、わかる。
それでも、せめて夜桜邸までの道中だけでも同行できはしないかと。
あれやこれやと言葉を尽くし、なんとか同行してはもらえないかと説得する二人。
そうこうしてる間に放送が聞こえて、犠牲者の名が読み上げられ、参加者たちへの嘲笑に怒りを煽られて。
そして放送を聞いたその上で、ルフィが険の増した表情を浮かべつつも頑としてこの場を離れることを譲らなかったことで、太陽と恋緒は説得を諦めたのだった。
・・・
即戦力の勧誘に失敗した太陽と恋緒は、ドクロドームの屋上から正規のルートで降りていく。
せめて見送りくらいはすると、ルフィを伴って島の縁へ向かう、その道すがら。
「これから朝男とコーロギはどこ向かうんだ?」
「夜桜邸です。名簿に載ってる夜桜さんたちは皆、太陽さんの知り合いで信用できる人だそうなので、まずはその人たちとの合流を目指して」
「あ、朝男……」
自分につけられた"あだ名"に居心地の悪さを感じてか、なにかぶつぶつ言ってる太陽の代わりに恋緒が話を進める。
「夜桜んちって島の南東だよな。伏男も図書館の方に行くって言ってたから、ひょっとしたら会えるかもな!」
「伏男?」
「おう」
「……伏黒さん? 伏黒甚爾さんのことですか?」
「いや、伏男は恵だよ」
「???」
話がどうにも要領を得ない。
よくよく話を聞けばルフィが出会った伏黒恵は男性であるらしい。
放送で主催から名指しで煽られていた二人の人物、その一人。
恵という名前から女性であろうという先入観があったが、どうやら太陽や恋緒と同じ年ごろの少年だそうだ。
「じゃあ、二人の伏黒ってやっぱり親族、なんですかね? ルフィさんはその辺のお話って」
「どーだろな。おれは聞いてねぇや」
「……とりあえず、ルフィさん。伏黒さん二人いますし、伏男ってのはよしといたほうが……」
「あー、そうか?」
ルフィは人の名前を覚えない。
別に覚えようともしていないわけでもないが、本名を覚えようが間違って覚えようが、結局は自分が呼びやすい名前で勝手に呼ぶ。
敵だろうと略称で呼ぶし、味方だろうと本名に掠りもしないあだ名をつけてしまう。
これが敵であれば呼び名などこちらの勝手だが、さすがに味方から苦情がくれば呼び名を改める、その程度は筋を通すのがルフィだ。
「……メグミン?」
「ぶふっ」
そのあだ名のあまりの気安さに噴き出してしまう恋緒。
隣で苦笑する太陽は先ほどの朝男ショックから、顔も知らない恵少年への勝手なシンパシーを強めている。
本人の与り知らぬところで勝手にあだ名をつけられ、勝手に改められている伏黒恵には少し同情するが。
こうした談笑も束の間に、ドクロドームの外部へ続く扉が見えてくる。
それを抜ければ、島外へと伸びる橋は目の前だ。
「まぁいいや、じゃあウニ男によろしく言っといてくれ!」
「あだ名そっち選ぶの!?」
「……そういう髪型してるのかな」
そうして二人と一人は分かれることとなった。
凶器が放置されていやしないかと立ち寄った鬼ヶ島。
そこで出会った青年は、二人がこれまで出会った強者の中でも上澄みの上澄み。
行動を共にすることこそ出来なかったが、共に殺し合いの破壊を志すならば、いつか必ず手を取れる強者。
その存在を知れたことに、二人は少なくない満足感を持って、扉へと足を進めていた。
そして、ふと気が付く。
閉じられた扉の手前に、何かが落ちているのが見えた。
よくよく目を凝らしてみれば、落とし物ではない。
ドーム内部の底面がわずかに隆起している。
「太陽さん、あれ」
「待った」
戦闘を含め、不測の事態への対応に劣る自覚がある恋緒が傍らへ声をかける。
しかし待ったをかけたのは、踵を返し二人の後ろに追いついたルフィだった。
地面の隆起は少しずつ、ただし確実に大きさを増している。
何かが飛び出してくるのは明白。それはそう長くはない未来。
想定すべきは殺し合いに乗っている危険人物。あるいはそれの息のかかった事象。
なんにせよ警戒しないわけにはいかない。太陽は恋緒を庇いつつ、己が得物を握り込んで――。
「危ねェ!!」
「うわっ」
「キャアア!?」
前触れなく、背後の青年に抱え上げられた。
反転する視界にドクロドームの天井が流れ、ルフィが二人を抱えて後退したことを太陽は悟る。
その寸前、太陽は視界の端にナニカを捉えていた。
(鎖鎌……?)
後退したルフィに地面へ降ろされ、二人は先ほどまで自分たちがいた地点に振り返る。
太陽が想起したものと、実際の物は異なった。だが的を得てもいた。
そこにあったのは、二人が立っていた足元から伸びた二本の触手。
その先端は、確かに鎌を連想させる刃の鋭利な輝きを放っている。
明らかに殺傷を目的として生成された、それは確かに肉の鎖鎌。
そして扉の手前、地面の隆起が爆ぜた。
砂利を巻き上げ土塊を跳ね上げ現れたのは、二メートルはあろうかという背丈の鎧武者だった。
「っ、なんだアイツ……!?」
襲撃者を目視し、ルフィが慄く。
戦慄はあとの二人も同様、あるいはそれ以上か。
鬼の如き形相が象られた面頬に不気味さを感じたこと。
巨体の鎧武者が地中から現れたという状況への戸惑い。
そういった常識的な理由は確かにあれど、最も目を引く鎧武者の異常は、具足の隙間から伸びる無数の触手のこと。
二十はあろうかというそれらは不規則に揺れて空を掻きむしり、風切り音を立てている。
縦横無尽を体現する凶器の嵐を纏い、鬼の面頬越しに睨みつけてくる眼差しを見つければ。
それらの切先がこちらへ向けられるのは時間の問題であると、否が応でも理解させられた。
襲撃者の纏う不穏な雰囲気に対して、真っ当に警戒心を引き上げる太陽と恋緒。
一方、二人を庇う立ち位置のルフィの胸中には、警戒よりも強い嫌悪感が沸き上がっていた。
見聞色の覇気。
生物の感情や意志を読み取りるこの力を修めた者は、周囲の生物の気配を感じ取ることや、相手の行動を先読みすることが可能となる。
先刻、ドクロドーム屋上にて、拳鬼ファンの攻撃を避け続けることが出来たのも。
たった今、地中より振るわれた奇襲から、太陽と恋緒を守ることが出来たのも。
海賊"麦わら"が夢の果てへ至るため身に着けた研鑚の賜物によるものだった。
その鍛えられた見聞色が、異物を検知した。
「邪魔をするな、山猿。そこの虫けらは私の点だ」
鬼の面頬の向こう側で、男が語り掛ける。
それは対面するルフィに対する、理不尽で傲慢な悪意の表明。
しかし言葉以上に、ルフィの見聞色の覇気は男の精神状況を顕然と読み取る。
複数の殺気。複数の鼓動。
――――留まることを知らない悪意。
「――――っ!」
鍛えすぎた見聞色は、近い未来さえも見通す。
音を越えて振るわれた高速の鞭、都合七閃。
それらに対応できず、首と胴が泣き別れになる少年少女の光景(ヴィジョン)。
それを認識すると同時、ルフィは二人を即座に担ぎ上げた。
肩の上から二人の戸惑いが伝わるが無視する。
この襲撃者はヤバいドクロドームの奥へと駆け出した。
・・・
襲撃者―――鬼舞辻無惨の怒りは、百万分の一ほどの陰りも見せてはない。
最初の夜の内に必要数の得点を確保できなかった時点で憤懣の限界を超えていた。
それでもまずは、目の前の問題を順番に解決しなくてはならない。
身を滅ぼす日光から逃れるため、屈辱を飲み込んでミミズのように地中へ潜り、また憎き主催の男からの施しである支給品にも手を付ける。
曰く【不壊】などと誇大な謳い文句の鎧は、無惨本来の体格には合わないものではあったが、内部に潜り込み日の光から身を護るには具合が良かった。
更に重ねての安全策として地中を潜行。
これによりひとまずの安息を得た無惨であった。
そうして次なる標的と安息の地を求めてやってきた鬼ヶ島だったが、ここでも無惨の怒りに油を注ぐ輩が現れる。
麦わらの男。
奇襲により無惨の手中に収まるはずだった二つの命を救ってみせ、追撃すれども触手の隙間をスルスルと逃げてゆく様はまるで"心を読まれている"かのようで。
本来は笑顔を絶やさない好青年が頬をひきつらせているだけ十分に状況は深刻であると、見る者が見ればわかるのだが、無惨の目には眼前を鬱陶しく飛び回る羽虫としか見えていない。
どいつもこいつも。
どいつもこいつも、だ。
この殺し合いに巻き込まれてから、何度目かわからない苛立ち、憤り、激しい怒り。
いくら暴れても、いくら罵声を浴びせても、状況は一向に前進しない。
激情のあまり視界が赤く染まる、などという次元はとうに過ぎ去り。
もはや視界から一切の色が失われつつあるほどの境地。
透明な世界とは正反対の、暗く滲んだ白黒の中で、無惨はもがき苦しんでいる。
そうして、何度目かの攻撃が躱され、何度目かの罵声を叫びかけた、その時だった。
リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴン
リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴン
「え!?」
「なんだァ!?」
道化の如く底抜けに陽気な声は、前をゆく麦わらの頭上からのもの。
麦わら本人に加え、抱えられた小娘どももその突然の出来事に戸惑う様子に、怒り心頭の無惨にもわずかばかりの疑問が生じる。
「よぉ、俺はコガネ。走者(プレイヤー)と黙示録(アポカリプス)を繋ぐ窓口さ!!」
麦わらの頭上に現れた羽虫が口にしたそれは、先ほどの放送でも聞いた謎の単語に纏わる話らしい。
「走者モンキー・D・ルフィ! オマエは課題を達成して報酬を受け取る権利を得た!
だからオマエが望むなら、俺が黙示録の元へ案内するぜ!」
「……なんだこの虫!」
「ル、ルフィさん気を付けて! こいつ今、主催が言ってた黙示録って……」
「すんげェ~~! 喋る虫だァ!」
「ルフィさん!?」
走る速度は微塵も緩めないものの、我慢続きの好奇心が僅かに漏れた。
ウソップが見たら喜びそうだなァと、この場にはいない仲間のことが脳裏に浮かんだのもあるかもしれない。
わずかに表情が明るくなった麦わらが、好奇心のままに羽虫――コガネへと質問を投げかける。
主催の言っていた課題。それを意図せず達成した人物には、黙示録への案内役があてがわれるのだと言う。
「おれがクリアしたクエストってなんだ?」
「【走者"朝野太陽"の捕獲】
【報酬 会場全域に"帳"の展開】」
「帳ィ? なんだよそれ」
「"帳"ってのは呪術師が扱う結界のことさ!
今回の報酬で展開される"帳"の効果は、太陽光を遮断―――」
見聞色の覇気は、他者の意識や気配を察知する。
複数の脳と心臓を抱える無惨の気配は常人のそれとは極端に異なっている。
そして、無惨は紛うことなき悪意の化身であり――生存本能の怪物である。
常に他者を害する思念が渦巻くその胸の中で、一際黒く輝く原初的な本能に駆られた、いわば発作の如き反射速度でもって。
その状況を端的に述べるとするならば。
モンキー・D・ルフィの無意識(好奇心)を、鬼舞辻無惨の無意識(生存本能)が上回った。
・・・
「え?」
ルフィの頭を挟んで、隣に担がれていた太陽の姿がない。
その事実を恋緒の脳が受け付けるまで、およそ十秒の時間が必要だった。
太陽が担がれていたルフィの左肩は、皮膚が剥がれて血が噴き出していた。
コガネの話に夢中になり、見聞色の集中を緩めたこと。
攻撃の先読みが適わなかったとしても、未来視を使っていれば回避は出来たであろう状況をルフィは直感で理解。
それでも、すれ違う直前に攻撃の気配を察知しわずかでも身をよじったおかげで、ルフィの手傷は肩の"かすり傷"に留まっている。
それでも、ルフィは苦悶の表情で傷口を抑え、前を見る。
ルフィと恋緒の前方。
一瞬にして二人を抜き去り、太陽を掠め取った鎧武者――無惨。
その頭上に、再びコガネが現れたところだった。
「よぉ、俺はコガネ。走者と黙示録を――」
「無駄口を叩くな、疾くと答えろ。この状態でも捕獲状態と見做すのか」
「…………――――。
【捕獲クエストの原則として、捕獲対象の生存が満たされない場合はクエスト失敗となります】
【クエスト挑戦者に同化、吸収された場合においても捕獲対象自身の意識があり、かつ可分であれば捕獲状態として認められます】」
「やはり生け捕り限定か、煩わしいことこの上ない……。報酬の履行が確認でき次第喰らってやる」
「あ……がっ……」
出来の悪い加工が施されたモンタージュ写真のように、その光景はまるで現実味が無かった。
無惨の纏う鎧の腹部が露出し、その部分に少年――太陽が埋まっている。
肉が同化する際には凄まじい腐臭がするのだと、恋緒はこの時初めて知った。
太陽の顔中に浮き出た血管は、彼の身体に尋常ではない負荷がかかっていることを物語っている。
極めつけに、遠く離れた距離からでもかすかに聞こえる破砕音は、彼の体内の骨が歪められ、今もなお砕かれ続けていることをありありと想像させた。
捕食、されている。生きたままで。
しかも、しばらくは食べ残しとして生かされることが確定していた。
「コガネ、黙示録の所在を言え」
「【黙示録の現在地点、F-7。図書館の会議室です】」
F-7。その場所を示され無惨の顔が面頬の奥で歪む。
そこは無惨が殺し合いの渦中にて、最初に手痛い反撃を喰らった場所であることは、この場において他に知る者はいない。
「この、てめェ……!」
肩口の激痛に悶えながら、ルフィが咆える。
かつて毒人間との対戦を経て身に着けた、あらゆる毒物への耐性。
それは鬼の血液という、ある種の生物毒に対しても有効であったらしい。
あるいは、すれ違いざまのかすり傷で注入された血液が少量であったことも、不幸中の幸いであったか。
それでも攻撃直後に神経を蝕む毒の刺激は流石に堪えた。
「口を開くな猿。私にはやることが出来た。私の得点を妨げた報いはそのあとだ」
憤怒の視線なぞ、それこそ腐るほど浴びてきた。
あの狂気の集団、鬼狩り共が鬼を見る目と何ら変わらない。
こちらの命に欠片ほども影響しない視線。何億束ねようと陽光の代わりになるでもなし。
直後、鎧武者が跳ね跳ぶ。
全身の筋肉を動員しての跳躍はルフィたちを跳び越え、ドームの扉前に開いた穴へ飛び込んだ。
この間、約十秒。
「……コーロギ、追っかけるぞ」
「あっ……」
―――そして、ようやく状況が飲み込めた恋緒の頭が動き出す。
「で、でもルフィさん。ここでカイドウを待つって……」
「言ってる場合かよ! 今追っかけなきゃ、朝男殺されるぞ!!」
このままでは、殺される。
さっきまで隣にいた人が、殺される。
目の前に迫った初めての"他人の命の危機"に、恋緒は身震いする。
この会場のどこかにいる、すずや祭里たちを心配する気持ちは、常に強かったが。
それとは一線を画す、より一層現実味を帯びた危機感。
今になって、震えが止まらない。
それでも、ルフィの身体にしがみつくようにして、体の震えを抑え込む。
「助けに行くぞ!!」
「は、はいっ!」
肩に担いでいた恋緒を背中に背負い、ルフィは駆け出す。
ドクロドームの外はすっかり明るくなっていたが、今の二人には限りなく暗い朝日だった。
【G-5/鬼ヶ島/1日目・早朝】
【モンキー・D・ルフィ@ONE PIECE】
[状態]:右肩負傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品0~2
[思考]
基本:殺し合いをぶっつぶして元の世界に帰る。
1:朝男(太陽)を助ける。
2:鎧(無惨)の異常な思考や気配に困惑。
3:サンジと合流し、カイドウを倒すため、鬼ヶ島で待つ。
[備考]
※参戦時期は鬼ヶ島突入直前
※肩の傷から注入された無惨の血液は少量だったため、持ち前の抗体で事なきを得ました。
血液を大量、または継続的に注入された際にも抗体が有効であるかは不明です。
※見聞色でレゼの存在を認識していたかは、以降の書き手さんにお任せします。
【香炉木恋緒@あやかしトライアングル】
[状態]:ダメージ(小)、恐怖
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1、SBB(スーパーボール爆弾)@SAKAMOTO DAYS(残弾3/5)、標準的な内容の工具箱
[思考]
基本:祓忍として、こんな殺し合いは見過ごせない。
1:ルフィさんと一緒に、太陽さんを助けなきゃ……。
2:結界の突破手段を模索する。
3:祭里くんやすずさんが心配。
4:皮下真って人とカゲメイには最大限警戒。
5:太陽さんの為に何かしらの武器は作ってあげる。
6:もしかしたら会場内に私の店があるかもしれない?
[備考]
※太陽とお互いの情報を交換及び共有し、夜桜家や開花等の知識を得ました。
【鬼舞辻無惨@鬼滅の刃】
[状態]:ダメージ(大、再生中)、疲労(中)、激怒、憎悪、ほぼ全裸、腹部同化、コガネ憑き
[ポイント]:10
[装備]:不壊の鎧@アンデッドアンラック
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品0~2
[思考]
基本:10人殺す。願いを叶える。
1:黙示録の報酬"帳"の実態を確認する。
2:袈裟の男(羂索)も殺す。
3:自分にポイントを献上しに来ない配下の鬼共、どうしてくれようか。
4:先ほどの連中(アキ、シン)とあの中華風の男(シェン)は絶対に許さない。
5:鬼ヶ島の麦わらたち(ルフィ、恋緒)は後で殺しに行く。
6:ポイント譲渡のルール追加を行いたい。
[備考]
※産屋敷邸襲撃前より参戦。
※シンはまだ生きていると思っています。
※七海によって身体をバラバラにされ、なんとか形だけは復元しました。
能力は以前よりかなり劣るようです。
※腹部で太陽と同化しています。
抵抗を防ぐため骨を折り血を送り込んでいますが、無惨自身がその気になれば健康体にして分離することもできる段階です。
※【走者"朝野太陽"の捕獲】【報酬 会場全域に"帳"の展開】の条件を満たしています。
黙示録との接触で、会場の全エリアに太陽光を遮断する"帳"が展開されます。
【朝野太陽@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:意識朦朧、ダメージ(大)、骨折(全身の六割)、下半身同化、無惨の血液注入
[装備]:形状不定合金『鬱金』@夜桜さんちの大作戦
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:六美や家族の皆を守り抜いて帰還する。
0:???
1:今は恋緒と共に行動。祭里やすずの事も探しつつ夜桜邸へ。
2:皮下とカゲメイは警戒。
3:凶一郎兄さんは……うん、大丈夫だな!
[備考]
※参戦時期は銀級試験合格後。
※恋緒とお互いの情報を交換及び共有し、祓忍や妖等の知識を得ました。
ただし恋緒に夜桜家の根幹に関わる秘密は話していません。
※半身を無惨に同化されています。
・・・
一連の出来事を、レゼは物陰から見ていた。
自分以外の課題達成者の存在。
襲われた少年たち。
異形の鎧武者。
興味をそそられることこそあれ、いずれの状況においてもレゼが身を乗り出すことはなかった。
あの危険人物が黙示録と接触するのはリスクが高い。
懸念すべきは黙示録の独占、下手をすれば破壊され報酬を受け取る機会を永久に失うかもしれない。
殺し合いに乗るか否かに関わらず、アレとは出来るだけ関わらないか、さもなくば早急に処理すべきだろう。
まずは一路、F-7へ。
あの麦わらの青年よりも早く、あの鎧武者よりも先に、黙示録と接触を目指す。
チューカーのピンを抜き、再び爆弾の悪魔へと姿を変えた。
【レゼ@チェンソーマン】
[状態]:疲労(中)、裂傷(大・回復中)、爆弾の悪魔化
[ポイント]:10
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~2(レゼ)、ランダム支給品1(死柄木弔)、ランダム支給品1~2(カゲメイ)
[思考・状況]
基本方針:デンジに会う。
1:黙示録の元へ
2:マキマには警戒
3:ルールの追加か、殺し合いに乗るか
[備考]
※善逸の話を聞いて両者の世界が違う世界だと気づきましたが、詳しい情報交換は行っていません。
※【走者"カゲメイ"の討伐】【報酬 追加点20ポイント付与】の条件を満たしています。
黙示録との接触で、20ポイントが付与されます。
【支給品紹介】
【不壊の鎧@アンデッドアンラック】
無惨に支給。
否定者【不壊】によって作られた鎧。
2メートルほどの大柄な作りのため着用者を選ぶ。
【黙示録の課題について】
課題を達成したキャラクターには死滅跳躍の式神「コガネ」が憑きます。
コガネは課題の達成者に報酬を提示し、黙示録の在処まで案内します。
課題に関する質問には答えますが、どの程度の内容まで答えるかは不明です。
最終更新:2025年08月11日 22:05