君、死ニタモウコトナカレ
「ただいま。」
夢を見ていた。
神崎という男が開く、殺し合いの舞台。
俺は50数名の中の一人。
そして本来あってはならない存在、ジョーカー。
皮肉にも俺はその戦いの場でもジョーカーであったらしい。
傷つき、殺し、そして剣崎と戦った。
不可解な事が沢山あったが、猛烈に嫌悪感が胸を締め付けるような一筋の光も差し込まないような雰囲気。
何から何まで不吉な夢だった。
リアリティがあり、夢だと思わせないような緊迫感。
そして何より、天音ちゃんが人質に取られていたのだ。
神崎という男は狡猾で、約束を素直に守るとは思えない胡散臭さがあった。
あんな殺し合いを主催するような男が約束など守る筈が無い。
だが俺には抗う術が無かった。
ジョーカーとして戦い、そして再度長い眠りに着く。
殺し合いの優勝者は剣崎。
あいつを優勝させる。
絶望の殺戮ゲームは、そうして幕を降ろす筈だったのだ。
だが、夢というのは案外上手くいかないらしい。
早々に剣崎は死に、一筋縄ではいかない連中が勢揃い。
故にジョーカーとしての役目を全うするのも一苦労だ。
幾重もの戦いを繰り返し、やがて心身共に傷ついた俺は目を覚ます。
長い夢を見ていた。
++
気が付くと湖の畔に立っていた。
疲れていたのだろうか、立ったまま眠ってしまっていたのかもしれない。
「…俺らしくも無い。」
何とも間抜けである。自分でも信じられない程、無防備であった。
小さく独り言を漏らしながら湖に目をやる。
太陽の光に照らされ、キラキラと輝く水面。
それはアンデッドである始の心にも響いた。
首に掛けられていたカメラを手に取りファインダー越しに再度湖を見据える。
カシャッ。
シャッターを切り、僅かな微笑みを浮かべると其の場に腰を降ろした。
「良い写真が撮れた。天音ちゃんに見せてあげよう。」
カメラの勉強を始めたばかりの自分に、どれだけこの風景を鮮明に写し出すことが出来るだろうか?
まだまだ未熟だが、カメラの勉強は新鮮で楽しかった。
アンデッドであり、人外である自分ですら心を奪われる。
不思議な感覚だった。
天音ちゃんや遥香さん、そして剣崎。
みんなとぎこちないながら紡いで行く絆は、確かに存在するように思える。
それは人間として生きていきたいと、思える程に。
――そろそろ帰るか。
機材や荷物を纏めて身支度を整える。
不吉な夢を見たせいか、何故だか早く天音ちゃんと遥香さんの顔を見たくなった。
あれは夢だ。
そう思っている筈なのに、何故だか胸が騒ぐ。
――早く帰って写真を見せてあげよう。
バイクに跨り、ハカランダへと走らせた。
++
ハカランダはいつもの通りだった。
客の車は無かったが、元気な天音ちゃんの声が外に居ても聞こえてくる。
思わず表情が緩んだ。
「ただいま。」
意気揚々と玄関を潜り、眼に飛び込んできたものは異様なものであった。
確かに天音ちゃんと遥香さんは居た。
遥香さんは夕食の準備に勤しんでいるらしく、台所で料理に精を出していた。
天音ちゃんはテーブルの上で宿題をやっているようだ。
至って普通の栗原家の光景である。
…二人とも首の上が存在していないという事を除いて。
俺の声に気付いたらしく、二人は俺の方を向いた。
首から上が存在していないのだ。
その光景は違和感を通り越して強烈な程に不気味だった。
「あ、お帰り!始さん!」
嬉しいのだろうか。此方へ駆けてくる天音ちゃん。
近くに来れば来る程、この状態がいかに不気味かが分かった。
首の切れ目、ここには一滴の血も付着していない。
それどころか首の切れ目には吸い込まれそうな程の漆黒が広がっていた。
化け物としか形容しようが無い。
本来なら切断されたなら肉や血が付着し、嫌な話だが生々しい状態になっている筈なのだ。
だが、これはまるで素から存在していないようだ。
そこにはドス黒い虚無の空間が広がっていた。
抱きつかれ、顔を見上げているらしい。
すぐ間近に首無しの天音ちゃんが居る。
強烈な吐き気が俺を襲っていた。
「――あ、天音ちゃん…?」
「なぁに?始さん、どうかしたの?」
いつもの天音ちゃんだ。
やがて奥から遥香さんが顔を出す。
――いや、今の状態で表すなら身体を出す、と言った方が正しいかもしれない。
「ごめんなさいね?天音ったら、始さんが帰ってくるのずっと待ってのよ。」
口ぶりからするに、いつもの遥香さんだ。
「良いの!始さんだって私のこと好きだもんね?」
今にも胃の中の物が溢れ出そうとしている。
気味が悪い。狂っていた。
――何なんだ、この世界は…!?
「私のこと好きだよね?」
「そ、それは…。」
「わたしのことすきだよね?」
「あ、ああ…。勿論…。」
俺は一言言うだけで精一杯だった。
ともすれば口から飛び出しかねない胃液と、恐怖心を抑えるのに必死だったからだ。
「わた こと す だ ね」
「…!」
「そ だね はじ さ 」
「あらあら、あまねったら。そんなにはじめさんのことがすきなのね。」
「――ッ!!」
壊れた人形のように途切れ途切れの言葉を話し、俺にしがみ付く天音ちゃんを突き飛ばした。
思いっきり床に叩き付けられた天音ちゃんの身体が歪に歪む。
背中、腕、足、あらぬ方向に曲がりビクビクと痙攣していた。
「は じ さ 」
「おこらないでね、はじめさん。あまねははじめさんのことがすきなだけなのよ。」
首が無い遥香さんが、台所にあった包丁を手に持った。
ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
俺は恐怖心と威圧感に、ただただ後ろへ後ずさることしか出来なかった。
しかし無限に出来るかと思われた交替も、何かに阻まれてしまう。
――壁…いや、いまや人間とは言えない醜い姿へと変貌してしまった天音ちゃんに、足を掴まれてしまったのだ。
「どこ の じめさ 」
まるで出来の悪いB級ホラー映画のように、あるいは壊れた人形のように。
あちらこちらが折れ曲がり、最早化け物染みてしまった姿。
恐怖心からだろうか、思わず蹴り上げてしまった。
「ぎゃああああああああああ!!」
断末魔の悲鳴が木霊した。
やがて、天音ちゃんはピクリとも動かなくなった。
瞬間的に反応してしまったのだが、直ぐに我に帰る。
「お、俺は…!お、お、おおおおお」
言葉が上手く話せない。
謝りたいのに、何故だ。
「ごごごごめ」
舌が回らない。
頭がフラフラする。
ぼやけていく視界の中で、遥香さんの持っている包丁が胸を貫くのが分かった。
しかし、感触、痛みすら感じない。
何かがおかしかった。
「ははははっはるるるかああさ」
「人殺し。」
思考が闇に飲まれていく。
遥香さんが「人殺し」といったことだけ理解出来た。
そして、身体を滅多刺しにされている。
胸、頭、腕、足…刺される度に血飛沫が舞い、遥香さんの衣服を濡らす。
どれだけ刺されたかは分からないが、最早何も感じなくなっていた。
「「人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し」」
「――――」
地面に倒れていた筈の天音ちゃんも「人殺し」と呪詛のように呟いた。
何の事か思い出せない。
一体俺は何者で、どんな名前であったかも。
「――――」
「お前はもう死ね。」
しにたい。
しなせてくれ。
――もうたくさんだ。
ああ、死とはこんなにも冷たいものなのか。
消えていく思考の中で思った。
「お父さんを返してよ。」
「――返しなさいよッ!!」
俺が殺したのか。
幸せな家庭をを俺が奪った。
何を言われても、何をされても仕方が無い。
お れ ――。
「「 」」
「――」
―――――。
――――。
―――。
――。
++
「
相川始。」
誰かが俺を呼んでいた。
そう、俺の名前は
相川始。
「苦しいか?」
当然だ。
「ならばお前を救ってやる。」
どうやって。
「簡単な事だ。」
――?
堕ちて行った闇の中、男の声が響き渡る。
この声には聞き覚えがあった。
確か…。
「神崎…士郎…。」
何も無い空間の中、崩壊していく自我と世界。
夢の中で現れた男が、何故。
まさかこれも貴様の差し金だと言うのか。
冗談じゃない。
あんな夢はもう沢山だ。
ただでさえ、思い返したくも無い現実に直面したのだ。
もう誰も俺に関わるな。
――俺に触れるなッ!!
「始さん。」
「――!!」
目の前には天音ちゃんが立っていた。
五体満足で。
本当に、何処も変わりようが無い。
「天音ちゃん…。」
圧倒的安堵。
そうか、あれも夢だったのだ。
あんな事が現実にあっては溜まったものではない。
「しゃ、写真撮って来たんだ。綺麗な湖があって…。」
「どうしてくれるの?始さん。」
「…何を言っているんだい…?」
悲しい表情を受かべる天音ちゃんを見つめる。
何かあったのだろうか。
異様な雰囲気は直ぐに察知できた。
どうにも嫌な予感が拭えない。
「お前のせいだ、
相川始。」
神崎が口を挟んだ。
俺のせい?どういうことなのか。
身に覚えが無かった。
「お前がジョーカーとしての役目をロクに果たせない為に…。」
「何だと…?」
それは夢の話だろう。
確かに俺はアンデッドのジョーカーだ。
だがそれと神崎は関係無い。
無論、俺は今の生活を少なからず気に入っていた。
他のアンデッドから見たら、さぞ憎たらしく見えただろう。
天音ちゃんや剣崎と居ると時を俺は心地よく思っていたのは事実。
弁解のしようも無いが。
だがそれを神崎、貴様に言われる筋合いは無い。
胸の中を不快感が占める。
「貴様には関係無い。それとも貴様が統制者だと言うのか?」
「そうだ。」
即答。
何を当たり前の事を、当然と言うように返す。
相変わらず神経を逆撫でするのが上手い。
「笑えない冗談だ。」
「忘れたのか?貴様はこのバトルロワイアルのジョーカーだろう。」
「バトル…ロワイアル…?」
聞き覚えがあった。
妙に胸がざわつく。
バトルロワイアル、そしてジョーカー。
神崎士郎。
全てを悟った。
生まれながらにして戦いの宿命を背負った存在。
忘れる筈も無い。
「そうか…俺は…。」
「始さん、私のこと助けてくれるんだよね?」
ふと傍らに居た天音ちゃんが口を開いた。
とても、悲しい顔をして。
「勿論だよ。必ず助け出して見せる。」
その言葉に偽りは無い。
心からの本心だ。
「嘘吐き。」
だが尚も悲しい顔で、天音ちゃんは言った。
一歩一歩こちらへ近づいて来る。
「嘘なんかじゃない!俺は…!」
俺は決めたのだ、天音ちゃんを守ると。
その覚悟は確かなものだ。
強がりでも誤魔化しでも無い。
「貴様が不甲斐無いせいだ。まともな戦果も上げられずに、必ず助け出して見せるだと?笑わせるてくれるな。」
「不甲斐無い…だと?」
この男に言われるのは腹が立つが、実に覚えはあった。
正規の参加者では無い俺は、戦いを円滑に進める為のジョーカー。
言わば神崎の切り札なのだ。
なのにも関わらず、未だに殺したのは一人だけ。
満足に勝つ事すら出来ていない。
自分としても納得の出来るものでは無いだろう。
心の中にはいつだって、やり切れぬ思いが燻っていた。
「成る程な。つまり殺しの催促に来たという訳か?」
「…。」
神崎は答えない。
「貴様らしい姑息な手だ。」
苛立ちを払拭せんと吐き捨てるように言い放った。
それでも神崎は何も言わず、ドス黒く濁った瞳を此方へ向ける。
いい加減にして欲しいものだ。
「…俺はこのバトルファイトを勝ち抜いて見せる。余計な真似は許さんぞ、神崎。」
剣崎を優勝させる、というのが本心だが今は伏せておく。
「もう遅い。」
「何?」
「栗原天音は殺した。貴様はもう用無しだ。」
笑えない冗談だ。
天音ちゃんなら横に居る筈。
この男のこういうところに一々苛々させられる。
「始さん…私死んじゃったんだよ?どうしてくれるの…?」
「天音ちゃんまで何を…。」
声のする方を向く。
そこにあった光景に、俺は眼を疑った。
血まみれの姿。
肉は削げ落ち、目玉は抉れ、手や足が欠けている。
地を這う姿は先ほど見た、夢のようだった。
「助けてくれるって言ったのに…。」
血を滴らせ、生々しい音を立てながら此方へ這って来る。
悪夢はまだ終わってなかったようだ。
俺が不甲斐ないばかりに天音ちゃんを殺してしまった。
こんな生霊ような姿にさせてしまった。
何がジョーカーだ、何が必ず助け出して見せるだ…。
気が付けば俺の身体も傷だらけであった事に気が付く。
途端に力が抜け、地面に倒れこんだ。
呼吸するのも辛い。
指先一つ動かすだけでも全身に痛みが走る。
出来るならこのまま眠ってしまいたいぐらいだ。
「始さんも一緒に逝こう…?」
天音ちゃんが俺に寄り添い、そう囁いた。
甘美なまでの誘い。
天音ちゃんと共に逝けるなら…全てを投げ出してしまっても構わない。
そう思いながら意識が深い闇の中へ落ちていく。
もう何も考えたくない。
もう、疲れた。
瞳を閉じて、死に抗う事を止める。
ゆっくりと俺の心身を安楽が蝕んでいった。
「(剣崎…すまん…。)」
死に行く中、思うは友の姿。
朧げな意識の片隅で微笑む剣崎は、いつもと変わらぬままであった。
++
「始。」
そうか、ここがあの世か。
どうやら三途の川を越えたらしい。
剣崎の声が聞こえるなんてどうかしている。
それとも幻聴か?
「始にはこれで良いのか?諦めて良いのか?」
…幻聴ではない。
俺の胸の中に語りかけてくる声は剣崎そのもの。
そして何より、俺が諦めかけた時に力をくれるのはいつだって…奴だった。
「剣…崎…。」
姿見えぬ友に語りかける。
眼を凝らせば、そこに剣崎が居るようだ。
温かな気持ちが俺を包む。
「運命に負けるな、始。必ず…必ず天音ちゃんを救い出すんだ。」
「剣崎!」
「約束だぞ。」
剣崎の意思が消えた。
そうだ、俺は何を弱気になっているんだ。
俺は誓った筈だ、天音ちゃんを救って見せると。
このゲームに打ち勝つと。
俺がこんなザマでは剣崎に会わせる顔が無い。
また、助けられたな。
胸に残っていた妙な不快感、そして違和感。
全てのピースが嵌った感覚。
理解した。
「俺は負けない。自分の幻影にすら勝てずに何が救い出すだ。」
俺は…
「運命に負けないッ!!」
長い長い悪夢は幕を閉じた。
そして、
相川始は目を覚ます。
不屈の信念と共に。
++
「……。」
見渡す限りの青空。
眩しい。
「ぐッ…。」
先程の夢と同様、身体の節々が痛む。
自分でも理解できる程の絶対的な負傷。
緑色の血もあふれ出し、地面に血溜まりを作っていた。
少し気を抜けば意識を持っていかれてしまいそうな朧気な意識。
死に誘われるのも無理は無い。
ここで息絶える事となろうと、それは仕方の無い事である。
誰の目から見ても明らかであった。
だが、彼には戦わねばならない理由がある。
決して投げ出す事の出来無い信念。
友との誓い。
彼を突き動かすには大きな理由だった。
悪夢は振り払った。
――天音ちゃん、必ず迎えに行くよ。
「這ってでも…俺は戦う…!」
自分が泥に塗れる事も厭わず、男は進む。
ジョーカー、アンデッド。
そんな事は今の彼には関係無い
ただ戦士として、親友として。
果たさねばならぬ誓いを果たそうとしていた。
――君、死ニタモウコトナカレ。
【相川 始@仮面ライダー剣】
【1日目 現時刻:正午】
【現在地:市街地F-6】
[時間軸]:本編後。
[状態]:死ぬ一歩手前。胸部に抉れ。腹部に切傷。
[装備]:ラウズカード(ハートのA、2、5、6)
[道具]:未確認。首輪探知機(レーダー)
[思考・状況]
1:天音ちゃんを救う。
1:剣崎を優勝させる。
3:ジェネラルシャドウを含め、このバトルファイトに参加している全員を殺す。
[備考]
※
相川始は制限に拠り、ハートのA、2以外のラウズカードでは変身出来ません。
最終更新:2018年11月29日 17:35