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Paradigm change! > 二話 叛逆者と便利屋と(後)


 「二話 叛逆者と便利屋と(後)」



 翌日、網走は岬に連れられ何でも屋の事務所を訪れていた。ギルバートは都合が悪いといって連れてこなかったが、岬月下は素直に承諾してくれた。
 事務所はヘイヴン中枢があるという塔が集結した地点から、そんなに遠くない場所にひっそりと建っていた。鉄筋コンクリート製。くすんだ外壁と、鴉が上空を周回しているのが印象的だった。
 岬が扉を開き、網走が後から続く。
 事務所内で足を組んで本を読みふけっていた一人の男性が顔を上げると、眼鏡を鼻の頭に、裸眼で見つめるようにしてくる。彼の周囲には本と書類とパソコンとコーヒーカップがある程度だった。
 岬は手を振った。

 「この人が仕事くれ、だってよドクトル」
 「……ふむ」

 ドクトルと呼ばれた白衣姿の男性は、網走を上から下まで、物質の構成式を見定めるように観察して、手元の本に栞を挟み立ち上がった。
 年齢、40にいくかいかないか。長身、思慮深そうな顔立ち、それにそぐわぬガタイの良さが彼を包み込む雰囲気をちぐはぐにさせているのに、何故か人の良さそうな見た目で。
 ドクトルがこつこつ革靴を鳴らしつつ歩み寄って、その途中で机の上からリンゴを一つ取り上げた。

 「最初に言っておくけど、給料なんて大仰なものを私は払えない。お手伝い的な感じになってしまうけど、いいのかい?」
 「ええ。私はそれで一向に構いません」
 「ふーん、……物好きなんだね」
 「よく言われます」

 網走鋭利という女性は、長身であるはずなのだが、ドクトルがすぐ前に来てしまうと小柄に見えてしまう。
 ドクトルは手元のリンゴを白衣で磨くと、―――……網走の顔面めがけて投擲した。岬がアッと息を漏らした。
 咄嗟に手が動く。
 瞬間、網走は人差し指でリンゴを一撫で。レーザーで切断されたかのような美しい面を見せリンゴは三等分にされた。そして網走の手の中に納まり、遅れたころに果汁が垂れて。



 「……何のつもりですか?」
 「ちょおまっ!?」

 不機嫌隠さず網走が尋ね、おもむろにリンゴの一切れを口に放り込むと、残りを岬の口の中に無理やりねじ込む。哀れ岬青年はもがもが言いながらリンゴと格闘するハメになった。
 三等分にしたのに自分にはくれなかったことにドクトルは拗ねた顔をしたが、手をひらひらさせた。

 「能力検査みたいなもんさ。君の能力は……そうだな、切断?」

 リンゴを人差し指一本で瞬きより早く三等分にしたところから推理するのは容易いこと。
 早くも好奇心を滲ませるドクトルに、網走がじっとりと眼光を送りつける。

 「ご名答。私の能力は斬ること、それだけです」
 「僻むことはない。使い方次第さ。いいね、実にいい。興味深い。類似した能力はあれど、人の数だけ能力はある。うん……」

 研究者や学者に必要なのは好奇心と、いつまでも枯れ果てぬ探究心そして努力だと人は言う。この男も例に漏れずそうであるようで、網走の能力について考え始めた。
 机の上の論文を引っ掻き回し適切なものを引き上げて、立ったまま読文開始。研究対象が全人類なのなら、コンビニに立ち寄っても研究できるわけで、困ることは無さそうだ。
 しかし残念なことに網走は彼が研究者であると知らされていないまた知らないわけであり、妙な人物だなと思うにとどまった。
 ドクトルJ、本にざっと目を通すと、やっとこさリンゴを飲み込み一息ついている岬に骨の目立つ指をゆるりと上げて。

 「じゃ、早速だから説明にいこうか岬君」
 「超苦しかったわ。網走……」
 「さんは要りませんからね」
 「網走、お前のお陰で神様の家に泣く泣く旅立って大根でぶん殴りに行かなくちゃならなかっただろ……」
 「ごめんなさい」
 「感情が窺えねぇ………」
 「そうですか、じゃあすいません」
 「じゃあってなんだよじゃあってよぉ!」

 リンゴの大部分を口にねじ込まれたのだ、育ち盛りの岬青年とて、一瞬で食らうことはできず、一人這いつくばってやっと咀嚼して飲み込んだのだ。吐くのはプライドが許さなかった。
 普通に食べるならとにもかくにも、リンゴを叩きつけるように挿入されては手も足も手ず舌も出ない。



 「いいじゃないか岬君。美味しかったんだろう?」
 「言ったな、聞いたぞ。美味しい青森のリンゴをたんまりとお見舞いしてやんから覚悟しとけよコンチクショウめ」
 「まぁまぁ、ね?」
 「……はぁ~~」

 さて、ドクトルに宥められた岬月下は、ムスッとしつつも自分が追いかけていた事件について話す気になったらしく、腕を組み、ドクトルの机に軽く腰掛けた。
 もう高校生にもなろうかという年齢になったが故の成長なのをこの場で知るは友人かドクトルくらいなものだ。
 岬が人差し指をぴんと上げると、床を歩きまわりつつ話を始めた。

 「事件が起きたのは二週間ほど前。とある少女が、消えた」
 「消えた?」

 質問したくてうずうずしていた網走だったが、岬が人差し指を向けてきたことにより押し黙る。岬、指をくねくねさせると、また歩み始め。

 「消えるなんてのはこの街じゃ珍しいことじゃない。誘拐を始めとして物取り強盗拉致監禁強姦殺人なんでもありって場所だからな。でも、その女の子の場合はちょっと違ったんだよな、これがまた」
 「と言うと?」

 ドクトルは眼鏡を指で持ち上げると、机に浅く腰かけて両手を組み顎の下に位置させる。話は一通り聞いているので口を出すと効率が悪いと判断しているらしく、黙ったまま。
 岬は一拍置いて口を開いた。

 「俺の調べによると、実働軍が拉致ったらしい」
 「実働軍と言うと治安維持部隊のことですが………というかもう何でも屋の仕事を超えてますね」
 「何でもやってなんぼだろ? まぁとにかく、女の子の身辺を洗ってもまっさら。真っ白。で、何故か実働軍の連中が取り囲んできて連れ去って、行方不明。心配に狂った両親と友人が四方に依頼した。で、俺のとこにも来たってことだ」
 「他の線は?」
 「消える寸前まで一緒に居た人物が実働軍を目撃してるから間違いはないが?」
 「なるほど」



 岬はそこまで喋ると両腕のストレッチをして、手頃な椅子を足に引っ掛け腰掛ける。その隣の椅子を網走に寄こし、ポケットから何かのケースを取り出し蓋を開けて見るように促して。
 そのケースの中には写真が一枚納まっていた。それを、椅子に座った網走が覗き込む。
 どこにでもいそうな茶色のセミロング少女がはにかんで写真の中央に立っている。色素の薄い肌と彫りの深い顔立ちから、少なくともアジア系ではないことが分かった。歳は中学くらいだろうか。
 網走の瞳が、画像をスキャニングして脳内の保存領域へと叩きこむ。
 ぱちんといわせて、岬がケースを仕舞い込んだ。

 「今は居ない俺の同僚が調べたところ、とんでもない威力の持ち主だったらしい」
 「どんなですか?」
 「なんでも電気を自在に操っていたとか。本人は使わなかったらしいが、雷すら再現できたとか言ってたぜ」
 「無茶苦茶ですね。……しかし……」

 網走は椅子に座りなおして居心地を改善すると、自らの考えを纏めようとして。
 まず最初に。
 事件の概要は?
 二週間ほど前、とある少女が実働軍に誘拐された。犯罪歴が無かったことから、実働軍が動きを見せる理由が無い。
 ……本当だろうか?
 そこで、必然的に注目すべき点が急浮上してくる。
 それは能力である。
 電気を自在に操り雷すら生じることも出来たのなら、例えば網走が斬りかかっても一瞬で感電死させられる。実に強力だ。電気は光速で伝播しないが、回避は通常の人類にとって不可能に等しい。
 突然ドクトルが口を挟んだ。

 「君の考えが“能力を目的に誘拐”に収束したのは容易に想像がつく。他の行方不明事件でも、“使えそうな”能力者が誘拐されていることから、多分そうなんだろう」
 「他の?」
 「そう、岬君は言わなかったけど、他にも何件かあったりするんだ。でもそれが事実だとすると―――」

 ドクトルは芝居成分を配合した動作で肩のあたりで手をひらりとさせると、窓の外を仰ぎ見た。墓標のように突き建った塔の周囲を鳩の群れが我が物顔で飛んでいる。

 「とんだ“避難所”だと思わないかな?」
 「……いえ」

 すると網走は二人の予想を見事なまでに裏切ってくれた。しれっとした顔をすると、肩まで伸ばした黒髪を揺らさない程度に首を左右に微動した。

 「人が集まれば、一匹くらい摘まんで観察したくなるのも当然。それが使える能力者で無国籍の放浪者ならますます納得です」
 「お前………心が冷たいって言われね?」
 「褒め言葉です」
 「……あっそう」

 流石の俺でもないわ……というげっそり顔の岬が口を曲げて言ったが、網走は介することもなく。冷静さが取り柄。同情はしないし、流されることもない、それが彼女なのだ。
 ドクトルは網走のことを興味深げに眺め、パソコンの電源をつけた。うぃーんと機械が鳴った。

 「さて、説明はその辺でいいだろう。網走君、君の実力を測るために彼と戦って欲しい」

 パソコンの画面自体が光を発し、ドクトルの眼鏡に白い膜を張っている。
 いきなりとんでもないことを言い始めたドクトルに、岬は仰天すると同時に口元をにやりとさせた。一方網走は、まぁ当然かなと思って無表情仮面のままだった。

 「マジで?」
 「私は構いませんが、岬はどうなのですか?」

 ドクトル、パソコンの画面を見ないでキーを軽快に叩くブラインドタッチを披露しながら、二人の方にずれた眼鏡の面を向けた。カタカタではなくトタタタタと小気味良い効果音が量産されていき。

 「あぁ、そうそう、裏の空き地でなら大丈夫なはずだよ。実働軍の見回りまで時間もあるからね」



 二人は、その空き地に行くことにした。
 ドクトルの言葉の直後、岬は起立、網走に人差し指を突き付けた。背後で妙な擬音が鳴ったように思えてならなかった。岬の瞳がきらきらしているがばっちり見えた。

 「俺の名前は岬月下―――森羅万象三千世界魑魅魍魎全人類、それを創りし神々に正面から喧嘩を売る男だ!」

 網走は、便利屋というのはこんな連中ばっかりなのかと心の中で呟いたが、この場にその手の能力者も催眠術師も居ないので漏洩することはなかった。
 現在は昼間。
 『万物創造』と『切断』がせめぎ合った時、勝者はどちらになるのかを、神さえも知らない……と岬なら言うであろう。



           【続く】

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最終更新:2010年07月10日 10:44
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