英雄は往々にして幼少期に逸話を残すものある、そしてそれは、レースの世界の歴史に名を刻み、駆け抜けるウマ娘にも同じことが言えるだろう。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセンと呼ばれる中でも中央と呼ばれるここ、府中トレセンには、日本における最高峰のウマ娘が集うことは周知の事実である。そんな学園は今年、ある噂によって賑わっていた。
「そのウマ娘が走った入学試験レースの敗者は皆、入学を辞退した。」「ライブの試験では後光が見えた」
さながら天使のようだな、とシンボリの名を冠する彼女もその時までは、そう思っていた。
入学式も終わり桜の花が散り始めた頃、一週間後に模擬レースを控えた日、そんなトレーナーにとっても、生徒にとっても大事な時期に、とある噂が立った。
「よぉちんちくりん、最近ここで流行ってる噂、知ってるかぁ?同級生の誘いを断って、先輩にだけ併走を頼む新入生がいるって話よ、全く寂しいことだねぇ」
「人の名前を間違えないでいただきたいなパストラル。私達はまだ成長期なのだから身長なとほうっておいても伸びるさ。それよりいいのかい?君にお熱な子も大勢いるようだがその相手をしなくて」
そう私に話しかけてきたのはパストラルというウマ娘だ。ギザな物言いが特徴でそれ故に一部の同級生の間では絶大な人気を誇っている。
「こっちもトレセン学園生なもんでね。後で併走してやるよつって撒いて来たんだよ。そんなことよりほらあの噂さ、あれ、こないだまで噂になってた天使様のものじゃないか?」
「成程ね、それでは私は同門の先輩とトレーニングがあるので失礼するよ」
そう言って私は彼女の前から走り去った。全く、天使などと眉唾物だな、一度その天使様とやらに会ってみたいものだ。
グラウンドについた私は、早速先輩のもとに向かった。でも、そこには一人、先客がいた。
「併走をお願いしてもよろしいでしょうか」
「済まないが私には先約があってね、おお、来たかレクイエム」
こいつか、噂の天使様とやらは。そのウマ娘の姿を見やる、なるほど、天使と言われるだけはある。
「ご紹介に預かりました、シンボリレクイエムといいます。あなたの名前は?」
「…サクラグローリア、です。私が声をかけると同級生のみんなは行ってしまうので。」
「…そうですか、あなたが。申し訳ありませんがルドルフ先輩にはー」
先約がある、そう言おうとした私にひとつ、妙案が浮かぶ。
「いいでしょう、このシンボリルドルフ会長に併走を頼む度胸に免じて、一週間後、私が走ってあげましょう。ただし模擬レースで、です。私が勝てば今後こういったことは控えるようにお願いしますよ。」
「そんなふうにおめぇさん一週間前に言ってたよな、で調子はどうよ」
「死角はありません、完璧な状態です」
浮足だった他の大勢には目もくれず私達はそれぞれ準備をしていた、もちろん彼女も同様である。
「栄光の桜、ねぇ。お手並み拝見といこうじゃないか」
油断はできない。知ってか知らずか、ルドルフ先輩にも併走を頼んだのだ、なにかあって当然だろう。
ちなみにパストラルは一着だったらしい
私達の番が来たゲートに入って息を整える、スタートまであと−
「っ!」
少しばかり悪寒がしたが気のせいだろう
スタートを華麗に決め、無事先方につくことができた、今の所体力に問題はない。レースは終盤に差し掛かる。先頭に躍り出ようと一歩踏み込んだところで−
わたしの横を嵐が突き抜けた
来たか、サクラグローリア!
彼女に追いつくために私はより一層、足に力を込めたなのに、彼女の脚はレースのが終わるまで一度も緩むことはなかった。
「はは、」
乾いた笑いが納得と共にこみ上げてきた。
その後も私は奴に勝つことはできなかった。まったく、それにしても何が天使だ、むしろアレは災害といったほうがいいだろうに。
そんな奴も結局自分には勝てなかった。
中山の地で春の嵐とともに桜は散った。
あの日から一年、また春が来た。
だが英雄の業績は、栄光として人の記憶に閃光の如く残ることはできても、世界そのものを変えられない。
いつだって歴史を積み重ね、世界を変えてきたのは思いを受け継いだ名もなき者たちだ。
絶対なる皇帝にも、天頂の最輝星にも、神聖なる栄光にも、名優にも、わたしは成ることができなかった。
私が私である限り、私は私でしかないのだから。
だからこそ、私の価値は本物だ。それゆえに、この気持ちは誰にだって譲りたくない
奴が帰ってくるその日まで私達は私達の価値を証明し続ける。君だってそうだろう、パストラル。
私を呼ぶ声がする、私を求める声がする
ならば私は奏でよう。黄泉に送ってしんぜよう。
「さぁ、レースを始めようか。」
中山にいま、一つの音が鳴り響いた
                                
