「ぅん……ぁふっ……あれ……ここ……は……?」
頭がうまく働かない。
ぼーとしたまま、周囲を見回した。
「……広い部屋」
そこは100人集まって会議ができそうなほど広い部屋だった。
しかし、私以外の人が誰もいない。
床はすべて赤い絨毯で覆われている。
さらに良く見ると、部屋の片隅には厨房が見える。
「……? なんで部屋に厨房……?」
じょじょに頭にかかった靄がすっきりしていくのを感じる。
その厨房には巨大な冷蔵庫があり、電子レンジも数台見える。
ここの機材ならおそらく大量の料理を作ることができると思う。
「……ん? あっちは……お風呂……?」
別の方向に目を向けると、そこにはやはり20人ぐらいは入れそうな湯船があった。
そこからは今も湯気が漂っているようだ。
仕切りは、多分ガラスかな? 湯気で多少曇った透明の壁がそこにあった。
「……で、あれがお手洗いね」
ご丁寧にW.C.と書かれた通路があった。
「まるで、この部屋だけで生活できるようにしているみたい……」
なんでそんな事をするのか……やっと覚醒し始めた頭で考える。
と言ってもはっきり分かることはない。
わかる事と言えば、私は、誘拐された。
だから……ここは……?
「もしかして……もう売られちゃったとか……?」
その可能性を考えて背筋に寒いものが走る。
ぶるっと悪寒を感じ、そこで、やっと気付きたくない事実に気付いた。
「あ、服……着てない……なんなのよー。もう」
下着すらなかった。それはもう完璧に。
身体検査でもされたのだろうか。と思わず考えたくない方向に考えてしまう。
「とりあえず何か体を隠せるものを……」
視線を走らせると、すぐにある物に気がついた。
何枚ものカーテンが壁に掛けられ、奥が見えないようになっていた。
あの一枚を頂戴して体に巻きつければいいかも。
私はゆっくり近づき、一枚に手を掛け引っ張った。
意外とあっさりとれるカーテンを素早く巻きつける。
「これでよし……と……え?」
そこで、なにかカーテンの奥に見えた。
そこには人の手のような何かがそこにあった。
「誰か、いる……?」
心臓が早鐘のように鳴り続けている。
痛いぐらいの緊張。それでも私はゆっくりと、カーテンへと手を掛けた。
「3・2・1……えいっ!!」
勢いよくカーテンを外す。
じゃらっと音がし、カーテンが勢いよく引かれ、その奥にあるものが明らかになる。
そこにあったものを目にしたとき、一瞬絶句してしまった。
「人形……?」
それは等身大の私と同年代の少女姿の人形だった。
様々な色とりどりの服を着て、様々なポーズをとり、一種絵画のような雰囲気すら漂っている。
その人形と私の間にはやはりガラスの壁が立ちはだかり、人形自体には手を触れることはできない。
良く見ると近くに入るための扉が設置されていたが、そこは施錠されていた。
「……なんだ。びっくりした。誰かが覗いているのかと思ったー」
ふう、とりあえず一息を吐き、もう一度人形を眺める。
――そして、気付いた。
……えっ――
それを見たとき、何がなんだか理解できなかった。
見て理解できるわけもなかった。
そこにあった一つの人形。
ただ、決定的に違うのは、その姿には見覚えがあることだった。
「なんで……なんで美柑の人形がここにあるのよ……?」
そこには美柑そっくりの人形が立っていた。
それだけなら、まだ似ているだけですんだかも知れない。
だけど、それだけで否定できないことがあった。
「どうしたのよ……美柑……なにがあったの……?」
その表情は恐怖で歪み、目からは涙を流したかのような跡が残っていた。
ただの人形ならそんな表情はさせないと、作ろうとしてもそうできるものではないと思う。
「……どういうこと……なの?」
美柑の姿をした人形を見ることしかできない。
金縛りにあったかのように動くことができない。
余りに理解不可能、いえ、考えたくない可能性が頭をよぎり、必死で否定する。
――そして、後ろから音がした。
金縛りから解け、弾かれるように後を振り向く。
そこには一人の20代前半っぽい細身の青年と30~40ぐらいのごつい体つきの黒服の男が立っていた。
黒服の男は無表情だが、青年は薄気味悪い笑顔を張りつかせ、私の方に近づいてくる。
思わず身構える私に、青年は声を掛けてくる。
「やぁ、やっと起きた。別に寝てるままやってもよかったけど、それじゃ面白くないからな~」
その声を聞いた時、始めに思い浮かべたのは蛇だった。
気持ち悪い感触が纏わりついている気がする。
「君といっしょに買った子の方が先に起きたから、先に芸術品になってもらったよ」
その一言で、悪い予感が現実として認識された。
頭に血が昇る感覚。どうしても抑えられない激情に動かされる。
「……やっぱり、美柑を――」
それ以上は怒りの余り、言葉にならない。
「そう、わたしの『人を針で刺すことで人形にする』能力で芸術品になってもらったのさ。
どうだい。わたしの作品はすごいだろう?」
自慢げに話す青年の言葉。
もうだめだ――男の言葉は耳に入るだけで気分が悪くなる。
「そんなことのために……人を人形に……?」
「そんなこと? はっ! 何を言っているんだい? わたしの作品になるんだよ。最高の名誉じゃないか!」
……この男は狂ってる。たった数度の言葉で青年の狂気を嫌というほど感じ取る。
「さ、デク、いつも通りにあの子を抑えて置いてくれないか?」
そう青年は言うと、無表情だった男はこちらに走ってくる。
私はよけようとするが、黒服の方が早い。
あっさり手を掴まれる。
「なんだ。簡単に捕まったねぇ。もうちょっと遊べるかと思ったのに」
男の残念そうな声に、余計苛立ちが募る。
「……だれが!」
その声は途中で遮られた。声が出ない。
――体が動かない。指一本動かすことができない。
「ああ、デクの能力は『触れてる相手を動けなくする』能力さ。
生命維持に必要なことはできるけど、体を動かすことなんでできはしないさ」
体が動かない……触れられているから……?
青年がゆっくり近づいてくる。顔には歪んだ愉悦をたたえている。
息がかかる距離まで来た。
罵声を浴びせたいけど、口を動かすこともできない。
男の顔がさらに醜く歪む。
「さあ、君はどんな芸術になるかなあ」
悔しさと怒りと、侮蔑の感情が渦巻く。思いっきり殴ってやりたい。
でも、触れられているから動けない。動くことができない。
触られている?
その事実を思い浮かべたとき、この状況を覆す方法を思いついた。
できればしたくない。でも、そうすれば確実に敵を倒せる。
覚悟を決める。そう……触れられているなら――
――瞬間、能力を発動
「がぁああ!!」
黒服の男が吠えた。その声は私よりも下の位置から響く。
そう、その男は地面に完全に埋まっていた。
私の能力は『皮膚に触れた物を瞬時に落とす能力 』それは人ですら例外ではない。
私の能力により落ちた男は、床をぶち抜き、私の下になるまで『落ちた』のだった。
「な……それは……君の能力か……!?」
突然の変化に青年は動揺しているかのように一歩下がる。だけど、私には立ち直させるつもりはない。
私はそのままもう二歩進み――青年に『触れた』
人の形をした釘が、もう一本地面へと打ちつけられた――
「……でも、どうすればいいんだろう」
今、私は目の前にある、"人形"を見て、途方に暮れている。
そう、どうすれば元に戻せるのか。いえ、そもそも元に戻せるのか。それすらわからなかった。
あの男たちに聞くことも考えたけど、床にぴったりはまりこんでいる奴らを掘り起こすことはできそうにない。
私の能力は私より下にあるものには、何も影響を与えることもできないのだった。
そこに声が聞こえた。
『大丈夫。多分この部屋の感じからすると、その男の能力は昼になれば自動的に解けるわ』
声はすれども姿は見えず。きょろきょろと見回していると、目の前に動く物があった。
「え……なに? これ……小型のロボット……?」
全長30cmくらいの二足歩行をする機械があった。
脚部はローラーになっていて滑るように走る。
胴体と思われる部分は、丸みを帯びた長さ15cmくらいの正方形をし、
そこから細長い首が飛び出て、先端にカメラやセンサーのような物を取り付けられていた。
先ほどの声も、そこに取り付けられたマイクから流れたようだった。
『うん、そう。これはあたいの『機械を動かす能力』で動かしてるの』
「へぇー、それは便利そうね」
『それで話を戻すと、彼女たちは大丈夫よ。
調理場や風呂がここにあるってことは少なくとも人形から人へと戻るってことだから』
「……そう。良かった。で、あなたは何しにここに来たの?」
『任務でこの埋まっている男を追っていたの。後は誘拐された少女達の救出も』
「そうなんだ。よかった……」
私は安堵のため息をつく。
『あ、でもそのガラス張りの所から出さないと……うーん。鍵があるかしら。あいつら掘り起こすの大変よね』
「それなら大丈夫」
『?』
私は、ガラスに近づくと、それに『触れる』
――能力を発動
『うわ……すごい……陸が心配ないって言うのもわかるわ……』
そこにはすでにガラスの壁はない。私の下まで落下したのだ。
「さ、これで大丈夫……これからここで待ってればいい?」
『君は先に帰った方がいいと思う。警察に合うと色々面倒よ。
誘導はあたいに任せて。無事送って行ってあげるわ』
「でも、美柑達が……」
『大丈夫、後処理は、り……あたいの所の所長がするから。所長の腕だけは信用していいから』
「……うん、わかった」
ひっかっかる言い方だけど、一応信用することにする。
その所長というのは……多分、私が知っている相手だから。
あいつだとすると、今までの事が色々つじつまが合う。だから、任せることにした。
――そして私たちは、無事に家に帰ることができた。
世間では行方不明者が一斉に見つかったことで、ちょっとした騒ぎになったみたいだけど……
美柑も誘拐された一人として名前が出てしまって、学校では美柑を中心に大騒ぎになってしまった。
でもしばらくすれば、皆騒ぐのを止めると思う。きっとみんなすぐに別のことに目を向ける。
だから、私が巻き込まれた嫌な事件はこれでおしまい。
……でも、一つだけ、確認したいことがあるのよね。
* * *
昼休み、屋上に上ると、一組の男女が待っていた。
当たり前よね。私が呼び出したんだから。
一人はもう見知ってしまった男。もう一人の女性の姿は始めてみる。
25歳くらいで髪をショートにした美人だった。
服装も白のシャツにショートパンツといった動きやすさを重視した物。
あまり女性らしい服装ではないけど、不思議と似合っていると思う。
「それで俺たちになんの用かい? 裸王?」
待っていた男、陸が開口一番失礼な口を叩く。
その言動に、隣にいた女性の右手が唸った。
音もなく崩れ落ちる陸に構わず、女性は私の方に向き直る。
「ごめんなさいね。こいつはこういう男なのよ。
香織ちゃん……こうやってあたい達を呼び出したということは大体のことがわかっているって事よね」
「はい。わかってると思います」
どうやら女性の方はまともそうだ。
私は口調を丁寧にして答える。
「陸が本当は高校生でないことも、あなたたちが犯罪者を追っていたことも……
そして、そのために私たちを囮に使ったことも」
そう、新しくできたカラオケ店があるなんて嘘だった。
その事に気付いた時、私たちがあの場所に誘導されていたことを理解した。
その話を流した張本人が目の前の陸だった。
後は芋づる式に全てが繋がった。
「やっぱり――本当にごめんなさい」
深くお辞儀する女性。しかし、陸の方は特に反応しない。
「ほら、所長も謝って下さい!!」
怒る女性に、陸はそれでも反応しない。
ただ、私の方を見ている。
「――それで、香織は俺達にどうして欲しい?」
真っすぐ私の目を見て、陸はただ、聞いてきた。
陸はそういう奴だった――その言葉にはどこにも嘘がない。
だから私は要求する。
「私が怒っているのは、私を囮に使ったからじゃないのよ。
……私の親友。美柑を巻き込んだこと。だから、これ以上、美柑を巻き込まないで」
「わかった。彼女は二度と巻き込まない。それは約束する」
陸の言葉に私も頷く。
彼がそう本気で思っている以上、これでおしまいの話ね。
「それで、二人はどうするの? 陸は学校を辞めるわけ? もうここにいても意味ないでしょ」
だから、私は話題を変える。昔の事ではなく、これからの事に。
「俺は……まだ、しばらくはここにいるさ。別の仕事も入っているからこのままの方が都合がいい」
「まー、そういうわけ。香織ちゃんには非常に申し訳ないけどね」
まあ、そんな所よね。私は大きくため息を吐くと顔を歪めて見せる。
相手にはきっと嫌そうな顔に見えているはず。
「しょうがないわね……皆には迷惑かけないでよね」
「ああ、裸王以外には迷惑かけないぞ」
「なんで私以外なのよ! 私にだって迷惑かけないでよ!」
いきなり変な事を言い出したから思わず大声になってしまった。
しかし陸は、そんな私の目の前で一枚の写真を取り出した。
「ふっふっふ。これを見よ!?」
「……なっ!?」
これはあの時の、壁を破るために能力を使ったときの私の写真!?
能力を使った直後、つまり写真の中の私は一糸纏わぬ状態だった。
「しょ~ちょ~お~! わざわざディスガイズしてこの写真を撮ってたんですか!?」
「その通りだ」
女性の1オクターブ低くなった声が響く。
しかし、陸は動じない。
「ふっふっふ。すでにデータは大量にコピーしている。
これをネットの海に放流されたくなければ、これからも俺の下僕として働くことだあべし!!!!」
女性がとんっと地を蹴るとサマーソルトキックが陸の顎にヒット。
陸の体が空中に浮くと同時、私はショルダータックルをみぞおちにぶつけた。
女性と私の協力コンボが陸に完璧に決まり、陸は空中で3回転した後転がっていった。
そのまま陸はピクリとも動かない。
私と女性は一瞬目が合うとがっちりと固く握手を交わす。
今、ここに、強固な友情が芽生えた……ような気がする。
「あたいは、加賀 玲菜。これからよろしくね」
「ええ、よろしくお願いします」
はぁ……どうやら平穏は訪れないみたい。
……でも、これはこれでいいのかも――ね。
おしまい
登場キャラクター
最終更新:2010年07月08日 02:58