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Paradigm change! > 一話 ヘイヴンの日常はかく危なき(後)


 「一話 ヘイヴンの日常はかく危なき(後)」



 猫耳少女は人を超越した跳躍で店の柱に飛びつくと酒場の二階へと移動した。指の中でコインが弾丸のように弾かれ、敵に殺到する。
 網走はしかし、全てを見切り身を反らせ、地を蹴り横っ跳びに転がり、すぐさま矢を番え、能力で貫通力を持たせ射出。赤毛の少女は身を低くしてかわした。
 コインが爆ぜる。酒場の床に大穴を空け、さらに巻き添えを食らった柱を半ばから食い破り、炭化させて粉塵とし。
 客が恐怖で慄き逃げる中、少女が二階の手すりに上がり、網走が和弓に矢を番え視線で貫くように見て。西部劇の撃ち合いより尚お熱い戦いの痕跡はあちらこちらに。

 「埒が明かないとはまさにこのことにゃ?」
 「では隙を見せてください。完膚無きままに、殺します」
 「ゴメンだにゃぁ、ボクが生きてお前が死ぬにゃ!」

 猫耳付きのフードが一瞬盛り上がった。
 赤毛少女が両足を活用して、二階から一階に跳ぶ。両腕の、何人もの人間を残忍に食い破ってきた銀両刃付き籠手を交差させるように力を貯め、相手を殺害せんと。
 網走、番えた矢とは別にもう一本無理やり番えれば、やや角度を違え、二本同時に放ち、和弓を隅に放り投げた。
 刃付き籠手の刃全てが発射された。それは少女の操作により、二本矢を爆発能力を使わずに叩き落とす。そして、少女は地面に両手両足を付け、獣のように、抜剣した網走に切りかかった。
 余りの急負荷に少女の靴が摩擦により白煙を吐いた。
 赤毛の残像を残し、接近。

 「ニャ!!」

 目にも止まらぬ九連撃。
 左右、踊るように繰り出されるコンビネーションアタック。顔喉関節に刃が振られ、しかし、その全てをカーボン製サーベルに阻まれてしまう。

 「速いッ」

 網走は少女の素早さに心の中で舌打ちしつつも、その攻撃が速度による蹂躙のみを目的にしていると見抜いていた。
 超速度により敵の対処を困難にさせ、急所に一撃を食らわすそれは、一般的な少女がなすような生温い考え方や育ち方をしていないことを暗に示して。
 大ぶりな横薙ぎで少女をいなし、さっと距離をとって一拍、すぐさま斬りかかる。
 能力『貫通』は飛び道具の時に真価を発揮するのであって、この少女相手では精々籠手の防御を皆無にする程度の効果しか現さない。分厚い装甲服ならよかったのだが。
 一方の少女も『爆発』能力を十分に生かせずにいた。接近戦では能力を満足に生かせず、「配置」も敵の攻撃により一向に進まない。だから今は攻めるのみであった。



 「遅いんだにゃ!」
 「何をこれしき!」

 網走の、フェンシングを原型にする動きに近接格闘を取り入れた剣術は、少女の素早き攻撃を紙一重で逸らし、そして紙一重のところで攻撃を与えられない。少女は両腕の籠手で受け止め、能力で貫通されないように突きを斬に変えるように流していて。
 頭部へ突き出した一撃を、銀に光る刃が受け止め角度を変えることで噛む。刃が複数並んでいたことによる利点が、今出た。
 冷静な網走に初めて焦りが生まれた。

 「チッ!」

 舌打ち、思考をさらに高速化。
 距離が近接から超至近距離へ。

 「ニ゛ャッ!?」

 網走は頭を引き、額を鈍器として使用することに決めた。少女の頭に脳天一つ分の重量が襲撃する。鈍い音がした。
 少女は片腕で網走の首か頭をかき切ろうとしたが、まさかの頭突きによろけ、腹部に盛大にめり込んだ膝に、二階に上がる階段に背をぶつけるほど飛ばされた。
 更に追撃を加えるため、網走が駆けた。
 少女が斬りそこなった首の代わりに黒髪が数十本ほどぱらぱら宙に舞う。
 赤毛の少女は腹と背の心配をすることも許されず、階段に中途半端に寝たままの防戦を強いられる。
 ここぞとばかりに、網走はサーベルによる攻撃を熾烈にして、目の前の敵を排除せんとする。カタールタイプの弱点である射程の無さ故、少女は防御するしかなかった。
 攻撃と攻撃が絡むたびに火花が散り、酷い有様の酒場に戦闘音が反響して消えていく。

 「くぅうううッ……!」
 「このままくたばりなさい!」

 矢継ぎ早に言葉を交わす。余裕があるわけではない、理性も本能もヤメロと語っているが、しゃべりたかっただけ。殺し合いしながら話す感覚は当事者にしか理解できまい。
 カーボン製の刃を、銀製の爪が受け止める。貫通させないよう、両腕を活用して挟み、その結果引きもできない押しもできない拮抗状態がここに生まれることになった。
 網走が体重と腕力で押し込み少女の頭に穴を穿たんとするものの、少女の細腕から出力される剛力が相殺する。下に寝転ぶ少女に網走が覆いかぶさるような格好。
 少女の頭あと数cmのところでサーベルはピクピクと震えて頑に動かない。

 「死ね!」
 「それは明らかに悪役のセリフにゃ!」
 「やかましい、殺されたほうが悪なんですっ」
 「あぁ、そうかにゃ! お前の体なんて要らないにゃ! 頭を中から吹っ飛ばしてやるにゃああ!!」
 「不可能ですからそれは!!」


 二人して喉も枯れよと声を浴びせ合う、その時だった。酒場から少し離れて見物していた野次馬たちがどよめき、するすると退散し始めたのだ。
 何故か。
 理由はたった一つ。
 ヘイヴンで力を存分に振るうことを許された武装集団――実働軍がやってきたからであった。黒塗りのバンが通りに数台停車すると、中から装甲化された服と大口径銃を装備した男たちがどやどやと現れ、酒場の前で並ぶ。
 そして、銃を構えて撃鉄を起こした。
 赤毛の少女のファンシーな服のフードの横から、猫の耳がぴょんと飛び出ると、犬が匂いを嗅ぐようにぐっと持ち上がった。
 少女は気がついた。網走も気がついた。
 さっと振り返れば、黒の集団がこちらに銃口を向けているのがはっきりと見えた。
 二人はほぼ同時に言った。

 「……殺し合いは」
 「お預けにゃ!」



 網走はサーベルを引き鞘に収めると部屋の隅にある和弓を引っ掴み、裏口に駆けだした。少女はそれを遥かに超える速度で裏口から逃走。
 幸いなことに裏口に敵はいなかった。空気は涼しかったが、銃で狙われているという事実が網走の皮膚をちりちりと焦がす。
 少女は壁伝いに跳躍すれば、あっという間に建物から建物に跳び移り見えなくなっていく。

 「跳べるなら跳んだほうがいいにゃ♪」

 何やら楽しげな少女の声が、小さくなりつつも網走の鼓膜を叩いた。
 少女の夜の能力は爆発。そして、跳べるならという言葉と、脱出中という状況。そのほかの要素を合成して考えていけば、分かる。
 そう、これから導き出される結論は一つだけ――。

 「爆破ですか!?」

 裏口の扉から飛び出た刹那、能力が作動した。
 爆発。
 地鳴り起こす大爆発が酒場を木っ端微塵にせしめ、衝撃が背中を突き飛ばし地面を転がり、やっと止まった。大音量により聴覚がキーンと耳鳴りを知覚して。
 天井が吹き飛んだことで、焼けた木片が黒煙と白煙を曳きながら四方八方いくつも夜空に上がった。
 暗黒の空よりずっと鈍重な黒い煙が真上に上がり、星の顔を隠す。

 「……店主は可哀想ですが、まぁいいとしましょう」

 網走はあと少しで崩落に巻き込まれていたことを自覚して溜息をつき立ち上がれば、ややよろめきながらその場を後にした。



 ▲ ▼ ▲ ▼ ▲



 妙な連中の追跡をかわし、実働軍のヘリコプターの照明から辛くも逃れた網走は、疲労していることを感じさせぬ軽快な歩調で現在の住処へと急いでいた。
 準スラムと言われてもあぁそうかと納得できる建物並ぶ一軒の家の玄関前に行くと、ローブを脱ぎつつ合鍵を錠前に差し込み回す。ガチャ。やや抵抗もみせつつも扉は開かれた。
 今日の仕事は成功した。途中で妙な少女に襲撃されたが、生き残れたのだから間違いなく成功の部類なのだ。ちなみに報酬はポケットにある。
 だが実働軍に姿を見られたのは失敗だった。彼らはこのヘイヴンの実力者であり、また統治者の片割れのような存在なのだ、目立ったのはいけなかった。
 失敗を反省し次回に繋げる好ましい思考をしていたところ、部屋の中からギルバートらしきそれと違うもう一つの気配を感じ取った。
 その気配は、こちらに気が付き何かしらのことをしているのがなんとなくわかった。
 サーベルを引き抜き、いつ来てもいいように身構えると足音を殺してじりじりと部屋の中に身を沈めていく。懐から拳銃を抜き安全装置を解除。銃声は立てたくないが、緊急時なのでやむを得ない。
 壁に背をつけ移動、そしてさっと飛び出るとサーベルの切っ先を突き出し拳銃の引き金に指を這わせた。

 「手を挙げ…………?」

 もし武器を持っていれば発砲するなり斬りかかるなりしただろう。
 もし能力の発動が認められれば、こちらも能力で潰しにかかっただろう。
 では、例えばその相手が身長低めの青年で、武器として 大 根 を握っていたら、どうすればいいのだろう。
 その青年は、半裸で女性体のギルバートをソファーに寝かせていて、こちらに大根を構えてこちらに威嚇してきている。
 網走は武器を持ったまま閉口した。
 一方青年は大真面目な顔で怒鳴った。

 「てめぇ誰だ!」

 それはこっちのセリフだと網走は言いたかったが面倒なので止めておいた。
 また一悶着ありそうだった。


      【次回に続く】

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最終更新:2010年07月08日 03:33
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