ケーキを買って行こうと思った。友人にだ。わたしに人並みの慈悲などはそう存在しないのでただの気まぐれな思いつきに過ぎないのだが、思い立つとどうにも動けぬ。それをしたくて居ても立ってもいられなくなってしまうのだ。それでわたしは机上に開いた材料科学の教科書を二度ゆびさきでたたく。
教授の話は聞けば解るが、困ったことにその黒板を機械のように書き写したところでとんと役に立ってはくれない。わたしのノートはメモと注釈で黒々としてしまうのでお世辞にも見やすいとは言えない。情報量にかけては困らないと自負しているが、それでもあの友人のものと比べてしまえば劣るところも多かろう。加えてあのノートは字も図も文字の配列すら美しいのだ。人を容姿で判断するなとは言い古された言葉であるが、いかにも丸こい字を書きそうな彼女が流麗な字を連ねるところはなんとも好ましい。そんなノートは六割ほどの確率でわたしの視界の隅でちらついているのだが、今日は存在していない。四割のうち三割は履修の被っていない講義で、残り一割は彼女のサボタージュである。材料科学は学科の必修であるので、今日はつまり最後の一割の日であろうと予測するのは簡単だ。しかしそうではないとわたしにはわかる。
山崎なゆきは数少ないわたしの友人のひとりだ。一緒に遊びに行くことこそないが、大学内で一緒にいる時間が最も長いのは彼女だろう。特に約束があるわけでもないので隣の席に座らないことも間々あるが、それでもおおよそはなんとなく隣に座る。一緒にいる時間が長いとは言え、それで仲がよろしいかと言えば疑問だ。時間は長いのは講義の間隣にいるというだけのことで、昼食は別のことも多い。会話はするが授業の前後だけなので長話も深くまでつっこんだ話もできない。などと要素を挙げていくと本当にわたしは彼女と友人なのかと疑わしくもなってくるのだが、少なくともわたしは他人よりは近くに彼女を感じている。わたしも大概だが、一見ごく普通の可愛らしい女の子に見えるなゆきも実のところわたしに並ぶほどには大概だ。出会ったのは学部の入学式の後に開かれた学科の懇親会である。学科に女子は二人しかいない上に、五十音順の出席番号で「め」と「や」は同じテーブルだった。小動物を思わせる背丈でにこにこと教授の脅しめいた話を聞いている彼女は間違いなく大多数の機械工学科のイメージを覆させる可憐さを持っていた。そんな彼女に作業服を着て油塗れになる覚悟はあるのかと教授は問う。若干脅しよりもセクハラめいたものも感じたが、どちらにせよこの学部この学科に入学した時点で覚悟があろうがなかろうが、必修であればそのような目にも合わねばなるまい。教授に向けていた完璧な笑顔を少しばかり安心したように綻ばせて、彼女はわたしに挨拶をした。今になって思えばそんな表情が彼女の感情の通りとも思えない。あれがすべて空で出たのかと思うといくらか恐ろしくもなる。しかし女の子とはそういうものかなと思えば納得もできるような気がした。もちろんすべての女の子がここまで演技派であったら少しわたしは男に同情してしまうけれど。そんなわけで当初はわたしと彼女も女の子らしい互いににこにこと上辺のような言葉を吐きあう毒にも薬にもならない面白みのない関係を続けていたのだけれど、なんだかんだ一月足らずでその関係は崩壊した。きっかけは呼び方の訂正というなんとも些細なところからだが、言い方が問題だ。「あなたそういう人じゃないでしょ」とはなんとも失礼なもの言いではないか。言い返せないのだから仕方もなく、彼女はどうやらわたしが思っていた以上にはわたしを解しているようだった。そんなわけで「なゆきちゃん」から「なゆき」に、「目々澤さん」から「藤」にシフトチェンジしたわけだが、それを契機としたようにばっつりとなゆきはわたしの前で無為ににこにこするのをやめた。砂糖のような声も甘たるい言葉を吐くことは随分減ったが、それはむしろ心地よかった。そうした本音を構わず言い合える友人などそうはいない。彼女との関係は毒にも薬にもなってしまうが、それでも無難な言葉を吐き続けるどうでもいい付き合いよりは余程面白い。以上が彼女をわたしが友人と呼びたい所以である。
これまでについてのことはこの程度でいいだろう、話を戻そう。今日の彼女の欠席がサボりでないとするのは簡単なことだ。直接そう聞いたわけではないが、彼女がサボるのは彼女によって出るに値しないと判断されたもののみである。まず第一にこの講義は必修である。更に材料科学という大学に入るまで触れたことのない分野である。加えて担当教授は教科書を指定してこそいるものの、その通りの授業は行っていない。以上の理由から、彼女はこの講義に出ないはずがないのである。それでなぜ今日はいないのかと考えれば、順当に、体調不良とでも考えるのが妥当だろう。夏の終わり、季節の変わり目とあれば体調も崩し易かろう。ならばこの目々澤が見舞いにでも行ってやろうじゃないか。幸いこの講義が終われば昼休みを挟んで続く二コマは空きコマだ。暇を持て余して仕方がない。暇つぶしには丁度いい。友人の見舞いを「暇つぶし」と言ってしまうのも失礼な話だろうが、そうした辺り恐らくわたしとなゆきはお似合いなのだろう。向こうがどうかは知らないが、わたしはそう思っている。
時計を見るとまだ講義は半分近く残っていた。教授は雑談を続けている。ボールペンの話が好きなのだ。日本の叡智だと言う。聞くのは何度目か知らない。それでもまだ三度目だったか。戯れにノートの角をぐるぐると黒く塗り潰す。それでは今日のノートは彼女に不平不満を言われぬよう漏れなく取らなくては。ボールペンの話はいいだろう。彼女だってもう二度は聞いているのだから。
教授の話は聞けば解るが、困ったことにその黒板を機械のように書き写したところでとんと役に立ってはくれない。わたしのノートはメモと注釈で黒々としてしまうのでお世辞にも見やすいとは言えない。情報量にかけては困らないと自負しているが、それでもあの友人のものと比べてしまえば劣るところも多かろう。加えてあのノートは字も図も文字の配列すら美しいのだ。人を容姿で判断するなとは言い古された言葉であるが、いかにも丸こい字を書きそうな彼女が流麗な字を連ねるところはなんとも好ましい。そんなノートは六割ほどの確率でわたしの視界の隅でちらついているのだが、今日は存在していない。四割のうち三割は履修の被っていない講義で、残り一割は彼女のサボタージュである。材料科学は学科の必修であるので、今日はつまり最後の一割の日であろうと予測するのは簡単だ。しかしそうではないとわたしにはわかる。
山崎なゆきは数少ないわたしの友人のひとりだ。一緒に遊びに行くことこそないが、大学内で一緒にいる時間が最も長いのは彼女だろう。特に約束があるわけでもないので隣の席に座らないことも間々あるが、それでもおおよそはなんとなく隣に座る。一緒にいる時間が長いとは言え、それで仲がよろしいかと言えば疑問だ。時間は長いのは講義の間隣にいるというだけのことで、昼食は別のことも多い。会話はするが授業の前後だけなので長話も深くまでつっこんだ話もできない。などと要素を挙げていくと本当にわたしは彼女と友人なのかと疑わしくもなってくるのだが、少なくともわたしは他人よりは近くに彼女を感じている。わたしも大概だが、一見ごく普通の可愛らしい女の子に見えるなゆきも実のところわたしに並ぶほどには大概だ。出会ったのは学部の入学式の後に開かれた学科の懇親会である。学科に女子は二人しかいない上に、五十音順の出席番号で「め」と「や」は同じテーブルだった。小動物を思わせる背丈でにこにこと教授の脅しめいた話を聞いている彼女は間違いなく大多数の機械工学科のイメージを覆させる可憐さを持っていた。そんな彼女に作業服を着て油塗れになる覚悟はあるのかと教授は問う。若干脅しよりもセクハラめいたものも感じたが、どちらにせよこの学部この学科に入学した時点で覚悟があろうがなかろうが、必修であればそのような目にも合わねばなるまい。教授に向けていた完璧な笑顔を少しばかり安心したように綻ばせて、彼女はわたしに挨拶をした。今になって思えばそんな表情が彼女の感情の通りとも思えない。あれがすべて空で出たのかと思うといくらか恐ろしくもなる。しかし女の子とはそういうものかなと思えば納得もできるような気がした。もちろんすべての女の子がここまで演技派であったら少しわたしは男に同情してしまうけれど。そんなわけで当初はわたしと彼女も女の子らしい互いににこにこと上辺のような言葉を吐きあう毒にも薬にもならない面白みのない関係を続けていたのだけれど、なんだかんだ一月足らずでその関係は崩壊した。きっかけは呼び方の訂正というなんとも些細なところからだが、言い方が問題だ。「あなたそういう人じゃないでしょ」とはなんとも失礼なもの言いではないか。言い返せないのだから仕方もなく、彼女はどうやらわたしが思っていた以上にはわたしを解しているようだった。そんなわけで「なゆきちゃん」から「なゆき」に、「目々澤さん」から「藤」にシフトチェンジしたわけだが、それを契機としたようにばっつりとなゆきはわたしの前で無為ににこにこするのをやめた。砂糖のような声も甘たるい言葉を吐くことは随分減ったが、それはむしろ心地よかった。そうした本音を構わず言い合える友人などそうはいない。彼女との関係は毒にも薬にもなってしまうが、それでも無難な言葉を吐き続けるどうでもいい付き合いよりは余程面白い。以上が彼女をわたしが友人と呼びたい所以である。
これまでについてのことはこの程度でいいだろう、話を戻そう。今日の彼女の欠席がサボりでないとするのは簡単なことだ。直接そう聞いたわけではないが、彼女がサボるのは彼女によって出るに値しないと判断されたもののみである。まず第一にこの講義は必修である。更に材料科学という大学に入るまで触れたことのない分野である。加えて担当教授は教科書を指定してこそいるものの、その通りの授業は行っていない。以上の理由から、彼女はこの講義に出ないはずがないのである。それでなぜ今日はいないのかと考えれば、順当に、体調不良とでも考えるのが妥当だろう。夏の終わり、季節の変わり目とあれば体調も崩し易かろう。ならばこの目々澤が見舞いにでも行ってやろうじゃないか。幸いこの講義が終われば昼休みを挟んで続く二コマは空きコマだ。暇を持て余して仕方がない。暇つぶしには丁度いい。友人の見舞いを「暇つぶし」と言ってしまうのも失礼な話だろうが、そうした辺り恐らくわたしとなゆきはお似合いなのだろう。向こうがどうかは知らないが、わたしはそう思っている。
時計を見るとまだ講義は半分近く残っていた。教授は雑談を続けている。ボールペンの話が好きなのだ。日本の叡智だと言う。聞くのは何度目か知らない。それでもまだ三度目だったか。戯れにノートの角をぐるぐると黒く塗り潰す。それでは今日のノートは彼女に不平不満を言われぬよう漏れなく取らなくては。ボールペンの話はいいだろう。彼女だってもう二度は聞いているのだから。
ケーキを買う場所は決めていた。ついでにそこで昼食も済ませて行こうと思う。自転車をゆるゆると漕いで大学の南側に出る。風が首許や耳をびゅうびゅうと削っていくものだからたまらない。そろそろ防寒具がほしい。大学沿いの道から一本細い道に入ると、個人経営の定食屋や飲み屋、喫茶店などの多い通りにでる。目的の店はそこから更に一本小道へ曲がったところだ。少し引っ込んでいるので交差点からは見えない。店の壁はざらざらとしていて、クリーム色と言うには暗く、茶色と言うには明るいような色をしている。全体的にはしっくという言葉が似合うのかもわからない。落ち着いた雰囲気の喫茶店だ。名を椿屋という。もちろん中で艶を売るカルテットが演奏しているなどと言うことはない。いや、彼らはまたトリオに戻ったのだったか。
少しばかり立て付けの悪い扉を開くとちりちりと鈴が鳴った。いやそんな可愛らしい音ではないかもう少し硬い、なんと表現するのがいいか。カウンターの奥の男が目を上げたので頭を下げる。下げると言うよりも傾ける。喫茶店内は不思議なにおいが薄く漂っていた。最近気がついたのだが、これはあの男、ここの店主の吸っている煙草のにおいであったらしい。煙草と言えばあの苦いにおいと固定観念があったので気がつかなかた。テーブル席ではオーダーや配膳が面倒だろうのでカウンターに座る。昼時だというのに客が少ない。角のテーブル席に静かなカップルが二人と、そこからひとつ措いたテーブルに一人。どちらかと言えばここは食事より軽食が主なので、ご飯時を避けたところのほうが混んでいる。ように思う。
店主は若めで、三十は行くだろうが四十までは行っていないように見える。大人の歳は未だに区別がつかないので、実は五十ですと言われたら納得してしまいそうだが。つまるところあまりよくはわからない。おじさんではあるがしなびれた風はなく、けっこう素敵な感じだ。わたしはおっさん好きではないのでそこのところもよくはわからない。いつの間にかカウンターを挟んでわたしの向かいに立っていた店主が黙って水を置いた。小さく心の中で深呼吸をして覚悟を決める。
「あのう」「なんだ」
「ケーキの持ち帰りって、できますか」「やってない」
「なるほど」「ああ」
「じゃあビーフカレーください」なるほど期待に膨らんだ胸に針を刺されてもまったく痛まない。そうまでする思い入れはないのだと言ってしまうのはいささか薄情が過ぎるのか知らないが。こうしてわたしは壁にぶち当たるとすぐにそこで諦めてしまう。むしろいい寄りかかるものがあったと言うくらいのものである。
彼女がこの店に来られないのは極めて単純な理由だ。彼女は胃まで甘ったるいので苦い煙を寄せ付けない。と言うのは冗句だけれど実際彼女は煙草がだめだ。むしろ喜んで酒のあとに吸いそうなものだが少しの臭いでも顔を顰める。それがたいそう可愛いので一度ここのレアチーズケーキが美味しいのだと入ろうとしたが、扉を引いただけで入らないと断られた。そうまで店中煙草くさいという印象はなかったのだが、そうでもないらしい。ここの店主の吸う煙草は不思議な甘い香りがするので平気かとも思ったけれど、甘かろうが苦かろうが煙草の煙はすべて同じよ低脳となじられた。十割がた大丈夫だろうと思っていたのでなかっただけに罪悪感はないでもない。砂糖の肺が黒く汚れるなど考えただけで心が躍るのも仕方がなかろう。もちろん彼女はまったく落ち込んだ素振りなど見せなかったが、内心おいしいレアチーズケーキを食べんとしていた期待を裏切られて拗ねているだろうと思うともう頬が緩んで仕方がなかった。そうしたことを偶然思い出したので、彼女にレアチーズケーキを買っていこうと思ったのだ。
思ったのだったけれど、できないのなら仕方がない。少々惜しいが悔しいというほどでなし。それならば手土産などなくてもいい、最悪見舞いなど行かなくたっていいのだ。うん、それがいい。ならば戻って図書館で勉強しよう。微積がいい。数学の問題を解くのは好きだ。機械のように頭と手を動かせば済む。
思考が終着へ達したので、以降はぼうとテーブルクロスのストライプの数を数えていた。無愛想な声と共にカレーが届いたので申し訳程度に頭を下げて配膳が終わるのを待ってスプーンを撮る。が、じつと目の前の影が動かないので顔を上げると、平素通りなにとはなくつまらなそうな顔をした店主がわたしを見ていた。なに。
「ケーキ」「え、は。はい」
「自分用か」「あの、ともだちに」「仲はいいのか」「……ふ、ふつう?」
「持ち帰らせる箱がないんでな。タッパーなら貸してやれるが」「うえ」
少しばかり立て付けの悪い扉を開くとちりちりと鈴が鳴った。いやそんな可愛らしい音ではないかもう少し硬い、なんと表現するのがいいか。カウンターの奥の男が目を上げたので頭を下げる。下げると言うよりも傾ける。喫茶店内は不思議なにおいが薄く漂っていた。最近気がついたのだが、これはあの男、ここの店主の吸っている煙草のにおいであったらしい。煙草と言えばあの苦いにおいと固定観念があったので気がつかなかた。テーブル席ではオーダーや配膳が面倒だろうのでカウンターに座る。昼時だというのに客が少ない。角のテーブル席に静かなカップルが二人と、そこからひとつ措いたテーブルに一人。どちらかと言えばここは食事より軽食が主なので、ご飯時を避けたところのほうが混んでいる。ように思う。
店主は若めで、三十は行くだろうが四十までは行っていないように見える。大人の歳は未だに区別がつかないので、実は五十ですと言われたら納得してしまいそうだが。つまるところあまりよくはわからない。おじさんではあるがしなびれた風はなく、けっこう素敵な感じだ。わたしはおっさん好きではないのでそこのところもよくはわからない。いつの間にかカウンターを挟んでわたしの向かいに立っていた店主が黙って水を置いた。小さく心の中で深呼吸をして覚悟を決める。
「あのう」「なんだ」
「ケーキの持ち帰りって、できますか」「やってない」
「なるほど」「ああ」
「じゃあビーフカレーください」なるほど期待に膨らんだ胸に針を刺されてもまったく痛まない。そうまでする思い入れはないのだと言ってしまうのはいささか薄情が過ぎるのか知らないが。こうしてわたしは壁にぶち当たるとすぐにそこで諦めてしまう。むしろいい寄りかかるものがあったと言うくらいのものである。
彼女がこの店に来られないのは極めて単純な理由だ。彼女は胃まで甘ったるいので苦い煙を寄せ付けない。と言うのは冗句だけれど実際彼女は煙草がだめだ。むしろ喜んで酒のあとに吸いそうなものだが少しの臭いでも顔を顰める。それがたいそう可愛いので一度ここのレアチーズケーキが美味しいのだと入ろうとしたが、扉を引いただけで入らないと断られた。そうまで店中煙草くさいという印象はなかったのだが、そうでもないらしい。ここの店主の吸う煙草は不思議な甘い香りがするので平気かとも思ったけれど、甘かろうが苦かろうが煙草の煙はすべて同じよ低脳となじられた。十割がた大丈夫だろうと思っていたのでなかっただけに罪悪感はないでもない。砂糖の肺が黒く汚れるなど考えただけで心が躍るのも仕方がなかろう。もちろん彼女はまったく落ち込んだ素振りなど見せなかったが、内心おいしいレアチーズケーキを食べんとしていた期待を裏切られて拗ねているだろうと思うともう頬が緩んで仕方がなかった。そうしたことを偶然思い出したので、彼女にレアチーズケーキを買っていこうと思ったのだ。
思ったのだったけれど、できないのなら仕方がない。少々惜しいが悔しいというほどでなし。それならば手土産などなくてもいい、最悪見舞いなど行かなくたっていいのだ。うん、それがいい。ならば戻って図書館で勉強しよう。微積がいい。数学の問題を解くのは好きだ。機械のように頭と手を動かせば済む。
思考が終着へ達したので、以降はぼうとテーブルクロスのストライプの数を数えていた。無愛想な声と共にカレーが届いたので申し訳程度に頭を下げて配膳が終わるのを待ってスプーンを撮る。が、じつと目の前の影が動かないので顔を上げると、平素通りなにとはなくつまらなそうな顔をした店主がわたしを見ていた。なに。
「ケーキ」「え、は。はい」
「自分用か」「あの、ともだちに」「仲はいいのか」「……ふ、ふつう?」
「持ち帰らせる箱がないんでな。タッパーなら貸してやれるが」「うえ」
そうしたわけで店主にわたしの思考の一から十を皆まで話すわけにはいかず、いややはりいいのですとも言えず、わたしというのは本当に意気地のない女だと罵ってくれて構わない。だってめんどうくさいんだん。わたしは手にレアチーズケーキのふたつ入ったタッパー、胃においしいビーフカレーを収めてまたも自転車を漕ぎ出すことになったのである。向かうは大学の寮である。図書館ではない。
二つ目の信号を過ぎたあたりで諦めてタッパーを自転車の籠に乗せた。がたがた揺れて崩れてしまえばいいのだへっへー。
そうして能天気にいつぞ調べた寮の場所をぼんやりと描きながらたるたる自転車を漕いでいたわたしだが、そのときこれからいかにめんどうくさい出来事が待ち受けているかなど知る由もないのであった。わたしがなゆきの部屋を知らないことに気がつくのは寮の自転車置き場に自転車を止めて、建物に足を入れてからである。あほすぎる。そうしてわたしの決死のなゆきの部屋大捜索作戦が敢行されたというのは大嘘だが、ごちゃごちゃとした末辿り着いた三階西から二番目の部屋から出てきたなゆきは驚いたことにすっぴんで、いつも人形のようにさらさら規則正しい髪を跳ねさせて最高にめんどうくさそうな顔をした。服はジャージ。もちろんそれは風邪で寝ていたという人間であれば驚くべきことでもなんでもないのだが、わたしはそこで初めてああ彼女はわたしと同じ生き物だったのかと思わなかったこともない。ケーキはタッパーの中で倒れはしたものの形を保っていたが、対面早々ばかじゃないのとなじられた。なゆきのそれはさして非難がましくないのでそうなんだよばかなんだよと笑ってしまう。そこのところについてももっと詳しくお話したいところだけれど、もう適度な字数にもなっているし割愛させてもらう。計画性がないのだわたしは。考えなしに書き始めて結論のない小論文を出すことだって間々あった。高校の時分の話だけれど。なんにせよなゆきについて話す機会は今後も多くあるだろうので今日はもう疲れたしこのくらいで終わるとする。本当はわたしのことやわたしの生活についてもっと丁寧に書くべきだったのだけれど、なゆきについてばかりになってしまったので少し意に沿わないかもしれない。自分のことなど書けないとわかっていたので初めからこうするつもりだったのだが。と言うのも実は半分大嘘で、本当は自分についての話もしたくてたまらないのかもしれない。そうだとして、それもまたの機会としよう。
ひとつ後日談をすると、タッパーに入ったケーキを受け取ったわたしは何度このまま一旦家に帰ってふたつのケーキを己の胃に埋めてしまおうかと考えたか知らない。しかし結局行ったのはいつかタッパーを店主に返したときこのことについて問われてはばつが悪いと思ったからというのも大きい。情けないことに適当な理由でもつけないと動けないのだわたしは。しかし礼と共に洗ったタッパーを差し出しても店主は「ああ」と息を漏らしただけで話など聞きはしなかった。まあそういうものだろうとも思ったが改めてやはり二つとも自分で食べてしまってもよかったと思うと同時に少しばかり店主の好感があがった。まあ、なゆきも結局それなりに喜んでいたようだからいいのだけれど。
さてそろそろ締めるとしよう。わたしはさっさとこの仕事を終わらせ明日の物力学の中間試験の勉強をせねばならないのだ。しかし締めと改めて考えると難しい。もっとも伝えたいことにするのがよいか。そうするとしよう。椿屋のビーフカレー(六百八十円)はおいしい。
二つ目の信号を過ぎたあたりで諦めてタッパーを自転車の籠に乗せた。がたがた揺れて崩れてしまえばいいのだへっへー。
そうして能天気にいつぞ調べた寮の場所をぼんやりと描きながらたるたる自転車を漕いでいたわたしだが、そのときこれからいかにめんどうくさい出来事が待ち受けているかなど知る由もないのであった。わたしがなゆきの部屋を知らないことに気がつくのは寮の自転車置き場に自転車を止めて、建物に足を入れてからである。あほすぎる。そうしてわたしの決死のなゆきの部屋大捜索作戦が敢行されたというのは大嘘だが、ごちゃごちゃとした末辿り着いた三階西から二番目の部屋から出てきたなゆきは驚いたことにすっぴんで、いつも人形のようにさらさら規則正しい髪を跳ねさせて最高にめんどうくさそうな顔をした。服はジャージ。もちろんそれは風邪で寝ていたという人間であれば驚くべきことでもなんでもないのだが、わたしはそこで初めてああ彼女はわたしと同じ生き物だったのかと思わなかったこともない。ケーキはタッパーの中で倒れはしたものの形を保っていたが、対面早々ばかじゃないのとなじられた。なゆきのそれはさして非難がましくないのでそうなんだよばかなんだよと笑ってしまう。そこのところについてももっと詳しくお話したいところだけれど、もう適度な字数にもなっているし割愛させてもらう。計画性がないのだわたしは。考えなしに書き始めて結論のない小論文を出すことだって間々あった。高校の時分の話だけれど。なんにせよなゆきについて話す機会は今後も多くあるだろうので今日はもう疲れたしこのくらいで終わるとする。本当はわたしのことやわたしの生活についてもっと丁寧に書くべきだったのだけれど、なゆきについてばかりになってしまったので少し意に沿わないかもしれない。自分のことなど書けないとわかっていたので初めからこうするつもりだったのだが。と言うのも実は半分大嘘で、本当は自分についての話もしたくてたまらないのかもしれない。そうだとして、それもまたの機会としよう。
ひとつ後日談をすると、タッパーに入ったケーキを受け取ったわたしは何度このまま一旦家に帰ってふたつのケーキを己の胃に埋めてしまおうかと考えたか知らない。しかし結局行ったのはいつかタッパーを店主に返したときこのことについて問われてはばつが悪いと思ったからというのも大きい。情けないことに適当な理由でもつけないと動けないのだわたしは。しかし礼と共に洗ったタッパーを差し出しても店主は「ああ」と息を漏らしただけで話など聞きはしなかった。まあそういうものだろうとも思ったが改めてやはり二つとも自分で食べてしまってもよかったと思うと同時に少しばかり店主の好感があがった。まあ、なゆきも結局それなりに喜んでいたようだからいいのだけれど。
さてそろそろ締めるとしよう。わたしはさっさとこの仕事を終わらせ明日の物力学の中間試験の勉強をせねばならないのだ。しかし締めと改めて考えると難しい。もっとも伝えたいことにするのがよいか。そうするとしよう。椿屋のビーフカレー(六百八十円)はおいしい。
10/12/06
/*あまりにあんまりだから、読みづらかったらこっち(http://wakudeki.com/text/sw/01.html)を使うとよいよ*/