「くーちゃんごめんね。遅い時間に付き合わせちゃって…」
「気にするな、私も静かな時間に入りたかったんだ」
「気にするな、私も静かな時間に入りたかったんだ」
ひそひそと話しながら、温泉を目指して月明かりの中を進む。
くーちゃんはいつも私のことを綺麗だと言ってくれるけど、私はくーちゃんの方が可愛いと思うんだけどな。
もっと背が伸びたらいいのにって気にするほど低いわけじゃないし、そのくらいの身長の方が可愛いお洋服が似合うと思うの。
整えられた黒い髪はツヤツヤだし、お昼から夕方に色が変わっていく空のような目も綺麗。
整えられた黒い髪はツヤツヤだし、お昼から夕方に色が変わっていく空のような目も綺麗。
私は、背も、他にもその…おっきいのは目立っちゃうみたいで。レースやライブではいいけれど、普段から注目されるのはちょっぴり苦手。それで、温泉に行くのは人が少なくなってからにするねって言ったら、くーちゃんもついてきてくれることになった。
そんな優しいくーちゃんだけど、レースではまるで別人になる。オーラっていうのかな?肌がヒリつくような威圧感を出して、絶対に誰も追い付かせまいと走るくーちゃんの背中は、とても大きく見える。
本気で走らなきゃ、一瞬でも気を抜いたら追いつけない。追いついて、追い越したいと思う。
本気で走らなきゃ、一瞬でも気を抜いたら追いつけない。追いついて、追い越したいと思う。
そんな、私がトレセン学園に入学してはじめてできたお友達。
グローリアは、小さくて可愛い、色とりどりのボトルを取り出しては、鏡の前にからころと並べている。これはお顔用、これはボディソープ、こっちはシャンプー、トリートメント、パック、オイル、こっちはしっぽ用……面倒じゃないのか?ときくと、毎日はしないよぅ、と花が綻ぶように笑う。これは週に1回、こっちは3日に一度。それらを除いても十分に…多くないか? 
「毎日きちんとしている方が安心するの」
基本を大事にしているのは、私がサクラグローリアを好ましく思う理由の一つだ。レースに向けてのトレーニングもそう、基礎的な内容の繰り返しだ。
それが美容に向かうのをみると、こういうところはいかにも女の子って感じがする。
それが美容に向かうのをみると、こういうところはいかにも女の子って感じがする。
グローリアは日焼け止めを塗るくらいで、いつもはすっぴんで過ごしている。元々の顔立ちも当然あるだろうが、それだけではなくて、日々手間暇をかけているからこその美しさなのだなぁ、と感心する。
不意に、ふわりと甘い匂いが広がる。
「美味しそうな匂いだな」
「はちみつの香りだよ。つかってみる?」
「ありがたいが、遠慮しておこう」
「そっか。…くーちゃんいつも、お菓子作りは香りが命って言ってるもんね」
「味覚と嗅覚は近いところにあるからな、菓子作りでも、丁度良いタイミングは匂いで判断する必要がある。特に餡子は…」
「はちみつの香りだよ。つかってみる?」
「ありがたいが、遠慮しておこう」
「そっか。…くーちゃんいつも、お菓子作りは香りが命って言ってるもんね」
「味覚と嗅覚は近いところにあるからな、菓子作りでも、丁度良いタイミングは匂いで判断する必要がある。特に餡子は…」
そんな話をしながら私は洗い終わったのだが、グローリアはまだまだ時間がかかるようだ。
鼻歌を歌って何かを泡立てている彼女を残して、先に露天風呂へ行くとするとするか。
鼻歌を歌って何かを泡立てている彼女を残して、先に露天風呂へ行くとするとするか。
「よぉ、シンボリの」
「君も来ていたのか、パストラル」
「君も来ていたのか、パストラル」
グローリアに負けず劣らず、端正な顔立ちと豪快な走りで老若男女から人気の高い同期だ。
この人からはいつも爽やかな匂いがするなと思う。草原のような…むしろ、雨上がりの森を散歩したような匂いか?
この人からはいつも爽やかな匂いがするなと思う。草原のような…むしろ、雨上がりの森を散歩したような匂いか?
そんなことを考えていると、黄緑色に煌めく瞳がこちらを覗いた。
「お前さんさ、なんであのレースにしたんだ?
グローリア嬢もオレも居ないレースなら、どこでもぶっちぎって勝ったろうに」
グローリア嬢もオレも居ないレースなら、どこでもぶっちぎって勝ったろうに」
あぁ、メイクデビューの話か。
ルドルフさんのように無敗の三冠ウマ娘になる道は早々に途絶えた。メイクデビューでグローリアと同じレースに出たからだ。
入学してすぐにグローリアと一緒に走った模擬レースでは惨敗だった。
しかし、限界を越えるほどの走り、命を振り絞るような勝負によって、世界がひっくり返った気がした。
こんな気持ちは初めてだった。
しかし、限界を越えるほどの走り、命を振り絞るような勝負によって、世界がひっくり返った気がした。
こんな気持ちは初めてだった。
ルドルフさんもテイオーも、未熟な今の私に対して本気で走ってはくれない。
こんなレースができる相手は他にいない。
こんなレースができる相手は他にいない。
もう一度、彼女と走ってみたい。
今度は絶対に抜かされまいと思っていたのに、金色の嵐は轟々と背中に迫ってきて……私は再び敗北した。
それでも、次もグローリアと走りたくて、とうとうティアラ路線まで追ってきてしまった。
今度は絶対に抜かされまいと思っていたのに、金色の嵐は轟々と背中に迫ってきて……私は再び敗北した。
それでも、次もグローリアと走りたくて、とうとうティアラ路線まで追ってきてしまった。
酔狂な奴だな。
シンボリレクイエム。黙っていればなかなか可愛い顔をしているものの、レース中の気合入った様子はぶっちゃけ怖い。あのシンボリルドルフ会長様から目をかけられているようだが、こっからまだ伸び代があるとなると、末恐ろしいや。
シンボリレクイエム。黙っていればなかなか可愛い顔をしているものの、レース中の気合入った様子はぶっちゃけ怖い。あのシンボリルドルフ会長様から目をかけられているようだが、こっからまだ伸び代があるとなると、末恐ろしいや。
そしてそのシンボリがご執心なのが、サクラグローリア。天使のようだと評判の可憐で儚い雰囲気と裏腹に、ものすんごい末脚の持ち主。
レースでは最後の直線までピッタリ後ろに付けられて、轟音を響かせながらあり得ないくらいぶっちぎられる。
レースでは最後の直線までピッタリ後ろに付けられて、轟音を響かせながらあり得ないくらいぶっちぎられる。
こいつら2人揃ってカワイイ詐欺かよ。あ、オレも入れて3人か。
タイトルを獲るためならできればお手合わせ願いたくない相手だが、強い相手がいない勝利になんの価値がある?勝負事は難しいもんだねぇ。
「そんで、クラシックの期待を蹴ってこっち来たわけ。お熱いねぇ」
「そういう君はどうしてティアラ路線を選んだんだ?」
「んーと。……彩Phantasiaを歌いたくて?」
「そういう君はどうしてティアラ路線を選んだんだ?」
「んーと。……彩Phantasiaを歌いたくて?」
そう嘯くと、目をぱちぱちさせて、君は本能スピードのような曲の方が似合いそうだと思うのだが、と言う。こいつぁまたこういう余計なことを…。
「レクイエムちゃんひっどーい!アタシにカワイイのは似合わないってわけぇ?」
わざとらしく拗ねると、そういう意味では…とわたわたする。そんな顔が面白くって、
「お手製のきんつばご馳走してくれたらぁ、許してあ・げ・る」と言ってみると、随分慌てたようだ。
わざとらしく拗ねると、そういう意味では…とわたわたする。そんな顔が面白くって、
「お手製のきんつばご馳走してくれたらぁ、許してあ・げ・る」と言ってみると、随分慌てたようだ。
「なぜそれを!?!?」
え、趣味:お菓子作りなのも、ついでに趣味:美味しいものを食べることなのも、まさかバレてないと思ってたのか?学園内でも割と有名だぞ。
というかさっきも餡子の話してたじゃねーかよ。
というかさっきも餡子の話してたじゃねーかよ。
「それ、外ではあまり言わないでくれ。
私が、その…食い意地が張っているみたいで、恥ずかしいじゃないか」
私が、その…食い意地が張っているみたいで、恥ずかしいじゃないか」
耳をぺしょんとさせてこちらを見上げる、そんな様子がカワイくて、ついつい吹き出してしまった。
「あれ、ラルちゃんも来てたんだ」
「グローリアぁ。助けてくれ」
「グローリアぁ。助けてくれ」
どうしたんだろう?くーちゃんをよしよししてあげる。すぐに機嫌を直したようだ。よかった。けんかしてたわけじゃないのね。
同じくティアラ路線を争う仲間とはいえ、3人でゆっくり話すのは初めてかも。色んな話をした。
ラルちゃんは学外の友達とバンドを組んでいて、芸能事務所からデビューの話もあったらしい。けれどラルちゃんがレースとバンドを両立できるようにと、今はインディーズとして活動しているみたい。
ファン感謝祭のステージに出たいな、って言っていた。そうなったら応援に行くね。
ファン感謝祭のステージに出たいな、って言っていた。そうなったら応援に行くね。
くーちゃんはきんつばに対するこだわりを語った。
よくわからないけど、お菓子作りは繊細なんだね。
シンプルな材料のメニューこそ素材やタイミングや質量や、うーんと細かいことが大事なんだとか。そう言われると、不器用な私にお菓子作りはできないかも。くーちゃんはすごいなぁ。いつも美味しいのをお裾分けしてくれるから、私も何かお礼にあげたいんだけど。
よくわからないけど、お菓子作りは繊細なんだね。
シンプルな材料のメニューこそ素材やタイミングや質量や、うーんと細かいことが大事なんだとか。そう言われると、不器用な私にお菓子作りはできないかも。くーちゃんはすごいなぁ。いつも美味しいのをお裾分けしてくれるから、私も何かお礼にあげたいんだけど。
私は、最近のことをきかれて、編み物をしている話をした。まだまだ不器用だけど、綺麗につくって私のトレーナーさんにプレゼントしたいなって思っていること。寒い外でのトレーニングで風邪をひいちゃったら大変だもの。マフラーと手袋は必要だよね。とびきりあったかいのにしたい。喜んでもらえるといいな。
そろそろ戻ろっか。
そうだな。
湯冷めしねーようにな。
そうだな。
湯冷めしねーようにな。
ふと見上げると、都会ではなかなか見られない満天の星空が広がっている。
なんだかたまらない気持ちになって、両隣にいる二人の手をぎゅっと握った。
なんだかたまらない気持ちになって、両隣にいる二人の手をぎゅっと握った。
「二人とも」
驚いたように、優しく、振り返る大事なお友達。
私のライバルたち。
私のライバルたち。
「いつか大きな舞台で、一緒に走ろうね」
ターフに立てば、私たちはライバルだ。
お友達だからこそ、不甲斐ない走りはしたくない。
お友達だからこそ、不甲斐ない走りはしたくない。
きっとこれから何度もぶつかることになる。
レースには勝者がいて、敗者がいる。
私たちもこれから変わっていくかもしれない。
星々がいつかは燃え尽きるように、変わらないものはない。
レースには勝者がいて、敗者がいる。
私たちもこれから変わっていくかもしれない。
星々がいつかは燃え尽きるように、変わらないものはない。
それでも今感じている友情や決意を
この景色ごと栞にして胸に留めたいと思った。
この景色ごと栞にして胸に留めたいと思った。
私たちは、一緒に見上げた星空をずっとずっと忘れないだろう。
                                
