「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
樹海中に麻生の悲しみの雄叫びが響き渡る。
真理を守れなかった。もっと早く自分が真理の下に辿り着くことが出来れば。もっと早くマシーン大元帥を倒せれば。
真理のぬくもりが徐々に両腕から消えていく。それと共に麻生の後悔も深いものになっていった。
だが、悲しんでばかりもいられない。麻生は自分を奮い立たせる。
麻生には夢がある。
真理と約束した叶えなければならない夢が。
「……真理ちゃん」
麻生は真理の身体を腕から降ろすと木を背に、やさしく眠らせる。
「ここで待っていてくれ。君の想いを伝えた後、俺はまたここに戻ってくる」
麻生は拡声器を手に再び丘へと向かった。自分の、真理の想いを再び皆に伝えるため、丘を駆け上る。
だが、丘の頂へと辿り着くより先に、麻生の身体には異変が起こっていた。
「こ、これは……」
ZOとキックホッパーへの変身、ドラス、マシーン大元帥との死闘、それによって蓄積されたダメージと疲労は確実に麻生の身体を蝕んでいた。
意識が朦朧とし、今にも気を失いそうになる。
「伝えなければならないんだ。真理ちゃんの想いを……」
必死に気を保とうとするが、身体には伝わらない。ついに麻生の身体は崩れ落ちそうになる。だが、その瞬間、麻生の身体は何者かに支えられる。
「き、君は……」
その男は右手を頭にかざすと自分の名を名乗った。
「ヒビキです。宜しく、シュッ!」
「ヒビキさん……俺は」
「麻生さん……ですよね。話は聞かせてもらいました。俺も手伝いますよ。闇を切り裂いて、光をもたらすために」
ヒビキの言葉に、麻生は不覚にも涙が流れそうになった。
真理の死は決して無駄ではない。ヒビキのように、共に戦う勇士の心にきっと響いている。
麻生がそれを実感できたとき、失いかけていた意識がはっきりと覚醒していく。
「ヒビキさん、俺をこの丘の頂へ連れて行ってくれ。俺にはまだ、みんなに伝えなければいけないことがある」
「わかりました。思いっきり行きますよ」
ヒビキは麻生を抱え上げると一気に丘の頂へと駆け上がる。
大人一人分の重さを抱えているのにも関わらず、ヒビキの速度は落ちることなく、あっという間に頂へと辿り着く。
「着きましたよ、麻生さん」
「凄い体力だな」
「鍛えてますから」
麻生はヒビキの腕から降りると丘の頂へと立った。陽が昇り切った今ではその場所を照らす光は非常に眩しく、輝いて見える。
「麻生さん」
「ああっ」
麻生は拡声器を手に取り、その想いを吐き出した。
「みなさん、聞いてください。先程……先程、みなさんに希望を訴えた真理ちゃんは命を落としました。
俺が、俺が不甲斐ないばっかりに真理ちゃんは……」
麻生の声に嗚咽が混じりそうになる。だが、麻生は堪えた。今しなければならないことは真理のために泣くことではない。
今しなければならないのはみんなに希望を与えること。
「真理ちゃんは最後に夢の話をしました。夢を持つと、時々凄く切なくなり、時々凄く熱くなる。
そして、真理ちゃんは俺の夢を訊ねました。俺の夢は仮面ライダーとして、みんなを幸せにすること。
俺の夢を聞いた後、真理ちゃんは俺が夢を叶えることを望み、眠るように息を引き取りました。
……俺は自分の願いを叶えます!こんな戦いをぶっ壊して、みんなを必ず救い出します。
だから、真理ちゃんが言っていたように希望を捨てないでください!勇気を持ってください!正しく生きることを諦めないで下さい!」
真理の想い、自分の想い、ふたりの想いをひとつにした麻生の叫びは終わりを告げた。それと同時に気が緩んだのか、麻生は倒れそうになる。
「おっと」
ヒビキは息も絶え絶えにふらつく麻生を支えると、拡声器を取り、締めの言葉を紡いだ。
「みんな、聞こえたか。麻生さんや真理ちゃんが言った通り、諦めるんじゃないぞ。
明日夢!あきら!きっと助ける。だから待っていてくれ」
最後に人助けを生業とする鬼の弟子となったふたりに特別なメッセージを添える。
ふたりならきっと鬼の精神を守ってくれている。そう信じてはいるが、不安であることに違いはない。
そんなふたりを少しでも勇気付けようとしたヒビキの想いは思わず言葉になっていた。
共に自分が訴えたい想いを言葉にした麻生とヒビキ。そんなふたりにパチパチと拍手の音が聞こえてくる。
「素晴らしい演説だったわ」
いつの間にそこにいたのか、女がひとり立っていた。女は手と手を合わせ、ふたりに拍手を送っている。
「やめてくれないかな。別にほめられることをしたつもりはないし」
響鬼はその女を警戒する。訴えに集中してたとはいえ、鬼の自分がこうも簡単に後ろを取られるなんて、普通じゃありえない。
「あんた何者だ」
「そんなに警戒しないで。私は
影山冴子。真理ちゃんの友人よ。たまたま近くにいて、真理ちゃんの声が聞こえたから飛んできたの」
冴子は顔に微笑を浮かべ、答える。だが、どうにも怪しい。
「信じられなくても無理はないわね。こんな状況だもの。でも、信じて……私は武器も持ってないし、変身できるような道具も持ってない。
ほら、ディパックの中も調べていいし、身体検査もしてもいいわ」
冴子は『こんな状況』という言葉を強調すると、ディパックを投げ、両手を上げた。
「ヒビキさん。疑う気持ちもわかるが、俺たちが人を信じられなくなったらお終いだ。冴子さんを信じてやろう」
麻生の言うことは尤もだった。ヒビキは我知らず、この戦いに呑まれていたと考えを改める。
「麻生さんの言う通りだな。冴子さん、済まなかった」
「わかってもらえればいいわよ」
冴子は特に怒った風もなく、投げたディパックを再び手にする。
「そうだ、支給品は見せてもらってもいいかな?役に立つものかも知れないし」
「いいわよ。でも、残念だけどただのカードが一枚きり」
冴子は懐から一枚のカードを取り出す。
取り出されたカードには闇が描かれており、『SEAL』という文字が刻まれていた。
「SEAL……封印って、書かれているから、もしかすると何か意味があるのかも知れないけど」
「今の所はわからないな」
「そうね」
冴子はカードを懐へと戻すと、襟を正した。
「ところで……真理ちゃんはどこかしら」
「真理ちゃんは……」
「死んだのは知ってるわ。でも、せめて手を合わせたいの。例え死んだのだとしても真理ちゃんにはお世話になったから」
どこか遠くを見つめる冴子。真理と冴子がどういう関係だったかは麻生にも、ヒビキもわからない。
だが、真理を想う冴子の姿を見ていると、冴子を信用してもいいように思えた。
「真理ちゃんはすぐ下にいます。行きましょう、真理ちゃんも喜んでくれるはずです」
麻生とヒビキ、冴子の3人は連れ添って、真理の元へと向かう。
「いない……」
しかし、そこには真理の姿はなかった。麻生は響鬼から離れると真理を寝かせたはずの木へと駆け寄る。
間違えるはずがない。
「一体、一体どこに!」
「あれ……」
冴子が指差す先には立ち尽くす女性の姿があった。その後姿には見覚えがあった。いや、忘れられるはずがない。
「真理ちゃん!」
麻生は真理の元へと駆け寄る。麻生の心にともる希望の光。生きていることへの疑問よりも、生きていたことの嬉しさが麻生の心を占めていた。
「真理ちゃん」
真理の肩を掴み、自分の方へと振り向かせる。その顔は間違いなく真理の顔。
「よかった」
嬉しさのあまり、麻生は真理を抱きしめる。だが、麻生はすぐに異変に気付いた。真理の身体は生きているというのにあまりにも冷たい。
「麻生さん……」
真理の肌の色がみるみる色を失っていく。桃色から、白へ。そして、白から灰色へ。
そして、灰色になると同時に身体が少しずつ細かな灰となり、崩れ落ちていく。
「夢お……かな……え……て」
その言葉を言い終わると、真理の身体の全ては灰になった。麻生の手には真理の身体の一部であったわずかな灰と首輪だけが残る。
「うわっ……うわぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ」
麻生が上げる2度目の咆哮。その咆哮は皮肉にもまったく同じ人の異なる死によるものだった。
(お姉ちゃん酷いことするね)
そう思いながらもぼくの心はうきうきしている。
麻生のお兄ちゃんが泣き悲しんでいることも要因のひとつなんだけど、最大の要因は冴子お姉ちゃんがこの状況を引き起こしたことだ。
人間は不要なもの。人間は愛や希望という不確かなものを信じ、論理よりも感情で物事を判断する。そうパパは教えてくれた。
実際、拡声器を使ったお姉ちゃんは愚かだった。このゲームの中でわざわざ居場所を知らせるようなことをすれば、命なんてないってわかりきったことなのに。
希望なんて不確かなものを伝えるために死ぬなんて、本当に愚かだ。
その点、冴子お姉ちゃんはとっても面白い。
拡声器のお姉ちゃんの死を笑い、ぼくとの交渉には物怖じせず応じ、そして、お兄ちゃんたちの心に絶望を与えた。
パパが教えてくれた人間とは正反対だよ。冴子お姉ちゃんならやってくれるかも知れないな。
数十分前、ぼくが冴子お姉ちゃんに持ちかけた取引は、首輪の解除方法を見つけることとぼくが麻生のお兄ちゃんと融合できる場を設けること。
お兄ちゃんとの融合はともかく、首輪を解除方法を見つけるためには化け物の姿は色々と不利だからね。
その代わり、冴子お姉ちゃんにはぼくが持っている情報を全部提供して、冴子お姉ちゃんは殺さないという条件をあげた。
冴子お姉ちゃんは数秒考えたあと、了承した。なぜだか嬉しそうに、ドラスくんとぼくを呼んで。
(ふっふっふっふっ)
本当に面白いお姉ちゃんだ。冴子お姉ちゃんも最後は殺そうと思ったけど、ぼくが神になることができたら生かしておいてあげるよ。
だから、頑張ってね冴子お姉ちゃん。
【
影山冴子@仮面ライダー555】
【1日目 現時刻:午前】
【現在地:樹海C6エリア】
[時間軸]:本編最終話あたり
[状態]:軽度の打撲。2時間は変身不可。
[装備]:なし
[道具]:アドベントカード(SEAL)
[思考・状況]
1:生への執着
2:ドラスくんとの取引にのる。
3:当面は麻生、ヒビキと行動。隙が出来たら麻生はドラスくんに捧げる。
※ドラスから冴子は首輪により変身に制限があることを知りました。また、麻生勝、望月博士の情報を得ました。