それはお買い物の帰り道。暖かい日差しが降り注ぐ、初秋のことだった。
 少し早めに夕食の買い物を済ませて、家路をのんびり歩いていると、大きな木の根元に、一匹の黒い猫が寝そべっているのが見えた。
 思わず近寄ってそばにしゃがみこむと、その猫は逃げるそぶりも見せずに、私を見上げて、にゃーと一声鳴いた。

 それがクロとの出会いだった。


 私が弾くピアノの音が室内に響いている。クロは、窓際に寝そべってうたた寝をしている。かと思えば、音が途切れると不思議そうに顔を上げて様子を伺うので、もしかしたらちゃんと聞いているのかもしれない。

 最初にクロと出会ってから、四つの季節が過ぎた。秋、冬、春、夏、そして、今はまた秋。
 あの出会いの日。クロは何が気に入ったのか、私の後をとことことついてきた。あまりに可愛いので、餌をあげているうちにほとんど飼い猫のようになってしまった。ただ、今でもふらりと外に出かけることは多い。半野良のような状態で、クロは私と一緒にいる。

 「あー、なかなかうまくいかないよぅ」
 呟いて、私はクロの元へいき、その体を抱き上げた。ひなたぼっこのせいか、クロの体は温かく、お日様のにおいがする。ちょっと迷惑そうにクロが鳴いたけど、かまうものか、ひざにのせてなでてやると、仕方なさそうにまた目を閉じた。

 「気の向くまま~進む足取りで♪青い風をつれてく~る♪…ん、これでいいのかな。もうちょっと…ねえ、クロ、今、黒の歌作ってるんだよ。これでいいか教えてよ」
 そんなふうに話しかけてみたのだけれど、クロは知らん振りをして目を閉じたままだ。
 「にゃーとか、みゃーとか言ってよぅ」
 無視。
 「ちぇーっ」
 クロをひざからおろして、私もごろんと横になる。ピアノと小さい机、小さい本棚が置いてあるだけの部屋。ここで私は時々歌を作る。小さい部屋には日差しがあふれていて、私はうっとりと目を閉じた。そのまま眠りへと引き込まれていく。


 クロとの日々は続く。クロは猫らしく自由きまま、あちこちへ行って、時々はくもの巣を頭に張り付かせていたり、喧嘩でもしたのか、怪我をして帰ってきたり。


 ある日のこと。
 打ち合わせが長引いて、私は夜遅くに家に帰ってきた。
 「あれ?」
 どんなに遅くなっても、たいがい塀の上で待っていてくれるクロの姿が見えない。
 「どうしたんだろう?月夜のデートかしら?」
 不思議に思いつつ、私は家のドアをあけて中に入った。
 「明日になれば帰ってくるよね」

 でも、それ以来クロは帰ってこなかった。三日がたち、一週間がたち、一ヶ月がたっても。

 私の手元にはクロのために作った、クロの曲と、たくさんの思い出だけが残った。

 きっとクロは夜空の星になってしまったのだろう。

 「気の向くまま~進む足取りで♪青いかぜをつれてく~る♪君に会えたことが宝物~♪同じ、この季節の中で~今も♪」

 くちずさむと少し切ない気持ちになる。きっとずっと忘れない。クロとすごした日々のことは。



















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 忙しくなってくると、なぜか小説が書きたくなります。今回は遊佐未森さんの曲「クロ」から書いてみました。「みんなの歌」でも流れていた曲です。機会があれば聞いてみてください。



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最終更新:2006年10月12日 23:11