阿修羅の如く ◆MGy4jd.pxY



G-1エリア、遺跡の外れにある朽ち果てた塔にスフィンクスは佇んでいた。
かつては見張り台として使われていたのだろう。
天高くそびえ立つ塔の上部には、いくつもの大きな窓があった。
入り口に燈った燭台の微かな光をたよりに、スフィンクスは一枚の紙切れに書かれた文字を辿っていた。
「いいですね。この状況ではとても役に立ちます」
スフィンクスが読んでいたのは、支給品の説明書だった。
コホン、咳ばらいを一つしてデイバックから支給品である『拡声器』を取り出した。
拡声器には、何故かハズレと書かれた紙が張り付けられていたが、スフィンクスは支給品に恵まれたと思った。
「私は冥府神スフィ……ん?おかしいですね。説明書によれば声が大きくなるはずですが」
もう一度、説明書を取り出した時、何者かの声が聞こえた。
「ねぇ、それスイッチ入って無いんじゃないの?」
突然の声にスフィンクスは身構え、辺りに視線を走らせた。
声が聞こえたのは遺跡の中心部へと続く回廊方角だった。
女が一人こちらに歩いてくる。黒いスーツにハイヒール、いかにもキャリアウーマンといった風貌だ。
「おまえは?」
「あなた、一体何をするつもりなの?」
女はスフィンクスの言葉を遮り、カツカツとヒールの音を響かせ近付いて来た。
「私が先に質問しているのです。質問は質問で返すべきではありません」
一見只の人間のようだが、たとえ人間のなりをしていてもロンのように悪意を持った者もいる。
スフィンクスは拡声器をウィズダムカノン持ち替え、獅子を模したその銃口を女に向けた。
「銃口を向けられたまま、まともに話をするつもりはないわ。勇気がどうとか言っていたけれど、それを餌に騙すつもりだったのね!」
女は黒豹の様にひらりとバックステップを踏んだ。
確かに、女の言う事は正論だった。
拳を構えてはいるが、すぐに襲いかかってこないのも悪意の無い証拠だろう。
スフィンクスは、銃口を下げ非礼を謝った。
「確かにおまえの言う通り、手荒なまねをしました。騙すつもりなど無い。私はただ、この戦いを止めるべく勇気ある者を集めようとしていたのです」


良かった。
お互いの自己紹介が済んだ頃、美希は心から安堵していた。
名簿に乗っていた通り、スフィンクスは人間に好意的だった。
美希のデイバックに、名簿は二枚あった。
一方は他の者と同じ名前だけが記載された物であったが、もう一つの名簿は各人の写真や性格、思考が詳細に書かれた物であった。
他にバックに入っていたのは、水や食料などの基本的な支給品一式。
そして殺し合いの為に用意された忍者刀、それを使って美希にはやらなければならない事があった。
美希は逸る気持ちを抑え、スフィンクスに笑顔を見せた。
「いくら拡声器を使ってもここじゃ声が通らないんじゃない?もっと高い所に行かなきゃダメね」
そう言ったのは、スフィンクスを塔の中へ誘い込む為だ。
周りには美希とスフィンクス以外見当たらなかったが、出来るだけ一目に着くのは避けたかった。
何故なら……


その日も、いつもと何も変わらない一日になる筈だった。
朝、美希はいつもと同じ慌ただしい一日の始まりを向かえた。
朝食の支度を整え、娘のなつめを起こす。
寝覚めの悪い娘と日課である軽い口ゲンカをした後、優しいパパにゴミ出しを依頼する。
朝食を終え、少し機嫌の治った彼女の髪をブルーのゴムで結い上げる。
鏡の中で満足気に、なつめの笑顔が弾けた。
出掛け際のなつめにハンカチを渡し、今日は遅くなりそうだと告げた後、黒いキャリアスーツに身を包み意気揚々とスクラッチ社へ向かった。
忙しい一日、時間はあっと言う間に過ぎた。
商品開発、拳聖との打ち合わせ、その残務処理に追われ、気が付けば部署には美希以外、誰もいなかった。
ノートパソコンから目を離すと、チカチカと残像が浮かび上がった。
一日酷使した体も目も、疲労はピークに達していた。
目頭を抑え瞼を閉じる。
残業疲れの居眠りは、ほんの一瞬だったように思う。
だが、眠りから目が覚めた時、美希はあの広間に横たわっていたのだ。
そして、首輪によって生殺与奪権をロンに握られた者達が一人また一人、死刑台へ向かう囚人のように門の向こうへ消えた。
抵抗すれば、広間に死体がもう一体増えるだけなのは明白だった。
美希に成す術は無く、デイバックを受け取り門の前に立った。
門をくぐる直前ロンは言った。

「あなたは戦わなければならないのです。なつめさんを失いたくなければね」

振り向いた時には遅かった。
薄笑いを浮かべたロンは闇の中へと消え、美希の伸ばした手は虚しく空を掴んだだけだった。
「一体なつめに何をしたって言うの……」
ただの脅しだ。
証拠など、何も無いのだ。
『証拠』その言葉をキーワードに、薄笑いを浮かべたロンの顔、手渡されたデイバック、記憶の断片が次々と脳裏を過ぎった。
「そうだ。私だけ、直接手渡されたわ」
背中に担いだデイバックが、急に悪意を持つ生き物のように悍ましく思えた。
震える手で、美希はガサガサとデイバックの中身を辺りへぶちまけた。
水、パン、武器である忍者刀、二種類の名簿、そしてバックの奥底になつめが大好きなキャラクターのハンカチが入っていた。
ハンカチには『何か』が包まれている。
美希は、ぐっと唾を飲み込み、ハンカチを広げた。
包まれていたのは、ブルーのゴムで束ねた一房の髪の毛だった。
頭をハンマーで叩かれたような衝撃が走った。
「なんで?どうして?なつめのハンカチと髪の毛がここにあるのよ!」
ツヤツヤした髪の手触り、ブルーのゴム、ハンカチ、どれも今朝、美希が触れた物と同じだった。
「なつめは何処なの!答えなさい!!ロン!」
美希は遺跡の石壁を力任せに叩き続けた。
答えは返る筈も無く、美希の叫びは闇へ吸い込まれていく。
ロンが言ったのは脅しでは無かった。
他の参加者達とは違い、美希にロンはデイバック直接を手渡した。
美希には手渡す必要があったのだ。
美希を駒に、殺し合いを円滑にさせる為に……

叩き続けた拳の感覚がなくなった頃、美希は絶望と言う地獄の中に座り込んでいた。
皮肉にも、絶望に叩き落としたのもロンだったが、そこから這い上がる希望の光をもたらしたのも彼だった。
『勝ち残った者の願いを叶える』頭の中でをロンの声がした。
悪魔の囁きだった。
だが、なつめを救うには、それに一縷の希望を掛けるしかなかった。
なつめを失う訳にはいかない。どんな事をしてでも絶対に勝ち残らなければならない。
美希は、降ろされた蛛の糸を掴んだのだ。


美希とスフィンクスは塔の上へと続く長い階段を登っていた。
中程まで進んだあたりで、後を歩いていたスフィンクスが不意に立ち止まった。
「美希、おまえは見ましたか?長い間雨ざらしにされていた、この塔の石壁の角は丸みを帯びていました。私はそれを見た時、思ったのです。
長い長い年月、時に激しく、時に柔らかな雨の一粒一粒が、繰り返し繰り返し遺跡の固い岩壁を砕くように……
この悪しき戦いも、一人一人の勇気と絆を持って打ち砕く事が出来るのだと」
「勇気と絆ね、人の思いの中で最も強い思いだわ。特に親子の絆ほど強い思いはないわ」
「私はその思いを知っています。かつて破壊神ンマに勇気と絆で勝利したブレイジェルの家族が教えてくれたのです。殺されたブレイジェルの為にも、この愚かな戦いを止めなければならない」
スフィンクスの声が沈んだ。殺されたブレイジェルを悼んでいるのだろう。
美希は気付かない振りをして話を続けた。
「私にも娘がいるのよ。生意気盛りで喧嘩ばかりだけど、あの子の為なら何だって出来るわ。早く、この戦いを終わらせてなつめの所へ行かなくちゃね」
「おまえの娘なら一度会ってみたいものです。人間の絆、そこに溢れる勇気。私は信じています。そして、もっと知りたいのです」
そう言うと、スフィンクスは美希を追い越し、階段を駆け上がった。


見張りの窓から見える月は大きく、手を伸ばせば届きそうだった。
吹き付ける風に、スフインクスの聖衣がふわりと揺れた。
風が吹いている闇の向こうへ、スフィンクスは勇気と希望を届けようとしていた。
手にした拡声器から、風に乗せて届けようとしていた。
窓に向かって、力強く一歩一歩進んで行く。
スフィンクスには、光が見えているのだろう。
だが、美希には何も見えなかった。
いや、見てはいけないのだ。
ここで躊躇すれば、なつめはどうなる?
美希は刀を握り締めた。これまでに無い程の力を込めて硬く握り締めた。
「待って、スフィンクス」
スフィンクスは、何の疑問も持たず振り返った。刹那、美希は大きく一歩踏み込み、刃を横一閃に薙ぎ払った。
輝く月の光を受けて刀の表面がキラリと光った。
刀の切れ味は最高だった。
手応えは軽く、まるでゼリーを斬りつけた様だった。
美希に後悔する隙を与えず、一瞬で刀は鞘に収まった。
スフィンクスは大きく目を見開いて美希を凝視していた。
その目には恐怖も苦痛も無く、ただ『なぜ?』と美希に訴えていた。
「言ったでしょう。なつめの為なら何だって出来るって……」
ズルリと音を立ててスフィンクスの首が胴体から離れる。

ズシャッ。

切断面と小石が混じり合う不快な音が塔に響いた。
首を失った胴体はピクピクと痙攣し、ゆっくりと後に倒れ、石畳を砕いた。
美希は視線を落とし、胴体の傍らに転がる首だけになったスフィンクスの顔を見つめた。
息絶えたスフィンクスの瞳は光こそ失っていたが、スカラベのように碧く澄んでいた。
綺麗だと思った。
どうして、こんな事になったのだろうとも思った。
美希は開かれたままのスフィンクスの瞼を、右手でそっと閉じた。
永遠の眠りに付いたスフィンクスの首元で、金色の首輪が美希を誘うように煌めきを放っていた。
首輪の解除方法を突き止めれば、善悪どちらの者にも餌になるだろう。
首輪を抜き取り、ポケットに仕舞うと美希は暗い静かな階段を降りていった。

外はまだ夜の静寂に包まれていた。
「まず、一人」
名簿のスフィンクスのページをビリビリと切り裂き燭台の炎に焼べる。
残り41人。
一人で殺せる数は限りがある。この中の誰を利用するか。誰を殺すか。選択を誤れば二度となつめは帰らない。
スフィンクスを殺した美希に、もう戻る道は無かった。
愛娘を救う為、美希は修羅道を選んだ。黒髪を靡かせ刀を片手に美希は走り出す。
その姿、阿修羅の如く。

【名前】真咲美希@獣拳戦隊ゲキレンジャー
[時間軸]:物語中盤
[現在地]:G-1遺跡 1日目 深夜
[状態]:健康
[装備]:闇のヤイバの忍者刀@轟轟戦隊ボウケンジャー
[道具]:支給品一式×2、拡声器、詳細付名簿
[思考]
基本方針:なつめを救うために勝ち残る
第一行動方針:利用できる者は利用する、そうでない者は殺す。



【スフィンクス 死亡】
残り39名

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最終更新:2018年02月11日 01:34