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闘技場篇 > 4

作者:◆VECeno..Ww
魔王編】【1】【2】【3

「障害物なんざ全部吹き飛ばしてやるよ。お前ごとな!」
ヘルカイトは足で地面を震脚のような動作で踏みつけた。
ヘルカイトを中心に地面から蒸発してプラズマ化した石畳の噴流が昇り、大気ごと吹き飛ばす強烈な衝撃波を形成し、強烈な波紋のように全方位へと広がってゆく。

だが、

「“Zwangsevakuierungsgeraet”」

シュヴァルツシルトの身体が地面からのプラズマ噴流を避けるように高く宙を舞った。

「出ましたッ! 重力操作による空中飛行! 最早お馴染み!」
フェニックスの言う通りの原理なのでパイモンは特に解説を入れない。次の動きの方が興味深かった。

「……“Nachtmahrluftspiegelung”」
ヘルカイトの攻撃を避けたシュヴァルツシルトの姿が陽炎のように揺らぎ、幾つにも分裂した。

「大気による光の屈折。重力を使って大気の密度を操れるなら当然、こうした芸当も可能なのです。蜃気楼や陽炎と呼ばれる現象が知られていますね。」

重力使い系の能力者はそれなりに確認されているが、幻影を作れるほど巧みに重力場を配置できる者は、シュヴァルツシルトの他にいない。

「やはり遠隔操作で好きな場所に重力を直接作れるのがシュヴァルツシルトの強みと言えるでしょう。どうするヘルカイト!?」

「馬鹿め。屈折してようがなんだろうが見えてりゃ俺の射線は通るんだよ!」

ヘルカイトは両手を広げた。それぞれの指先に光子が具現化した。
《ドラゴンプラズマ》は電磁気力の直接具現化能力。
そして電磁気力の本体は光子である。
すなわちこの能力は光そのものを生み出す能力とも言えるのだ。

視界内にある全てのシュヴァルツシルトの像に向かって光線が放たれた。
通常の攻撃なら、攻撃された瞬間に重力場の変更などで逸らす事は可能だろう。だが光のスピードは、人間の反射神経ではおよそ対応不能。
十条の光がシュヴァルツシルトの身体に穴を穿つ。

その時、ヘルカイトの首元を何かがよぎった。

「“Unsichtbarer Klavierdraht”」

ヘルカイトの首は突如として異常重力に引き裂かれた。
ほぼ同時に、シュヴァルツシルトも光線を受けて倒れていた。


「何という事だ! これは相討ちかッ!?」

観衆、運営局……ほとんどの者が、何が起こっていたのか理解できていなかった。
使い手のシュヴァルツシルトを除いて、『悪魔の頭脳を持つ』パイモンのみがその現象の正体を見抜いていた。

「重力子ビーム……ですね」
パイモンの『悪魔の頭脳』は超感覚による探知ではなく頭脳強化の系統。
リングと席を隔てるバリア越しでも得られた僅かな情報から出来事を洞察する事が出来る。

「重力子ビーム?」
「重力は光速で進みます。ヘルカイトも光のビームを使えますが、
シュヴァルツシルトも光速の攻撃手段を持っていたんです」

「それでは……勝負の判定は? やはり相討ちに?」
「一見同時に見えまずが……ハイスピードカメラで確認してみましょう」

会場のオーロラビジョンに試合のスローモーション映像がパイモンの解説の字幕と共に写し出された。

「まず、ヘルカイトは蜃気楼に映ったシュヴァルツシルトを、光のビームで攻撃しました。
シュヴァルツシルトの姿が蜃気楼という形でヘルカイトに見えているという事は、星や照明の光が彼に当たった反射光、それが紆余曲折を経ながらもヘルカイトに届いて映像を成しているという事に他なりません。ここでヘルカイトが光を蜃気楼に向かって撃つと、光は同じ経路を逆向きに辿って、映像の出所であるシュヴァルツシルトの元に自然に辿りつきます。当然、光の速度で」

オーロラビジョンのスクリーンに現れた白いウィンドウにパイモンがパソコンを通して簡単な図を描きながら説明していく。

「一方で、シュヴァルツシルトは重力子ビームを使いました。

ビームとは、複数の微粒子が足並みを揃えて同じ方向に進むもの全般を指します。
それの重力版が重力ビームです。
といってもSFでよく見るトラクタービームみたいなやつではありません。
今回のものは幅が極端に狭いため、照射された部分のみを引きちぎって破壊作用をもたらします」

今日の物理学では、重力もまた重力子という粒子の一種による現象という仮説が存在する。
もっとも、重力子が実際に自然界に存在するという証拠は、まだ見つかっていない。
しかし、これは“異能力バトル”である。シュヴァルツシルトの能力の原理は、重力子の具現化により発揮されるものであると『鑑定の能力』によって鑑定されていた。

「重力も真空中の光と同じ速度で進みます。その上、重力は空中や水中でも減速せず直線的に進みます。
一方で光は何かに当たって遮られたり屈折して遠回りしやすい。このことから、大気中では重力は光よりも速いと言えます」

パイモンの解説に会場は息を呑んだ。
一般的には光はこの世で最速の存在と認識されている。
しかし条件次第では、光より速い現象も存在しうる。


「すると、速度差でシュヴァルツシルトの勝ち、という事でしょうか?」

「粒子の速度だけで言えば重力の方に分がありますが、これは人間同士の戦いですから、反射神経や発射までの溜めなどのタイムラグの方が影響は大きいです。
この闘技場のルールでは“無抵抗の戦闘不能状態”になった時点が重要です。首を切断された時点で通常は戦闘不能と言えますが、
ヘルカイトの場合は電磁気力の操作による再起の可能性を考えると、意識を失って初めて完全に戦闘不能になったと見なした方が良いでしょう。
首を切断されてから意識を失うまでにはおおよそ数秒のタイムラグがあります」
電磁気力の操作による再起は試合の前半で見せたヘルカイトの対重力の戦法からの推測である。意識を失えば意識性の能力の制御はできないので、抵抗の術はなくなる。

シュヴァルツシルトの方も映像で確認してみましょう。光線が命中した部位によって致命傷になるかどうかが分かります」
様々な角度からカメラで撮られた映像が写し出される。

「ああ、頭部に直撃している! これは流石に即死でしょう!」
「いいえ、脳を損傷しても即死とは限りません。ピンポイントでの損傷の場合、後遺症は残るものの死なない事があります。
脳でも部位によって担当している機能が違っています。意思決定を司る部位、記憶を保存する部位、身体の各所を動かす部位などなど……」

「ん、映像が切り替わりましたね。あ、これは……指が動いている! シュヴァルツシルト、指が動いている!」
映像担当がいち早くステージの異変に気付き、映像を生中継に切り替えていた。
フェニックスはそれを見て大きな声を上げた。劇的な生還。観客からも驚きの声が上がった。

「これは意識的な動作と思われます。自分はまだ戦闘不能になっていない、というアピールでしょう」
「これで勝負ありました!シュヴァルツシルトの勝ちです!」

オーロラビジョンに勝利者の名前と映像が派手に映し出され、観客が拍手したり悪態をつく中(賭け事をしていたのだろう)、
フェニックスを先頭とする医療チームが試合のステージに歩み寄った。

「初めて試合をご覧になられた方の為にご説明します。
当闘技場は死んでしまった選手、再起不能になってしまった選手を蘇生させる事が出来ます。
ヘルカイトシュヴァルツシルトも、試合前の健康な状態まで復活出来ますのでご安心ください」

と、アナウンスが流れる。
蘇生や治療は主にフェニックスの『巻き戻す能力』で行われている。
参加者や観客の安全は絶対に保証されているというパンデモニウム闘技場の謳い文句のカラクリである。
ただし、この治療を受けると記憶まで巻き戻るというデメリットもあるため、ここで経験を積みたければビデオなどの外部記録を用意するか、致命傷を受けずに勝つしかない。


「よーた!」
アナウンスの中、陽太達は聞き覚えのある声に気づいて振り向いた。
声を発したのは大人に連れられた幼い少女だった。
陽太よりもだいぶ小さい。義務教育を受けていない年齢だと思われる。
しかしこの少女もれっきとした闘技場の職員である。

「あ、あの子は……」
「登録所にいた子だったな」

名前は確か……                



「くりしゅ……」
クリス、です」
横の職員が訂正した。選手登録所での事だ。
岬陽太と朝宮遥はパンデモニウムの試合に出場する為の登録をしていた。
その時、職員側の椅子に座っていた小さな女の子と目が合い、名前を聞いたのだった。

「こんなに小さい子も働いているのね」
「ええ……どうやら捨て子みたいで、運営チームのみんなで世話をしているんです」

と答えた女性職員がパンデモニウム闘技場、運営チームの一人“カイム”である。
彼女は『人工言語の能力』によって、多国籍の人々が集まる闘技場でのコミュニケーションの円滑化に貢献している。

「それに、たまたま役に立つ能力を持っていたので運営を手伝って貰っている。そうでなけりゃとっくに“サブナック”の生け贄だったかもな」
さらに別の職員が話を続けた。彼は“ガープ”。『結界の能力』による闘技場の防護を担当している。
彼の話に出てきたサブナックは『地獄の門の能力』と『建築の能力』を持つ、この闘技場の設計士である。

「どういう能力ですか?」
「どっちのだ?」
クリスちゃんの方」
「ああ、それなら『歴史を読む』能力だ。クリス、ちょっと見せてくれ」
自分の蒼い髪を玩んでいたクリスは、ガープに言われると立ち上がって陽太の前に立った。
ちなみに髪の色が変になるのは能力の“代償”として良く見られる症例なので、誰も気にする者はいない。

「ミサキ・ヨウタ。1996年生まれ。
中学一年生で能力に目覚め、中学生二年生頃からゲッカ(月下)と名乗り始める。
能力によって昼には軽食、夜には食材を具現化する。
格闘技経験および市街地での実戦経験は数年ほどあり。
今年の春に奇妙な夢を見たことで強くなる必要を感じ、自分を鍛える為にこの闘技場への登録を決意…」
クリスはまるで別人のような口調で饒舌に陽太の来歴を読み上げ始めた。

「食い物でどうやって戦うんだ?」
ガープが至極真っ当な疑問をぶつける。
「…今までの戦いでは高温の食品や香辛料を相手に投げつける、焼き串で刺す、等の手段で戦っています…」
クリスの能力が役に立つ事は間違い無かった。
この能力により初見の相手の能力・経歴・戦い方が手に取るように分かる。
運営チームはそれらの情報を元に最も盛り上がりの期待できる試合を組む事ができる。

クリス、ねぇ。コードネームはないのかしら? この子だけ悪魔の名前ではないけれど」
クリスが読み上げている間に遥は疑問を口にした。
「ええ、ある事にはあります。が、本人が幼すぎて混乱するといけないので、使ってないんです」
カイムが答えたその時、
「…サイファーと名乗る人物に闘技場の人物の調査を依頼されています」
陽太はぎくりとした。運営チーム達の空気が凍ったのが分かった。

サイファー……多分あのネットギークのお姉さんですね。情報屋の」
少し離れた机で女子力の高いケーキを食べていた“パイモン”が口を挟んだ。

「情報屋ねぇ。それは困るな。
いいかお前ら。俺達の能力を詮索する輩にはデタラメを教えとけ。
それが登録の条件だ。呑めなければ試合はさせん。破ったら即刻ここから叩き出すぞ」
ガープが真剣な顔で陽太達に警告した。
「ペナルティがそれでは甘いです。“ベリアル”の地獄部屋行きで良いでしょう」
と、カイムがさらにハードルを上げた。

「どうする……?」
「し、宿題が……」

陽太達が困っていると、パイモンが助け船を出した。

「宿題なら僕がやってあげますよ。あとサイファーにはアッカンベーの顔文字つきのDM(ダイレクトメッセージ)を送っときます。それで解決です」
「ちょっと待てパイモン。知り合いなのか?」
「知り合いでもありライバルでもあります。うち闘技場のパソコンにも時々ハッキングを仕掛けてくるので、僕も毎回対処に苦労してますよ」
パイモンはどこか自慢気に語った。
陽太達は知る由もなかったが、サイファーの夜の能力は『電脳空間への侵入』であった。しかし外部から闘技場への干渉はガープの結界でシャットアウトされてしまう。
仮に能力に頼らず普通に闘技場内のサーバにアクセスしても、今度はパイモンの『悪魔の頭脳』が構築したセキュリティを能力抜きの人間の頭脳で突破しなければならない。
それを以てしても苦戦するというのだから、サイファーも相当の手練れには違いない。

「仕方ない。能力は秘密にしとくから登録はさせてくれ」
「策、破れたりね。情報屋には可哀想だけれど、利用されてもらうしかないわ。そう、私達が強くなる為に」
こうして岬陽太と朝宮遥はなんとか登録に成功したのだった。


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最終更新:2019年04月25日 00:55
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