世界が変わったあの日(チェンジリング・デイ)から十余年……
瓦解した社会秩序の狭間に、1つのアウトローな“文化”が誕生した。
それは……
“ 異 能 力 バ ト ル ”
それは、世界中から集まった猛者達が賞金と名誉を懸けて日夜戦いを繰り広げる夢のステージ!
その試合ではあらゆる武器、技術、そして“能力”の使用もが許されるッ!
闘う意志さえあれば、国籍、年齢、地位問わず誰でも「パンデモニウム」の闘士として登録可能! この闘技場に言語の壁など存在しないッ!!
そして、出場者が試合で受けたいかなるダメージも、試合の後には何事も無かったかのように完治する事が保証されているッ!!!
「選手入場! 西サイドから姿を現したのは……
ドイツ生まれの黒魔術師、“RN(リングネーム):
シュヴァルツシルト”!」
実況者の高らかな声と共に、スタジアムの一角に設けられた門が開き、
盛大に焚かれたスモークの中から、ベルトと鎖で飾られた服に身を包んだ金髪の男が姿を現した。
男は眉一つ動かさず、重力を無視してふわりと浮き上がり、スタジアムの中央付近へと滑るように移動した。
「対する東サイドは……
日本から来た熱き雷龍、“RN(リングネーム):
ヘルカイト”!」
アナウンスに合わせて、先程とは反対側の門から別の男が入場した。
ぼろぼろのジーンズに、猛る龍が大きく描かれたタンクトップというワイルドな服装。
その顔には、これから始まる闘いへの楽しみを抑えきれない為か、不敵な笑みが浮かんでいた。
「パンデモニウム」では、試合が始まるまでの間に、誰にも危害を加えない範囲でのパフォーマンスの時間が与えられている。
ヘルカイトの掌の上に光が灯る。光は瞬く間に成長し、火花をまき散らす火球となった。
サッカーボール大にまで成長したそれを、ヘルカイトは手のスナップ動作を以って上に放り投げる。
火球は龍の如く長い尾を曳きながら真っ直ぐと空へと昇っていき、上空40m程の位置で爆発した。
強力なエネルギーが周囲の大気を揺るがし、雷のような轟音がスタジアム全体に響き渡った。
一瞬遅れて、観客席からの拍手と歓声が会場を満たす。
稲妻の花火に照らし出された異界の空は、見知らぬ星座で満たされ、今が真夜中である事を示していた。
「今回実現したこの試合は、『重力使い』と『電磁力使い』の夢の対決であります。
物理学を代表する2つの力、果たして勝つのはどちらか?
実況はこの私、“
フェニックス”、そして解説は私の隣の“
パイモン”がお送りして参ります!」
「はい、よろしくお願いします」
フェニックスの声に続いて、小さく柔らかい声が響いた。
ワンピースにフリルつきのカチューシャを着た可愛らしい子供がフェニックスの隣に座っていた。
実況席に座る2つの人影、そして観客席からの無数の目線からの注目を浴びながら、
二人の闘技者は同時に、スタジアム中央に設置されたステージの中へと入った。
「試合時間は1時間、相手を1分間以上の無抵抗状態にするか、
この一辺約50メートルのステージから追い出した者が勝者となります。
今回の試合では、床は石畳製、ステージの端は高さ1m程の鉄柵で取り囲まれています。
この地形は今回の闘いにどういった影響を及ぼすのでしょうか?」
両者の距離が20m程まで近づいた所で、両者は歩みを止めた。
試合が始まるまで、相手に危害を加えてはならず、試合運びを有利にするような“能力”も使ってはいけない(自動的に発動してしまうものは除く)ルールになっている。
ステージの中で発せられた能力は、ステージの周囲に張り巡らされた“結界”により外に漏れない。
さらにステージと観客席の間には充分な距離が設けられ、観客席の前面には厚い防弾ガラスが立ちはだかる。
これらの多重防護によって、観客は安全に試合を見守る事が可能となっている、という仕組みだ。
「悪いが、勝たせて貰うぜ」
ヘルカイトがファイティングポーズを取った。
「無理だな」
シュヴァルツシルトは冷淡に返す。
「それでは、Ready... Fight!!!」
試合開始の掛け声と同時に、シュヴァルツシルトは無造作に左腕を突き出した。
ヘルカイトは周囲の空気が重くなるのを感じた。
《グラール》 … 『重力を発する能力』
数秒遅れて、石畳が軋み始める。
見えない重力の網がヘルカイトを含む広範囲の空間を捉えていた。
「出ましたッ! シュヴァルツシルトの重力操作!
空間を支配するにも等しいこの能力、ヘルカイトに対抗手段はあるのかー?」
実況者、フェニックスはそう叫びながらも、このままでは終わらないだろうと確信していた。
“異能力バトル”はそんなに単純ではない。
そもそもあっけなく終わるようなマッチなど、最初から組む気はない。
「"Gravitationsbindung"
──このまま自重に潰され沈め」
シュヴァルツシルトは突き出した腕に力を込めると、重力はさらに増していった。
ヘルカイトの脚下の石畳が割れ、脚が沈み込む。
体全体に強力なGが掛かる。常人ならば意識はとっくに飛んでいてもおかしくはない異常重力。
が……
「なァにが、『重力』だ……」
シュヴァルツシルトは目を疑った。
「そんなモノ……
『自然界の四つの力』の中では最弱じゃねーか」
ヘルカイトの体がゆっくりと持ち上った。
まるで重力を無視するかのように。
「俺の……『電磁力』の……敵じゃねぇッ!」
ヘルカイトの体はついに宙へと浮いた。
その髪の毛は「怒髪天を衝く」という日本の諺そのままに帯電して逆立っている。
「これは、一体何が起こっているんでしょーか!?」
ヘルカイトの闘いぶりを何度も観てきたフェニックスも、何が起きているのかが分からなかった。
「分子間力…」
その隣で、パイモンは呟いた。
『悪魔的な知性を持つ』この解説者には、この現象が理解できていた。
「…『重力』『電磁力』なんて異なった名前がつけられているけれど、
ここが物理世界である以上、結局は『どちらにどれだけ動くか』に集約されます。
──それは、理論上、相殺が可能という事。
ヘルカイトは強力な『磁場』を作り出して自分の体を空中に固定しているのです。
シュヴァルツシルトの『重力場』を上回るパワーで」
「磁力にそんなパワーが?」
「可能です。意外に思えるかもしれないけれど……
電磁力の最小単位である光子1つ分のエネルギー量は、重力子のそれの100000000000000000000000000000000000000(10の38乗)倍と言われています。
地球1つの重力を覆すには、ちっぽけな磁石1つで充分。リニアモーターカーは、自由落下の終端速度よりも速く走る事ができる。
それが、この世のパワーバランスです」
「電磁力も馬鹿にならないというわけですね。
……しかしそれだと2つの力に挟まれてぺしゃんこに潰れてしまいませんか?」
「体全体を纏めて動かすならそうですが……
体を構成する分子を1つ1つ固定していれば、体組織の構造を維持したまま移動できるはずです。
分子間力も電磁力の一種だから、彼は生み出した電磁波にそれに近い働きをさせている」
「つーわけだ。聞いてたか?」
「ほう、単なる重力には屈さぬか」
宙に浮かびあがったヘルカイトの背中から、磁力線に沿って光の粒子が噴き出す。
観客席からはそれが白い竜の翼のように見えた。
「俺のターンだ」
《ドラゴンプラズマ》 … 『電磁力を発する能力』
ヘルカイトの光の翼から稲妻が放たれる。
秒速200kmのエネルギーの奔流がシュヴァルツシルトに襲いかかる。
しかし、その前にシュヴァルツシルトは素早く右手を自分の背に回し、杖を取り出していた。
突き出された杖の先端から空間の歪みが広がる。あたかも持ち主を守る盾のように。
歪んだ空間に接触した稲妻は四方へと散った。
「"Blitzableiter"
──私の優位は揺らがない。何故なら…」
逸れた稲妻はステージの周囲を覆う結界に当たり、バチバチと音を立てながら幻想的な模様を描いた。
「…地球上には障害が多すぎるからだ。電磁力が最も力を発揮できるのは真空中に限られる」
「これは……重力で空間を歪めて稲妻を逸らしたのか? 恐るべし“シュヴァルツシルト”!」
「いいえ、それではエネルギー効率が悪すぎます。彼の言葉から考えるに……
歪めているのは、空間よりもずっと操るのが簡単な大気圧です。
重力で空気の密度を操って、稲妻を誘導しているのでしょう。
空気は強力な絶縁体で、電流に対する影響は極めて大きいのです」
「やっぱり“Aランク”同士の戦いは凄ぇな」
「本当に1ヶ月であんなのを倒せるようになる気?」
激しい闘技に沸きあがる観客席の中に、日本人の少年少女3人の姿があった。服装はいたって普通。さながら友達同士で集まって観光旅行中、といった格好だ。
鞄類は何処かに預けてあるらしく、ほとんど手ぶらに近い。
「もちろん、倒してやるさ。夏休みは1ヶ月しかないんだからな」
手のひらから夏ミカンを生み出しつつ自信満々に答えたこの少年、名を
岬陽太という。
『食べ物を生み出す能力』の持ち主。現在高校一年生。しかし、永遠の中二病だった。
「そして、訂正なさい。『倒せるようになる』のではなく、
私達は既に『倒せるだけの潜在能力を秘めている』。
後は闘いを通じて、それを開花させるだけ。そう心得なさい」
少年の後に続いて発言したのは朝宮遥。三人の中では一番おしゃれな、黒を基調としたゴスロリ風のドレスを着ている。
彼女は陽太の手から夏ミカンの皮を受け取ると、自分の付けていた髪留めにピタリと当てた。
『万物を合成する能力』。
夏ミカンの皮と髪留めは彼女の掌の中で融け合うように混ざり、芳しい柑橘類の香りを仄かに纏う金属製の髪飾りが誕生した。
「そう……なら、いいけど」
呆れたように答えたのは
水野晶。ボーイッシュな格好をしているが、れっきとした女性だ。
彼女は自分の能力を見せるようなそぶりは無かった。使う気にならなかったからだ。
“能力”が当たり前になった世界では、能力を持っているというだけでは、大した自慢にもならない。彼女はそう考えていた。
しかし、彼女はこの2人の行く末を見守らなければならない義務のようなものを感じていた。
その理由は、ひと月ほど前に彼女達が見た、ある不吉な夢にあった……
「
わ は 魔王
創りし 世界
侵略する
次なる秋 軍団を従え
お前達 世 へと
それまで 己を鍛え がよい
楽し ように
るがよい
を 願って
」
Fortsetzung Folgt(続く)...
登場キャラクター
最終更新:2019年04月25日 00:22