おれは未だに、恋というものが理解できない。
人が話しているのを聞くと甘くて輝かしいもののように聞こえるが、おれはこんなにも苦しいものなら知らない方が良かったと思う。
それに、この気持ちを恋という一言で片付けて良いものか。
自分で言うのもなんだが、おれは一言で片付いてしまうような軽い気持ちを持っているつもりはない。
なあ。誰か知っている人がいたら教えてほしい。
恋って、何なんだ?
人が話しているのを聞くと甘くて輝かしいもののように聞こえるが、おれはこんなにも苦しいものなら知らない方が良かったと思う。
それに、この気持ちを恋という一言で片付けて良いものか。
自分で言うのもなんだが、おれは一言で片付いてしまうような軽い気持ちを持っているつもりはない。
なあ。誰か知っている人がいたら教えてほしい。
恋って、何なんだ?
「タカ!」
そう呼びかけられる度に心が温まる。声の主が誰かなんて、振り向かなくてもわかってる。でも敢えて振り向いて、驚いたように言ってみる。
「お、何だ澪か」
向こうは誰に対しても同じ笑顔なのかもしれない。それでも、おれに向けられた笑顔に喜ぶ自分がいる。
本当は踊りだしたくなるくらい嬉しいのに、何でもない風を装って、少し冷たいくらいの対応をしてしまう。
「何か用か?」
用がなくても一向に構わないのに、そんなことを言う。用がある時しか人に話しかけないのだったら会話なんてものは成り立たないだろうし、人間関係も寂しいものになるに違いない。
「いや、後ろ姿が見えたから」
照れたように笑うのを見て、どうしようもないくらい可愛いと思うのに――
「……悪い、急いでるんだ。またな」
つれない態度を取ってしまうのは何でなんだろう。急ぎの用なんて、そういつもある訳がない。言ってしまってから後悔する。でも、その反省は次に活かされることはない。
きっと、自分の気持ちを悟られたくないから距離を取ってしまうのだろう。澪がおれの気持ちを知ってしまったら、今のままの関係ではいられなくなってしまうと思うから。
……なのになあ。
「そっかあ、残念。じゃあまた明日」
やっぱりこいつはこうやって、にっこり笑うんだ。
こんな笑顔を見てしまうから、諦めたいのに諦められない。おれは一体どうすればいいんだ? 我ながら困ったもんだよ。
そう呼びかけられる度に心が温まる。声の主が誰かなんて、振り向かなくてもわかってる。でも敢えて振り向いて、驚いたように言ってみる。
「お、何だ澪か」
向こうは誰に対しても同じ笑顔なのかもしれない。それでも、おれに向けられた笑顔に喜ぶ自分がいる。
本当は踊りだしたくなるくらい嬉しいのに、何でもない風を装って、少し冷たいくらいの対応をしてしまう。
「何か用か?」
用がなくても一向に構わないのに、そんなことを言う。用がある時しか人に話しかけないのだったら会話なんてものは成り立たないだろうし、人間関係も寂しいものになるに違いない。
「いや、後ろ姿が見えたから」
照れたように笑うのを見て、どうしようもないくらい可愛いと思うのに――
「……悪い、急いでるんだ。またな」
つれない態度を取ってしまうのは何でなんだろう。急ぎの用なんて、そういつもある訳がない。言ってしまってから後悔する。でも、その反省は次に活かされることはない。
きっと、自分の気持ちを悟られたくないから距離を取ってしまうのだろう。澪がおれの気持ちを知ってしまったら、今のままの関係ではいられなくなってしまうと思うから。
……なのになあ。
「そっかあ、残念。じゃあまた明日」
やっぱりこいつはこうやって、にっこり笑うんだ。
こんな笑顔を見てしまうから、諦めたいのに諦められない。おれは一体どうすればいいんだ? 我ながら困ったもんだよ。
「もういっそ告っちゃえば?」
あいつにそう言われたのはいつのことだっただろうか。
「見ててむず痒いよ、あんたたち。っていうか主にあんたが」
奴は呆れたようにため息をつきながら続けた。
「馬鹿言え。澪はおれに対してこんな気持ち、これっぽっちも持ってねえよ」
自分で言っていて悲しくなるけれど、それが現実だ。
「あら、よくわかってるんじゃない」
さらりと言われる。全部わかっていて、敢えて言ったらしい。本当にこいつは性質が悪い……。
「……おれはこのままがいい。この関係を壊したくないから、このままでいいんだ」
そう言うと、胸の奥にあった大きな塊みたいなものが急に重くなった気がした。しかも何だか吐き気もする。
「所詮は綺麗事よ」
おれが苦しんで出した結論を鼻で笑うと、奴は一気にまくしたてる。おれを見ているようで、見ていない。おれではない誰かに向けて喋っているようにも見えた。
「伝えない気持ちなんて、諦めて消えてなくなるか、捻じれて爆発するしかないんだから」
おれは反論しようと口を開いたが、何か言う前に奴は続けた。びし、と向けられた人差し指に少し怯む。
「でもあんたの場合、諦められる訳がないわ。距離が近すぎるもの」
それはそうかもしれないと思った。何を考えていてもあいつのことが頭の端っこに引っかかって離れないのは、いつも一緒にいるせいなのだろう。
ずっと一緒だったからそれが当たり前だと思っていた。今更澪のことを考えなくするなんて、きっと無理だ。
「想いっていうものは蓄積するものだと思うの。だから、耐えきれなくなって爆発してしまう」
唇を軽く噛んで、悔しそうな顔をしながら続ける。
「でもそうなると、不本意な形で相手に気持ちを知られてしまうから、澪もあんたもどっちも傷つくことになる」
淡々と感情のこもらない声で言う。俯き加減でぼそりと言った言葉が、やけに耳についた。
「お互いが傷ついて関係が修復不可能になったりしたら……後には後悔以外何も残らないよ」
気温は暑いくらいなのに、寒いと感じる。血の気が引いたのがよくわかった。そんなこと、考えるのも嫌なのに!
「やめろよ……!」
おれはついに我慢ができなくなって、目の前の机を叩いて勢いよく立ち上がった。二人しかいない部室に大きな音が響き渡る。
「お前には、関係のないことだろ!」
怒っているはずなのに、泣きそうなのは何でだろう。何でこんなに苦しいんだろう。心はもう決まっているはずなのに。頭がぐるぐる回る感じがして、気持ちが悪かった。
奴はじっとおれを見据えていたが、やがて大きなため息とともにゆっくりと瞬きをした。
「……それでいいなら、うちはもう何も言わない」
奴がやけにあっさりと引き下がったことにおれは驚いた。ぐちゃぐちゃになった上に行き場をなくしてしまった気持ちの処理ができなくて、おれは黙り込む。
「うちは今の感じ、好きだから」
寂しそうな顔をしながら奴は言った。こんな顔は初めて見る。
「だからこそ……二人がいつか離れ離れになる日が来るなんて思いたくないんだよ」
思いがけず優しい声だった。奴の言葉に涙線の限界が来る。壊れた蛇口の水みたいに、おれの涙は止めどなく流れ出した。
「おれだって……誰か知らない男に澪を取られるなんて考えたくもねえよっ! 不安に決まってんだろ!」
恥ずかしい自分の本心も、流れ出すのを止められなかった。八つ当たりだとわかっていても止められない。
「ただ単に、おれに勇気がないだけだよ! 臆病で悪かったな!」
泣きながら、馬鹿みたいに喚くことしかできなかった。言いたいことを一方的にまくしたてて、息を整える。涙でぐしゃぐしゃになった顔を、おれは何度も何度もこすった。
その間奴は、ゆっくり頷きながらおれの言葉の続きを待ってくれていた。
「……全部言い訳だってことは、おれが一番わかってる」
自分の弱音も何もかも吐き出したら、胸のつかえが取れたような気がした。
「でも、あいつが困る顔は見たくない。これも、本心なんだよ」
ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。こんな情けない自分の想いを。
「澪には、いつも笑っててほしいから……」
図ったように、澪の笑顔が脳裏に浮かんだ。ああもう、何だっておれはこんなにもこいつのことが好きなんだろう。届かない想いならいっそ抱かない方が良かった。そう思ってしまうほどに。
「大畑、あんたって奴は……」
奴は呆れたような顔をして呟いた。
「ほんっと、馬鹿だね……」
「……何でお前が泣くんだよ」
奴が泣く意味がわからなかった。しかも、泣きながら笑っている。
「そんなに相手のこと想って悩んでる奴、初めて見たから」
ぐす、と鼻をすすって奴は言った。
「あんたみたいな奴は報われてほしいなあ、ほんとに」
あーあ、と天井を見上げる。笑っているのか泣いているのかよくわからない、奇妙な表情をしていた。
「何なんだよ、言ってること無茶苦茶だぞ」
さっきまで説教してたくせに、何で急にそんなこと言い出すかなあ。
「ん。うちとは大違いだなって思っただけ」
上を向いたまま、目を合わせようともしないで言う。おれはそれに何と言えばいいのかわからなくて、何度か口を開きかけてやめた。
そうこうしているうちに、奴はいつもの不敵な笑顔を浮かべておれに向き直った。
「……もしかしたら、みおもわかってくれる時が来るかもしれないよ? ま、みおは天然だから相当手強いとは思うけど」
肩をすくめて言う様子からは、さっきまで泣いていたことなんて想像もつかない。こいつは本当に強いんだな、と心の奥で感心してしまった。
「……期待しないで待っとくよ」
苦笑いしておれはそう答えた。
あいつにそう言われたのはいつのことだっただろうか。
「見ててむず痒いよ、あんたたち。っていうか主にあんたが」
奴は呆れたようにため息をつきながら続けた。
「馬鹿言え。澪はおれに対してこんな気持ち、これっぽっちも持ってねえよ」
自分で言っていて悲しくなるけれど、それが現実だ。
「あら、よくわかってるんじゃない」
さらりと言われる。全部わかっていて、敢えて言ったらしい。本当にこいつは性質が悪い……。
「……おれはこのままがいい。この関係を壊したくないから、このままでいいんだ」
そう言うと、胸の奥にあった大きな塊みたいなものが急に重くなった気がした。しかも何だか吐き気もする。
「所詮は綺麗事よ」
おれが苦しんで出した結論を鼻で笑うと、奴は一気にまくしたてる。おれを見ているようで、見ていない。おれではない誰かに向けて喋っているようにも見えた。
「伝えない気持ちなんて、諦めて消えてなくなるか、捻じれて爆発するしかないんだから」
おれは反論しようと口を開いたが、何か言う前に奴は続けた。びし、と向けられた人差し指に少し怯む。
「でもあんたの場合、諦められる訳がないわ。距離が近すぎるもの」
それはそうかもしれないと思った。何を考えていてもあいつのことが頭の端っこに引っかかって離れないのは、いつも一緒にいるせいなのだろう。
ずっと一緒だったからそれが当たり前だと思っていた。今更澪のことを考えなくするなんて、きっと無理だ。
「想いっていうものは蓄積するものだと思うの。だから、耐えきれなくなって爆発してしまう」
唇を軽く噛んで、悔しそうな顔をしながら続ける。
「でもそうなると、不本意な形で相手に気持ちを知られてしまうから、澪もあんたもどっちも傷つくことになる」
淡々と感情のこもらない声で言う。俯き加減でぼそりと言った言葉が、やけに耳についた。
「お互いが傷ついて関係が修復不可能になったりしたら……後には後悔以外何も残らないよ」
気温は暑いくらいなのに、寒いと感じる。血の気が引いたのがよくわかった。そんなこと、考えるのも嫌なのに!
「やめろよ……!」
おれはついに我慢ができなくなって、目の前の机を叩いて勢いよく立ち上がった。二人しかいない部室に大きな音が響き渡る。
「お前には、関係のないことだろ!」
怒っているはずなのに、泣きそうなのは何でだろう。何でこんなに苦しいんだろう。心はもう決まっているはずなのに。頭がぐるぐる回る感じがして、気持ちが悪かった。
奴はじっとおれを見据えていたが、やがて大きなため息とともにゆっくりと瞬きをした。
「……それでいいなら、うちはもう何も言わない」
奴がやけにあっさりと引き下がったことにおれは驚いた。ぐちゃぐちゃになった上に行き場をなくしてしまった気持ちの処理ができなくて、おれは黙り込む。
「うちは今の感じ、好きだから」
寂しそうな顔をしながら奴は言った。こんな顔は初めて見る。
「だからこそ……二人がいつか離れ離れになる日が来るなんて思いたくないんだよ」
思いがけず優しい声だった。奴の言葉に涙線の限界が来る。壊れた蛇口の水みたいに、おれの涙は止めどなく流れ出した。
「おれだって……誰か知らない男に澪を取られるなんて考えたくもねえよっ! 不安に決まってんだろ!」
恥ずかしい自分の本心も、流れ出すのを止められなかった。八つ当たりだとわかっていても止められない。
「ただ単に、おれに勇気がないだけだよ! 臆病で悪かったな!」
泣きながら、馬鹿みたいに喚くことしかできなかった。言いたいことを一方的にまくしたてて、息を整える。涙でぐしゃぐしゃになった顔を、おれは何度も何度もこすった。
その間奴は、ゆっくり頷きながらおれの言葉の続きを待ってくれていた。
「……全部言い訳だってことは、おれが一番わかってる」
自分の弱音も何もかも吐き出したら、胸のつかえが取れたような気がした。
「でも、あいつが困る顔は見たくない。これも、本心なんだよ」
ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。こんな情けない自分の想いを。
「澪には、いつも笑っててほしいから……」
図ったように、澪の笑顔が脳裏に浮かんだ。ああもう、何だっておれはこんなにもこいつのことが好きなんだろう。届かない想いならいっそ抱かない方が良かった。そう思ってしまうほどに。
「大畑、あんたって奴は……」
奴は呆れたような顔をして呟いた。
「ほんっと、馬鹿だね……」
「……何でお前が泣くんだよ」
奴が泣く意味がわからなかった。しかも、泣きながら笑っている。
「そんなに相手のこと想って悩んでる奴、初めて見たから」
ぐす、と鼻をすすって奴は言った。
「あんたみたいな奴は報われてほしいなあ、ほんとに」
あーあ、と天井を見上げる。笑っているのか泣いているのかよくわからない、奇妙な表情をしていた。
「何なんだよ、言ってること無茶苦茶だぞ」
さっきまで説教してたくせに、何で急にそんなこと言い出すかなあ。
「ん。うちとは大違いだなって思っただけ」
上を向いたまま、目を合わせようともしないで言う。おれはそれに何と言えばいいのかわからなくて、何度か口を開きかけてやめた。
そうこうしているうちに、奴はいつもの不敵な笑顔を浮かべておれに向き直った。
「……もしかしたら、みおもわかってくれる時が来るかもしれないよ? ま、みおは天然だから相当手強いとは思うけど」
肩をすくめて言う様子からは、さっきまで泣いていたことなんて想像もつかない。こいつは本当に強いんだな、と心の奥で感心してしまった。
「……期待しないで待っとくよ」
苦笑いしておれはそう答えた。
色々気にしすぎて、面倒臭い人間だと自分でも思う。
でもあいつが笑ってさえいてくれればおれの気持ちは報われる。そんな気がしているのだ。
勿論そんなのはきっと自己満足なんだろう。頑張れば想いは届くのかもしれないし。
でもおれは現状に満足している。今みたいにあいつの一番近くで、その笑顔を見ていられればいい。これからも、あいつが許してくれる限りずっと。
だからおれは、あいつの笑顔を曇らせるようなことは絶対したくない。それが自分にとって辛い道であったとしても。
でもあいつが笑ってさえいてくれればおれの気持ちは報われる。そんな気がしているのだ。
勿論そんなのはきっと自己満足なんだろう。頑張れば想いは届くのかもしれないし。
でもおれは現状に満足している。今みたいにあいつの一番近くで、その笑顔を見ていられればいい。これからも、あいつが許してくれる限りずっと。
だからおれは、あいつの笑顔を曇らせるようなことは絶対したくない。それが自分にとって辛い道であったとしても。
「ほんと馬鹿だよな、おれ……」
一人で帰り支度をしながらおれは呟いた。部活が終わって随分経っていたから、聞く人もいないただの独り言。
「何で?」
すぐ後ろからかけられた声に、おれは飛び上がるほど驚く。
「―っ!」
心臓が止まるかと思った。
「な、何でお前がここにいるんだよっ!!」
驚きのあまり、声が裏返ってしまった。澪は手に持っていた大きな袋を掲げて言う。
「レポートのための資料集めしてたんだ。下書きもしてたんだけど、気がついたら閉館時間でさ。びっくりしたよ」
袋の中には大きな本が何冊も入っていた。書きかけのレポートも見えるが、B罫のA4レポート用紙びっしりに文字が並んでいる。真面目にもほどがあるだろう……。
「お、お疲れ……」
驚きすぎて取り落とした自分の荷物をかき集めながら、あーびっくりしたと呟く。不意打ちが多いんだよ、まったく。
「それで、どうかしたの? ため息なんてついて」
そうやって心配そうに顔を覗き込むのは反則だからやめてくれ。顔が直視できなくなるんだってば。
「何でもねーよ、気にすんな」
おれを馬鹿にさせているのはお前だよと言ってやりたくなる。言ったところでキョトンとされるのが落ちなのは目に見えているのだが。
「勉強のことだったら相談に乗れると思うけど……」
あ、そっちで考えました? まあ普通そう取るよな、うん。一人百面相をしている自分が何だか馬鹿馬鹿しくなってきたぞ。
「一応全科目可は取れてるから大丈夫、問題ない」
色々不安はあるが、先生たちも好き好んで留年はさせたくないだろうし。最悪追試で乗り切ってみせるさ。
「今からそんなこと言ってると、後で大変だよ」
澪は眉をひそめて、呆れたように言う。
「へーへー、上から数えた方が早い秀才さんは言うことが違いますね!」
思わず憎まれ口を叩いてしまった。澪がとんでもなく努力していることは、他の誰よりも知っているのに。
「えー……何よ、心配しただけなのに……」
むくれて呟くと、澪はさっさと歩きだしてしまった。
「え、ちょっと待てよ」
おれが慌てて言うと、澪は振り向きもせずに言った。
「待ちません!」
おれは軽く走って、早歩きで前を行っていた澪に追いつく。
「悪かったよ」
「……別に気にしてないよ」
言い方がまだ冷たい。どうやらかなり不機嫌にさせてしまったらしい。おれは困って頭をかくと、何も言わずに澪の持っていた大きな袋を持った。
「持つよ」
おれが言うと、澪は大きく首を左右に振った。
「いいよ、自分の荷物くらい自分で持てる」
こう意固地になってしまった澪は何を言っても聞かないことはよく知っている。知っているはずなのだが……。
「いいから。おれが持ちたいんだよ」
おれが更に食い下がると、澪は怪訝な顔をしながらも袋を放した。
「……何か今日、タカ変だよ?」
「変かもな」
何がしたいのか自分でもよくわからない。澪も首をかしげる。
二人の間に妙な沈黙が訪れる。こういうのがあいつの言う『爆発』ってやつなのだろうか。何だか面倒臭いな。
「うん。もう怒ってないから本当にいいよ」
澪は普段と同じ調子でそう言った。声がいつものように軽く間延びしている。本当に、もう怒っていないようだった。
「そんな怒るようなことでもなかったね、ごめん」
ばつが悪そうに言う。謝るのはこっちだろうと思ったが、上手く言葉にならなかった。
「だからさ……そんな泣きそうな顔しないでよ」
そう言われて初めて、自分がひどく情けない顔をしていることに気がついた。駅前の店の窓ガラスに映った自分は、迷子になった子供のような顔をしていた。澪も、似たような顔をしている。
「……ごめん」
何でおれは、澪にこんな顔をさせているんだろう。
「ごめん……」
おれはそれしか言えなくて、それが余計に澪に気を使わせてしまって、どうしていいのかわからなくなってしまった。
「もういいから……笑ってよ」
澪の眉間には深いしわが寄っていた。それでも無理に笑おうとする姿は何だか痛々しかった。
気まずい沈黙が数秒続く。
「あ、そうだ」
何かを思いついたらしい。澪は鞄を漁り始めた。そして鞄の中から猫のポーチのようなものを取り出して、おれに向かってぴょこぴょこと動かした。
「はーい、猫ちゃんですよー」
いきなり何をし出すのか、こいつは。あっけに取られながら、口をポカンと開けて澪を凝視する。
「いい子だから泣かないでねー」
赤ちゃんに対して言うような口調が可笑しくて、おれは思わず笑った。
「何だよそれ、おれは赤ん坊かっての」
「だってほんとに泣きそうな顔するんだもの。これ、いいアイディアだと思ったんだけどな」
澪はそう言って照れたように頭をかいた。自然な笑顔で溢れる澪を見て、おれはほっとして大きなため息をつく。ため息をついた時、澪が持っていたものに目がいった。
「……ん? それもしかして、小さい頃におれがあげたやつか?」
「あ、うん」
古ぼけた猫のホッカイロ入れ。大事にしてくれていたのだろう。所々毛羽立っている程度で、あげた時とそう変わらない。
「まあ……お守りみたいなものだよ」
それを大事そうに撫でる様子を見て、おれは素直に嬉しくなった。
「……ありがとう」
「え? ……こちらこそありがとう」
にこにこと笑う澪を見て、やっぱりおれはこいつの笑顔を見られるだけで充分だと思った。
一人で帰り支度をしながらおれは呟いた。部活が終わって随分経っていたから、聞く人もいないただの独り言。
「何で?」
すぐ後ろからかけられた声に、おれは飛び上がるほど驚く。
「―っ!」
心臓が止まるかと思った。
「な、何でお前がここにいるんだよっ!!」
驚きのあまり、声が裏返ってしまった。澪は手に持っていた大きな袋を掲げて言う。
「レポートのための資料集めしてたんだ。下書きもしてたんだけど、気がついたら閉館時間でさ。びっくりしたよ」
袋の中には大きな本が何冊も入っていた。書きかけのレポートも見えるが、B罫のA4レポート用紙びっしりに文字が並んでいる。真面目にもほどがあるだろう……。
「お、お疲れ……」
驚きすぎて取り落とした自分の荷物をかき集めながら、あーびっくりしたと呟く。不意打ちが多いんだよ、まったく。
「それで、どうかしたの? ため息なんてついて」
そうやって心配そうに顔を覗き込むのは反則だからやめてくれ。顔が直視できなくなるんだってば。
「何でもねーよ、気にすんな」
おれを馬鹿にさせているのはお前だよと言ってやりたくなる。言ったところでキョトンとされるのが落ちなのは目に見えているのだが。
「勉強のことだったら相談に乗れると思うけど……」
あ、そっちで考えました? まあ普通そう取るよな、うん。一人百面相をしている自分が何だか馬鹿馬鹿しくなってきたぞ。
「一応全科目可は取れてるから大丈夫、問題ない」
色々不安はあるが、先生たちも好き好んで留年はさせたくないだろうし。最悪追試で乗り切ってみせるさ。
「今からそんなこと言ってると、後で大変だよ」
澪は眉をひそめて、呆れたように言う。
「へーへー、上から数えた方が早い秀才さんは言うことが違いますね!」
思わず憎まれ口を叩いてしまった。澪がとんでもなく努力していることは、他の誰よりも知っているのに。
「えー……何よ、心配しただけなのに……」
むくれて呟くと、澪はさっさと歩きだしてしまった。
「え、ちょっと待てよ」
おれが慌てて言うと、澪は振り向きもせずに言った。
「待ちません!」
おれは軽く走って、早歩きで前を行っていた澪に追いつく。
「悪かったよ」
「……別に気にしてないよ」
言い方がまだ冷たい。どうやらかなり不機嫌にさせてしまったらしい。おれは困って頭をかくと、何も言わずに澪の持っていた大きな袋を持った。
「持つよ」
おれが言うと、澪は大きく首を左右に振った。
「いいよ、自分の荷物くらい自分で持てる」
こう意固地になってしまった澪は何を言っても聞かないことはよく知っている。知っているはずなのだが……。
「いいから。おれが持ちたいんだよ」
おれが更に食い下がると、澪は怪訝な顔をしながらも袋を放した。
「……何か今日、タカ変だよ?」
「変かもな」
何がしたいのか自分でもよくわからない。澪も首をかしげる。
二人の間に妙な沈黙が訪れる。こういうのがあいつの言う『爆発』ってやつなのだろうか。何だか面倒臭いな。
「うん。もう怒ってないから本当にいいよ」
澪は普段と同じ調子でそう言った。声がいつものように軽く間延びしている。本当に、もう怒っていないようだった。
「そんな怒るようなことでもなかったね、ごめん」
ばつが悪そうに言う。謝るのはこっちだろうと思ったが、上手く言葉にならなかった。
「だからさ……そんな泣きそうな顔しないでよ」
そう言われて初めて、自分がひどく情けない顔をしていることに気がついた。駅前の店の窓ガラスに映った自分は、迷子になった子供のような顔をしていた。澪も、似たような顔をしている。
「……ごめん」
何でおれは、澪にこんな顔をさせているんだろう。
「ごめん……」
おれはそれしか言えなくて、それが余計に澪に気を使わせてしまって、どうしていいのかわからなくなってしまった。
「もういいから……笑ってよ」
澪の眉間には深いしわが寄っていた。それでも無理に笑おうとする姿は何だか痛々しかった。
気まずい沈黙が数秒続く。
「あ、そうだ」
何かを思いついたらしい。澪は鞄を漁り始めた。そして鞄の中から猫のポーチのようなものを取り出して、おれに向かってぴょこぴょこと動かした。
「はーい、猫ちゃんですよー」
いきなり何をし出すのか、こいつは。あっけに取られながら、口をポカンと開けて澪を凝視する。
「いい子だから泣かないでねー」
赤ちゃんに対して言うような口調が可笑しくて、おれは思わず笑った。
「何だよそれ、おれは赤ん坊かっての」
「だってほんとに泣きそうな顔するんだもの。これ、いいアイディアだと思ったんだけどな」
澪はそう言って照れたように頭をかいた。自然な笑顔で溢れる澪を見て、おれはほっとして大きなため息をつく。ため息をついた時、澪が持っていたものに目がいった。
「……ん? それもしかして、小さい頃におれがあげたやつか?」
「あ、うん」
古ぼけた猫のホッカイロ入れ。大事にしてくれていたのだろう。所々毛羽立っている程度で、あげた時とそう変わらない。
「まあ……お守りみたいなものだよ」
それを大事そうに撫でる様子を見て、おれは素直に嬉しくなった。
「……ありがとう」
「え? ……こちらこそありがとう」
にこにこと笑う澪を見て、やっぱりおれはこいつの笑顔を見られるだけで充分だと思った。
おれなりの結論。
恋というものは、人によって形が違うものなのだろう。本人の考え次第ってところか。
まあ、片想いというものは大体辛いものだと聞くけれども。
おれのこの気持ちが恋だとしても、何かもうこの際どうでもいい。
ただ、もしこの気持ちに名前をつけなければならないとしたら、きっと恋というよりも思いやりの方が近いのだろうとは思っておく。
でもまあ、辛さも喜びも全部ひっくるめて恋だというのなら、もしかしたらそんなに悪いもんじゃないのかもしれない……なんて思った。
恋というものは、人によって形が違うものなのだろう。本人の考え次第ってところか。
まあ、片想いというものは大体辛いものだと聞くけれども。
おれのこの気持ちが恋だとしても、何かもうこの際どうでもいい。
ただ、もしこの気持ちに名前をつけなければならないとしたら、きっと恋というよりも思いやりの方が近いのだろうとは思っておく。
でもまあ、辛さも喜びも全部ひっくるめて恋だというのなら、もしかしたらそんなに悪いもんじゃないのかもしれない……なんて思った。