ライ麦畑でつかまえて
目を覚ますと、私は麦畑にいた。
ライ麦。黄々とした麦の穂が風に揺れ、小道が畑を縦横無尽に繋ぐ。
不思議な感覚が広がる中で、頭はぼんやりとしていた。
私はふと天を見上げる。
空の色は紺色。夜の闇がゆっくりと後退し、朝日が穏やかなる光景を紡ぎ出す。
「ははっ、少しばかり眠ってしまったようだな。」
3,4時間くらいだろうかな。
そんな長い時間眠っていたなんて、よく私は奇跡的に死なずにいたものだ。
この「殺し合い」という現実に身を置いているというのにな…。
風に揺れる麦の穂が、微かなざわめきを奏でているかのようだ。
穏やかな風景の中で、私は不意に、ガサガサと麦をかき分ける音が耳に届くのを感じた。
私は警戒を強めながら前方を見つめる。
「誰かが近づいている…」
一筋の疑念が私の心を捉えた。
私はデイバックから武器を取り出し戦闘態勢に入りつつ、一方で同時に推理で頭を働かせる。
普段から、私はサスペンス物の小説を読むことが好きだった。
だから、さっきのあの会場でも推理物の刑事の真似事で色々人に聞きまわったものだった。
もしかしたら不用心に麦を歩き回る「訪問者」は聞き込みをした対象の人間なのかもしれない。
この麦、それほどの高さではない。1.5メートルほどだ。
訪問者はライ麦にすっぽり姿を隠れてしまっているのでまあ、子供、か。
ふとここで私は気づく。
訪問者が歩を進むと同時に、金属の冷たい音がカランカランと響くのだ。
これは何か金属状のリング、いや被り物かなにかを装備しているということだ。
つまり、訪問者は彼に違いない。
私がその思考に導いたとき彼が目の前に姿を現した。
「なあっ…!!う、うわああっ!!まま待ってくれ!僕を殺さないでくれ!!た、頼むっ!!」
「ははっ、落ち着いてくれ。"レグ゛くん。私だよ」
「うっ………?…え?あ、貴方は……」
「鳥栖だよ。
鳥栖哲雄。さっきちょっと話しただろう?」
私は出刃包丁をそっとデイバックにしまい込む。
涙ぐむ彼はレグ少年。
あの会場で聞き込みを行った人間の一人。手足が金属製の義手の少年だ。
アビスがどうのとかミーティがなんだとか、色々言っていたが、とりあえず人畜無害なのは保証できる。
ま、危険人物の遭遇じゃなかっただけ安心ってとこだ。
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「一難去ってまた一難、だな。こりゃ」
「…?どうかしたのか…?トステツオ」
「あっ、いやなんでもないよ。独り言が漏れちゃったね。ははっ。」
はぁ。
本当にここ最近は災難続きだ。
チンピラが付き纏ってきたり、反社の集団に拉致拷問されたり、銃で撃たれかけたり、チンピラの親父に殺されかけたり…。
あの延人とかいう最低のクズを殺めて以来、私から平穏は消え去った。
それでも、2人も人間を始末してやっと災難の連鎖を終わらすことができたんだ。
やっと、終われた。
終われた。…というのに、また面倒ごとに巻き込まれてしまった。
なんなんだ、殺し合いって。
ファイナルウォーズ…。荒唐無稽過ぎる。
この歳になって初めて自分に災厄が降り注ぐ体質であることを認識した。
はぁぁ…、全くもって、
「「度し難い……。」」
…
「あっ…!」
「…はははっ、被っちゃったね。レグ少年」
「すまない、なんだか気が合わさったな…。」
いや、被らんだろ普通。度し難いなんて言葉…。
そうそう、荒唐無稽といえばこのレグという子供も、まったく普通ではない。
彼曰くアビスだかいう世界最大の大穴?に探検していて、気が付いたら私と同じく殺し合いを強いられていたらしい。
「上昇負荷があるからこんな所にいるはずがない」、とかよく分からん話をしていたが…。まるで掴みどころのない子供だ。
アビスってなんだ?聞いたことないぞ。主張も外見、全て常識の範囲外だ。
とは言っても、レグは「全てがイカれていてメチャクチャ」というわけではない、
レグは倒錯しているが、しかし整っているのだ。
そのアビスがどうのという夢物語も一応筋は通っているし、受け答えに関してはいたって普通だ。
まるで彼は違う異世界から来た人間かのような。
なんだか、「常識」で今の状況を考えるのは無駄に思えてくる。
それでも、私の性なのか、自分の頭の中で、断片的な情報を繋ぎ合わせていくのをやめない。
何となく、この騒ぎの背後には何か大きな陰謀があるのではないかと感じた。
殺し合い。それは建前で本当は真の目的があるのではないか。
ここまで盛大な準備をたった一人でできるはずがない。主催人間は複数、大勢いるのではないか。
集められた被験者たちの共通点はなんなのか。
手掛かりはないので全貌はまだ見えていないのだが。
思考を巡らせながら、辺りを見回した。
この広大なライ麦畑にて私らは淡々と歩を進めていく。
レグは先陣を切り、どんどんとかき分けていった。
麦の穂が風に揺れ波を打ち、まるで大地が息を吐いているかのようだ。
周囲は我々の足音が響くのみ。その妙な静寂が不気味さを醸し出していた。
その時だった。
「う、うわあああああああああーーーーー!!!!!」
突如レグ少年の絶叫が畑中をこだました。
「どうしたんだっ!レ、レグ少年…!」
…まさか、敵襲?
いや可能性は低い。この辺りは人の気配などまったく無かったのだが。
一応、私は臨戦態勢で目前の麦をかき分けた。
「ト、トステツオ……………!
なっ何てこった…あっああっ、
あれを…見てくれ………っ」
レグ少年の畏怖した声が聞こえる。
麦を払いのけ目に映った光景に、私は絶句した。
目の前に広がるのはまるで絵具で塗りつぶしたかのように、真っ赤に染まった麦の畑だった。
その鮮血は周囲およそ2メートルをベッタリ染色していた。2,3人の血液の量に値するだろう。
乱雑に踏み鳴らされたライ麦が、先ほどまで誰かがそこにいた痕跡を表している。
麦の茎にところどころ絡みついた赤白い物体――脳漿が現場の凄惨さを見事に物語っている。
「……始まってしまったのか、殺し合いが…、」
私の知らぬ間に。
ここまで無惨に。
鮮血と麦が交わった匂いに私は思わず吐き気を催す。
暫し、怯え切ったレグ少年の肩に手を置くのが精一杯だった。
ここで私は現場の妙な点に気づく、
前述したとおり、人の気配がない。
つまりだ。不思議なことにどこを見渡しても犯行者はおろか「死体」すらなかったのだ。
ふと、あたりの麦をかき分けたがそれでも見つかることはなかった。
跡形も残らないパワーで惨殺した?いや、死体を持ち去ったという可能性も。何故?
死体はないが殺人は確実に行われたと断言できる異様な現場に、顔をしかめる。
「トステツオ……、こっこんなのが落ちてたぞ………」
レグ少年が私の裾をつかみ話しかけてきた。
その手には小さな黒い本、手帳のようなものが握られている。
「物的証拠」が落ちてた、というわけか。
「そ、そこで拾ったのだが…。トステツオのではないのだよなっ……?だとしたら、これは…」
「あぁ。間違いなくこの殺人に関わりある人間のものだね…。」
この犯行現場にただ1つ。ポツンと残された手帳。
私はページを開く。
『拝啓、この手帳を読んでくれたお方へ。
貴方がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないでしょう。
このゲームの主催者は冷酷非情で、人々の苦悩や絶望を楽しんでいるように感じます。
だからこそ、私はこの手記を残すことで、彼らの欲望を阻止し、他の被害者を救いたいと考えました。
次のページには、私なりのファイナルウォーズの考察や体験記。過酷な状況下で生き抜くためのいわばヒントを記しています。
これらの情報が、未来の参戦者にとって有用な手掛かりになることを願っております。
貴方に幸運と勇気を祈りながら、この手記を贈ります。』
体験記…。
とどのつまり、これは名もなき被害者のダイイングメッセージというわけだ。
レグと共に私は次のページへと目を移る。
そこには以下のような不気味な文章がつづられていた…。
『私は『元いた』世界では謎を探求する研究者でした。
人類の進歩のため日夜実験をする日々。
そんなある日、突然この殺し合いに連れてこられたのです。
そう、あなた同様に。
私が考察するに、我々参戦者はみな違う並行世界、パラレルワールドに連れてこられたのです。
あなたは「大穴アビス」という言葉を知っていますか。「白笛」という物は。
…存じないでしょう。私がいた『世界』ではそれらを知らない人間はいないのです。
そして、この首輪型爆弾。盗聴器がつけられている可能性があります。
これほど大勢の参戦者の動向を監視するとなると、携帯を強制させられている首輪に仕込むのが一番合理的ですからね。
以上が考察です。以下、私の体験記を記します。
深夜0時28分、私はある参戦者2名に遭遇しました。
処分予定Aと『
カービィ』くんです。
私がメモを取っていると、処分予定Aが警戒しながら対話をしてきました。
A自身には興味はなかったのですが、Aの足元にいた彼――、
見た目はピンクボールと形容できる
カービィくんに、私は心を奪われたのです。
私は元居た世界にてたくさんの愛おしい子どもたちを実験に使っていきました。
実験の末、彼らは可愛い『なれ果て』と化したのですが、
カービィくんは子供たちに匹敵するくらいの愛らしい見た目をしていたのです。
敵意をこちらに向けるAと違い、私に懐いてくる
カービィくん。
これぞ愛、愛ですよ。
このとき私は『実験』したいと決めたのです。
0時52分、心が開いた様子のAたちと私は行動を共にすることになりました。
そしてAを拳で撲殺しました。
Aを処分したのは単に邪魔だったということもありますが、
カービィくんの反応が知りたかったからです。
異形の彼は思考をするのか、ショックで感情が揺れることはあるのか、涙を流す反応を見せるのか。
私は好奇心で、これまでにない高揚を感じました。
私はさっそく
カービィくんの解剖を始めました。
暴れたのなんの。噛みつくは引っかくはで大変でした。
それでもぷにぷにとしたやわらかい外見に、彼に秘めた未知の力。
私の探求心は抑えれることはできません。
補足しますが、これは決して悪趣味な殺人なんかではありません。愛です。愛の塊なのですよ。
色々体内を覗きましたが、基本ニンゲンと変わりない構造であると考察できました。
ああ、
カービィくん。それにしても君は何てかわいらしいのでしょう。
衰弱してきていますがその目に宿った炎だけはまだ燃え続けている。そこが非常に愛おしい。
やがて私は先ほどの処分済みAから』
記帳はそこで止まっていた。
「なんだ、これは………………。」
緊迫感はありつつも有力な情報を引きさせそうだった前段と裏腹に、まるで夢か現実か、区別のつかない狂った体験記の後段。
これはダイイングメッセージなんかではない。
狂った参戦者の「殺人日記」である。
予期せぬ文章を読了し、私は沈黙で固まらされる。
「トステツオ……。これ、……」
「サムの息子、BTK。古くは切り裂きジャックってとこだ。」
「え?…なっなんだその…」
現場にメッセージを残す連続殺人犯の前例だ。
捜査官にまるで挑戦状を叩きつけるがごとく、文言を残す者たち。
この手記を書いた犯人は予期せぬトラブルに見舞われ現場にメッセージを落としたのだろうから、実質的にはタイプが違う。
記帳が中途半端なところで止まっていた点から、リアルタイムで書いてるうちに『何か』が起きたのだろう。
そして、もう1つ読み解けることがある。
「レグ少年、気づいたことは…ないかい。」
「き、気づいたこと…?」
私はレグに問いかける。
困惑する彼を見て、私は日記帳のある文章の部分を指さした。
「ほら、ここさ…。『処分予定A』という記載」
「A…、がどうしたというのだ……?」
「単に「処分予定」の人間の『イニシャル』がAだからそう名称したのかもしれない。
だが、こうも考えられるんだ。」
「………………。」
「『アルファベット』順のA、と。
この日記を書いた奴は処分予定B、C、D…を増やすつもりなんじゃないのか……?
仮に奴が生きていたとしたら、この悲惨な殺人はまだこれからも続けられるんじゃないのか…?とね………。」
「……――――っ!」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
『書き主』がトラブルでもうすでに命を落としていることを願いたい。
私たちは嫌な予感を察しながら、広いライ麦畑から走り出ていった。
【E3/畑/1日目/黎明】
【
鳥栖哲雄@マイホームヒーロー】
[状態]:健康
[装備]:包丁@School Days
[道具]:イルゼの手帳@進撃の巨人、食料一式(未確認)
[思考]基本:生還
1:日記の人間に要警戒
2:レグと共に行動する(不要になったら見捨てる)
※イルゼの手帳には「書き主」の詳細な犯行が書かれています。
【レグ@メイドインアビス】
[状態]:健康
[装備]:武器(未確認)
[道具]:食料一式(未確認)
[思考]基本:死ぬのが怖い
1:日記の人間に要警戒
2:トステツオと共に行動
最終更新:2023年09月27日 19:07