67-241 やさしい雨

 ざざぁ。と学校が終わって放課後。
 お疲れさまでした、また明日。
 さて、帰りましょう。そうしましょう。の一歩手前。
 私は恨めしげに空を睨みつけていた。
 今日は、午後から雨だった。
 雨はあまり得意では無かった。
 いい事もあったがわるい事もあって、正直に言うと私にはまだ割り切れない。

 朝……ちゃんと晴れていたのに。
 今朝は学校に行く前に新聞で今日の天気を確認した記憶がある。
 降水確率は30%未満だったはずだ。
 いつもは傘を忘れたりもしないし、置き傘だってちゃんとおいてある。
 だがいつもの傘は天気予報が、置き傘のビニール傘は何者かによって連れ去られてしまった。
 むぅ。と眉根を寄せて傘入れを睨みつけた。
 まだまだ沢山の傘達は出立を待っていたが、出番を待ち続けている筈の相棒の姿は無い。
 自然と口がとがってしまう。
 子供っぽい。と自覚しても直す気は起きなかった。

 ……私が男子高校生だったなら。
 ちょうどそこに居る二人組のように「行こうぜー」なんて、まるで意味の無いかばんの傘で、はしゃぎながら走って帰るのに。
 ……やれやれ。
 この前の雨から復活してしまった口癖が口からぽろり。
 まったく。……雨だよ。
 意外と呟いてみると悪くない気分だった。
 でもそれとコレとは別問題な訳で。
 濡れる事は嫌では無いけれどこの前の件でしばらくは遠慮したかった。
 そして、理由はもう一つ。
 本当に面倒だが学校から帰る時ですら濡れる事を危惧しなければならない。
 女の子は大変なのだ。

 しばらく玄関をうろうろ。
 立ち止まったり、歩いたり。我ながら忙しない。
 ……ここでの歩数を全部足したら今頃家に着くのではないだろうか?
 ……否定できない自分が悲しい。
 でも、帰りたいと切に願ってる訳でもないから強行突破に踏み切れない。
 目的意識、帰る理由、有り体に言えばどうでも良かったんだろう。
 そんな事を10分も続けただろうか。
 私は足を止めてつぎつぎに何処かに足を運ぶ生徒達をぼぅ。と眺めていた。

 ……疲れた。
 今、うろちょろしていた事ではなくて。
 本当の私にしか分からない事がもやもやしていた。
 はぁ。と、こころの内側から頭の先まで貫くようなため息。
 もういっその事、全てをかなぐり捨てて強行突破でもしてやろうか。
 それとも祝詞でも詠えば雨が止んでくれるだろうか……
 某聖人のように海を裂くように雨が自分を避けているのを想像してみた。
 たまらなく、シュールだ。
 くいっと片側の口の端が上がった。

 もしくは、……そうだな。
 王子様のお出迎えなんてどうだろう。
 大きな傘を持ってきて、にこにこ笑いながら来てくれる私だけの王子様。
 迎えに来たくせに傘を一つしかもって来ないおちゃめさん。
 多分、それを指摘しないであろう私はもっと愚かなんだろうけど。
 そんなくだらなくて、儚くて、ちいさな夢を見ながらふっ、と息をついた。
 あがった口角は下がって心なしか唇がとがった気がした。
 ああ、青春してるなぁ。なんて思いながらぼぅっと相棒の居ない待機所を眺めたりした。

「ごめん。遅れて」
 どくん。と心臓が跳ねた。
 慌てて振り返る。

 振り返る中で色々な事が頭をぐるぐると回った。
 たぶん。今までの人生で最高の速度と密度で回転したのではないだろうか。
 最初に浮かんだのは疑問だ。
 なんで? どうして? どうやって? 誰のために?
 答えはでなかった。顔が熱い事だけが気になった。
 そのあと浮かんだのは、間違いなく幸福だった。
 ふわっ。と突然体中に広がって。全部、全部、しあわせで私をみたした。

「おっそーーーい。マジありえないんだけどーー」
 声が後ろから聞こえた。

 全部、全部、固まって、落ちた。

「いや、本当に悪いって!」
「……ま、いいけど。来たし。傘もって来たん?」
「いや、傘売り切れててこれしか無かったんだよ」
「はぁ? つかえねー。ま、行きましょうか。……俗にいうなんちゃら傘ってのも乙じゃない?」
「ははっ。そうだな。……でもお前には似合わないよ。それ」
「はぁ? なにー喧嘩うってんのぉ?」
 ごめんごめんと謝る男の子。笑顔が人懐っこかった。
 二人は喧嘩しているようで、ずっとずっと笑ってた。
 男の子は女の子に傘を寄せて、女の子は男の子にぴったりくっついて。
 ずっとずっと楽しそう。

 男の子は彼に似ても似つかない。
 髪の色も声も身長も。
 ただ笑った顔は、彼が、そう笑ってくれたらいいなって。そう思える位には魅力的だった。

 ……帰るか。
 柄にもなくイラついて、恥ずかしくて。
 無駄に時間を過ごした気がして。
 現実は私に厳しくて。
 いつも誰でも救ってくれなくて。
 私はいつも一人で。
 濡れて帰らないといけなくて。
 知識を入れただけの頭じゃ胸の中の荷物は大きすぎて。
 ちっぽけな私のてのひらじゃ支えきれない。

 でもそんな重さが心地よくて。
 捨てるか。捨てないかだったら即答できる位に。

 もうぐちゃぐちゃだった。

 気が付いたら全身がびしょ濡れだった。
 ……前にもこんな事あったなぁ。

 笑ってみた。
 大声で。
 おなかを抱えて。
 おかしそうに。
 これ以上の楽しみは無いって位に。
 大口開けて。
 じゃないと。目と胸の熱さに負けてしまいそうだったから。

 自然と雨にはもう負けないと決めていた。
 だから、この雨は私の敵じゃない。
 その大きなてのひらでちっぽけなわたしを冷やしてくれる。
 やっと、認めることが出来た。
 痛みじゃなくて、熱さじゃなくて、恋と認めた。
 恋を知った痛みを癒してくれる。

 やさしい雨だ。
 ちっぽけな私じゃ支えきれないこの思いを一緒に支えてくれるやさしい雨だ。
 ぐいっと。顔をぬぐった。すぐに顔が雨粒で濡れた。
 私の雨は隠れた。
 だから。
 にっこりと笑ってみた。
 心がぎしぎしと軋む音がする。

「私は……彼が好きだ」
 呟く。走る。笑う。
 叫んだ。

「私は。彼が好きだ!」
 ざあっ。と雨が強くなった。
 私は負けない。雨には負けない。
 もう敵じゃない。
 だって敵はもう雨なんかじゃない。
 敵はこの雨を降らす神様だ。
 叫んだ。
 大声で。
 喉がびりびり震えた。

「お前なんかに、彼はやらないからなぁ!」
 ざぁっ。と急に雨は強くなって次第に止んだ。

 口の中だけで、自分を褒めて叱った。
 恋と、認める事が出来た事と。
 何をすべきかわかってしまった事だろう。
 だけど、味方もできた。
 んー。と鞄をつかんだまま右手を挙げて伸びをした。

 私は女の子だけど。
 雨に打たれるのも悪くないなぁって。
 ぴーんと頭の中に電球が光るイメージ。
 私の中の今の気持ちと女の子の折り合いがついたようだ。

 ……学校に今度から傘では無く雨合羽をもって来よう。
 いい事を思いついたので笑った。
 いつもの口をくいっと挙げる笑いじゃなくて。
 さっきの男の子みたいな笑顔で。
)終わり

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最終更新:2012年06月13日 00:17
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