空中遊泳
「その時、兄貴はわざと怪人ムサラビサラに腕を噛ませた。
そして、バイオライダーに変身して 噛まれた傷口の毒から抗体を作り出し、少年達を救ったんだ!」
……ハァーッ。
明日夢は 心の中で3度目の溜息を吐く。
そんな胸中を知らず、霞のジョーは立上がり身振り手振りを交え、なお熱く語る。
「その後、強化繊維を体に括り付けた兄貴を、俺がサイを釣竿代わりに木の上から引っ張った。
空中遊泳を目の当りにしてムサラビサラは兄貴が空を飛べると信じこんだんだ!」
グランザイラスとは別のルートから丘を目指す。
そこまでは良かった。小休止のつもりで樹海の麓に腰を降ろし、
「飯にしようぜ!」
ジョーの提案に従ったのが悪かったのか。
一時間近くの間、グランザイラスに勝利し興奮覚めやらぬ霞のジョーの口から出る言葉は、兄貴に始まり兄貴で終わり、
如何に仮面ライダーブラックRXなる人物が素晴らしいかを繰り返し語り続けていた。
(まるでヒーローショーを見た後の子供みたいだ)
つい先日までなら、同じ様に勝利を喜び、そしてジョーの話を興味深く聞いていただろう。
(ヒーローなんて居ない。ジョーさんだって、たまたまベルトが支給品で、力を手に入れたから、この状況でも手放しで喜んでいられる。)
無論、霞のジョーは手放しで喜んでいた訳では無い、明日夢を励ます為の彼なりの気遣い。
此所に来るまでの間で、時折見せた明日夢の暗い表情がとても痛々しかったからだ。
その上、さっき流れた放送では、また10人も死んでいる。
(まだ、16の子供に受止められる状況じゃねぇ)
せめて、少しの希望を見出だして欲しいと語り続ける。
「兄貴の他にも凄いライダー達がいる。こんな馬鹿げた戦いはすぐに終わるさ。
でも、兄貴達も俺達がグランザイラスを倒したのを知ったら驚くぜ。」
彼等が何者であろうと明日夢には全く興味は無い。利用出来るか出来ないか、欲しいのはその情報だけだ。
(
南光太郎、とりあえず利用出来そうかな)
安達明日夢、少年の愛称に相応しい大きく澄んだ瞳がキラリと光る。
だが今、その瞳の奥にはドス黒い影が差し。回転の早い頭脳は生き残る算段を弾き出す為だけに使われていた。
明日夢の足先から30cmの位置。そこにあるジョーのデイパックには、喉から手が出る程欲しいスマートバックルが入っている。
デイパックを見つめながら溜息を吐き出す。
(兄貴の話はもういいよ)
今すぐ鞄ごとひったくって逃げたい。そんな気分だった。
(それに……この魔化魍)
霞のジョーの兄貴節に相槌を打っている様にも、うんざりしている様にも見える
水のエルに一瞥をくれる。
(グランザイラスから助けてくれた。だけど所詮化け物だ。長く一緒に居てプラスには、ならないかな?)
そう思った時、水のエルは視線を感じたのか、明日夢を見詰め返した。
(……心が読める訳じゃないよな?)
考えを見透かされまいと微笑を返す。
人間を守る不思議な魔化魍の表情からは思案を読み取れない。だが、ジョーに興味を抱いて居るのは伺える。
(隙を付いてジョーさんからベルトを奪っても、水のエルに殺されたら洒落にならない。暫くは、上手く利用しなきゃな)
黒い考えは顔に出さず、明日夢はジョーの話を聞いている振りをする事にした。
水のエルは、支給品のオルゴール付懐中時計を手にしながら、ジョーの話に耳を傾けていた。
スイッチに触れると時計の蓋が開いた。オルゴールから優しい旋律が流れだす。
「へぇー、オルゴールか。うん、いい曲だな。何だか優しい気持になれる」
――優しい。
ジョーの口にしたその言葉が水のエルの心に止まる。
人間と接する事など無かった水のエルには、その心情は良く理解出来ない。
(当て嵌めるとすれば……明日夢を気遣い励ます霞のジョーは、優しい人間なのだろう。)
オルゴールから流れる音色、ジョーの優しさ。
胸が暖かな何かで満たされて行くのは水のエルにも心地好かった。曲が終わると、無意識に呟いていた。
「優しさか……我が主の愛する人間の持つ感情。それは守るべき価値がある。
我の、真の使命は人間にとって脅威なる存在で或るアギトを倒す事だ。」
人間に自分の使命を語るなど、まさか想像もしていなかった。オルゴールの作り出した穏やかな時間のせいだろうかと、水のエルは思った。
「アギトも戦い参加しているんですよね?」
膝を抱えたまま明日夢が尋ねた。
「……アギトと成る力を持つ者が2人いる」
返答の口調が、重々しい物となる。
「人間にとって脅威となる存在か……水のエル、協力するぜ」
霞のジョーが表情を引き締めた。クライシス以外にも倒すべき相手がいる。それが正義の心に火を付けた。
(それなら、アギトとこの2人でさっさと潰し合ってくれると助かるな。でも水のエルは魔化魍のくせに人間に気を許し過ぎじゃないかな)
そんな疑問が頭を過ぎった時、ハッと気が付く。
(僕にも、気を許しているよね。)
立上がり2人の背後に周る。ジョーも水のエルも全く明日夢を警戒していない。
靴紐を結び直す真似をしながら、明日夢は目線の高さにある一点を凝視していた。
(2人一緒には無理だけど、1人ずつなら殺せる)
「明日夢」
突然、ジョーが振り返った。
「なぁ、響鬼って人は明日夢にとっては兄貴みたいなもんなんだろ?」
狙いがバレたかと、飛び上がるほど驚いたが、ヒビキの話を名前を聞いた不快感の方が勝った。
「ヒビキさんは関係無い話でしょう?」
自然と語尾がキツくなる。
「だけど、兄貴達とヒビキって人、それに俺達が力を合わせれば、アギトや神崎士郎にだって負ける筈ねぇ、そうだろ?」
ジョーの一言が明日夢の心に出来ていたささくれを剥す。
(俺達で力を合わせるだって?)
剥れた傷口から血が吹出す様に、怒りや悲しみ、そして悔しさ……押えていた気持ちが溢れ出した。
(力が無いからこんなに苦労してベルトを奪おうとしてるんじゃないか!)
元々、戦いが始まってからこの半日間。心身共に極限まで張り詰め、疲れ切っていた。少しの苛立ちは、感情を爆発させるに充分だった。
「僕には力なんて無い!身を守る武器も何も無い!ヒビキさん何かと知り合ったばかりにこんな戦いに巻き込まれたんだ!
何が闇を切り裂く仮面ライダーだよ。もう16人も殺されてる!綺麗事はたくさんだ!」
止めることが出来ずに吐き出した。驚く2人を見て一瞬だけ後悔はしたが、御陰で冷静さを取り戻せた。
(別に焦る必要ないか、殺そうとした事がバレた訳じゃないし。
お人好しの正義の味方なら、僕を見捨てるはずがない。かならず追いかけて来る)
明日夢は、計算づくでその場を走り去った。
「俺って奴は馬鹿だ。気遣うつもりが、傷つけちまった……水のエル、悪いが少し待っててくれ。明日夢を連れ戻して来る。」
水のエルは明日夢を追うジョーの背中を見送る。
(怒り、憎しみそして悲しみ、先程の明日夢の感情はあかつき号の乗船客から感じられた物と酷似していた。
……優しさとは、真逆の感情。)
この結末はどうなるのか、2人を追う事にした。
草を掻分け走りながらジョーは思う。
(兄貴と出会った時、ネックスティッカーと言う怪人に操られていた俺を、何とかしようと必死になってくれた。
この戦いでも、放送の少女が俺を導き救ってくれた。水のエルだってそうだ。
俺の周りにはいつも優しい奴等がいてくれた。だが、明日夢は違う。)
30メートル程 走った所で明日夢に追いつく。肩に手を掛け、出来る限りの笑顔で話しかけた。
「ちょっと待てよ、話は最後まで聞くもんだぜ。」
そう言うとスマートバックルを明日夢に差し出した。
「お前には言って無かったかもしれないけど俺は霞流拳法の使い手なんだ」
愛用のサイを取出し霞流の構えを決める。
「だから、このベルトは必要ないって訳だ。俺にはサイの方が性に合ってる。受け取ってくれるよな?」
明日夢は唇を噛締めている。
「こんな状況だ。誰も信頼出来ねぇのは無理もねぇ。でも俺と水のエル、お前には俺達がいるってことは忘れんなよ。」
「……ジョーさん」
躊躇いがちに、ベルトを受け取り、やっと口を開いた明日夢にジョーはホッとした。
「何なら、俺がお前の兄貴になってやるよ!」
おどけながら言うと明日夢に少し笑顔が戻った。
(ベルトがあったからグランザイラスに勝てたんじゃねぇ。誰かを守る、その強さが悪を倒すんだ。)
その様子を水のエルは少し離れた場所で見守っていた。
(優しさとは怒りや憎しみも中和するのか?心まで救う事、それが霞のジョーの使命か)
水のエルの姿を見つけたジョーが手を振りながら歩いて来た。だが、途中で明日夢の足が止まる。表情が見る内に変わっていった。
「どうした?」
明日夢の異変に、ジョーが尋ねた。
「……あそこに誰かが、こっちを見ていました」
「何?……わかった。お前は気が付かない振りをして水のエルの所へ行くんだ。俺が確かめて来る」
明日夢に耳打ちし、背中を軽く叩き水のエルの元へ急がせた。
(何処だ……)
ジョーは油断していたことを後悔し、辺りに目を走らせる。
(少し迂闊だったな。明日夢に言われるまで気付かないなんて)
急に誰かが潜んでいる気がした。
「誰かがいたんです。ジョーさんが水のエルと安全な所へ行けって」
「……敵か?」
全神経を集中し気配を探る。明日夢を庇いながら、徐々に後退して行く。
(何の気配も感じられない……)
周囲に敵が居ないのを確信し、水のエルは全身の緊張を緩ませた。此所からは霞のジョーは死角で見えない。
(ジョーを呼び戻すか?いや、明日夢を安心させるのが先だろう。)
水のエルの肩を掴む明日夢の手に、やけに力が籠っていた。
「明日夢よ。心配は無い。」
霞のジョーを真似た精一杯の優しい口調で告げた瞬間。
(……ッ!?)
首元に圧迫を感じ振り帰る。
そこには、血走った目で水のエルの首輪に手を掛けた明日夢の姿が在った。
カチッ!
首輪の止金が外れる乾いた金属音。
鼓膜に届くまでの刹那で、水のエルは自分に身に何が起こるのかを悟る。
「何故だ?人は守るべき存在、主よ!我が使命は……!」
言い終える猶予を与えず首輪は起爆する。
――ボンッッ!
鈍い音の後、晴天の空へアーチを描きながら水のエルの首は宙を舞う。
その姿が明日夢には水飛沫をあげ大海原へ泳ぎ出す白鯨に見えた。
(空中を泳いでるみたいだ……)
晴天の青と、グレーのコントラストが鮮明に心に焼きつく。
――バシャッ
首は着地する瞬間、飛沫となり弾けた。同時に体も地に崩れ落ち、水溜りを作った。
(終わった……後は霞のジョーだ)
首輪を掴んだ右手を握り締めると、手の掌に書いた汗がぬるぬるとして不快だった。
シャツで拭って汗では無く血液である事に気付く。
「うわっ!」
驚きと共に中指に痛みが走る。
爆発で中指の先が焼けただれ抉れていた。
(痛みに構っている暇は無いな)
手当てをする間も無く爆発音を聞付けたジョーが走り寄る。
「明日夢……一体、何が?水のエルは……」
疑問が頭を渦巻いたが、ジョーには答えなど聞かなくても解っている気がした。
なぜなら明日夢が少年に似つかわしくない軽薄で残酷な微笑みを浮かべていたから。
「思ったより簡単でした。首輪を引っ張るのに力は要らなかったし……ジョーさんがベルトを渡してくれた御陰です。
僕の嘘にこんなにあっさり引っ掛かるとは思わなかったけど……」
明日夢は期末テストの結果を伝えるかの様に淡々と話す。
そしてにっこり微笑むとベルトを装着し、ライオトルーパーへ姿を変えた。
「待てよ、訳が解らねぇ。水のエルは俺達と一緒に戦った仲間……ウグッ」
答えは無く、鳩尾にパンチが沈む。
「仲間とか兄弟だとか弟子だとかうざいんですよ。ジョーさんもヒビキさんも……」
蹲ったジョーの上から明日夢の声が降ってきた。
「何でだよ、明日夢!」
「何で?生き残る為に決まってるじゃないですか。ヒーローなんて居ないんですよ?」
言い放った後、ガンモードにしたアクセルレイガンを構え光弾を発射する。
ジョーは後ろ宙返りで身を交わし、体制を整え、キックでアクセルレイガンを弾き飛ばした。
(畜生、俺が馬鹿だったのか?こんな奴の為に水のエルを見殺しにしちまった)
両腕をクロスに構え一歩踏み込むと顔面、肩、腕、にサイを打ち込む。
ジョーの繰り出す左右連なるコンビネーションは、打撃を確実にヒットさせる。
転がり倒れたライオトルーパーの心臓に突き刺すべくサイを振り上げる!
痛みに耐えようと硬直したライオトルーパーの体から徐々に力が抜けていく。
サイは心臓の寸前で止まっていた。
(だめだ、俺には人を殺すなんて出来ねぇ。明日夢はたった一人で何の力も持たず、心の支えも無く、此所に放り込まれた。
死への恐怖、不安、怒りや悲しみに押し潰されたんだ)
確かに明日夢の犯した罪は許される筈が無い。だが、ジョーには明日夢に止めを指す事は出来なかった。
「何が悪いんだ、殺さなきゃ自分が殺される。信頼していた人に裏切られた僕の何が解るって言うんだ!」
右腕を振り払いジョーを跳ね除けた。
ジョーは受身を取り、すばやく起き上がると追撃に備えた。
闇雲に突き出される拳を軽いフットワークで避ける。
「ヤッ!」
右キックが放物線を描き明日夢の鼻先をかすめる。反射的に顔面を庇う為、両手のガードの位置が上がる。
(これは牽制……真に狙うは!ガラ空きのそのボディだ)
右足が着地するや否や
「ハッッ!」
気合一発。腰を低く落とし正拳突きを食らわせる。
間髪入れずにクルリと身を翻し、高く振り上げた両腕のサイを明日夢の両肩打つ。
「ウワァッ!」
絶え切れず尻餅を着いた明日夢の眼前にサイを突付ける。
「もうやめろ、お前は俺には勝てねぇ」
明日夢が仮面の下で悔しさにギリギリと歯を軋ませる。
「僕には、勝てない?鍛えてますからってヤツですか!」
サイを振り払い、すかさず立ち上がると渾身の力を込めキックを放つ。
ジョーは右腕でそれをガードし、左足で明日夢の軸足を払った。
「ああ!そうだな。心身共に鍛えてりゃ、そんな風にカッとなっちまう事もねぇ。明日夢!全身 隙だらけだぜ」
再び倒れた明日夢に言い放った。
(畜生、全身が痛みやがる)
グランザイラス戦の傷も癒えて無い。それにいくら明日夢が素人でも、ベルトの力で増幅されたキックの威力は凄まじい。
(これ以上戦っても、きっと意味がねぇ。たとえ俺に勝ったとしても生き延びられる程の強さは無い。明日夢の闇を切り裂いてやれるのは、今は俺だけだ。
助けてくれる兄貴も水のエルもいねぇ。一か八か、俺にとってはかなりの試練、それも命懸けのな)
「こんな事はもう、終わりだ」
サイを地に置き、丸腰のまま明日夢に手を差し伸べた。
「ヒーローなんて居ない、確かにそうかも知れねぇ。だけどよ、さっき兄貴なるって言ったのは嘘じゃないぜ!!お前と戦いたくなんか無いんだ。
俺が一緒に背負う!お前の犯した罪も悲しみも裏切りもだ!!だから目を覚ませ!明日夢!!!」
共に償いの道を歩く、それが自分に出来る唯一の事だと思った。
長い沈黙の後、明日夢はベルトを外し変身を解いた。そして、差し出されたジョーの手を硬く握った。
再び丘を目指す前に、ジョーは水のエルであった水溜りの前に立ちそっと手を合わせた。
水溜りの中心に落ちていたオルゴール付懐中時計を拾い上げる。
「水のエル、許してくれ。アギトを倒す、お前の使命は俺が継ぐ。そして必ず全うしてみせる」
明日夢はジョーの背中を見つめていた。相変わらず無防備なお人好し、暫くはこの背中に果物ナイフを突き立てることは無いだろう。
(盾になってくれる人間をわざわざ殺す必要がない。理由はそれだけだ……)
何故か自分に言い訳をする。
「行くぞ、明日夢。」
懐の果物ナイフをデイパックの奥に仕舞い込むと、明日夢はジョーと共に歩き出した。
【水のエル 死亡】
残り30人
【安達明日夢@仮面ライダー響鬼】
【1日目 現時刻:日中】
【現在地:樹海エリアC-4】
[時間軸]:番組前期終了辺り。
[状態]:右手の中指先端欠損、全身の打撲。
[装備]: デイパックニ人分。加賀美と影月。
影月は支給品不明です。
スマートバックル。
二時間変身不能。
[道具]:果物ナイフ数本。
[思考・状況]
1:暫くはジョーと行動する。
※アクセルレイガンは樹海エリアC-4に放置されたままです。
【霞のジョー@仮面ライダーBLACKRX】
【1日目 現時刻:日中】
【現在地:樹海エリアC-4】
[時間軸]:クライシス壊滅後。
[状態]:全身に打撲。負傷大。
[装備]:サイ
[道具]:オルゴール付懐中時計
[思考・状況]
1:C6の丘に向かう。
2:水のエルの使命を全うする(アギトを倒す)
3:兄貴と合流。
最終更新:2018年11月29日 17:36