喜劇役者 ◆i1BeVxv./w
立ち昇る炎に戦いの気配を感じ、理央は走った。
(もう、ロンの思い通りに動くつもりはない)
理央は広間での出来事を思い出す。
▽
「さて、残るは理央。あなたひとりとなったわけですが」
最上蒼太が門を潜り、広間にはロン、サンヨ、理央の3人が残される。
理央はずっと反撃の機会を窺っていたが、結局、動くことは出来なかった。
隙を見つけられなかったわけではない。その逆、隙だらけだったからこそ理央は攻めあぐねていた。
何時の間にか首に付けられた金色の輪。ロンが自分に隙を見せるのは、首輪の性能に絶対的な自身があるからに他あるまい。
幻気を解き放ったというのに、未だ掌の上で踊るしかない現状に、理央は憤りを感じていた。
「フッ、理央、もう一度幻気を受け入れるつもりはありませんか」
「なん……だと?」
思わぬ言葉に理央は困惑を隠せない。
「なんだかんだ言っても、あなた程才能に満ち溢れた人物は中々いないのですよ。
だから、もう一度幻獣王になるチャンスを与えようと思いましてね。
あなたが了承するなら、その首輪も外しましょう。幻獣王にそんなものは似合いませんしね」
「……何が望みだ」
「前にも言った通り、私の退屈を紛らわしてくれればそれだけで構いません。
勿論、覚醒するために、このバトルロワイヤルには参加してもらいます。
ですが、首輪が外れていれば楽勝です。なにせ、この首輪には能力をある程度、制限する力も備わっていますからね。
……さあ、どうします?」
ロンの真意はどうあれ、首輪が厄介なのは確かだ。ロンの打倒にはまずこの首輪を外すことが急務になるだろう。
それを外してくれるというのだ。話に乗らない手はない。
「断る!」
だが、理央の口から出たのはハッキリとした拒絶の言葉。
唖然とするサンヨを尻目に、理央は徐に歩き出すと、残る3つのディパックの中から1つを選び、手に取る。
「話はそれだけか。ならば、もう行かせてもらうぞ」
「クククッ、面白い。わかっているのですか、あなたは千載一遇のチャンスを不意にしたのですよ?
幻獣王になるかどうかは結局あなたの意思次第。あなたは私の言いなりになるフリをするだけでよかった。
フフッ、実に滑稽です。それがあなたの意地というやつですか?」
「意地ではない。誇りだ」
理央の言葉にロンはより一層笑みを深くする。
「フフッ、同じですよ。まあ、楽しみにするとしましょう。あなたの誇りとやらが、どこまで通用するか。
フフフフフッ、アハハハッ、アーハッハッハッ……!!!」
ロンの笑い声を背に、理央は門を潜って行った。
▽
(ロンが殺し合いを行わせることを目的としているなら、それを潰すのみ。
そして、この馬鹿げた殺し合いに乗った奴にも容赦はしない)
理央は確固たる決意を胸に、砂を踏みしめ、炎を上げる森への道を一心不乱に駆け抜ける。
やがて、森を形成する木々が見える距離まで来た時、理央は一際高い一本の木の前で佇む女性の姿を認識した。
白衣を着たその女性はバイクの傍らに立ち、じっとこちらを見ている。
理央はロンに呼ばれたその名前を覚えていた。
白鳥スワン、確かそう呼ばれていたはずだ。
距離と状況から考えて、森を燃やす炎と無関係ではあるまい。
果たして、殺し合いに乗っているのか否か。
「………」
「………」
無言のまま、互いの視線が交錯した。
相手が何者で自分に有益な存在か、推し量っているのだろう。
重苦しい空気が流れる中、先に口を開いたのは理央だった。
「お前、殺し合いに乗るつもりはあるのか?」
「……いいえ、私は乗るつもりなんかないわ。あなたはどうなの?」
「俺はロンに返さねばならない借りがある。奴の思い通りになるつもりはない!」
理央の言葉を聞き、スワンは再び口を紡ぐ。
理央にはスワンが考えていることが手に取るようにわかった。理央も同様のことを考えていたからだ。
果たして相手の言っていることは本当なのか。乗っていないフリをして、不意を突くつもりではないのか。
初対面。相手を信用するには材料があまりにも少なすぎる。
「あなたはロンと知り合いみたいだけど、どういう関係なの」
結局、分かり合うためには会話しかない。理央はスワンの質問に嘘偽りを一切交えずに答える。
自分が幼少の頃より騙され、破壊神――幻獣王になるべき道を歩ませられていたことを。
話を終え、理央はスワンの眼を直視する。
予想通り、その眼には不信感がありありと浮かんでいた。
理央は当然だなと、内心自嘲する。騙されてたとはいえ、自分の歩んだ道はあまりにも罪深き道。
理解が得られるとは思っていない。
「俺のことは話した。次はお前のことを聞かせてもらおう」
自分のことを危険人物と見做したスワンが逃走を計るのではないかと危惧したが、フェアじゃないと感じたのか、スワンは自分のことをポツリポツリとしゃべり出した。
曰く、宇宙警察地球署のメカニック担当。チーニョ星人。目的は地球署の仲間たちとの合流。刑事の誇りに賭けて、殺し合いには乗らない。
「なるほど、刑事か。道理で俺に対する眼つきが鋭いわけだ。……ならば、乗る乗らないはどうあれ、俺とお前が一緒に行動することは」
「そうね、今はやめておいた方がいいでしょうね」
今が緊急事態であることは確かだ。
だが、だからといって、信用の置けない人物と行動を共にしても危険を増幅させるだけ。
無理に同盟を組む必要はないのだ。
「殺し合いに乗っていないのなら、お前に用はない。さらばだ」
理央はスワンの横を通り過ぎ、森へと入ろうとする。
「そうだ、最後にひとつだけ聞こう。この炎はお前の仕業か?」
「ええ、そうよ。これは私なりのロンへの反撃の狼煙。殺し合いの道具は私には必要ないもの。だから、燃やしてやったわ!」
「そうか」
理央が森を見ると、数キロ離れていても見えるほどに燃え盛っていた炎は、何時の間にか勢いをなくし、スワンの意図通り、狼煙へと姿を変えていた。
▽
理央と分かれた後、スワンは市外地を目指し、バイクを走らせていた。
「はぁ~、バイクというのも良し悪しね」
正確に言えば、バイクを”押して”走らせていた。理由はこの広がる砂漠。
軟らかい砂の上を走らせるにはオフロードバイクといえども、それなりのテクニックが必要だ。
残念なことにスワンにそのテクニックは具わっていなかった。
「はぁはぁっ……でも、これも市街地に着くまでの辛抱よね。はぁはぁっ……それに今頃ドギーたちも頑張っているはずだもの。これぐらいで音を上げちゃいられないわ」
徐々に息が上がってくるが、スワンは自分を奮起させ、懸命に進む。
その時、スワンの耳に風を切る音が届いた。何故かその音にスワンは恐怖を感じ、反射的に眼を閉じる。
瞬間、高速で横切る何か。そして、その直後に響いたのは轟音。
(なっ、なに……?)
恐る恐る眼を開けて見ると、スワンの眼の前には大穴が空いていた。
その光景に、たちまち全身に鳥肌が走る。
しかし、呆けてはいられない。この大穴は襲撃者の存在を示している。
スワンはその正体を確かめるため、おずおずと後ろを振り向いた。
そこには獅子のようなレリーフを胸に刻み、黒と金に彩られた鎧を身に纏った戦士の姿があった。
百獣の王の如く、威風堂々と立ち、スワンを威圧するかのような視線を送っている。
「見つけたぞ。先程はよくも俺を謀ってくれたな!」
発せられた声には聞き覚えがある。
「その声……理央?」
戦士はスワンの問いかけにゆっくりと頷いた。
スワンは知る由もないが、理央の今の姿は臨気鎧装により、臨気を身に纏い、変貌を遂げた黒獅子リオの姿だった。
「どうして、やっぱりあなたはスパイだったの?」
「スパイだと。それはお前のことではないのか。お前、殺し合いに乗ってないと言っていたな」
「ええ。わたしは仲間たちと合流して、首輪の解除を……」
「とぼけるな!」
リオの上げた怒声に、スワンは身を竦ませ、言葉を失う。
「お前と別れた後、俺は森へと入り、狼煙が立ち昇る場所へと向かった。別にお前を信用してなかったわけではない。ただこの眼で炎の正体を確かめたかっただけだ。
だが、その判断は正解だったようだ。見させてもらったぞ、お前が燃やしたもの。人間の死体をな!」
「!?」
スワンには何のことだかわからなかった。
自分は人間など燃やしていない。
ならば、リオが自分を襲うために嘘を吐いているのか?
違う。今、この場にいるのは自分とリオの二人だけ。わざわざ嘘を吐く必要はない。
「ちょっと待って、私には心当たりが」
明確な回答を導き出せないスワンの口から発することが出来るのは、単なる否定の言葉しかない。
だが、怒り狂っているリオには何の効果もなかった。
「もはや……問答無用だ!!」
リオの拳に臨気が集まっていく。
大地に大穴を空けた技が来ることをスワンは予期した。そして、それが今度は大地ではなく、自分に向けられることも。
「エマージェンシー!デカスワン!!」
危険を感じたスワンは、懐からSPライセンスを取り出すと、側部のスイッチを押す。
瞬時にスワンの身体にデカメタルが装着され、彼女の姿をデカスワンへと変えていく。
リオが臨気の弾を発射した時、スワンはデカスワンへの変身を終えていた。
「はっ!」
臨気弾が着弾するより早く、スワンは跳び上がり、空中へと身をかわす。
(とにかく、まずは誤解を解かないと)
スワンは地上のリオを見やる。だが、そこにリオの姿はない。
「えっ?」
「ここだ!」
リオの声は上から聞こえた。スワンが跳んだと同時に、リオは更に上へと跳んでいたのだ。
「ふん!」
リオは渾身の力を込め、スワンの背中に拳を振り下ろす。
「っぁ!」
ハンマーで叩かれたような衝撃に、スワンの息は止まり、悲鳴も満足に発することができない。
スワンは受身も取れぬまま、大地へと叩きつけられる。
「たあっ!」
リオの声が倒れたスワンの耳に届いた。
追撃の予感に、悲鳴を上げる身体を無理矢理動かし、うつ伏せの体を仰向けに変えた。
瞬間、スワンのわずか1cm横にリオの拳が突き刺さる。大きく凹む砂地。
避けたことに安心したのも束の間、リオは素早く立ち上がると、スワンの横腹目掛け、サッカーボールを蹴るように、キックを放った。
リオの蹴りの勢いを示すかのように、高速で回転しながら飛ばされていくスワンの身体。
重力に従い、地上へと落下しても、その回転は止まらず、砂地を均すように何mも転がっていく。
ようやくその身体が止まったときには、いつの間にかデカスワンへの変身は解除されていた。
「ぅっ……がぼっ」
内蔵を傷めたのか、口からどす黒い血が吐き出される。
スワンの白衣は砂に汚れ、血に汚れ、白衣とは呼べない程になっていた。
立ち上がろうと、力を込めても、もはや指一本動かせない。
薄れ行く意識の中、こちらに手を向けるリオの姿が見えた。
考えるまでもない。止めを刺すつもりなのだろう。
(ど…どぎぃ……)
絶望を感じる暇すらなく、スワンの意識は闇へと沈んだ。
▽
理央はいつの間にか変わった自分の掌を見ていた。
彼の掌は金と黒の戦士の手から、肌色をした人間の手へと変わっていた。
「これがロンの言っていた能力の制限というやつか。チッ、厄介だな」
スワンに止めを刺すために、臨気を籠めていた手からは臨気が拡散し、いくら力を込めようとも、もう集まることはない。
どうやら一度制限されると、臨気の一切が封じ込められてしまうようだ。
(メレの秘伝リンギ、無効消波を受けたようなものか。殺し合いを促進している以上、ずっとこのままということはないのだろうが、この状態の時に狙われては流石の俺もまずいか)
理央は大地に横たわるスワンを見た。ピクリとも動かないその様を見て、理央は安堵する。
(もう止めを刺す必要もないか。だが、今後は気をつけねばならん。誰が敵で、誰が味方か。油断はそのまま死に直結する。今回は幸運が重なっただけだ)
理央の幸運。
一、森の道を進み、焼死体を確認できたこと。これにより、スワンの嘘を見破ることができた。
二、地形が砂漠であったこと。砂に残された車輪の後からスワンを見失わずに済んだ。
三、スワンがバイクに乗れなかったこと。そのため、距離を稼ぐことができず、変身した理央の脚力で追いつくことができた。
これらの幸運があったからこそ、スワンを倒すことができたのだ。
「さらばだ、スワン。怨むなら、殺し合いに乗った自分を怨むのだな」
最後にスワンに憐れみと、バイクとディパックは墓標代わりに残し、理央はその場を後にした。
▽
「クククッ、アーハッハッ!アーハッハッハッ!!ハァッッッッッッ!!!」
誰もいない広間に私の笑い声が響きます。
だって、しょうがないでしょ。おかしくて、おかしくて、しょうがないのですから。
まさか戯れに入れた品がこのような喜劇の原因になるとは思いもしませんでした。
自分の策が上手くいくのもいいものですが、狙ってもいないのに自滅するのもまたいい。
喜劇の原因は私が白鳥スワンに支給した『キラ・コローネの作った人間香水』。
白鳥スワンがこれを反撃の狼煙として、火にくべるとは予想外でした。
まったく、人間香水という意味をもう少し深く考えていればこんなことは起きなかったでしょうに。
キラ・コローネは生物から香水を作ることができる。
ただし、完璧な香水にするためには24時間が必要。逆に言えば、24時間以内に解放することができれば、元になった生物に戻るのです。
そう、私は24時間経っていないものを支給しました。
私としては制限のないスペシャルゲストのつもりだったのですが、まさか折角の戦力を、折角の生きている人間を燃やしてしまうとは。
しかも、それを理央が見つけてしまうなんて。
「ハハハッ!アーハッハッハッ!!ハッハッハッ!!!ウワハハッハッハッ!!!!!!」
駄目です。不死身の存在の私ですが、可笑しくて、愉快で、笑いが止まりません。笑い死にしてしまいそうです。
理央、あなたはなんて滑稽なんでしょう。……いえ、あなたは間違っていませんよ。
確かにその人間を燃やし殺したのは白鳥スワンです。ある意味で白鳥スワンは殺し合いに乗ったのですから。
ですが、滑稽。実に滑稽です。
理央、やはりあなたを手放すのは惜しい。
なぜなら、あなたは私を楽しませてくれる一流の――喜劇役者――なのですから。
【名前】白鳥スワン@特捜戦隊デカレンジャー
[時間軸]:第46話『プロポーズ・パニック』後
[現在地]:D-9砂漠 1日目 深夜
[状態]:2時間変身不可。全身打撲。背中に大ダメージ。内蔵損傷。昏睡中。
[装備]:SPライセンス
[道具]:炎の騎馬、支給品一式
[思考]
基本方針: 首輪を解除する
第一行動方針:地球署の皆&深雪の家族と合流する
【名前】理央@獣拳戦隊ゲキレンジャー
[時間軸]:修行その47 幻気を解き放った瞬間
[現在地]:D-9砂漠 1日目 深夜
[状態]:健康。2時間リンギの使用不可。ロンへの怒り
[装備]:不明
[道具]:不明
[思考]
基本方針:殺し合いには乗らない。乗った相手には容赦しない。
第一行動方針:メレと合流する。
最終更新:2018年02月11日 08:53