「ふむ……似た夢を3人同時に見るとは、確かに不思議な出来事だね」
比留間博士は陽太達の話を聞き終えると、ソファに座りながら考え込んだ。
岬陽太、
水野晶、朝宮遥。3人が(それぞれ細部は違えど)同じ内容の夢を同じ日に見たという。
ハルトシュラーと名乗る魔王が現れ、数ヶ月後に侵攻してくるという話を告げる夢。
そこで3人は手掛かりを掴む為に、比留間博士の能力研究所を訪れたのだった。
幸運な事に、比留間博士はたまたま研究所にいて、直々に面会の時間を設けてくれた。
「博士、隠していないかしら? 何か重大な事を」
遥は、研究所から3人に振る舞われたレモネードのような飲み物を一口飲んだ後、
いつものように独特なリズム感で博士に訪ねた。
「いや、何も無いよ。君達に関連しそうな事は。
“ハルトシュラー”という名前も聞いた事が無い」
「夢を操る能力とか、そういうのは考えられませんか?」
晶は至極真っ当な推理をした。
「考えられなくもない。でも心当たりはないな。そういう人物には……」
「気が抜けた回答ね。この飲み物みたいに」
遥は飲み物のグラスを揺らして弄びながら言った。
確かに、陽太も自分の分を飲んでみたが、炭酸は入っているものの、微炭酸よりもさらに弱い、ぼんやりとした味だった。
数種類の果汁の配合、そして隠し味の塩味は中々良い線を行っているとは思えるのだが、
「そうか、美味しくないか。
実験を兼ねて作った飲み物だったが、失敗だったかな」
博士は苦笑いしながら答えた。
「実験?」
「大した事はないよ。創作料理だ。君達の健康にも害はないだろう…
…さて、どこまで話したかな?」
「夢を操る能力者」
「そう、僕の手持ちのデータ上では、そういう能力を持つ者は、この町には1人もいないはずだ。
一番近い働きをするのが、水野君の『伝心』かな…」
博士は晶の方を見やる。
「…寝ている相手にテレパシーを送れば、夢に干渉できる可能性はある。
でも、水野君がそういう夢を見せる動機はあると思うかい?」
「ないな……」
陽太は考えた。
仮に水野晶が自分に隠し事をしているとしたら、自分と一緒にこの研究所まで足を運ぶか?
能力研究のエキスパートに自分のトリックが見破られる危険を冒して?
「というわけで、この件は何か未知の要素が絡んでいると僕は考える。
事態が進展するまで、あまり口外はしない方がいいだろう」
偶然の一致で片づけようとしても、恐らくこの子達は納得しないだろう。
と、比留間博士は思った。
「博士でも分からないか……これはいよいよ大ごとになってきたな」
陽太は真剣な口調で言った。
発想が常に“中二病”な方向へ飛躍する、それが陽太だった。
そして遥がそれに乗る。あるいはその逆、お決まりのパターンだ。
「次の秋、ね。それまでに私達が為すべき事は?」
「決まってんじゃん。レベルアップだ。
博士、能力に詳しいんだろ。俺達の能力を強化する方法は無いか?」
「陽太やめなさいよ、タメ口になってるわよ」
陽太の口調に突っ込みを入れたのは晶だった。
彼女はこの3人の歯止め役にあたるのだろう、と比留間博士は思った。
「いいよいいよ。僕は口調くらいで機嫌を損ねる人間じゃない」
礼儀の問題で言い争うなど会話の中では一番無意味なものだ。
というのが博士の持論だった。
「一般論としては、【意識性】の能力については、集中力を鍛える事で能力の質を高める、というものが挙げられる。
集中しすぎると予想外の事態に咄嗟に反応しづらくなるデメリットもあるが……
いつでも高いレベルで『集中できる』訓練を積んでおく事は損ではない。
海外の“能力者”部隊でも実際に採用されている訓練だ」
陽太と遥は博士の話を熱心に聞いている。
晶は持ってきたノートにメモを取っている。まるで授業のような光景だ。
「あとは、工夫によって応用力を高める事もできる。
例えば陽太君の食べ物を生み出す能力は、応用の幅が非常に広い。
闘うなら、武器として使える食べ物もあるだろう」
「トウガラシとか?」
「そうだ。トウガラシの成分カプサイシンは、催涙ガスに使われる危険な物質でもある。
フリーズドライの食材を使った料理を食べていたら、凍った食材を生み出せるかもしれない。
そういう食べ物を覚えていって、状況に応じて使い分けるといい。
必要なら応用できるような料理を新しく作ってもいい」
「なるほどね」
その発想は無かった、と晶はつい無意識に手を打ってしまった。
陽太の昼の能力の場合は、基本的に食べた時の状態でジャンクフードが出てくる事は知っていた。
しかし夜の方の「食材」は、いつの時点での状態なのかが不明だった。ひょっとしたら自由に調整できるのかもしれない。
「もっとも、僕の話は理論的なものだから、そのままでは実践に応用しづらいかもしれない。
また、正確な理論を得るには、能力についての情報をできるだけ多く得る必要がある」
「ここには、訓練場はないのかしら?
実戦経験を積める、地獄のような練習場は」
遥が口を挟んだ。
「何しろ、ここは研究所だからね。秘密基地じゃない」
「私にとっては大差ないわ。秘密基地も、研究所も」
遥の発言はいつも通り半分以上意味が分からない。
思考回路が陽太よりも一層飛び抜けている。
と、晶が呆れていると──
「ある」
その声は、その場にいた4人の誰が発した物でも無かった。
3人は身構えた。比留間博士も一瞬反応したが、すぐにソファに腰を落ち着けなおした。
「君か」
「悪い悪い、話を聞かせて貰っていた」
陽太達は博士の目線の先を見た。
応接室の中に、いつの間にか女性の姿があった。
地味な柄のスウェットに小洒落たキャミソール、足元は靴下で、靴を履いていない。
軽くウェーブしたブラウンの髪。現代的なノンフレームの眼鏡。
「紹介しよう。彼女は」
「紹介しなくていい。私は比留間博士の友人でね。
“
サイファー”とでも呼んで貰おう。本名は秘密だ」
博士の言葉を遮って、女性は紹介になっていない自己紹介をした。
「そう友人だ。そして凄腕の情報屋でもある」
比留間博士は付け加えた。
そりゃ、凄腕だろう。
晶は思った。
音どころか気配一つなく、まるで最初からそこにいたかのように、彼女はこの部屋に出現していた。
部屋の入り口近くに置いてあった水槽の魚ですら、彼女が部屋に入ってきた事に気付かなかった事を、晶の能力《動物読心》は告げていた。
「能力者か?」
陽太はまだ身構えていた。
「そう身構えなくてもいい。
『何処にでも存在し、かつ、何処にも存在しない能力』──
ここに私の実体はない。君達に害を加える事もない」
「うふ。素敵な、趣味の悪い能力ね」
遥は微笑みながら言った。
「褒め言葉と受け取っておく」
サイファーは意地の悪い笑みを浮かべた。
「本題に入ろう。
丁度、諸君のレベルアップに都合のいい場所がある」
「都合のいい場所?」
一時、その場が静かになった。
遥は周囲を一瞥すると、ゆっくりと答えた。
「万魔殿、地獄の都ね。天界を追放されし天使ルシファーが築いた、地の底の城」
こういう知識は遥の得意分野だった。
「そうだ。もっともその話はジョン・ミルトンの創作だが……
近年、その名を関した闘技場が作られたようでな」
「闘技場?」
「コロシアムだ。武器・能力の使用を含め、何でもアリの決闘を行う。
観客はそれを観て楽しむ。あるいは誰が勝つか賭ける。
そういう施設だ」
「危険そうな所ね」
遥は楽しそうに言った。
「この国の法律に照らし合わせれば完全な違法だ。
ただし、運営に治癒系の能力者がいて、闘技者の身の安全は保障される。
すなわち、いくら死んでもやり直せる」
「どこにあるんだ? それは」
「『何処にも無い場所』だな。この世界とは違う空間に属している。
私の能力では侵入できない」
「行き方は?」
「全世界の13ヶ所に存在する“ポータル”から入る事ができる。
その場所なら全て把握している」
「そうか、教えてくれ。早速行こう」
「待ちなさい」
早まる陽太を晶が制止する。
「何で?」
「学校の授業とかどうするの? 日帰りできるような場所じゃないでしょ?」
「そうだ。パンデモニウムは“精神と時の部屋”ではない。
時間の経過速度は地球上と変わりないと聞いている。
一番近いポータルが大阪だから、修業は泊りがけの旅行になる」
「むむ…」
陽太は唸ってしまった。今は6月。1ヶ月半後の夏休みまで連休はない。
「学生として生きるのも、大変ね」
遥はクスッと笑った。そしてサイファーの方に向き直る。
「さて、“サイファー”さん。
貴方の望みは何かしら?」
「望み?」
「そう。私達に情報を教えた見返りに、貴方は私達に何を望むのかしら?」
「情報だ。私は君達にパンデモニウムまでの行き方を教える。
君達には修業がてら、闘技場にいる能力者達の情報をレポートしてきて欲しい」
「情報交換、というわけか」
サイファー自身はパンデモニウムに行く事ができない、という話を陽太は思い起こしながら言った。
「その通りだ。それと、私の存在をパンデモニウムの誰にも明かさない事。
この条件で請けてくれるか?」
サイファーは陽太と目を合わせた。
「いいぜ。その代わり……」
「その代わり?」
「夏休みの宿題を代わりにやっといてくれ」
「いいだろう」
「呆れた……」
サイファーの代わりに、晶が嘆息した。
夏休みを利用して闘技場で修業し、秋に来たる魔王を迎え撃つ。
かくして1ヶ月余後、陽太達は慎重に練った計画の上、パンデモニウムを訪れる事になる──
Fortsetzung Folgt...
登場キャラクター
最終更新:2019年04月25日 00:44